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第三百九十九話 アクセサリー店

 プリムスが野次馬達へ、『プローデは女神様の御用があるから邪魔をしないように』と伝えている間、鈴音は鍛冶師の親方と話している。


「お疲れ様でした」

「おぉ?あー、うん。いやー……、何だ?あの剣」

 プローデの魔力に反応して、剣が光った事に驚いているらしい。今は普通の剣にしか見えないそれへ視線を固定し、親方は困惑気味だ。

「素材は普通のもんしか使ってねえのに、女神様の御力が働くとああなるのか?」

「多分そうや思います」

「あんた、よく使い方知ってたな?」

「偶々です。女神様が使い手を限定したんやったら、プリムス……大賢者様の身分証みたいに、本人の魔力に反応するんちゃうかなー?思て試して貰たんですよ」

 大賢者の身分証云々は勿論後付けだ。単純に、今まで見てきた大体の神剣や聖剣は光ったので、この剣もそうなのではと考えただけである。

「そうか、冷静だな。俺ぁもう、女神様の剣士だの伝説の大賢者だの、神話の世界に放り込まれたみてぇで何が何やら、だ」

 お手上げのポーズを取る親方に鈴音は笑う。

「きっと後の世では親方も神話の仲間入りしてますよ?女神様の聖なる剣を打った伝説の鍛冶師、として」

「うへぇ、やめてくれー。ガラじゃねえって」

 見事なへの字口に大笑いする鈴音のもとへ、プリムスを筆頭に皆が集まって来た。


「野次馬は帰らせたよ。女神様の剣士には女神様の御用があるから、個人的な頼み事は聞けないとも言っておいた」

「ありがとう。流石は大賢者様」

 頷き合うプリムスと鈴音の横から、剣を手にしたプローデが顔を出す。

「あの、親方。この剣おいくらですか。あと、出来れば鞘も作って貰えたらなって……」

 おずおずと尋ねるプローデに親方が慌てて手を振った。

「代金なんていらねえよ!女神様の剣だぞ?金なんか取ったら雷でも降って来そうだろ?鞘なら直ぐ作ってやるから待ってろ」

 空を見上げてぶるりと震えた親方を、プローデは困り顔で見やる。

「でも材料費が」

「いぃーーーんだ気にするな!金にゃ困っ……」

 飽くまでも無償提供を貫こうとする親方の話の途中で、その足もとに何の前触れも無く金属の塊や木材、丈夫そうな革などが現れた。

 親方とプローデの目が点になり、プリムスも口をパカッと開けて固まる。


「……な、なんだ?どっから出た?」

「誰も何もしてないです……よ?」

 素材を見つめ顔を見合わせ周囲を見回し、と忙しい親方やプローデとは違って、プリムスは鈴音へ顔を向けた。

 微笑んだ鈴音は黙って空を指差す。

 それだけでプリムスは理解した。

「女神様からだね。タダ働きさせるのは良くない、と思われたのだろう。ありがたく貰っておきたまえ」

 驚いた親方は空と足もとの素材を見比べ、少し考えてから覚悟を決めたように頷く。

「信じられん話だけども、大賢者様が言うならそうなんだろう。何とも畏れ多いが、断る方が失礼だよな。ありがたく頂戴します女神様」

 そう言って胸の前で手指を組み祈りを捧げてから、顔を上げ親指で工房を示した。

「んじゃ、鞘作るのに寸法測るから、剣持ってついてきてくれるか」

 既に切り替えたらしい親方が入口へ向かい、まだ動揺したままのプローデがあたふたと後をついて行く。

 やはりこの親方、伝説になるのは間違いないなと、肝の据わり方に鈴音は感心した。



 その後、流石に時間が掛かるから観光でもしてこいと言われた一行は、夕方また訪れる約束をして街へ繰り出す。

 いい時間だったので昼食を済ませ、大通りで買い物をする事にした。

 食料や水を補給し、雑貨屋等を見て回る。

 画廊のような店もあったが、ドレスコードがありそうな高級感に、ディナトとプリムス以外が尻込みし素通り。

 そんな中、庶民向けアクセサリー店の前でプローデが立ち止まった。

「あの、注文した宝飾品が出来るのはまだ先なので、彼女へのお土産に、その、何か買って帰ろうかと思うんですけど……」

「おお!ええやないですか、きっと喜びますよ」

 笑顔の鈴音と骸骨が大きく頷く様子を見て、ディナトがハッとする。

「そうか、こういった気遣いが必要なのだな」

 お土産という発想が無かったらしく、その表情はまるで長年の難問が解けた学者のようだ。

 自分で気付くとは大した進歩、素晴らしい、と密かに笑った鈴音は、さあ行こうとプローデを促す。



 開け放たれている扉を潜ると、入ってすぐに会計カウンターがあり、若い男女の店員が不死人(しなずびと)ふたりに大男という珍しい客に驚いていた。

 店内には量産品のアクセサリーが所狭しと並べられ、他に手作り用のパーツや手頃な価格の天然石も売られている。

「わあ、どうしよう。色々あり過ぎて、どれがいいか悩みますね」

「ほないっそ手作りはどないですか?彼女に似合いそうな色の石いくつか選んで革紐に通したら、日常的に着けるのに丁度ええ装飾品になりますよ?」

 フィアンマのジュエリーはデザイン的にも値段的にも、それこそ結婚式等の特別な日にしか身に着けられないだろう。それに比べ、お手頃価格の天然石アクセサリーなら普段着にも合わせ易いし、失くしたらどうしようという心理的負担も少ない。

