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第四百一話 宝石まとめ買い

 悩みに悩んだディナトが、自信なさげではあるがひとつのショーケースの前で止まる。

「最初に見た透明な石と、この首飾りに使われている石がいい。……と思う」

 そう言って彼が示したのは、金のネックレスに嵌っている緑の石だ。

「おー、ええ色ですね」

「そ、そうか?妻に似合いそうな気がしたんだが、よく考えてみたらこれにも付いていた。私の目の色だ」

 困り顔で妻から贈られたブレスレットを見せるディナトに、鈴音は楽しげに微笑む。

「ほな奥様もお気に入りの色やいう事ですよね。それに、ディナト様はこの石が奥様に似合うなぁと思たんでしょ?」

「ああ、きっと似合うと思った」

「それをそのまんま伝えたら、奥様も喜んでくれはりますよ」

「そうか……、よし」

 笑顔の鈴音と頷くプリムスに後押しされ、ディナトは妙に気合の入った顔で店員を探した。


 さりげなく控えていた男性店員が直ぐに気付き、営業用スマイル全開で歩いてくる。

 フィアンマを預けた職人姉妹の時は、いつもの癖で場を仕切ってしまったので、鈴音は今回ギリギリまで黙っているつもりだ。

 そこへ店員がやってきて、後ろに控える鈴音ではなく、ディナトを見上げ笑みを深くした。

「お呼びでございますかお客様」

 声を掛けられたディナトは頷き、ショーケースを指す。

「これ……ではなく、この石……と同じ物がいくつか欲しいのだが」

「はい、えー、首飾りではなく、宝石を単体でご所望にございますか?」

「そうだ。3つ……いや4つ」

 ちょっと考えて言い直すディナトを眺め、鈴音とプリムスは『両耳、首、手首、で4つかな?』とコソコソ話で予想した。


 見た目通りの上客だ、と判断したらしい店員が、ニッコニコでショーケースを開け首飾りを出す。

「4つ共、こちらと同じ大きさでよろしゅうございますか?」

「うむ……、いや待て、重さはどの程度だ?耳に着ける分は少し小さい方が良い……か?」

 振り向いたディナトに問われ、直径2時センチ程の石を見た鈴音は大きく頷いた。

「そうですね。私の小指の爪程の石でええ思います」

 そう言いながら右手を見せると、店員は目視で大きさを計り、『直ぐに御用意出来ます』と微笑む。

「よし、首飾りの物と同じ大きさを2つ、小さ目の物を2つ頼む。それと、あちらの透明な石も欲しいのだ」

 ディナトが指したショーケースを見た店員は、これ以上無いくらい満面の笑みを浮かべた。

 どうやらこの世界でも、ダイヤっぽい石はお高いらしい。

 緑の石よりは小さい石を幾つか選び、これを10個程だ等と言うディナトに、店員の揉み手が止まらなかった。



 結局、頼んだサイズの石を店員が取りに行く間、案内された奥のソファで待つ事となる。

「うーん、神様を宝石店に連れてったら、椅子で接客されるて決まってんのやろか。お忍びやのに。そういう運命?」

 ディナトとプリムスを座らせ、侍女として後ろに控えた鈴音は、豪華な応接セットに遠い目だ。

 退屈な虎吉は伸び上がって鈴音の肩に両前足を置き、そこに顎を乗せて店内を観察する。

 すると、虎吉の目を見た女性客が、パートナーに何やらねだり始めた。

「あら、あの侍女が連れてる魔獣可愛い。ねぇ見て、綺麗な目。私、あんな色の宝石が欲しいわ」

「ふむ、複雑な色だな。店員に聞いてみよう」

 呼ばれた店員も虎吉の目を確認し、男女をソファへ案内する。

 女性、男性、店員、と順番に目が合ったものの、凝視された訳ではないので虎吉は穏やかだ。


「虎ちゃん、招き猫やん」

「うはは、金を招く方やな?っちゅうか、俺の目ぇみたいな石てあるんか?」

「んー、この世界のは知らんけど、地球やったらスフェーン。7月の誕生石やから知ってんねん。ウチのニャーちゃんの目ぇみたいやなぁてずっと思てた」

「ほー、見てみたいもんや」

「え?あー、うーん、言うても宝石やから、それこそ小指の爪程の大きさでも、万札が手ぇ繋いで家出してまうんよねー。それよりは猫用オヤツ買いたいかなー」

 猫用品には何の躊躇も無く大金を注ぎ込むのに、宝石の数万円は出し渋る、これぞ猫馬鹿の金銭感覚。

「おう、石は食われへんもんな。そらオヤツがええわ」

 虎吉も、小さ過ぎてオモチャにもならない宝石より、美味しいオヤツの方が良いと納得したようだ。

 そんな会話をしていると、布張りのトレイを手にした店員が上役らしき男性と共に戻って来た。


「この度はご来店誠にありがとうございます」

 ウッキウキの上役とニッコニコの店員は、緑の石と透明な石が並んだトレイを手で示し、この大きさでいいかと確認する。

 石をじっくりと見たディナトは、これでいいと頷いた。

「ご期待に沿えましたようで、何よりにございます。では、こちらを……」

 店員がそっと出した革の伝票ホルダーを、ディナトは流れるように鈴音へパス。

 受け取った鈴音が開いて金額を確認し、無限袋から大金貨50数枚を出して革袋に入れ、ホルダーと共に返した。

 ホックホクの上役が金貨を数える間に、店員は宝石を箱詰めしている。

「確かに頂戴致しました」

