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第三百九十七話 目を覚まして貰おう

 男達に対する明らかな苦手意識を見て取った鈴音は、彼らを無視して行列の後ろに並ぼうとプローデを促す。

「ほら、後ろ行きましょ」

 だがその行動を男達は笑った。

「ええ?まさか試すのか?女神様の剣を?」

「顔にそんな傷作っちゃう雑魚なのに?」

「だーめだよぅ、弱っちい田舎モンが無理しちゃぁー」

 色んな意味で目立つパーティの一員を、品のない男達が煽る。

 こういった小競り合いは順番待ちで退屈していた人々の暇潰しに最適なのか、多くの視線を集めた。

 目だけ動かし周囲を見回した鈴音は、虎吉が毛玉モードになっていて良かったなあと思いつつ、列の後ろに並ぼうと歩を進める。

 それをプローデが止めた。


「待って下さい鈴音さん、剣を見るだけならほら、この列に並ぶ必要はないみたいですよ?」

 曖昧な笑みを浮かべたプローデが手で示すのは、工房横の窓に出来た人だかり。

 女神様の剣に挑戦する気はないが、その姿は見てみたいという者達が、中を覗いているらしい。

 そこを勧めるプローデに男達はニヤニヤ笑い、周囲の人々は表情を消して『さあ、どう答える』と、毛玉を抱え不死人(しなずびと)が背後にひっついた変な女を見ている。

 足を止め振り返った変な女こと鈴音は、自身へ集中する視線など気にする様子もなく笑った。

「でも私らは見るだけちゃいますし。せっかく自分らの仲間に剣士が()んのに、挑戦せんと帰るとか無いですわー」

「え、いや、僕は……」

 予想外の返答に目を丸くして固まるプローデと、ゲラゲラ笑い出す男達。


「おいおいおい姉ちゃん、本気かぁ!?」

「ソイツ雑魚だよ?雑魚。分かるかなー?とーっても弱いのよー?」

「大体そんなみっともない顔で、女神様の剣士って」

 口を揃え『無いわー!』と嘲笑う。

 そんな男達と、眉を下げた情けない笑みを浮かべるプローデを見比べ、小さく息を吐いた鈴音は虎吉に謝った。

「ごめん虎ちゃん、暫く大きい声で喋るけど我慢してな」

「おう、かまへん。目ぇ覚まさしたれ」

 虎吉の許可を得るや否や、鈴音の笑みが男達を小馬鹿にしたそれに変わり。

「うわー、そんなアホみたいにデカい声で、僕ちゃん達アホでーす!て宣伝するとか、私やったら恥ずかしぃてようせんわー!」

 腰に手を当て胸を張ると、嘲笑混じりの声で高らかに言い放った。

 これには馬鹿にされた男達だけでなく、プローデとプリムス、そしてディナトも唖然としている。


「んな、何だテメ……」

「だってなー?この国の警備隊やら軍隊やらの偉い人とかさあ、何なら隣の国の英雄まで出張って来てやで?だぁぁぁあああれも!抜かれへんかったんやろ?せやのに雑魚やの弱いやの、剣抜くのに強さ関係あんの?強ないとアカンのやったら、今んとこイチバンや思われる英雄より上やないと無理やんね?あんたら隣国の英雄とやり()うて勝てんの?」

 怒鳴ろうとした男を遮り、野次馬達にも聞こえるよう舞台俳優よろしく声を張った。

 そんな鈴音の正論に異を唱える者はおらず、男達も苦虫を噛み潰したような顔で黙る。

「勝たれへんよなぁ?それをまあアホみたいに、雑魚デスヨー弱いデスヨーやて。英雄から見たらここに()る全員が雑魚やわドアホ。あと何?みっともない顔?どのツラ下げてそれ言うてんねん。アンタの家には鏡もあらへんのか。可哀相やから教えたるわ」