 鈴音の提案にパッと顔を輝かせたプローデだが、直ぐに眉を下げ自信なさげな様子を見せる。


「でも、僕なんかが作った物で、喜んで貰えるでしょうか……」

「ほう?」

「あっ!」

 片眉を上げ半眼になった鈴音を見て、プローデは慌てて訂正した。

「えーとえーと、あの、素人の僕が作った物でも喜んで貰えるかなー?って事です」

「成る程。よっぽど変やない限り大丈夫でしょ。ほんで、よっぽど変になりそうやったら全力で止めますし」

 ね、と鈴音が振り向けば骸骨がコクリと頷く。

「ホントですか、それなら安心です。よし、手作りにしようっと」

 すっかりやる気になったプローデは、丸く小さな天然石が種類ごとに分けられ、瓶詰めのキャンディのように並ぶ棚へ向かった。骸骨もそちらが気になるようで、ふよふよとついて行く。

 知識欲の塊プリムスは流行でも把握しようとしているのか、女性客に交じりアクセサリーを端から順に観察中だ。

 では自分も、プローデが石を選び終えるまで店内を見て回るか、と足を踏み出す鈴音の前に、大男が立ち塞がった。


「鈴音」

「はい何でしょう」

 一般人なら腰を抜かしそうな迫力を物ともせず、困り顔のディナトを見上げる。

「私も妻に何か作った方がいいだろうか」

「え。うーん?そ……うですねー、んー」

 プローデの恋人と違い、ディナトの妻は女神だ。普段から大きな宝石を身に着けていても何ら問題は無い。だからあのフィアンマで充分だろう。

 ただ、この見るからに細かい作業が苦手そうな夫の手作りとなると、特別感から大喜びしそうな気もする。

 しかし女神への贈り物に、お手頃価格の天然石はどうなのか。出来れば貴石か、それに近い扱いを受ける半貴石が良いのではないか。

 脳を高速回転させた鈴音は、この世界の石の価値が分からないので店員に聞こう、という結論に至った。

「ディナト様の手作りやったら、奥様も喜ばれる思います。ただやっぱり石の種類は拘った方がええんで、店員さんに聞いてみましょ?」

「分かった、そうしよう」

 素直に頷いたディナトと共に、鈴音は入口付近に居る店員のもとへ。


「すみません」

「は……い、どうなさいましたか」

 声を掛けた鈴音に笑顔を向けようとして、横に立つディナトに驚き男性店員の口元が若干引き攣った。

 ごめんやで、と心の中で詫びた鈴音は、会計カウンターの後ろの棚に、この店では高めのアクセサリーがある事に気付く。

「ここのお店では、そこの棚にあるような価格帯の石は売ってますか?ルース……えーと、裸石で欲しいんですが」

 棚を振り向いた男性店員は、直ぐに鈴音へと向き直り申し訳なさそうに頭を下げた。

「こちらでは扱ってないんですよ。でもあの、姉妹店といいますか本店といいますか、有り体に言うと高級品専門の店があるんですけど、そちらにならある筈です」

「おお、そら助かります。お店の場所を教えて下さい。正直、服装とか気ぃ付けた方が?魔獣入れます?」

「そうですね、探検家丸出しだと目立つかもしれません。魔獣は入れます。お金持ちが連れてたりするので」

 他の客に聞こえないようコソコソと話しながら、男性店員は地図を出して高級店の場所を教えてくれた。


 男性店員に礼を言った鈴音は、ディナトを促してアクセサリーパーツが並ぶ棚へ移動する。

「石はあっちの店で手に入れるとしても、高級店にこういう手作り用の材料は無い筈なんで、ここで揃えときましょ」

「うむ、そうだな。しかし、どれが何になるのかさっぱり分からん」

 細々としたパーツを見ながら眉根を寄せるディナトに、これは首飾り用の鎖だ紐だ、同じ耳飾りでも耳に穴を空ける必要がある物とない物とがある、など逐一説明し、鈴音は取り敢えず一通りトレイに載せた。恐らく製作途中に壊すだろうな、と思ったので同じ物を複数個、である。

