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第四百話 惚気ますよね

 ものの数秒で目的地近くへ到着し、鈴音達は人の居ない路地から大きな通りへ出る。

 屋根走りが余程怖かったのか、プリムスの動きが若干カクカクしているが、まあ直ぐに戻るだろうと放置。案の定、ショーウインドーに飾られた謎のオブジェを発見するや即座に復活し、すっ飛んで行ってピタリと張り付きじっくりと観察していた。

 すると、不死人(しなずびと)が興味を示したあれは何だ、と人々が集まり始める。それに気付いたプリムスは慌ててその場を離れ、鈴音とディナトに合流した。


「何か気になる物やったん?」

 歩き始めた鈴音に問われプリムスは頷く。

「いわゆる“先の大戦の遺物”を使った芸術作品だったよ。何かの原動機に組み込まれていた部品だと思うけれど、まあそれを連想させる造りでもなかったし、記憶を消す必要は無いかな。きっと金持ちの道楽だろうね」

 もしもエンジンそのものを思わせる作品だったら、制作者は記憶を奪われていたらしい。

 しかし、こんな調子で記憶操作を行い技術の進歩を止め続けるには、プリムス独りでは無理があるだろう、と鈴音は思う。なにしろ世界は広いのだ。

「もうどっかに蒸気機関風の何かぐらい思い付いた人おるやろー。それにどっちみち、成熟した文明丸ごと滅ぼすような戦争起こす人類の子孫やったら、同じ事繰り返して綺麗に全滅するんちゃうやろか。本来そうならんよう為政者が()んのに、機能してへんかったいう事やもんなぁ……」

「ハハ……容赦ないね」

 苦笑いしているようなプリムスの声が聞こえ、鈴音はギョッとする。

「げ。心の声漏れてた?」

「おう、久々にデカい独り言やったで」

 肩をすくめたプリムスと見上げてくる虎吉に言われ、『やってもうた』と鈴音は遠い目だ。


「ごめんやで。進歩した技術が暴走して混乱した世界とか、アホな理由で他国に侵略戦争仕掛ける国がある世界とか、今まさに国家間の戦争に突入してる筈の世界とか見てきたもんやから、つい。私の住んでる地球も、危うい均衡を保ちながら騙し騙し、どうにかこうにか成り立ってる世界やし、偉そうに言われへんねんけどね。でも、最終兵器を撃ち()うて滅ぶ程、愚かではない筈」

 言い訳しようとしたものの、結局は開き直りになってしまった。

 そんな鈴音に怒ったりはせず、プリムスは幾度か頷く。

「当時の為政者達は魔法使いをナメていたね。魔法使いだけで作った国なぞ、上手く行く筈がないと思ったんだろうさ。そのせいで後手に回り、圧倒的な攻撃力の前にどうする事も出来なくなった。そうなってしまってからでは、まともな交渉など行えない」

「あー、弱いて分かった相手の話なんか、強いもんは聞かへんかぁ」

「当然。こんな奴らが自分達を見下していたのか!と余計に腹も立っただろうし。だからその後の攻撃がより苛烈になったのだと思うよ。そしてそれが負の連鎖に繋がり、魔法使いの国は滅んだ。ここで終わりにすればまだ踏み止まれたのに、連鎖は続き今度は指導者を失った人々が暴走したんだね。『この水源地は我々が押さえた』『馬鹿を言うなここは我が国の領土だ』といった具合に」

 実際そういう場面を見る事もあったのか、プリムスはうんざりした様子だ。


「キミの言う通り、放っておいたらロクな事をしない者達だからね。色々と忘れて貰うと決めたんだよ。大戦が起こる前にこうしていれば、死なずに済んだ人も大勢居ただろうに。魔法使いを見くびっていたのは私も同じだね。本当に、どうしてあの時さっさと技術の進歩を止めなかったのか、未だに悔やまれるよ」