 流れるように悪口雑言を並べながら、魔力で大きな鏡を作り出し男達に向けた。

「こ、れ、が!みっともない顔や。よう覚えとけ!」

 男達の醜い表情が映った鏡を指して吠えた鈴音に、野次馬から拍手と爆笑が沸き起こる。『鏡どっから出た?』と首を傾げる者もいるが、大多数はそんな事を気にはしなかった。


 やんやの拍手を浴び踏ん反り返る鈴音を、真っ赤な顔の男達が睨み付ける。

「黙って聞いてりゃテメェ!」

「はあ?言い返されへんかっただけやろ?何を恩着せがましぃに言うてんねんな。大体なぁ、流血樹を単独で狩る人を雑魚呼ばわりて、アンタらの周りには化け物しかおらへんの?」

「……は?」

「え、知らんかったん?彼、独りで狩るよ?流血樹。しかも、魔力の異常でもあったんか変異して、いつもの倍ぐらい大きなったヤツをサクッと。嘘や思うなら明日の競り見に行ってみ?魔物素材卸売組合の。彼が狩ったんと私が狩ったんが出品されるから」

 卸売組合の競り、と言われて一気に増した信憑性に動揺する男達だったが、1人がハッと何かに気付いた顔をしていやらしく笑った。

「後ろに居るデケェ兄ちゃんも一緒に戦って倒したヤツを、ソイツの手柄だって事にしたんだろ?ったく流血樹を独り……」

「アホの極みなんかな?」

「アァ!?」

 眉間に皺を寄せ顎に手をやり首を傾げた鈴音の声に、男達がいきり立つ。


「このアマさっきから……」

「いや、何の為にそれをすんの?何の為に皆で狩ったもんを、彼の剣だけで倒したんですよー、言うて卸売組合に申請せなアカンの?それしたら何かええ事あんの?訳わからへんねんけど。こっちは仲間がフツーに狩ったもんをフツーに申請しただけやで?」

 心底理解不能、という顔で呆れ返る鈴音と、たじろぐ男達を見比べ、野次馬達がヒソヒソとやり始めた。

 他国の者達も多いので、下品な男達は早い段階から『差別主義者か』『顔の傷など珍しくもなかろうに』と白い目で見られている。

 因縁のある者同士の喧嘩なら面白おかしく娯楽にするが、差別とくれば話は別なのだ。

 それにも気付かずプローデを嘲り、一見すると華奢な女性でしかない鈴音を怒鳴った男達は最早、只の悪役でしかなかった。

 この場に彼らの味方は1人も居ない。

 まともな判断が出来る者なら直ぐにそれと気付き、ここは引き下がるだろう。こんな事で顔を覚えられてしまっては、今後の活動に差し障るからだ。

 だが、変な女に煽りに煽られ頭にきている男達が、まともな判断など出来る筈もなく。


「いぃい加減にしろよこのクソアマ。後ろのデカいのが強ぇからっていい気になってんじゃねぇぞアァ!?」

「まあ万が一億が一弱くなかったとしてもさ、みっともない顔なのは事実だし?」

「見張りもロクに出来ない雑用係なんか庇っちゃって、惚れてんのか?」

 開き直った男達を眺め、ああもう面倒だし殴ろうかな、と拳を握った鈴音の耳に、プローデの大きな声が届いた。

「失礼な事を言わないで下さい!」

「おっ」

 ついに覚醒したか、と期待して振り向く。

「鈴音さんが僕なんかに惚れるわけないでしょう!」

 しかし全力で叫ばれた内容がそれだった為、鈴音は新喜劇ばりにコケかけた。

「なんだオマエ分かって……」

「ちがーーーう!!怒るべきはそこちゃうやん!!何でそないなんねんなーーー!!」

 拳を握って吠える鈴音の迫力に、セリフを遮られた男達も乱入したプローデも揃って黙る。


「プローデさん!」

「はいっ」

 ビシ、と直立不動になったプローデへ鈴音は険しい顔を向けた。

「あなた今なんて仰いました?」

「え……と」

「僕なんか、て言いましたね」

「あ、はい」

 鋭く睨まれプローデは冷や汗を掻く。

「それ、その言葉。あなたの事を本気で好きな彼女の前でも言うんですか」

「え?」

 鈴音が何を言いたいのか分からないらしく、目をぱちくりとさせるプローデ。

「ほな質問を変えましょ。あなたの愛する彼女が、プローデが私みたいな醜い女を好きになる筈ないもの!とか言うたらどない思います?もしくは、こんなどうしようもない私なんかを好きになってくれるなんて、あなたは神様みたいな人ね。とか」

