第四百二十二話 階段ってどんなの?
楽しく大笑いして大満足の鈴音は、ホクホク顔で振り返り一行のもとへ向かう。
「お待たせしましたー」
「満足そうだね、いい買い物が出来て何よりだ」
プリムスを筆頭に皆も普段通りの調子で迎えたものの、鈴音を見送るべく両親と共についてきていたアーリアは、ほんの一瞬怪訝な顔をした。
だが特に何を指摘するでもなく、そのまま店の外へ出る。
「ええお肉、ありがとうございました」
「こちらこそ、お買い上げありがとうございます」
鈴音と両親が挨拶を交わす間に、アーリアはプローデへ話し掛けた。
「この後は皆さんとお昼ごはん?」
「えっ?あー、うん、多分そうかな?」
「私も一緒に行っていい?」
「へっ!?えーと、うーん、いい……のかな?」
分かり易く挙動不審なプローデに、プリムスが首を傾げる。
「どうかしたかね?」
「だぃ……プリムスさん。そのー、アーリアも一緒にお昼をとりたいんですけど、かまいませんか?」
プローデの話を聞きながら、プリムスはアーリアへ視線を向けた。
「勿論かまわないとも。プローデ君や鈴音嬢の冒険譚を聞くといい」
「やったぁ!ありがとうございます」
嬉しそうなアーリアに頷いたプリムスは、思い出したようにポンと手を叩く。
「そうだ。アーリア嬢、キミのお宅は新聞を取っているかね?」
問われたアーリアは、ちょっと申し訳なさそうに首を振った。
「いいえ。食堂のおじさんが取ってるので、お父さんはお肉を届けに行った時、読ませて貰ってるって言ってました」
「ああ、そんな顔をしないでおくれ。いつ配達されるのか、気になっただけなのだよ」
「あっ、それなら知ってます。3日おきです。次の配達は今日って言ってたかな?お茶の時間までには届くみたいですよ」
父との会話を思い出すように視線を上へやってから、間違いないとアーリアが頷く。
「おお、そうかね。ふふふ、それは楽しみだ」
含み笑いを漏らすプリムスに、プローデとアーリアは顔を見合わせ首を傾げた。
そこへ鈴音が合流する。
「わー、おじいちゃんが若者をきょとんとさせてるー」
「誰がおじいちゃんかね!」
「誰やろね。おっ、アーリアさん、その首飾りめっちゃ似合てますね!」
「雑!!凄く雑!!酷い酷い!」
ジタバタするプリムスを放ったらかし、鈴音はアーリアが身に着けている天然石ネックレスを褒めた。
鈴音とプリムスの関係はこれが普通なのだなと理解したアーリアは、褒められた事を素直に喜ぶ。
「ありがとうございます!プローデが、あなたの助言を聞いて手作りしたって教えてくれました」
真っ直ぐ目を見て礼を述べてから、ほんのり頬を染めた何とも幸せそうな表情でネックレスに触れるアーリア。鈴音は笑顔で頷きながら、『テール様、こっちでも砂糖吐きそうです』と心の中で長い赤髪の女神へ訴えた。
でも口から出たのは、甘い空気を更に甘くするような内容だ。
「真剣に選んでましたよ、どの石がええかなぁいうて。アーリアさんを思い浮かべて、どの色が似合うかじっくり考えはったんでしょうね」
「そうなんですか……!えへへ……嬉しい」
大きな目を見張ってから糸のように細め、満面の笑みでアーリアはプローデを見上げる。
プローデは赤い顔で上を向いたり下を向いたり、今度は照れ過ぎて挙動不審だ。
実に微笑ましいが、このまま二人の世界に突入されても困るので、鈴音は歩きだしながら悪戯っぽく笑う。
「後はまあ、二人っきりの時に思う存分イチャイチャして下さい」
その言葉に、プローデとアーリアは揃って真っ赤になった。
「おお、若いって素晴らしいねえ」
愉快そうに拍手するプリムスを『はいはい行きますよおじいちゃん』と引っ張り、鈴音は耳元で囁く。
「アーリアさんなら、あんたの正体バラして、山で見つかったいう階段の先に連れてっても大丈夫そうや思わへん?」
