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第四百七話 ヨタロウ新聞の記者です

 話が一段落した所で、今日はもう問題のお嬢様が屋敷から出る事はないだろうと判断し、プローデが宿へ声を掛けに行く。

 女将も調理を手伝う為に厨房へ引っ込み、今がチャンスだと鈴音達は顔を近付け作戦会議を始めた。


「まずは街の方から片付けたいですね。街の探検家なら、どっかで新聞読んで、女神様の剣士誕生を知ってる思うんですよ。まさかなと思いながらも、もしかしたら自分が差別して馬鹿にしてる彼かもしれん、とも思た筈です」

 鈴音が言えば、頷いたプリムスが続ける。

「プローデ君を嘲笑った者達からすると、もしプローデ君が女神様の剣士だった場合、大袈裟に脚色した話をあちこちで言いふらし、周囲が自分達を見下すよう仕向けるのでは、等と考えるかもしれないね。人は、自分がやったのと同じ事を他人もやると思いがちだから」

「プローデがそんな馬鹿馬鹿しい事をする筈もないのに、愚かだな」

 呆れるディナトに骸骨が深く頷き、鈴音も同意した。

「アホは客観的に物事を見られませんからね。なので、あれこれ言われる前にプローデさんを丸め込もう、そしたら何もなかった事に出来るやん、とか思てるでしょうね」

「そこで『絶対に無理だね!』と否定出来ないのが何とも……。まあプローデ君も少しは成長したから、そう簡単に騙されはしないだろうけども、心配ではあるね」

 プリムスの言葉を受けて、骸骨が懐から取り出した石板にサラサラと絵を描く。


「んー、プローデさんが囲まれて困ってる、囲んでる輩は吠えてる、更に人垣が出来る……あー、成る程ありそう」

 絵を読み解いた鈴音へ、プリムスとディナトの視線が集中した。

 微笑んだ鈴音は、絵を指しつつ分かり易く通訳する。

「俺達がこんなに謝ってんのに赦さないつもりか!?そんなに偉いのか女神様の剣士ってのは!とか大勢で囲んでギャーギャー騒ぐ、プローデさん困る、奴ら勢い付いて更に吠える、野次馬集まる、プローデさん自分が悪いような気になってくる、いう悪夢のようで一番ありそうな状況を描いた絵です」

