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第四百十七話 賭けるかね?

 座ったディナトに代わってプリムスが立ち上がり、村長達へ近付いて行く。

 それを目で追っていたボーリアは、流石に不利な空気を感じ取ったのか、困り顔を作って口を開いた。

「わ、私に難しい話は分からないし、後はお父様達に任せて部屋に戻るわ」

 今まではこんな風に言えば、そうかそうかと両親が守ってくれて、様々な面倒事から逃げられたのだろう。命の恩人へ謝罪も礼も述べず、今日まで我が儘放題に過ごしているのが何よりの証拠だ。

 しかし今回に限っては、頼みの両親も一切役に立たない。


「ボーリアお前……」

 青褪めた村長の言葉を遮って、プリムスが厳しく言い放つ。

「キミは何を言っているのかね?ここまでの話を聞いて尚その発言なのだとしたら、問答するだけ時間の無駄というもの。有罪確定で処分してしまおうか」

「おままままおま、お待ち下さい!」

「そうよ!有罪だとか処分だとか、そんな権限があなたに……」

「お前はもう黙りなさい!!」

 反論しようとした娘に目を見開いた父が、悲鳴のような声を上げた。

「なん……」

「黙りなさいと言っている!!我が家を滅ぼす気か!!」

 まともに叱られた事などないボーリアが、驚愕と不満を露わにした表情で口を開きかけるも、村長は怒声で遮る。


「あちらに御座(おわ)すは次代の伯爵が従う御方だぞ!そしてこちらの不死人(しなずびと)は、そんな御方と対等に口がきける!どういう事か分かるだろう!」

 喉元に刃を突き付けられているような表情で叫ばれ、顔を引き攣らせたボーリアはプリムスを見上げた。

「伯爵より偉いって事?」

「尋ねるな!!肯定されたらどうするんだ!!飽くまでもプローデと行動を共になさった旅人の方々で通すんだ!!」

 殆ど悲鳴な村長の声を聞きながら、鈴音は笑いを堪えるのに必死である。骸骨も何やら小刻みに揺れているので、同じ状態なのだろう。

 プリムスはどうなのか、と視線をやれば、潜ってきた修羅場が違うのか実に落ち着いていた。

「げフん!ぉふン!そう、只の旅人だよ」

 気のせいだった。彼も笑わないよう必死らしい。心の中身を全部喋ってしまう村長の攻撃力は、中々のものである。


「只の旅人だけど、答えには気を付けた方がいい相手だと思いたまえ」

 どうにか持ち堪えたプリムスが威厳たっぷりに告げると、村長夫妻とバーロが膝をついたまま頭を下げ、ボーリアも渋々それに従う。

「では質問させて貰おう。娘、キミが10歳の頃、1人で山へ入った事は間違いないね?」

 プリムスの問い掛けに顔を上げようとするボーリアを、村長が押さえた。

「痛ッ!もう!……その通り、です」

 ボーリアの返答に頷いたプリムスは、質問を続ける。

「では、その理由は?何ゆえに、子供が1人で危険な山へ入ったのかね?」

「えっ?それはー……、当時好きだった人が助けに来てくれるかなって思って」

 宿屋の女将が言っていた“リッコ様”とやらだろう。


「ああ、泊まり掛けで遊びに来ていたとかいう、兄の友人だね。当時15歳か。その彼は随分と屈強な男だったのだね?15歳にして、そちらのディナト殿のような体格を誇っていたのかね?」

「は?そんな訳ないじゃない。小説の挿絵で見た王子様みたいな、綺麗な人よ」

「ほう?ではその王子様は、強力な魔法が使える魔法使いだったのかね?」

「いいえ?普通の魔法しか使えないわ」

 何の意味がある質問なのか、という苛立ちが声音に出ているボーリアを、プリムスはじっと見下ろす。

「つまりキミは、腕力もなければ攻撃魔法が使える訳でもない少年を、そうと知った上で、鈍色熊の縄張りへおびき出そうとしたのだね」

「ちょっと、何それ!?私がリッコ様を殺そうとしたみたいな言い方しないでよ!!」

 村長の手を撥ね除けて顔を上げ抗議するボーリアに、プリムスは呆れたように首を振った。


「殺そうとしたみたい、ではなく、殺そうとした、事になるのだよ実際にね。お坊っちゃまが全く興味を示さなかったから良かったものの、万が一山へ向かっていたら、そして何かあったとしたら、相手方の家からどんな訴訟を起こされたか、分かったものではないね」