 ハッとしたプローデは拳で口元を押さえた。


「ああいう品のない男や女が、彼女を見下し馬鹿にしとったらどないです?ブッサイクの役立たずなんだよこの女、とか言われてんのに、えへへーとか笑ってんの見たら、どんな気持ちになりますか」

「あ……」

 プローデはギュッと目を瞑り唇を噛む。

「ね。今湧いた感情が、彼女にも湧くんですよ、あなたが馬鹿にされると」

「僕は……」

「別に、怒鳴り返せとか殴り飛ばせとか言いません。アホの()る位置まで下りてやる必要はありませんから」

 いつの間にか静まり返った野次馬と怪訝な顔をしている男達を背に、鈴音はプローデの前に立ってその目を見つめた。

「ただ顔を上げて、胸を張るだけでええんです。大丈夫や、あなたは強い」

 鈴音を見つめ返すプローデの目が見開かれ、何かを言おうと唇が動くも声はなく。

「自分の為にそうするのがまだ怖いなら、彼女の為でええから。胸を張って堂々と見返したって下さい、馬鹿にしてきた奴らを。そしたらあなたの勝ちや」

 悪ガキのような笑みを浮かべる鈴音から、プローデは男達へ視線を移す。


「アァ!?なぁーにが勝ちだコラ!真に受けんなクソが」

「プローデのクセに女いるとか許せんなー」

「ムカつくしブチ壊してやろうか」

 毒づく男達をじっと見たプローデは、ゆっくりと頷いた。

「そうですね。勝ち負けはどうでもいいです。ただ、僕が単独で流血樹を狩ったのは事実だし、彼女に手を出すなら容赦はしない。それだけです」

 先程までの自信の無い曖昧な笑みが嘘のように、真顔でハッキリと言い切る。

 その静かな迫力に圧倒され目を逸らした男達は、シッシッと手を振って追い払う仕草で誤魔化した。

「くっさー。やってらんねぇ」

「俺らオトナだから見逃してやるわー」

「そうそう。用があんのはオマエにじゃなくて、女神様の剣に、だから」

 逃げたぞ、逃げたな、という野次馬達の囁やきが耳に入って男達は大変悔しそうだが、勝ち目がないと漸く理解したのかこれ以上何かをしそうな気配はない。


「ふふん、アホめ。あ、ゴメン虎ちゃん、終わった」

 鈴音が報告すると虎吉は脇からスポンと顔を抜き、目を細めた。

「ようやった。ちゃんと目ぇ覚めたみたいやな?」

 そう言った虎吉が視線を移した先は、品のない男達ではなくプローデだ。

「うん。もう大丈夫ですやんね?」

 微笑んだ鈴音と虎吉に見つめられ、プローデは慌てる。

「え、えーと、えーと?」

「駄目かもしらんね」

「せやな」

 スンッと真顔になる鈴音と虎吉の息の合ったツッコみに、訳が分からず慌てるのはプローデだけで、骸骨もプリムスもディナトも笑った。

「いや急に攻撃的になるから何事かと思ったけれど、彼に自信をつけさせたかっただけなのだね?」

「ふふ、私もまんまと騙された。シオン殿から面白い人物だとは聞いていたが、これ程とは」

 何だか良い方へ解釈してくれたふたりに、半分アタリ半分ハズレ、と鈴音は心の中で舌を出す。ただ、『単純にああいう勘違いさん達をギャフンと言わせるのも嫌いじゃない』等と言ったらドン引きされそうなので、営業用スマイルで頷いておいた。