 説明を聞いたプリムスは痛む筈のないこめかみを押さえ、ディナトは眉根を寄せて溜息を吐いた。

 揃って『多分こうなる』と思ったようだ。


「こんな事にならんよう、早い内に手を打ちたいですね」

 鈴音が表情を引き締めて言うと、プリムスが頷きながら口を開く。

「仕掛けるなら今夜だろうね。明日になればキミ達は鹿肉を手に入れ、そのままコスタへ戻るんだろうし」

「本来の目的はお魚やからねー……て、ちゃうわ、ディナト様のお供が本来の任務やったわ。お魚はお土産や」

 笑う鈴音の“お供”という単語にプリムスが反応した。

「お供といえば鈴音嬢キミ、またあの侍女のような姿になれるかね?」

「侍女?うん、いつでもなれるけど?」

「よし、それならお嬢様の方は片付くね。問題は探検家達の方か……」

 プリムスが何をするつもりか気にはなったが、その時がくれば分かるだろうと自分を納得させ、鈴音もまた虎吉を撫でつつ策を考える。




 ヒソヒソコソコソ鈴音達が策を練る中、元気な足音と共にプローデが帰ってきた。

「ただいまー。宿のおばさんに部屋の用意して貰ってきました。ただ、朝食は材料がないから作れないそうです」

 テーブルへ近付き申し訳なさそうな顔をするプローデに、皆は笑って首を振る。

「こんな時間にいきなり来たんやし、当たり前の事ですよ。泊めて貰えるだけでありがたいです」

 鈴音が笑顔で応えると、カウンターから女将の声が割り込んできた。

「だったらウチが作るから、7時頃においでなさいな」

「え、朝から開けてくれるの?」

 驚くプローデに女将が笑う。

「だってそうしなきゃ、朝食抜きになっちゃうじゃない」

 このやり取りから、普段は昼以降の営業なのだと分かった。

「ありがとうございます」

 温かな心遣いに感謝する鈴音へ、料理を運んできた女将は満面の笑みだ。

「プローデがこの村へ初めて連れてきたお客さんだからね、思いっ切りもてなさなきゃ」

 これにはプローデが照れたような困ったような顔で頭を掻き、鈴音達は微笑みつつも改めて彼の孤独を知る。

「……フルボッコや」

 街に巣食う愚者へ向けた鈴音の低い呟きは、虎吉の耳にだけ届いた。



 女将が出してくれたのは、黒牛の煮込みという店主特製の料理。

 タンシチューのような深い味わいで、全員を大満足させた。ペロリと平らげてから、鈴音は慌てておかわりはあるか尋ね、大皿に白猫の分を確保し胸を撫で下ろす。

 骸骨はそもそもこの手の食べ物は口にできないが、いい香りが漂うなか酒も飲めないのは辛いに違いないので、長居せず宿へ行く事にした。

「ごちそうさまでした、メッチャ美味しかったです」

「ありがとねー、ウチの自慢の料理だから嬉しいわ」

 食事代に加え白猫のお土産の分と、いらないと言われたが明日の朝食の分も無理矢理支払い、鈴音達は店を出る。

「お待たせしました、こっちです」

 自身の支払いを済ませてきたプローデの案内で、村唯一の宿へ向かった。



 宿は山小屋を思わせる木造2階建てで、洋風の民宿といった雰囲気だ。

 玄関で迎えてくれた笑顔も体型も福々しい女将が、食堂の女将と同じ事を言う。

「まあー、プローデが初めて連れてきたお客さんが、こんなに立派な方々だなんてねぇー」

「うん、自分でもビックリしてる」

 やはり照れ笑いするプローデを眺め、鈴音は顎に手をやった。


 こんなに村の大人達に愛されているのに、あんなに自己肯定感が低く育ってしまったのは、お嬢様とやらの口撃がかなり深い傷になっているからか。

 芸能人なども、100の好きより1の嫌いのダメージがどれだけ大きいか、よく口にしている。実際にそれが理由で死者も出た。

 無関心でいられない程の存在感を示せている証拠だ、と悪口も栄養にしてしまう強者も居るが、それは彼らが人前に立つ仕事をしているからこそ言える事で。

 一村人、ただの少年でしかなかったプローデにとって、命懸けで助けた相手からの悪口雑言は、一体どれほどの衝撃だっただろう。

 少なくとも、他の村人全てから注がれる愛情では癒えない、深い深い傷を負ったのは確かだ。


「フルボッコその2やな。まあ大賢者様が何ぞ考えてるみたいやし、任してみよか」

 またしても独り言を耳にした虎吉は、よしよし落ち着け、とばかり頬へ頭を擦り付けてやる。

「ふひょへへへ虎ちゃーん可愛いぃー」

 棘々だった鈴音の周りの空気が、一気にお花畑化したのは言うまでもない。



「じゃあ明日の朝、7時前に迎えにきますね。おやすみなさい」

「はい、お願いします。おやすみなさい」

 自宅へ帰るプローデとは玄関で別れ、鈴音達は女将に案内されそれぞれの部屋へ入った。

「ふー。1階にシャワーある言うてはったから、後で使(つこ)たように見せ掛けとかなアカンね」

「そうか、他に客おらへんからやな」

「うん。汗も流さへんヤバい人認定されたないし」

 確かに、と頷く骸骨や虎吉と笑い合っている所へ、ノックの音が響く。

「はーい。……おや、大賢者様」

「うん、偉い骨だよ。……じゃなくてだね。本当に1人で大丈夫かね?」

 部屋を訪れたプリムスを取り敢えず招き入れ、椅子を勧めた。

「1人ちゃうよ?虎ちゃんが()るし」

「うーん、でも相手は大勢いるのだよ?沢山の悪意をいっぺんに浴びては、キミが傷付くのではないかね?」

 鈴音は思わずポカンとする。


「何やの、心配してくれてんの」

「わ、悪いかね!?私のように長く生きて……いや死んでるけども、長くこちらで過ごしていれば、悪意のあしらい方も身につくのだよ。でもキミは若いじゃないか。まともに攻撃されて、まだ柔らかさのある心に傷を負わない筈がない」

 真面目に語るプリムスを見つめ、只々鈴音は感心した。

「あー……、凄いな、ちゃんと大人やな」

「受け流された!?そんな馬鹿な!酷い酷い!」

 ジタバタするプリムスへ骸骨が違う違うと手を振り、鈴音も笑って頷く。

「ちゃうねん、本気で感動してん。下のもんの事を考えてくれる、ちゃんとした年長者なんやなーて」

「何かね急に!?照れる照れる!」

「おぉ、別バージョンあるんや……。まああれよ、その気遣いだけで充分。私の場合、悪意には悪意で返すし、ギャンギャン吠えられるほど相手がアホに見えて笑えてくるから平気」