 淡々としたプリムスの指摘に、村長の顔は真っ青だ。

「こっ、子供のした事ですよ……?」

「でもこの村に暮らす者なら、鈍色熊の恐ろしさは知っているのだろう?10歳にもなる子に教えていない筈がないね?事実、彼女の取り巻きが『1人で鈍色熊が出る区域に入って行った』と言いに来ているじゃないか。怖い生き物だと知らないなら、こんな事を言いに来る筈がない。つまり彼女は、魔物に匹敵する強さの熊が出ると分かっている場所へ、戦闘能力を持たないと知っている少年をおびき出そうとした、という事になるのだよ」

 事実だけを並べればこうも恐ろしいのか、と鈴音達でさえ目を見張る事件である。村長も妻も今更になって、娘がどれ程の事を仕出かしたのか思い知ったようだ。


「な、何それ、そんなつもりだった訳ないでしょ!大人も一緒に来るって分かってたわよ!」

 両拳を握って揺らしながら喚くボーリアは、プリムスにじっと見つめられて黙る。

「少年が1人で来る訳ではないと知っていた。成る程そうなると、キミの発言におかしな点が出てくるのだが、分かっているのかね?」

「おかしな……?」

「怪我をして戻ったプローデ君へ、『なに余計な事してんのよ!アンタのせいで台無しよ!』と言ったそうじゃないか。少年1人が来る訳ではないと分かっていたのだろう?なのに何故、プローデ君が邪魔した事になるのかね?」

「そ……れは……」

 言い淀むボーリアを、村長も妻も呆然と見ている。

 傷を負ったプローデへ、暴言を吐いたと認めたも同然の、娘の反応。周囲からそのような話を聞いても、まさかそんな、何か言ったとしても気まずさから少し意地を張った程度だろう、と考えていたのに。


「だってリッコ様が来る前に勝手な事するから!もう少し待てば来てくれたに決まってるのに、ちょっとすばしっこいだけの貧乏人が出しゃばったせいで台無しじゃない!肉屋の娘も来てたっていうからカッコ付けたかったんでしょうけど、こっちにしてみれば大迷惑……」

「もうやめて!!恥ずかし過ぎて聞いていられないわ!!」

 ボーリアの妄想劇場を強制終了させたのは、彼女の母だった。

「リッコ様リッコ様って、あの時あの子は屋敷から一歩も出てないわよ!当たり前でしょお客さんなんだから!それにあなたが帰って来た後、騒がせて悪かったわねって言いに行ったら何て答えたと思う?」

 目を吊り上げ顔を真っ赤にした母なぞ初めて見たのだろう、ボーリアはポカンとしている。

「流石に山近くの村に暮らすだけあって、娘さんは女性とは思えない行動力をお持ちなんですね、大変驚きました。そう言われたわ。愛想笑いするしかなかった私の気持ちが分かる!?あんな性悪のどこが良かったのよ!」

 娘の暴言を叱るのではなく、過去に自分へ降りかかった災難に対する愚痴だった。

 遠い目になった鈴音へ、ディナトが困った様子で声を掛ける。


「鈴音、少年の発言のどの辺りが性悪に該当するのか、皆目見当がつかない」

 そう、ディナトに遠回しな物言いは通じない。

 微笑んだ鈴音は分かり易く通訳した。

「田舎に暮らしてると野蛮になって、女らしさが無くなるんだね、ビックリしたよ。これでいかがですか?」

「おお、そういう意味か!ありがとう。熊のいる山に女が単独で入れば、そのように思われてしまうのだな」

「戦闘能力のない都会育ちのお坊ちゃんだそうですし、女性というのは“きらびやかな服を着て微笑むだけの生き物”だと思っていたのでは。わたくしのように探検家の真似事なぞする女は、彼のような人種からすると野蛮の極みにございましょうね」

