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第四百八話 女神様がキレ気味?

 素早く視線を交わした4人は、警戒心を露わにしながら口を開く。

「そんな噂どこで仕入れんの?」

「や、その前におかしいだろ。アルティエーレみたいにデカい街になら、別の大陸の新聞記者が居んのも分かるけど」

「そっか、こんな小さい街になんで遠い国の、それも地方紙の記者が居るのかって事ね」

「あんたホントは何者だよ」

 身構えながらの質問に、鈴音は営業用スマイルのまま答えた。

「記者ですよ。アルティエーレに()る特派員が、女神様の剣士と揉めた3人組について調べた結果、ファンゴという街の名前が上がる。直ぐに行きたいけど遠い。あ、そういや各地の名物料理を取材してる奴がこの辺に来てた筈。丁度ええから調べてきてー、て仕事を押し付けられた可哀相な記者です」

 伝声器を耳に当てる仕草をしつつ、鈴音は村の食堂で皆と考えた嘘を大変滑らかに披露する。

 すると、女神様の剣士と揉めた3人組、の部分に全員が分かり易く目を見張る等の反応を示した。


「おや?ご存知ですか、3人組。何ていうんか、馬鹿は馬鹿を呼ぶ……間違うた、類は友を呼ぶいう感じの、頭の悪そうな人達なんですけど。えーと、顔が……」

 ポケットを探った鈴音が、無限袋から取り出したのは似顔絵。

 村の食堂で骸骨に描いて貰ったものだ。当然、写真と見紛う出来栄えである。

 ずい、と似顔絵を突き付けられた4人は、唖然として固まった。

「何これ、そっくり」

「こんなもん、誰にどうやって描かせた?あんたはアルティエーレに居なかったんだから、コイツらの顔なんか知らねぇだろ」

 疑り深い男性の指摘にも鈴音は動じない。

「新聞は情報の鮮度が命ですからねー。文書や似顔絵が空飛んで来たりするかもしれませんねー」

 似顔絵を持った右手を羽のようにパタパタと動かし、これ以上は企業秘密ですけど、と笑う鈴音。鳥に運ばせるのか、と勝手に解釈した4人は驚きながら顔を見合わせている。


「で、ご存知なんですよね?彼らの事。女神様の剣士を差別し虐げた結果、バッサリ縁切りされたらしいですけど。ほら、二度とツラ見せんな!的なあれ、食ろたんですってよ」

 4人が様子を見ているので、鈴音はそのまま喋り続けた。

「特派員が、あんな優しそうな人があそこまでハッキリ言うなんて、よっぽど嫌な目に合わされたんやろな、て言うんですよ。それ調べてこいって。ほんで、他にもきっと似たような事した奴が()るから、それも調べてこいって」

「調べてどうすんのよ」

 女性の問い掛けに、鈴音はきょとんとして首を傾げる。

「そら読者の皆様に危険をお知らせするんですよ。この顔見たら近寄るな!奴らはこんな卑劣な行為をして女神様の剣士を傷付けた!コイツらが居る場所に女神様の剣士は現れない!て。もし女神様の剣やないと斬られへんような魔物が出ても、クズ達が()る限り剣士は現れへんのに、それ知らんかったら危ないですやん。せやから、善良な読者様の為に、きっちり危険人物を炙り出して記事にするんですよ」

 あと何人増えるんやろ、と似顔絵に視線をやる鈴音が語った内容は、4人に衝撃を与えた。


「まるでお尋ね者……。まあ大陸違いだし地方紙だし、こっちの全国紙でやられるよりはマシ……?」

「なあ、もし本当に、女神様の剣じゃなきゃ勝てない魔物が出たらどうする?そん時にソイツらが近くに居たら、剣士は来ないんだろ?命が幾つあっても足りなくないか?」

「そんな魔物の話は聞いた事ないけど、じゃあ何で女神様の剣士が生まれたのか、ってなるもんな……」

「念の為に、傷の兄ちゃんを嗤った奴ら全員無視しよう。関わらない方がいいって」

 女神様の剣士の役割はまだはっきりしないが、いざという時に助けて貰えないなんて真っ平御免である。馬鹿ではない4人は頷き合い、鈴音を見た。


「その3人組は傷の彼を探検に連れて行ったらしい。一晩中見張りさせてやった、とかあっちの奴らと笑いながら喋ってんのは聞いた」

「俺らも兄ちゃんから、仲間に入れてくれないかって声掛けられたけどな、断った。別にアイツらみたいに嗤う為じゃないぞ?昔、顔に傷のある男に騙された事があるからだ」

「5人でこの仕事してたんだけど、お金持ち逃げされちゃってさ」

「彼とは関係ないと分かっていても、顔を見たらどうしても苛々してしまう。だから一緒に行動は出来ない」

 4人の話を聞き、成る程と鈴音は頷く。

 誰もが差別主義者という訳でもなさそうだ。彼らのように、理由があって断ったパーティが他にもいるかもしれない。

 運悪くそれが続いた後に、あの馬鹿達から声を掛けられたのだとしたら。

 素直なプローデはきっと、喜んでついて行っただろう。


 微笑みを張り付けたままの鈴音から、一瞬物凄い殺気が出た。


「ヒッ!?」

 竦み上がった4人は鈴音を見つめて固まるも、あまりに一瞬の事だったので、何かの間違いだったかと大きく息を吐く。全員、冗談のように溢れた冷や汗を拭い、風呂上がりかと揃って笑った。

