第三百九十一話 面倒臭い話より宝石
鈴音達の周りには白い靄のようなものが発生し、あっという間にその姿を覆い隠してしまう。
自らの魔法でこの状況を作り出したにも拘わらず、プリムスは俯き加減になり悲しげだ。
「仲良くなれそうだったのにな……。まさかこんな所に兵器の研究開発工場があるなんて、思いもしないじゃないか」
力無く呟いて、少しずつ晴れて行く靄の方へ顔を向ける。
「伝声器をデンワと言ったり、馬車以外の交通手段を知っている様子だったり、やはり女神様もその辺りを危険視して私をあの街道へお導きになったのだろうか。だとすれば、遅かれ早かれこうなる運命だった訳だ。ふふ……寂しいな」
しょんぼりと肩を落とすプリムスへ、靄の向こうから声が掛かった。
「なぁんや、寂しん坊の構ってちゃんやったんか」
「……ッ!?」
「しかも思い込み激しいで。女神さんがそんなんする訳あらへんのに」
「ホンマにねー。女神様と仲良しいう夢見がちさんやから、しゃーないんかなー」
短い付き合いながらすっかり聞き慣れた声が、笑いながら口撃してくる。
プリムスはそちらを見やり、何度も何度も首を振った。
「そんな筈はない、私の魔法に抵抗出来る者など、今この世界には存在しない」
弱々しい呟きに、靄の中から姿を現した鈴音が踏ん反り返る。
「ここに居ったね!3人もね!」
「へっ……?」
素っ頓狂な声を上げたプリムスの視界では、ディナトが表情ひとつ変えず佇んでいるし、骸骨はプローデを青白い円筒型の結界で守りつつふよふよと浮いていた。
「そんな馬鹿な」
ポカンと口を開けて固まったプリムスを横目に、鈴音は骸骨へ問い掛ける。
「何の魔法やったか分かる?反射せんかったから呪いやないんは分かってんけど……」
頷いた骸骨はローブから石板を出し、せっせと絵を描いた。
「ふんふん。頭がモヤモヤーっ、キョロキョロ、はてな?ぼんやり。あー、成る程、記憶障害系?」
正解、と骸骨が親指を立てる。
「この施設やら兵器やらの事を忘れさそうとしたんかな。……あ、天才が現れても文明は進歩せぇへんいうんはそういう事か。天才にも今の魔法かけるんや」
「おう、自分が邪魔する言うとったもんな」
プローデは今ひとつ分かっていないようだが、ディナトと骸骨はうんうんと頷いた。
固まったまま鈴音達のやり取りを見ていたプリムスは、骸骨が出した石板の性能に釘付けとなりつつも、今聞くべきはそこじゃないと分かってはいるらしく葛藤中だ。
「あ、そうやディナト様、そっちの壁にフィアンマの反応がありましたよ」
ふと大事なミッションを思い出した鈴音が岩盤を指すと、ディナトの顔にやる気が漲る。
「どの辺りだ?」
「そのデッカい岩の向こうで、ディナト様の目線ぐらいの高さかな?ぶん殴って崩落したら嫌なんで、そーっと掘って下さいね」
「分かった、ありがとう」
腕を回しながら離れて行くディナトを見ていたプローデが、キラキラした目を鈴音へと向けた。
「ぶふふ、はいはい。ディナト様と反対側の壁からも反応ありましたよ。高さは腰ぐらいかな?」
「ありがとうございます!」
パッと顔を輝かせ、プローデもまたフィアンマを採掘すべく走って行く。
彼らの件はこれで片付いた、と骸骨と顔を見合わせ鈴音は微笑んだ。
「えぇー……?伝説の大賢者が目の前に居て、大戦にまつわる重要な話とか聞けそうなのに、変な魔法もかけられたのに、全く気にせず宝石にまっしぐら?そんな馬鹿な」
ウッキウキな男達を呆然と見送ったプリムスへ、砲弾を指差し鈴音は首を傾げる。
「話なら私らが聞いたるがな。それよりこの砲弾どないする?消してもええんかな?」
