第四百十一話 掻い摘んで内容おしえてー
店を後にしようとしていた商人の1人がふと立ち止まり、鈴音へと声を掛ける。
「魔法使いさん。ソイツの腕、そのうち治ると思うんだけど、その後に嫌がらせされたりしないかな」
女神様の剣士を虐げていたという話を広めるのはいいが、完治した途端に店へ殴り込まれるのは嫌だ。そう言って眉を下げる商人に、似顔絵を貼り終えた鈴音は微笑む。
「女神様にお願いしておきます。よからぬ事を企んだら雷を落として下さい、て」
その言葉が終わると同時に、通用口側へ雷が落ちた。
商人は目を丸くしてから、『それなら安心だ』と笑顔で去って行く。
歩きながら別の人物と会話しているので、この話もまた直ぐに広まるだろう。
客達が帰った店内に残るのは、プローデを虐げていた者達と、片付けをしている店主のみ。
「さて、アンタらには目印をつけとこかなー」
腕の痛みで息が荒めのボスと、それを遠巻きに見ている者達を視界に収め、鈴音は空中にテニスボール大の黒い球を複数出現させた。
謂わば影のような、脅しの為の何の力もない只の黒い球なのだが、鈴音と虎吉以外にそんな事が分かろう筈もなく、皆一様に怯える。
「な、何だそれ。俺らはそこまで酷ぇ事してねえのに」
「トモダチなんだから飯奢れよっつったぐらいで」
「獲物巻き上げたりしてねえもんな」
「一緒に探検に出てねえから、魔物に囲まれた時にアイツだけ残して逃げる、とかもしてねえし」
呪いでもかけられると思ったのか、口々に喋り出す腰巾着や別パーティの面々。
「あ、でもお前らあれだろ『一緒に探検行くか?』とか声掛けといて、アイツが喜んだ途端に『冗談に決まってんだろ!』とかゲラゲラ笑って……」
「は!?それ言ったらお前らなんか、トモダチトモダチ連呼して金巻き上げ続けてただろうが!」
「借りただけだっつの!」
「くれたんだよなートモダチだからー、とかニヤニヤ笑いながら脅してただろ!」
「アァ!?なんだテメェ」
「やんのか、オォ!?」
揉める腰巾着達と別パーティ。
腕だけでなく頭も痛くなったのか、ボスの表情は酷い有様だ。
それもその筈、どのように虐げたのか知らない段階でああだった誰かさんの前で、こんな話をしたら。
「ハハハ……、いやもう、何やろな……泣きそうや」
怒りと悔しさと悲しさが混ざり合った結果、鈴音の顔には不気味な薄笑いが浮かんだ。
「何も悪い事してへん人に、どうやったらそこまで酷い事言えるんか出来るんか。誰かの純粋な心を踏みにじって笑う?それを面白いと思う?アカン、全ッッッ然分からへん。只々胸糞悪い。死んだらええのに思う」
空中に浮いていた黒い球が消え、変わって漆黒の手が床から生えた。
悲鳴を上げる彼らを掴み、きつく握り締める。
「このまま頭から床に叩きつけたろか。それとも握り潰したろか。ほら、笑いんか。人が絶望してる顔見て笑うんやろアンタらは。目の前にオモロイ光景が広がってるやん、何で笑わへんのよ」
殺気を放ちながらすっかり無表情になった鈴音へ、プローデを虐げた者達は必死の形相で言い訳をし始めた。
「そんなつもりじゃなかったんだって!」
「みんなやってたから真似しただけで」
「嫌だって言わねえアイツも悪いだろ!」
「トモダチとしてじゃれてただけだったのに」
どこかで聞いたような内容に、無表情だった鈴音の口がポカンと開く。
「あー……、こういう事する奴の言い訳て、どこの世界でも同じなんや……」
「ホンマか」
「うん、ニュースで何回も見た」
見上げてくる虎吉に頷いた鈴音から、気が抜けたように殺気が消える。