 そうして、野次馬だった人々に温かく見守られながら、列の後ろに並ぶ。



「それにしても、アイツらギャフン言わしてる間はあんまり進まんかったね、列」

「そうだね、皆がキミの名演技に見惚れていたから、という訳でも無さそうだね」

 進み始めた列からプリムスと共に顔を出してみれば、挑戦を終えたらしい高そうな身なりの男性とその御付きが、『有り得ない』だとか『おかしい』だとか言っているのが見えた。

「お貴族様がゴネてて、他の人が中々挑戦出来ひんかった、みたいな感じ?」

「恐らく。他に貴族は居ないようだから、ここからは早いのでは」

 平民同士ならゴネられても親方がつまみ出せる。

 プリムスの予想通り、その後は特に長く居座る者も出ずスムーズに進んだ。



 一行が入口近くまで来ると、プローデを見下す品のない男達がニヤニヤしながら外で待っていた。

 しつこい、と睨まれてもいいよう密かに身構えていた男達は、何故だか物凄く楽しげで勝ち誇った笑みを浮かべ中へ入って行く鈴音を見て、どういう事だと顔を見合わせる。

 勿論鈴音の笑みは『待っときよ、直ぐに人生最大のギャフン言わしたるからな』なのだが、男達に分かろう筈もない。

 そんな男達とゴネまくり貴族らが外から様子を窺う中、目の前の男性が失敗し遂にプローデの番がやってきた。


「はいお疲れさん、次どうぞ」

 声の主は、研ぎ台近くの床に刺さった簡素な剣の斜め後で椅子に腰掛けている、筋骨隆々の中年男性だ。

 もういい加減飽きているのか、表情からも声からもやる気が一切感じられない。

 まあこの調子で訪れる挑戦者を捌いていたら商売上がったりだろうし、うんざりしても仕方がないかと鈴音は同情する。

「親方、早よ新しい剣を打ちたいですか?」

「んー?そりゃそうよ。女神様の剣が打てたのは名誉な事だけどな、こうも長い間なんもしねえってのもなぁ」

 鈴音の問い掛けに親方は眠そうな顔で頷いた。

「そうですか。ほな今日からまた、ええ武器作って下さい」

 満面の笑みでそんな事を言う鈴音を、親方は訝しげに見やる。

「それは一体どういう……」

 不思議そうな声には応えず、鈴音はプローデを見た。

「さあどうぞ、親方の為にも引っこ抜いて下さい」

「もー、そんな簡単に抜けたら誰も苦労しませんよ」

 無茶な要求に眉を下げて笑ったプローデは、静かに剣の前に立つ。


「ああでも、余計な装飾が無くて頑丈そうで、いい剣だなあ。こんな素敵な剣が僕も欲しいや」

 微笑んだままそう言って、両手で柄を握り、ゆっくりと持ち上げてみた。


「……え?あれ……、うそ、え?」

 混乱したプローデの声をBGMに、床に刺さっていた剣が滑らかに抜けて行く。


 まるで床などそこには無いかのようにスルスルと抜ける剣を手に、プローデは口から魂が抜けそうな顔をしていた。

「ちょ、顔!女神様の剣士やのに!」

 ツッコむ鈴音の目の前で、ついに剣先まで綺麗に抜け切る。

 相変わらずプローデの表情がちょっとアレだが、誰も抜けなかった女神の剣が抜けたのは事実だ。

「よし、ほらポーズ……えーと、格好良く剣を構えて、外の人にも見せたりましょ」

 そう勧めるニコニコ笑顔の鈴音を見て、プローデの混乱も少し治まった。

「そ、そうだ、皆さん女神様の剣の全身が見たい筈」

 幾度か頷き剣を右手に持ったプローデが、意を決したように野次馬が大集合の入口へ。

 鈴音達もポカーンとしている親方の腕を引いて立たせ、後に続いた。

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