 一周回ってまた、プリムスの後悔に辿り着いてしまった。

 いっそ同時多発的に天才発明家が各地に現れ、一気に時代を進めてしまえば諦めもつくだろうか、と考えた鈴音だが、直ぐに首を振る。

 ひとり孤独に世界を旅し、コツコツと危険因子を潰して回るような、ある意味執念深い男だ。文明が開花し時代が進んでも、諦めはしないだろう、と。

 では、皆に慕われる本好きな彼の穏やかな日々は、一体どうすれば戻るんだろうな、と溜息を吐き、ふと思い出した。

「そうや、技術の進歩を止める言うたら、神の怒りに触れて原始時代に戻った世界があるで。飛行機どころか刃物のひとつさえ消し去られて、最弱の動物として野性味溢れる世界に放り出されてたわ、そこの人類。知識は奪われてへんから、こことは微妙にちゃうけど」

 鈴音の話にプリムスはポカンと口を開く。


「神の怒り……世界を創り変えてしまう程の」

「うん。他所の世界に迷惑かけて、うっかり星ごと消されそうな勢いやってんけど」

「えぇ……星ごと」

「そう。でもそれはどうにか回避して、原始時代に戻る事で落ち着いてん。あの世界、どないなったやろ?知識はあっても道具が無い中で、何か拵えて文明発展さしたやろか?人類仲良うやってるやろか?」