 鈴音とディナトのにこやかな会話を聞いて、同じく意味が分かっていなかったらしいボーリアが愕然とする。


「嘘よ!だってリッコ様に迎えに来て欲しかったって言ったら、お父様もお母様も『彼は今日体調が良くなかったから仕方ないね』って言ったじゃない!」

「それは、幼い娘の夢を壊すのはどうかと思ってだな」

「ええ、都会的な子に憧れる気持ちは分からないでもないし、大きくなればあの子の性格の悪さにも気付くだろうと思ったから、黙っておいたのよ」

 まさか未だに夢を見ていようとは、と呆れる両親に、現実を受け入れられない娘が喚く。

「リッコ様も私の事が好きだったのよ!言い出せなかっただけ!だからきっかけをあげようって頑張ったのに、あの生意気な貧乏人がしゃしゃり出るから……!」

 親子喧嘩の様相を呈してきたが、後ろに現在の婚約者が居る事を忘れているのだろうか、と鈴音は首を傾げた。バーロ本人は特に気にした様子もないので、そろそろ逃亡の算段をしているのかもしれない。

 全く周りが見えていない似た者一家と、上手く逃げる方法を探しているバーロを眺め、やれやれと肩をすくめたプリムスが再び口を開く。


「キミが言う所の生意気な貧乏人が居なければ、今頃は多くの村人が女神様のもとで暮らしていただろうね。勿論キミがその筆頭さ」

「そんな筈ないわよ!私と鈍色熊には充分な距離があったし、大人も大勢居たんだから!」

 膝立ちになって吠えるボーリアを、プリムスは気の毒そうな雰囲気を醸しながら見た。

「充分な距離があったのなら、何故熊は襲ってきたのかね?よほど派手に挑発でもしない限り、離れているなら怒らないのでは?」

「え。それは、だから、そう!怒らせたのはあの貧乏人よ。あいつが大声を出さなければ、鈍色熊は怒らなかったんだから、あの顔の傷は貧乏人自身の責任。なのにいちいち見せつけてくるから、鬱陶しいのよ」

 ボーリアの得意げな表情を見て、プリムスは『はぁー……』と溜息風の声を出す。


「何故、怒ってもいない熊へ向けて、プローデ君が挑発行為をしなければならないのかね?黙っていれば襲って来ないと分かっているのに」

「……目立ちたかったのよ。肉屋の娘に活躍を見せたかったの。鈍色熊からお嬢様を救い出した英雄になりたかっただけね」

「目撃証言と全く違っているけれど、キミの説を裏付ける証拠なり証言なりはあるのかね?」

「そんなの……、あっちが全員で嘘を吐いてるに決まってるでしょ!」

 あまりに酷い、誰が聞いても作り話と分かる内容に、流石の両親も唖然とし声もない。

「では何故全員で嘘を吐いてまで、キミを陥れる必要があるのかね?キミは村中の人々から嫌われるような事をしたのかね」

「えっ?えーっと、僻みよ。私はお金持ちで可愛いから、嫉妬されやすいの」

 言っていて恥ずかしくないのか、と貴族顔が崩れそうになる鈴音へ、骸骨がスススと滑るように近付いてきた。

 ふたりが交わす石板と身振り手振りの会話には気付かず、そろそろ疲れてきたプリムスは纏めに入るようだ。


「つまりキミは、兄の友人が自分へ抱いた恋心に気付き、思いを伝えるきっかけを作ってやっただけだと。そこへキミを陥れようとしたプローデ君や村人達がやってきて、勝手に騒いで失敗し、あんな酷い事になったのだ、と主張する訳だね?」