「おう。ひとつ要らん事言うたら、100倍になって返ってくる思たらええ。鈴音は敵や思た相手には容赦ないんや。ま、俺も猫神さんもそうやけどな」

 鈴音と虎吉がニンマリとよく似た笑みを浮かべ、骸骨も大きく頷いている。


「本当かね?無理はしていない?」

 プリムスの確認に、鈴音は腰に手を当て踏ん反り返った。

「最悪全部吹っ飛ばしたらええから余裕」

「駄目な余裕だね!誰かねこの危険人物に無敵の力を授けたのは!?」

「うん?基本は猫神さんやけど、その後にまあ色んな神さんがどんどん足してったからなあ。魔王の力も混じっとるし、誰の力でこうなったかはハッキリせぇへんなあ」

「魔王。小説や芝居にしか出て来ない存在が現実に。そしてその力を持っているとなると……女神様の剣士が討伐すべき対象はキミでは!?」

 立ち上がって大袈裟なポーズを取るプリムスに、鈴音は緩く首を振る。

「0点。もうちょっと自然な感じで驚かんと。その演技やと端役ですら使(つこ)て貰われへんで」

「ふーむ、難しいものだね芝居というのは。でも0点は厳しくないかね」

「妥当妥当。ほなそろそろ弱い者いじめしに行ってくる。見下して嘲笑って踏みにじってくるわ」

 うーん、と伸びをしながらえげつない事を言う鈴音と、『いよっ待ってました』とでも言いそうな拍手を送る骸骨を見て、プリムスは吹っ切れたようだ。


「分かった。キミに任せるよ」

「そうそう。大賢者様は皆に尊敬されて愛される存在でおらなアカンねん。怖がられる役は異世界人と神様に任しとき。ほな骸骨さん、ディナト様をお願いね」

 任された、と骸骨が親指を立てる。鈴音の代わりにアクセサリー作りを手伝うのだ。

「よいしょ、行ってきまーす」

 窓を開けた鈴音は骸骨とプリムスに手を振り、すっかり日が暮れた村へ飛び出して行く。

 それを見送った骸骨は、窓を閉めプリムスを促した。

「随分と信頼しているのだね」

 部屋を出ながらそう言ったプリムスに、骸骨は幾度か頷く。そして、本を開きページをめくる動作をした。

「大人しく読書して待てと?ふむ、そうだね。せっかくだしそうさせて貰おう。気になって仕方なかったのだよ、しょうがくせいでもよくわかるにほんしんわ」

 魔法の鞄から文庫本を取り出したプリムスへ頷いてみせながら、骸骨は心の中で『今!?』と鈴音に思い切りツッコんでいる。

 しかも小学生向け、と思ったが、お陰で全ての漢字にふりがな付きなのでプリムスにも読めそうだ。

 もしや神の意思かと疑うも、鈴音の神は猫。なんだ偶然かと肩をすくめて、歩き読みを始めたプリムスを引っ張りつつ、骸骨はディナトの部屋へ向かった。




 さて、あっという間に村を抜けた鈴音は、遠慮なく飛ばして街を目指し1分程で到着。

 既に閉ざされた門の横に書いてある字を読む。

「ファンゴの街へようこそ、やて」

「ようこそ言われたら入ったらな」

「そうやんねー。ほなお邪魔しまーす」

 そびえ立つ丸太の壁にヒョイと跳び乗り、街を見渡した。人気のなさそうな場所を探すまでもなく、繁華街以外は静かだ。

「探検家は卸売組合で今日の稼ぎを手にして、酒場で乾杯でもしてる頃かな」

「せやな。競りはやってへん言うてたし、狩ったもん全部売っぱろうて酒やろな」

 建物の屋根へ跳び移り、明るい光が溢れている一角へ進む。

 手前の路地で地上へ下りてから、道行く人に探検家が集まる酒場はどこかと尋ねた。2、3人に尋ね同じ店の名前が返ってきたので、そこへ行く事にする。


金色(こんじき)の夢亭、ここやね」

 看板を確認した鈴音は虎吉を抱え直し、演技モードのスイッチを入れた。

 開けっ放しの入口から中へ進み、ざっと周囲を見回す。

 成る程どの席も、いかにも探検家ですといった見た目の人々で埋まっていた。

 静かに飲んでいる者達も居れば、下品な笑い声を上げながら馬鹿騒ぎ中の者達も居る。

「まずは静かな方から行ってみよかな」

「会話になりそうな方からやな」

 そう応える虎吉の顔は肉料理が載っているテーブルに向き、鼻がフンフンと動いていた。

「さっき食べたのに、虎ちゃん食いしん坊やなー」

「肉は別腹や」

「主食やのに!?」

 驚愕の事実を知った所で、目当てのテーブルに到着する。


「こんばんは、ちょっとお話を伺いたいんですが」

「は?」

「誰」

 男女混合4人パーティから鋭い視線を向けられるも、鈴音は営業用スマイルを崩さない。

「私、日刊ヨタロウ新聞の記者でして」

「ヨタ……?聞いた事ないけど」

「はい、隣の大陸の地方紙ですのでご存知ないかと」

「隣?んな遠いとこの新聞が何の用?」

 面倒臭そうに顔を顰めながらも返事をくれる女性に、鈴音は勿体ぶらず直球を投げ込む。

「女神様の剣士に選ばれた、プローデさんについてお伺いしたいんですよ。こちらで冷遇されていたとか?」

 笑顔のまま躊躇いもなく答え難い質問をする鈴音へ、4人は得体の知れないモノに向ける目をした。

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