「この手の奴らも反省せぇへんのやったわ、そう言えば。今も多分、『アイツがあんなんするから巻き込まれたやん』て、お山の大将のせいにしてる筈やし」
「何じゃそら。自分がやった事やろに」
「ね。操られてる訳ちゃうねんから、て思うよね」
呆れて溜息を吐く鈴音から、全員が目を逸らした。やはり反省した様子は見られない。
「んー……」
唸りながら少し考えた鈴音は、無限袋から油性ペンを取り出した。
そして漆黒の手で腰巾着その1の頭を固定すると、その頬に何らかの文章を書いていく。
「……できた」
腰巾着の頬には、“私は他人の尊厳を踏みにじり嘲笑った事で天罰を与えられた男です。反省?するワケねーだろバーカ!”と書かれていた。
「うはは!こら目立つなあ。近寄って読んだ奴に『何やコイツ!?』いう顔されるんやろなあ」
「確実にドン引き。でもな、私にも慈悲の心はあるんよ。ちゃあんと反省した人の顔に、こんな事が書いてあるんはどうかと思うやん?」
胡散臭い微笑みでそんな事を言う鈴音へ、虎吉もニコニコと頷く。
「そらそうや」
「せやから、プローデさんの心を踏みにじった件を本気で反省したら、その時点で綺麗サッパリ消える……ように出来ませんかノッテ様」
心から反省しない限り何があっても消えないようにしてくれ、と頼む鈴音の声に応え、油性ペンで書かれた文字が一瞬光った。
「お、今のんは女神さんの神力やったで」
「よっしゃ、ほなもう反省せぇへん限りこのままや。早よ残りの奴らにも同じように書かな」
ペンを手にウッキウキで近付いてくる鈴音を見て、悲鳴を上げ逃げようと藻掻く男達。
勿論どうする事も出来ず、漆黒の手にがっちり顔を固定され、ボス以下全員、腰巾着その1とそっくり同じ目に遭った。
「ふー、これでヨシ!」
ペンを仕舞い漆黒の手を消し、いい仕事をしたとばかり額を拭う鈴音とは対照的に、馬鹿の集団は顔を顰めながら頬を擦っている。
「いやいやいや、擦っても消えへんようにして頂いてんて、女神様に。お肌痛めつけても無駄やけど、反省したら直ぐに消えんねんから」
そんな鈴音の助言は彼らに響かず、実に恨めしそうな目を向けられた。
「うわー、私を悪者扱いしてる顔や。珍しく逃げ道作ったったのに酷い酷い」
「うはは、一生そのままでおりたいんか、変わった奴らやな」
「ホンマやで。落書きが消えるどころか、悪事に手ぇ染めて女神様の雷で死にそうやもん」
馬鹿達はこう言われて漸く、女神の監視がついている事を思い出す。
青褪めた顔で出入口を見つめ固まる彼らへ、鈴音は笑いながら手を振った。
「今は大丈夫やで、せやから安心して帰ったらええよ。早よせな店主さんに迷惑やしね」
「信じて、外へ出た途端、ドカンと、やられるんじゃねえか?」
腕の痛みが限界らしいボスが、荒い息の合間に疑いを口にする。鈴音はやれやれと首を振った。
「せっかく反省を促せる罰与えたのに?雷で片付ける気ぃやったら、こんな面倒臭い事せぇへんわ。ここでモタモタして店主さんに迷惑掛けたら、報復行為と捉えてお怒りになるかもしらんけど」
口角を吊り上げた鈴音の指摘を受け、ギョッとした男達は慌てて出入口へ走る。
顔の落書きも忘れ我先にと逃げ出す様子を眺め、本当に一生あのままかもしれないな、と鈴音は何だか虚しくなった。
慰めるようにスリスリと頭を擦り付けて、虎吉が笑う。
「全員は無理やけど、1人ぐらいは元の顔に戻るかもしらんで?」
「そうかなぁ、そうやとええなぁ」
ほんの僅かでも、理不尽に虐げられた人の痛みを知って、自身のみっともなさを恥じて欲しい。
そう願いながら、店主に会釈した鈴音もまた外へ出て、街を駆け抜け村の宿へと戻った。
灯りのついている2階の窓へ虎吉が跳び、前足でカシカシとガラスを擦り帰ってきた事を知らせる。