 確認を終えた上役から領収書を、店員から箱の入った布袋を受け取ったディナトは、プリムスと共に立ち上がった。

「良い物をありがとう。感謝する」

 礼を述べたディナトの貴族も王族も超えた威厳に、上役も店員も自然と頭を下げる。

 その様子を見ながら、神様を接客したなんて知ったらどう思うだろう、と鈴音は密かに笑った。


 その後、鈴音が苦手な玄関までのお見送りを受けつつ店を出て、一行はそそくさと路地へ。

 もうすぐ休憩の1時間が終わるので急ぎ屋根へ跳び、来た時より更にスピードを上げて宿へ戻った。

 プリムスがまたカクカクになったのは言うまでもない。



 宿の階段を上り、ディナトとプリムスをそれぞれの部屋へ案内してから、鈴音は自身の部屋へ向かう。

「ただいまー……、お?プローデさんや」

 扉を開けるとそこには、テーブルを囲む骸骨とプローデの姿があった。

「あっ、鈴音さん。お邪魔してます」

 細々した物を両手に持ったプローデは、どうしようかと迷った結果そのまま会釈する。

 その手元を見つめ、鈴音は成る程と頷いた。

「さっそく装飾品の制作に取り掛かっとったんですね」

「そうなんです。自分の部屋で、今朝というか昨日からの事を思い返してみたんですけど、整理して納得するどころか、ちょっと訳が分からなくなってしまって。これはもう、何かに集中した方がいいかなって」

 困り顔で笑うプローデが置かれた状況には、流石の鈴音も同情する。

「うん、急に女神様の剣士とか言われても、そら何が何やらですよね。ほんで、装飾品作りするには参考意見も必要や思て、こっち来はったんですね」

「はい。芸術的な感覚とか僕には無いので。骸骨さんに教わりながら、石の組み合わせを色々と試してました」

 今度は楽しげな笑顔になり、革紐に通した天然石を見せるプローデに、骸骨が親指を立て鈴音は微笑む。


「可愛い首飾りが出来そうやなぁ。ほなこっちは骸骨さんに任してええかな?ほら、ディナト様もやる気満々やからさ、見とかな危ないやん?でも全員集合するには狭いやん?」

 本当は皆で集まって作業するつもりが、2人と2体と1柱と猫がいっぺんに入れる程、部屋は広くなかったのだ。

 事情を理解している骸骨とプローデは、顔を見合わせてから揃って頷く。

「骸骨さんさえ良ければ、僕はそれで」

 そう言われた骸骨は、任せろとばかり両手で丸を作った。

「よっしゃ決まった。ほな私はディナト様んとこ行ってきます。夕食より前にフェッロ親方んとこに行きたいから、4時頃には一旦切り上げましょか」

「分かりました。よーし、頑張るぞー」

 気合の入ったプローデと優しく見守る骸骨を残し、鈴音は虎吉と共に部屋を出る。

 途中プリムスと合流し、仲良くディナトの部屋へ。



「ディナト様、お手伝いに来ましたよー」

 声を掛けノックすると、直ぐに扉が開いた。

 壁のようなディナトに会釈しながら部屋へ入る。

 テーブルには今しがた買ってきた宝石の箱が載っており、漲るやる気が見て取れた。

「すまんな、助かる」

「いえいえ。まず何から作りましょかねぇ。緑の石単独で使うだけやし、耳飾りにしますか?」

 アクセサリーパーツを出しながら尋ねると、ディナトは緊張した表情で頷く。

「ほなこのイヤリング用のパーツやな……」

 呟きつつ鈴音がテーブルに並べるパーツを、ディナトとプリムスは席に着いて見つめた。

「ははあ、この爪で石を抱え込む訳だね?」

「成る程、理屈は分かるが……小さいな」

 愕然とするディナトへ、鈴音は悪戯っぽい笑みを向ける。

「この為にちゃんと小振りの石を()うたんですし、上手につけて下さいよー?」

「うっ。努力する」

「まあ、失敗しても部品の替えはありますから。但し、石は潰したら終わりなんで、充分に気ぃ付けて下さい」

「分かった」

 この会話を聞いたプリムスは、本当に目の前の男は力の神なのだな、と改めて思い知った。

 宝石を素手で潰す人など、見た事も聞いた事もない。


 恐る恐る小さなパーツと石を手にするディナトを眺めていると、鈴音が他の石をプリムスの前に置いた。

「ディナト様もある程度の意匠は考えてはるやろけど、色々参考になるように、石の組み合わせ試してみてくれへん?過去に貴婦人の胸元なんかで見たんを再現してもええし」

「お安い御用さ、任せたまえ」

 胸を叩く仕草をしたプリムスが、それぞれの宝石を動かし最適の組み合わせを探り始める。

 その向かいでは、早速ディナトがパーツを破壊していた。鈴音が即座に回収し新しい物を渡すと、指をプルプルと震わせながらより一層慎重に扱っている。

 暫くはその繰り返し。

 そうして、ようやっと一対のイヤリングが完成する頃には、親方の工房へ行こうと約束していた4時がきていた。


 一旦作業を止めて部屋から出ると、ちょうど骸骨とプローデも出てくる。

 進み具合はどうだと、お互いの状況を確認するディナトとプローデ。器用さはプローデの方が上だったようで、もうネックレスが完成したようだ。

「早いな……私も負けてはいられない」

 刺激を受けたらしいディナトに微笑みつつ、宿を出た一行はフェッロ親方の工房を目指した。

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