「え?消す?爆発させるのではなく?」
「爆発なんかさしたらこの地底湖埋まってまうやん……て、あんたはそのつもりやったんか」
「そら近付かれへんし触られへんのやから、どないかして吹っ飛ばすしかあらへんわな」
鈴音と虎吉が溜息交じりに呆れ、骸骨も緩く首を振った。
突き刺さる視線を払うようにプリムスはジタバタする。
「中身が出てなきゃ他に方法もあるけれど!そんな状態の物は爆破処理が基本だから!間違ってないから!」
「あー、確かに動かすんも危ない不発弾は自衛隊もその場で爆破処理するらしいから、大きく間違うてはないんか」
「ジエー……誰?」
「うん、気にせんといて」
「無理に決まっているじゃないか!私の魔法が効かないのが何故かも分からないし!知らない単語は次々出てくるし!キミ達には謎が多過ぎる!」
開き直ったのかジタジタバタバタ大騒ぎなプリムスの様子に笑いつつ、鈴音は砲弾がある瓦礫の前に立った。
「謎のままにしといた方が、おもろいかもしらんで?」
「そんな事は有り得な……」
ニヤリと悪い笑みを浮かべる鈴音に反論しようとしたプリムスは、次の瞬間またしても口を開けたまま固まる。
魔力も使わず突如として鈴音が光り輝いたからだ。
それはまるで真夏の太陽。
人智を超えた圧倒的神々しさに声もない。
そんなプリムスを一瞥し小さく笑ってから、鈴音は砲弾を踏み付けた。
するとほんの一瞬輪郭を光らせた砲弾は、周りの瓦礫も巻き込んで幻のように霧散する。
後には何も残らない。
魔物を変異させるような魔力が漂う事もなく、本当に綺麗サッパリ消えて無くなった。
奇跡の光景を目の当たりにしたプリムスは、暫く砲弾があった辺りを凝視し、ゆっくりと顔を上げて鈴音を見、また視線を下げ、と何度か同じ動きを繰り返す。
プローデが使う鎚とノミの音を聞きながら、魂の光を消した鈴音はプリムスが落ち着くのを待った。因みにディナトは素手で岩盤を掘っているので割と静かだ。
「……あんな凄まじい光に気付かないなんて、彼らは大丈夫かね?」
漸く現実を受け入れる事が出来たのか、プリムスはディナトとプローデの方を見て呆れている。
「そらディナト様は愛する奥様の為に必死やし、プローデさんも似たようなもんなんちゃう?よう分からん光とか見てる暇があったら、掘って掘って掘りまくりたいでしょ」
「殺気でもあったら反応したやろけどな。鈴音はそんなもん出してへんし」
鈴音と虎吉の意見に骸骨も頷いた。
成る程なと納得しかけてから、いやいやいやとプリムスは手を振る。
「よく分からない光だからこそ見るのでは!?こんな地下で何かなと思うのでは!?」
「えー……、そうかなぁ?殺気も魔力も出てへんのやったらええわ、て思わへん?」
鈴音と虎吉と骸骨が揃って首を傾げた。
プリムスは唖然としてから、ジタバタと暴れる。
「殺気も魔力も無いけれど何らかの非常事態だったらどうするのかね!危機管理能力と生存本能に問題ありだと思……ったりはどうでもいい!何なんだねあの光は!?キミにあのたおやかな女神様と何らかの関係があるとは到底思えないがそうとしか言えないような神々しさではあったし」
ピタリと動きを止めて凝視してくるプリムスを、鈴音はこれでもかという程のスナギツネ顔で見返した。
「その言い草で真実を語って貰えると思うのかね大賢者サマ。危機管理能力に問題ありなんはそっちちゃう?」
「うぐッ。だが私には黒髪ぐらいしか共通点を見つけられない!」
「ぐぬぬ。事実だけに言い返されへんのが腹立つ」
不毛な言い争いに虎吉が大あくびをかまし、見かねた骸骨がまあまあと両者を手で宥めながら割って入る。