その可愛らしい仕草で召されかけた骸骨がバラバラに崩れ落ち、ディナトの目を点にした。本に集中しているプリムスは気付かない。
3秒程で復活した骸骨により窓が開けられ、虎吉に続いて鈴音も部屋へ入ってきた。
「ありがとう骸骨さん。ただいま戻りましたー」
「ああ、おかえり。首尾は?」
威厳のある顔で尋ねたディナトだが、テーブルの上にひん曲がったアクセサリーパーツが多数転がっているので、迫力は今ひとつ。
ただ、プローデを心配する気持ちはしっかりと伝わってきて、鈴音のモヤッとしていた気分が晴れた。
「アイツらがプローデさんに近付く事は、もうない思います」
そう微笑むと、何があったのか皆に話し始める。
ディナトと骸骨が幾度となく頷いて聞く中、プリムスは本から顔を上げなかった。
「そんな面白いんかな日本神話。けど二度手間は嫌やから、はい、顔上げてー」
顔と本の間に手を突っ込むと、そこでやっとプリムスが鈴音の存在に気付く。
「おや、いつの間に。おかえり、無事で何よりだよ」
「はい、ただいま。いま丁度、あっちで何があったか説明中やねん」
鈴音が笑うと、驚いた様子のプリムスは本を閉じた。
「それは聞かなければ!さあ、続けてくれたまえ」
「はいよー」
頷いた鈴音は、プローデを虐げた者達の悪行と、彼らの顔がどうなったかを話す。
女神が文字を頬に固定したくだりでは、ディナトと骸骨が感心しプリムスは大喜びしていた。
「……という訳で、酒場に巣食う悪党は全滅、アルティエーレで出会った3人組も、肩身の狭い思いする事が確定しました」
話し終えた鈴音が会釈すると、皆から拍手が返ってくる。特にプリムスが感心しきりだ。
「反省すれば元通りとは、考えたね」
「うん。あの落書きが何なんかは、一部始終を見てた店主さんが広めてくれるやろし、我ながらええ罰や思う」
待っても待っても落書きが残り続ける虚しさはあるけれど、と半笑いになった鈴音の背を骸骨が優しく叩く。
「そこはそれ、善良な市民に危険を知らせたと思えばいいのだよ。己と向き合い反省も出来ないような輩に、情けは無用さ」
気にする必要はないとプリムスが肩をすくめ、それもそうかと鈴音は納得した。
「ありがとう、スッキリしたわ。女神様の剣士云々とは書いてへんから、もしプローデさんが見たとしても問題はない筈。そういう訳で、街の方は片付きました」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた鈴音に、ディナトは大きく頷いてみせる。
「次は、地主の娘とやらの番だな」
「はい。そこはプリムスが考えてくれてるみたいなんで、明日を楽しみにしましょう」
「ふふん、任せておきたまえ」
踏ん反り返るプリムスに笑ってから、鈴音はディナトの手元を見た。
「今夜中に完成しそうですか?」
「何とかしてみせよう」
だから手伝って、と顔に書いてある。
「分かりました、頑張りましょう」
骸骨と『たぶん徹夜だね』と頷き合って、サポートに入るため鈴音も椅子に座った。
「あ、そうやプリムス。本にどんな事が書いてあるんか、掻い摘んで教えてー」
「いいとも。それにしても、縦に文字を書くとは面白い文化だね。最初は本を後ろから開いてしまったよ」
桃太郎の絵本は横書きだったので、初めて縦書きに触れたプリムスは大興奮だったらしい。
「おもろいやろ?地球でも殆ど無いもん、縦書きする国」
「ふむ、興味深い」
そんな会話を交わしつつ異世界の大賢者から日本神話を教わり、膝の上で香箱になった虎吉を撫でてはディナトにパーツを渡し、結局朝まで皆仲良く一緒に過ごした。