「うん?私の正体はどのみち今日中に知れ渡るからいいとしても、地下には戦前の文明が残っているかもしれないし、同意しかねるね」
人なら眉を顰めていそうな声で、プリムスが答えた。だが鈴音は食い下がる。
「けど彼女は、女神様の剣士の妻になる人やで?夫の仕事にくっついてったら、いつかどっかで出くわすんちゃう?前の文明の名残りに。そん時に初めて見るんと、今見といて免疫付けとくんでは、反応も変わる思うけどなー」
「女神様の剣士の仕事がどんなものかまだ分からないし、彼女がついて行くとも限らないのでは?」
腕組みしながらの指摘には首を振った。
「どんな仕事かは謎やけど、剣を授けた以上、どっか行って何か斬ってきなさいいう事やん?それがもし遠いとこにあるんやとしたら、彼女はついて行く思う。凄腕の狩人やろ?戦闘能力にも体力にも自信ありそうやん。ほんで何より、プローデさんの事が好き。新婚で離れ離れとかまあ無理やって」
現在は恋人という立場なので、『危ないから来ちゃ駄目』等と言われれば強くは出られないのだろうが、妻の座に収まってしまえば話は別だ。
「……うーむ。確かに私が居る今の内に、文明が発展する事の危険性を教えた方がいいのか……」
プリムスが悩み始めたので黙った鈴音は、ディナトや骸骨も交ざって和気藹々な後方をちらりと見て思う。
強いけれど世間知らずで人の良いカップルに、酸いも甘いも噛み分けた知識の塊が加われば最強だよな、と。
そうして、考え込むプリムスと惚気合戦になっている後方組を連れ、食堂で昼食をとる。
新聞はまだ届いていなかったので、騒ぎにはならなかった。
鈴音達はチーズソースのパスタ風料理、虎吉は特別に焼いて貰った肉で腹を満たし、礼を言って外へ出る。
すると、答えが出たらしいプリムスが、アーリアへ向け明るく告げた。
「それじゃあアーリア嬢、我々はこれで失礼するよ。プローデ君とは話したい事があるから、少し貸しておいてくれたまえ」
プリムスの言葉に合わせプローデも頷く。
つまらない結論にガッカリな鈴音がアーリアへ視線をやると、先程までの笑顔が嘘のような不満顔をしていた。
「ど、どうしたのアーリア」
慌てるプローデと固まったプリムスを交互に見やり、アーリアは溜息を吐く。
「山で槍角鹿を探して別行動した後から、プローデはちょっと変だった」
「え」
「そして、お店でプローデと話してからプリムスさんやディナトさんの様子も変わった。なのに普通を装った」
「そんな馬鹿な」
「むう……!」
「きっと山で何か見つけて、どうしよう?って相談したんだよね?先の大戦の遺物?でもそれなら私に秘密にする必要なんかないし。……何を隠してるの?」
上手に誤魔化したつもりでバレバレだった男達は、目を泳がせて何ともバツの悪そうな様子を見せた。
よく見ているなあと感心して笑う鈴音へ、アーリアが向き直る。
「鈴音さんはプリムスさんと話し込んでたから、きっと知ってますよね?」
「うん。山の中に、地面の下へ続く階段があったらしくて。それを調べに行く話ししてました」
「鈴音嬢!?」
さらっと喋った鈴音にプリムスは愕然としているが、アーリアは気にした様子もなくポンと手を打った。
「鈍色熊の縄張りにある、崖崩れの所のこと?」
「え?違うよ?」
ポカンとしたプローデが首を振り、どういう事かと口をぱっかり開けたままプリムスは沈黙。
笑った鈴音が話を整理する。
「あはは、成る程。アーリアさんの方が先に見つけてたみたいですね、地下へ続く別の入口。そら狩人にとったら、山は庭みたいなもんか」
「そうなんですよ。以前、雨が続いた後に山へ入ったら、景色が変わってる所があって。崖崩れで大きな岩が積み上がってる所があったんですけど、その岩の一部を土の川が流したみたいで、中が見えるようになってたんです」