 そこへ、石選びを終えたプローデが骸骨と共にやってきた。

「いやー、綺麗な石が沢山あって、結局迷っちゃいました」

「ふふ、好きな人が一所懸命選んでくれたんやな思たら、彼女は嬉しいでしょうねぇ」

「え、あ、そ、そうですかねー、えへへ」

 微笑む鈴音と照れまくるプローデを眺め、ディナトが『成る程、選び方も大事なのだな』と頷いている。

 これで必要な物は揃った為、会計カウンターで代金を支払い、プリムスを探し出し揃って店を後にした。


「ほんなら今日の宿を確保して、部屋で装飾品作りしましょか。約束の夕方までまだ時間ありますし」

 鈴音がそう言うとプリムスが通りの向こうを指す。

「宿屋街はあっちだよ。防犯の面からあまり安い宿はお勧めしないけれど、高い宿もそれはそれで面倒だから避けた方が無難だね」

「あー、高級宿の方はあれ?未来の芸術家を探しに来た貴族とか金持ちとか?」

「それだね。何故ここに探検家風情が居るのだ、とか言われたら鬱陶しいことこの上ない」

 そういう鬱陶しい目に遭った事があるのだろう、プリムスの声には心底嫌そうな色が滲んでいた。

「そら確かに面倒臭いわ。よし、頑張って真ん中ら辺のお宿を探そ」

 その後に石を買いに行こう、とディナトへ視線を送っておいたが、通じたかは謎だ。

 とにもかくにも、一行は宿屋街を目指し歩き始めた。




 石畳を行くこと15分。

 大通りに近い高級宿を素通りした先が、エコノミーランクの宿が並ぶ通りだった。細い通りをひとつ挟んで向こうには、酒場に面した安宿が立ち並んでいるそうだ。

「さて、魔獣も泊まれて清潔で静かな宿はどれやろ」

 宿の玄関前や窓を見る限り、清潔さではどこも大差ない。ただ残念な事に魔獣お断りが多かった。

 結局は2択になり、虎吉が『美味そうな匂いがする』と言った方の宿を選んだ。

 幸い人数分の部屋が空いていたので、手続きを済ませ1時間程の休憩にする。

 その間に鈴音はディナトと石を買いに行く事にした。

「プローデさんは特に休んで下さいね。急に色んな事があって、疲れてるでしょうから」

 見た事もない大金を手にしたり、女神様の剣士と呼ばれるようになったり、心の傷の原因らしい輩と遭遇したり。

「そうですね、何だかこう、わーっと過ぎて行ってよく分からない感じなので、ちょっと整理してみます」

 頷いたプローデを見送り、骸骨に留守番を頼んで、鈴音はディナトと高級宝飾品店へ向かう為に外へ出た。すると何故かプリムスもついて来る。


「え、大賢者サマも行くん?」

「のけ者にする気かね!?酷い酷い!」

 ジタバタするプリムスを半眼で見やり、念動力でガッチリ掴むと一緒に屋根へ跳んだ。

「ぎぇえー!」

 変な悲鳴を上げたプリムスを下ろし、後を追ってきたディナトに向き直る。

「高級店で悪目立ちせんように、魔力で服作りますんで、ちょっとだけじっとしとって貰えますか?」

「分かった」

 頷いたディナトが今着ている服の上から、刺繍が施されたベストやアスコットタイ等を足した。女神ニキティスお手製のローブは、見る目があれば特級品を超える品だと分かるのでそのまま。

「おや凄い。どこかの王族のお忍び風だね。ほんの少し変えただけなのに、流石は神と言うべきか」

 いつの間にやら立ち直ったプリムスが、感心したように頷き褒める。


 とある縄張りでも、頬を染めた女神が『猫の神、あなたの眷属は天才!』とか言っているが鈴音達には聞こえない。


「鈴音は着替えへんのか?」

「着替えるよー」

 そう言って虎吉を下ろし、ジャケットと靴を脱いで無限袋に仕舞うと、魔力で身体を包みハイネックの長袖マキシ丈ワンピースとショートブーツに変化させた。これまた魔力で作った偽真珠のネックレスを着け髪をアップにすれば、侍女っぽい人の完成である。

「あ、しもた化粧せな変やわ」

 こればかりは想像でやると危険なので、鏡を見て魔力を使う。フルメイクは不要だろうと、軽くアイラインを入れ薄く口紅を引いて今度こそ完成。

「おう、誰や」

「虎ちゃん酷い酷い!初対面の時は化粧してたで!」

「うはは、冗談や」

 笑いながら虎吉を抱き上げた鈴音を見て、プリムスは呆気に取られている。

「女性は本当に化けるね、恐ろしい」

 どういう意味だとはツッコまず、念動力でその身、いや骨を確保した鈴音は店がある方向を指した。

「途中まで屋根の上走って、人気のない道に下りますんで」

「分かった」

「ん?走る?屋根を?落ちるのでは?」

 誰かさんはよく理解していないようだが、鈴音は構わず走り出す。

「ま、待ちたまえ、ぅぎゃーーー!!」

 情けない悲鳴を置き去りに、一行は一瞬でその場から姿を消した。

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