「そんな感じよ」

「成る程。ではこれを村人達の前で発表する事にしよう。村長、広場にでも皆を集めてくれたまえ」

「はあ!?何言ってるのよ!」

 プリムスの指示に驚き、ボーリアが目を剥いて立ち上がる。

 村長が慌てて引っ張ろうとするも、その手は振り払われた。

「どうしたのかね。何か困る事でも?」

 小首を傾げ白々しく尋ねるプリムスに、顔を歪めたボーリアが詰め寄る。

「困るとかそういう事じゃないでしょ。村人はこんな話に興味なんかないわよ」

「あるさ。どうして皆で可愛がって育てたプローデが、未だにああも酷い言われようをしなければならないのか。想像は出来るけれど真実は謎のまま、ずっと疑問に思っていた筈だからね」

 キッパリ言い切られ、ボーリアは険しい顔で思考を巡らせた。


「そうだ、信じて貰えないわよ!だって私を探しに来た男の人達が口裏を合わせているんですもの」

 何故か嬉しそうなボーリアを見やり、鈴音は『表情の選択間違(まちご)うてんで』と心の中でツッコむ。

「信じる信じないはどうでもいいのさ。キミが言ったという事実が大切なのだよ。『私を陥れようとした貧乏人が勝手に騒いで襲われただけなのに、まるで私が悪いみたいに傷を見せ付けてくるから鬱陶しい。だから私には生意気な貧乏人を罵る権利がある』うん、酷い。皆の反応が楽しみだね」

 とても楽しげなプリムスの声に、村長も立ち上がった。

「そ、そんな内容を吹聴されては困ります。聞いていれば分かるでしょう、娘の冗談ですよ。好きな少年に振られて恥ずかしかっただけです」

「違うわよ!!」

「違わない。お前は恥ずかしさを紛らわせる為に作り話をしただけだし、プローデを罵ったりもしていない。今後罵る事もない。ね、これでいいじゃありませんか」

 これでいい、と言えるポイントがひとつも見当たらず、鈴音は骸骨と顔を見合わせる。

 プリムスも緩く首を振り、おもむろに人差し指を立てた。


「では、私が娘のした話を皆に聞かせるから、その後に村長、キミが否定するといい。冗談なのだと。信じて貰えるかは知らないけれどね」

「は……、ははは!いくら身分が高いとはいえ、フラッと村へ立ち寄った旅人と、代々土地を管理し村長として頑張ってきた家の主たる私とでは、皆の信用が違いますよ。結果は見えているのですから、そんな回りくどいことをしなくても……」

 ちょっと余裕が出たのか、引き攣り気味ではあるが笑顔の村長を見つめつつ、プリムスは胸元から金の板を引っ張り出す。

「作り話や冗談云々、プローデ君を罵った事がないという嘘。頂けないね。本当は親であるキミも、まるで悪いと思っていないだろう?」

「いえ、お騒がせして申し訳なかったとは思っています。娘も年頃ですから、同い年の男性には心にもない事を言ってしまったりもするでしょう。それを、罵っていると勘違いされたのかもしれません。誤解を解いて仲直りする必要がありますね」

 しれっと仲直りなんて言葉を使う村長に、ここまで情けを掛けていたプリムスも諦めた。


「一方的に蔑ろにしておいて、仲直りとは笑わせる。勘違いに誤解に仲直り。やはり悪いとは思っていない。皆に知らせよう、村長一家の理不尽さを」

「お待ち下さい」

「待たない。頑張って否定するといい。この私に勝てると思うなら」

 そう言いながらプリムスは、掌に載せた金の板に魔力を流す。

 途端に、板の上へ学者風の若い男性が浮かび上がった。

「……え……っ?」

 プリムスは名乗らない。名乗らないが、この理知的な男性の顔を知らない大人は、世界中どこを探しても居ないだろう。

「大……賢者……サペーレ様……?」

 かろうじて村長が呟き、残る面々は目を丸くして固まっている。

「ああ、声に出してしまったのか」

 憐れむように言われ、村長は目の前の不死人(しなずびと)が大賢者だと認めてしまった事に気付くが、時既に遅し。

「さて、キミには先祖代々の信頼と実績があるのだったか。どちらが信用されるか、賭けるかね?」

 身分証を仕舞いながらのプリムスに問われ、村長は残像が見えそうな勢いで首を振った。

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