 殺気を引っ込めた鈴音もニコニコと笑う。

「貴重なお話をありがとうございます。あの馬鹿騒ぎしてる馬鹿な輩が、この3人組の仲間というか、繋がりのある人達なんですね?」

「ああそうだ。傷の彼へ暴言を吐いては嘲笑っているのを、何度か見掛けた。因みに何で助けなかったのかと聞かれたら、顔に傷のある男が嫌いなのと、彼が女でも子供でも老人でもないからだ、と答える。以上」

 しっかりと予防線を張る男性に笑って頷き、鈴音は彼らへ会釈した。

「事情さえ分かれば、女神様の剣士も納得しはるんちゃいますかね?知りませんけど。ほな、あっちで話聞いてみます。ありがとうございましたー」

 4人のテーブルから離れる鈴音の耳に、彼らのヒソヒソとした会話が届く。


「止めなくていいの?アイツらタチ悪いのにさ」

「記者なら危ない場面も潜ってきてるだろ」

「揉め事に首突っ込むんだから覚悟の上だって」

「仕事だもんな。ま、本気でヤバくなったら助けよう」

 これを聞く限り、馬鹿達より彼らの方が実力は上で、意外と面倒見もいいようだ。顔の傷にトラウマさえなければ、プローデと親しくなっていたかもしれない。

「あのパーティのお金泥棒した奴、ビックリするぐらい運悪ならへんかな。持ち逃げ事件さえなかったら、プローデさんは彼らと行動出来てたかもしらんのに」

「顔に傷ある小悪党やったら、この先どっかで女神さんの剣士のフリするんちゃうか?偽物やてバレてボッコボコにされよるかもしらんで」

「それええなー、そうなってますように」

 虎吉が予想し鈴音が願う。その願いを女神様はちゃんと聞いている。愛してやまない白猫の眷属の願いだ、小悪党がどうなるのか等、言うまでもないだろう。



 さて、自身の願いが叶う事など知る由もない鈴音は、馬鹿騒ぎ中のテーブルに到着。

 どうやって声を掛けようかな、と思案するまでもなく、向こうが気付いた。

「お?何だ姉ちゃん見掛けねぇ顔だな。そんな変な魔獣にオッパイ引っ付けてどうした。寂しいなら遊んでやるって俺の逞しいムスコが言ってるぞ?ギャハハハハ」

 そうボスらしき男が笑えば、仲間も同じように笑う。

 他のテーブルの客達はうんざりした様子で首を振り、何故あんな輩の所へわざわざ近付いたのかと鈴音に呆れている。

 馬鹿達と傍観者達の視線を集めた鈴音は、一応理性を総動員して頑張ってみた。頑張ってはみたが、やはり無理だった。


「小ッッッさ!!」

 目線を下げ無表情に放った呪文は店中へ響き渡り、見事なまでの静寂を生み出す。


「……あ、しもた。つい本音が。カチーンときたもんやから、うっかり見たまんまの事を口にしてもた」

「おう。変な魔獣、の辺りでアカン思たけど、やっぱりアカンかったな」

 静まり返った店内では鈴音と虎吉の会話がよく聞こえ、傍観者達は徐々に『見たまんまの事……!』と腹筋を震わせ始めた。

 まさかこんな反撃を食らうと思っていなかった馬鹿達は、何を言われたのか理解するのに時間を要し、店内が含み笑いで溢れる頃になって漸く顔を真っ赤にする。

「こ、こ、このアマぁぁぁあああ!!」

 激怒し立ち上がったボスは、吠えると同時に鈴音へ向け勢いよく右ストレートを繰り出した。

 思わず腰を浮かせた探検家達は、華奢な女性が無惨に殴り飛ばされてしまう、と顔を顰めたが、次の瞬間『あれ?』と首を傾げる。

 鈴音が無事な上に、何故かボスや仲間達が着席していたからだ。


「何だ……!?」

 強制的に座らされたボス達も、自分達の身に何が起きたのか分かっていない。

 涼しい顔で立っている鈴音を睨みながら立ち上がろうとして、身体が動かない事実に愕然としていた。

 そんな彼らの耳に、実に楽しげな声が届く。

「念動力はシオン様譲りやからなー、魔王でも破るん苦労するやろなー」

 テーブルを囲んで座る馬鹿達の後ろをゆっくりと歩き、彼らには理解不能な種明かしをして笑う鈴音。

「人の力でどうにかなるもんやない、いうこっちゃ」

 虎吉もとても楽しそうだ。

「テメェ……魔法使いか……!」

 ボスの憎々しげな声に鈴音は首を傾げる。