土の川とは恐らく土石流の事だろう。
鈴音は頷く事で先を促し、頷き返したアーリアが続ける。
「また崩れたら怖いので外から少し見ただけですけど、石造りなのに凸凹してない壁と大きな下り階段があって、壁には手摺りも付いてました。それと階段の端っこには、1人しか通れない幅の、段差が大きくて色が違う階段がありました。低い壁で仕切られてたけど、行き先は同じみたいだし、何のための別階段なのかは分からなかったです」
「階段の先に何があるか、見えましたか?」
「いいえ。私は小さい火しか出せないから、明るさが足りなくて、下の方は真っ暗でした」
「よく分かりました、ありがとうございます」
そう言って微笑んだ鈴音は、プローデを見た。
「ほな、プローデさんが見つけたのは、どんな階段でしたか」
「え、っと、人がギリギリ擦れ違えるぐらいの幅の、平らな石で出来た階段です。手摺りも付いていました」
アーリアが見たものより、随分と簡単な造りのようだ。
「ありがとうございます。もし行き先が同じやったら、アーリアさんが見つけた階段が正面入口、プローデさんが見つけた階段が裏口、みたいな感じですかね?」
鈴音の例えに皆が成る程と頷く。
「そういう訳やからプリムス、今更アーリアさんに隠しても無駄やで」
悪ガキの笑みで言われ、プリムスはがっくりと項垂れた。
「……そのようだね。仕方がない、一緒に行こうか」
「ちょ、言い方。アーリアさんは悪ないですから、気にせんでええですよ。何で彼がこんな困ってるんかは、大きい声出ても大丈夫そうなとこに行ってから話しますねー」
「分かりました、お願いします」
プリムスの態度に戸惑っていたアーリアは、取り敢えず鈴音の言う事を聞くのが良さそうだと判断し、プローデと並んでついて行く。
その姿を後ろから眺めつつ、ディナトは首を傾げた。
「何故、プローデの様子が普段と違うなどと分かったのだろう。プリムスに話をするまで、特に変わった所はなかったと思うのだが」
独り言のような問い掛けに、やれやれと肩をすくめた骸骨は、石板を取り出しサラサラと絵を描く。
「む。これは……、見ているな。アーリアがプローデを凝視しているな。一挙手一投足、瞬きの一つまで……?」
続けて、それは何故かという理由を描いた。
「ん?この記号は何だ。ああ心臓を象徴する記号なのか。それが乱舞しているな……。心臓、鼓動?大量……。もしや好意を表している?」
ハートマークを知らないと思わなかった骸骨は、これでは通じないのかと諦め鈴音を呼ぼうとしたのだが、遠回しな表現が苦手なディナトがまさかの正解。何たる奇跡、とばかり小さく拍手する。
「おお、好意でよかったのだな。つまり、好意を持って凝視すれば違和感に気付ける……?」
何だか微妙に違う、と骸骨は心の中で首を傾げた。
好意を持って凝視する、のではなく、好意を持つと目が勝手に追う、なのだが、この細かい違いを伝えるのは非常に難しい。
仕方なく、『そんな感じです』といった風に頷いた。
「では私も、妻を凝視すれば違いが分かるようになるだろうか」
これはまあ何とかなるだろう、と骸骨は頷く。
するとディナトは嬉しそうに拳を握った。
「帰ったら直ぐに実践しよう」
これにより、愛する夫に凝視された女神ニキティスが照れて発熱し、自宅を常夏状態にする事が確定。
そんな事とは露知らず、頭を撫でたり抱き締めたりといった機嫌の取り方を伝授していた骸骨の耳に、アーリアの大きな大きな声が届く。
「だっ、大賢者様ーーー!?」
鈴音がプリムスの正体を教えたのか、と周囲を見回せば、既に村を囲う塀を越えて山裾へ続く林に入っていた。
目前に迫る山は然程高くないとは言え、人と比べれば大変な広さだ。こんな所でよく地下への入口なぞ見つけたなぁ、と骸骨は只々感心した。