 顎に手をやり眉根を寄せる鈴音を、プリムスは熱心に見つめた。

「少なくとも、全世界を巻き込んだ戦いは起こせないのだから、それなりにのんびりやっているのでは?」

 そうであって欲しそうなプリムスに、鈴音は首を傾げて唸る。

「うーーーん、何やかや揉めてそうやけどねぇ。急に当たり前の日常が消えて、文字通りの生存競争に晒された訳やし」

「見てくる事は可能なのかね?」

「猫神様と仲のええ創造神様に頼めば、見に行くのは無理でも現状ぐらいは教えて貰える思う。やっぱり気になる?」

「それはそうさ。少しばかり似た状況だもの」

 知識欲の塊は前のめりだ。

「分かった。ほなお伺いしてみる」

「ありがとう、頼んだよ!」

 いかにも期待しているといった声音に、鈴音が笑いながら頷いた頃、目的の宝飾品店に着いた。



 店舗は白い石造りの3階建て。木と金属を組み合わせた両開きの重厚な扉の横には、門番のような男性が2人姿勢良く立っている。

「うわー、また椅子に座って商品持ってきて貰うタイプの店なんやろか、嫌やわー」

「うはは、小さい声出てるで」

 虎吉にツッコまれ慌てた鈴音だが、小さ過ぎて誰にも聞こえていなかったらしい。

 ホッと胸を撫で下ろして入口へ向かう。

 すると、門番2人が鏡写しのような動きで扉を押し開けてくれた。

 内心恐縮しまくっているとはおくびにも出さず、微笑んで会釈しディナトとプリムスを引き連れ中へ入る。

 高い天井から幾つものシャンデリアが照らす店内は明るく、沢山並んだショーケースを夫婦やカップルらしき男女が眺めており、意外と親しみ易い雰囲気だった。

 少し安心した鈴音もディナトを促して、近くのショーケースを覗き込んでみる。


「デッカいダイヤ……っぽい石」

 ケース内には、ラウンドブリリアントカットの透明な宝石が大きさ順に並んでいた。値段は書かれていない。

「ふむ。妻に似合いそうな気がする」

 庶民の鈴音は大金を持っていて尚、値段が分からない石に怯えているというのに、ディナトは流石と言うべきか全く気にしていなかった。

「選び方も大事……」

 そうポツリと呟いて、積極的に他のショーケースも覗きに行く。

 他のケースには、フィアンマらしき赤い石が様々なカットで輝いていたり、青い石や緑の石、黄色い石もあった。

「うーむ」

 あっちのケース、こっちのケースと覗いて、ディナトは物凄く悩んでいる。

 その様子を眺め、プリムスが首を傾げた。

「どういう風の吹き回しかね?」

「プローデさんの真似ちゃうかな?分からんなりに、どれが彼女に似合いそうか考えて選んではったし」

「ははあ、成る程」

 他人任せをやめたのか、と納得したプリムスの視界でディナトが振り返る。


「さっぱり分からん。鈴音、どれがいいだろうか」

「私の納得を返しておくれ!?」

 愕然とするプリムスにきょとんとしてから、ディナトは最初に見たケースを示した。

「一応、あの石はいいなと思っている。妻の輝きには勝てないが、それなりに光ってくれそうだ」

 特に表情も変えずサラリと言い切るディナトを、鈴音とプリムスは呆れ気味に眺める。

「あのー、ディナト様」

「うむ、どうした」

「ちょいちょいあれですよね、惚気ますよね」

「のろ……ッ!?」

 思ってもみなかった事を言われたようで、今度はディナトが愕然とした。

「その調子で奥様を褒めはったら、あっという間に仲直り出来る思うんですけど」

「全くだね。日頃から、それらの言葉を奥方に面と向かって告げたら良かったのだよ。そうすれば捨てられる心配などなくなる」

 揃ってツッコまれ、ディナトは困り顔だ。


「だが私のような無骨な男に褒められても…」

「うわ、あなたもですかディナト様。奥様が愛してやまない男性を侮辱なさるおつもりで?」

 半眼でじっとりと睨まれ、ディナトは固まる。

「妻が愛する男……?もしや私か」

「もしやとは何事ですか」

 他に誰がおるんじゃい、と目からビームが出そうな鈴音にタジタジなディナトを、他の客達はこっそり見て面白がっていた。

「しかし、うーん、確かに、いや……」

「何やハッキリせんやっちゃなー。女神さんは他の男と結婚し直した方がええんちゃうか」

 呆れた虎吉が尻尾を振り振り半眼で言うと、ディナトは大慌てで首を振る。

「それは嫌だ。私はニキティスがいい」

 またも真剣に言い切られ、鈴音は半笑いになりプリムスは手で顔を扇いだ。

「奥様に聞かして差し上げたいわー」



「実は聞いていたりするんだよねえ」

「アタシ達、何を見せられてるのかしら?」

「あれは愛の告白ではないのか?」

「熱いのう、若いってええのう」

「どこが夫婦の危機なの」

 格上の神々から口々にからかわれ、赤い髪に褐色の肌の女神は恥ずかしげに両頬を押さえたまま、物凄い勢いで熱を発している。

 お陰で縄張りがぬくぬくになり、白猫はご機嫌だ。

 後はお土産と鈴音が戻れば完璧、とばかり綺麗な金目で空中の映像を眺めていた。



 まさか妻が見ているとは思いもしないディナトは、無意識の惚気を繰り返す。

「あんなに美しく可愛らしい存在を他には知らない。妻を失ったら私は生きて行けないだろう」

「わー、結構面倒臭い」

「けどこれ、黒猫父ちゃんも似たような事言うで多分」

「素晴らしい性格やわ流石は力の神。可愛いは正義ですからね」

 一瞬で返される掌。白猫と同じくらい、地獄を管理する黒猫の事も鈴音は大好きだ。

「何にせよ、奥様に奥様のままでいて欲しいなら、奥様が惚れた相手を悪ぅ言わん事です」

「全くだね。その上できちんと褒める……というより、今のように普通に会話すればいい」

 それだけで伝わるさ、と笑うプリムスをディナトは疑いの眼差しで見る。

「あっ!信じていないね!?酷い酷い!」

「ホンマ酷い酷い。実行したら直ぐ分かりますよ。私らの言う通りやったな、て。せやから取り敢えず石選んで、サクッと手作りして、どんだけ好きか伝えながら渡しましょ」

「そうだそうだそれがいいよ!」

「そないせぇ。向こうも待っとるやろ」

 虎吉にまで言われ、漸くディナトも信じたようだ。


「分かった。それでは石選びを手伝ってくれ」

「んー、そこはもうちょい御自分で頑張りましょか。頭の中に奥様を思い浮かべて、どれが似合うか試してみて下さい」

 鈴音のアドバイスに困惑しつつも、ディナトは素直に再度色んな石を見て回る。

「こんだけ真剣に悩んでくれたて知ったら、奥様のお怒りも解けるんちゃうかなぁ」

「せやな。大事にしとるんは伝わるやろ」

「重い、と引いてしまわないか心配になるくらいだね」

 笑い合う鈴音達と同じく、神界ではちょっと涙ぐんだ妻が夫を見つめながら、『引かないよ』と幾度も頷いていた。

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