「あっ、そういえばキミも変だぞ骸骨よ。私の魔法を結界で防いだのは……納得いかないが納得するとして」
プリムスにロックオンされ、しまった火の粉が飛んできた、とばかりスススと後退する骸骨。
「キミ自身は結界の外に居たじゃないか!どうやら女神様と関係がありそうな彼女とは違って、只の不死人が何故に私の魔法を浴びて平気でいられるのかね!?あと、あの石板は何だね!?」
どさくさ紛れに質問を増やすプリムスへ首を傾げて見せ、骸骨は音も無く鈴音の背後に隠れた。
「誤魔化し方が雑過ぎる……!」
愕然とするプリムスと背後の骸骨を見比べて笑い、鈴音はこの地下空間へと兵器工場を繋いでいる階段を指す。
「まあ、お互いあれやこれや聞きたい事はあるけどさ、それは後で纏めて話すとして。まずは、残した所で後世への戒めにもならん軍事遺産をどないするか決めへん?」
「ふむ、確かに一理ある。キミ達は謎だらけだが、大戦の遺物としては特級品にあたる誘導弾をあっさり消滅させた時点で、私と敵対するつもりはないと分かる。戦って勝てる相手でもなさそうだし、建設的な話をする方が良さそうだ」
頷きながら自らへ言い聞かせるように語るプリムスを、鈴音は微笑みながら見守った。
「納得して貰えた?ほな工場どないする?残したまま工場へ繋がる道だけ埋めるか、工場ごと埋めるかの2択やとは思うけど」
鈴音が立てた2本の指を見やり、腕組みをしたプリムスが唸る。
「うーん。その2択なら当然、工場ごと埋めるを選ぶけれども……落盤事故現場を直したのと同じ魔法を使うのかね?」
「そのつもりやけど」
「でもあれだと綺麗過ぎて、今後ここを訪れる者達が気にするんじゃないだろうか」
どうやらプリムスは、埋めた場所がツルリとした人工的な壁になるのではと心配しているようだ。
「あー、大丈夫大丈夫。ちゃんと岩っぽく見えるように加工するから」
「そんな事まで出来るのか。本当にとんでもない魔法使いだね」
肩をすくめるプリムスに得意げな顔で踏ん反り返ってみせつつ、鈴音は採掘にいそしむディナトとプローデの進捗状況を確認する。
ディナトはもう原石に到達しており、大きな塊として取り出すため慎重に作業をしていた。
プローデも原石の姿は見えているようで、鎚を振る手に力が入る。
「2人とも後ちょっとやな。工場は原石が採れてから埋めるとして、それまでヒマやし寝床にする場所でも探しとく?」
鈴音が上を指すと骸骨は親指を立てて頷いた。
それを見てプリムスが慌てる。
「流石に外まで行って戻ってくる程の時間はないのでは?また魔物も出るだろうし」
「んー、たぶん大丈夫。速さ抑える必要あらへんから、魔物は無視して走り抜けるし」
「え?あれで抑え気味だったのかね?速さ」
「うん」
あっけらかんと頷く鈴音に、プリムスはもう引き留めるのを諦めた。
「分かった。大人しく待つ事にするよ」
「うん。もし魔物が出たらディナト様に頼んでやっつけて貰てな。あんたは魔法使いでもあるみたいやけど、地下で強い魔法はちょっとね」
「確かに。こんな所で埋まりたくはない」
「うんうん。ほなチャチャッと行ってくるわ」
プリムスが理解を示してくれたので、鈴音は安心して骸骨と共にこの場を離れる。
「よっしゃ、ソッコーで抜けよ!」
そうしよう、と骸骨も頷き、ふたりは一気に加速。プリムスの視界から一瞬で消えた。
「瞬間移動!?」
ポカンと口を開けた大賢者様がそう叫んでしまうのも仕方がない程、見事な消えっぷり。
「いやはや、後で聞かなければならない事が増えたな」
やれやれと肩をすくめてから、プリムスはゆっくりディナトとプローデのそばへ移動した。