「まあ、そうやねんけど……ちょっとちゃう(違う)かな?今は記者として取材しに来てるんよね。女神様の剣士を虐げた馬鹿達の」

「は?」

 鈴音の自己紹介が静かな店内に響くと、ボスは怪訝な顔をし、驚いた探検家達は仲間と話し始めた。

 大半は、やはり新聞に載っていたプローデというのはあのプローデか、という反応だが、中には苦虫を噛み潰したような顔をしている者も居る。

「ふーん、馬鹿はコイツら以外にも()るみたいや」

「せやな」

 黒目がちになっている虎吉を撫でて心を落ち着け、鈴音は攻撃を開始した。



「新聞に出てた、顔に傷のある女神様の剣士は、アンタらが見下してたプローデさんな。彼に対する差別やら虐待やらがあった事が、この馬鹿3人組がやらかしてくれたお陰で明るみに出たから、取材に来てん」

 似顔絵を皆に見えるよう掲げてから、ボスや仲間達へ突き付ける。

「コイツらは女神様の剣士を探検に連れ出して、一晩中見張りさしたとか。代わる代わる起きて暴言浴びせよったんかなー?他にも酷い事したんやろけど、何したか知らん?」

 似顔絵を突付きつつ問い掛ける鈴音へ、ボスの取り巻きでしかない男は首を振る。

「そうかー、知らんかー。ほな自分らがやった事教えてよ。それやったら絶対知ってるやん?」

「何もしてない」

 仲間という名の腰巾着は、目を逸らし小さな声で答えた。

 鈴音は大袈裟に驚いてみせる。

「えぇー!?そんな筈ないやろー!嘘ばっかりー」

「あぁ!?証拠はあんのか証拠は!」

 直ぐさま割り込んだボスは、鈴音や周囲を睨みながら何もしていないと主張した。

 よし作戦通りだと心の中でガッツポーズした鈴音が、次の段階へ移ろうとした、その時。


 轟音と共に、店の入口前へ雷が落ちた。

 それも一度ではなく、正確に同じ場所へ、何度も何度も。


 通行人や客引きが悲鳴を上げ、建物の中へ逃げて行く。

 そんな混乱を眺めながら、虎吉は猫の耳専用の声量で鈴音へ尋ねた。

「……まだ何もしてへんやろ?」

「うん。今からやろうとしてたとこ」

「っちゅう事はこの雷、女神さんのんか」

「多分そうやんね。作戦会議を聞いてはったか、シンプルに嘘吐きにキレはったか、どっちやろ」

 鈴音達が立てたのは、雷の魔法を使って『女神様がお怒りだ』と脅す作戦。

 飽くまでも、二度とプローデに愚かな真似をしないよう脅す為だけに、雷を使う予定だった。

 怯えた無様な姿を周囲に見せられれば、取り巻きは勿論、本人も静かになるだろうとの考えだったのだ。

 しかし本物の女神が参加してきたとなると、そんな生易しい展開になるとは思えない。


「正直に喋るんが身の為やで。プローデさんをいびりました、て認めて本人に謝る約束でもせんと、この店から出られへんし、下手したら店ごと吹っ飛ばされるかも。だってあれ、女神様の雷やもん」

 この脅しに青褪めたのは、ボスではなく店主だ。

「み、店ごと!?そんな、冗談じゃない。女神様!彼らは女神様の剣士に酷い暴言を吐いていました!彼らの暴力が恐ろしくて、女神様の剣士を助けなかった事をお赦し下さい!」

 店主はカウンターの向こうから出て来て膝をつき、両手指を組んで祈りを捧げている。

 するとその姿に触発されたのか、我も我もと探検家達が祈りを捧げだした。

「私も見ました!助けられなかったのは、アイツらが怖いからです!」

「他にも居るんですよ、あ、ほらアイツ!」

「アイツらもそうです!」

 とまあ、こんな具合に次から次へと出るわ出るわ。


「テメェら……後でたっぷり礼をくれてやる。覚悟しとけ」

 焦ったボスが凄むも、念動力で椅子に固定されているので怖くないどころか滑稽だ。

 告発された輩は、あれでは後ろ盾にならない、と頭を抱えている。

「誰の心にも刺さってへんみたいやで。このままやとマズい思うけどなぁ」

 何とかして謝罪させたい鈴音が粘るも、ボスはやっていないの一点張り。

「こらもう、雷に打たれて貰うしかないか」

 大きな溜息と共に、鈴音はボスと腰巾着達を見つめた。

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