第三十九話 チーズというよりは胡瓜
謁見の間では、人々の頭上にクエスチョンマークが飛び交っていた。
鈴音がいきなり消え、すぐにまた現れたからである。
神官長と神官には、鈴音と虎吉が“物凄い力の渦巻く穴”を出入りする様子が見えていたが、それが何を意味するのかまでは流石に解らず、周囲の者と同様に驚いていた。
そして瞬きを一つ二つとした頃、呆気にとられていた人々は気付く。
鈴音の両手にぶら下がる、今の今まで無かった何かに。
突然姿を現したそれが抜き身の剣だと認識出来た途端、その場に居た半数程の者は肌が一気に粟立ち、熱も無いのに悪寒を覚え、思わず後退りながら恐怖に顔を引つらせる事となった。
何も感じ取れない者達は、一瞬で顔色を失った仲間に驚き、慌てて声を掛けている。
「そ、それは、それは何です!?」
反射的に国王と神官を背後に庇った神官長が、真っ青な顔で鈴音に問う。
動物的勘で危険を感じ取った者達とは違い、神官長達にはその禍々しい力の流れがはっきりと見えていた。
その目が、神に連なる者が何故そんな剣を、と問い掛けている。
「おかえりー」
そんな緊迫した場面に、空気など一切読まない虹男の呑気な声が響いた。
人々の目が点になったが、特に気にせず鈴音も笑顔で応える。
「はい、ただいま。神官長様、そない心配せんでも大丈夫ですから。あと、扉の外の人らも。今入ってこられると面倒やから、待っとって?」
玉座の近くや壁にしか見えない辺りへ視線をやり、最後に大扉へと視線をやって、鈴音は微笑む。
「ほんで、虹男。この剣とこの剣やねんけどな?虹男が殺された時に受けた剣と似とんのはどっち?あ、まだ触ったらアカンで」
二本の魔剣を示しながら尋ねると、首を傾げた虹男は持っていた聖剣を脇に挟み、両手の人差し指でそれぞれの魔剣を差した。
「どっちもソックリ」
「そうなん?ほなどっちでもええんや。ありがとう」
納得の様子で頷いた鈴音が、左手に持っていた魔剣をシェーモの前へ放り投げる。
「アンタが魔人狩りに使た聖剣て、こんな感じの剣?」
空いた左腕に虎吉を抱えながら尋ねると、疑わしそうな顔をしながらシェーモは魔剣へ手を伸ばした。
そのまま柄を握り締めると、電流でも走ったかのように身体を震わせて目を見開き、口の両端を吊り上げると同時に勢い良く立ち上がる。
「ふ、ふふふふふ……ははははははは!!これだ!!この漲る力、これぞまさしく聖剣!!」
高笑いし魔剣を掲げるシェーモへ、期待に満ちた目を向けるのはエーデラのみで、神官長を筆頭に周囲の者達が向ける目は、不気味で不快な生物を見る時のそれだった。
周囲の視線をどう受け取ったのか、歯を見せ獰猛な笑みを浮かべたシェーモは、興奮状態のギラギラした目を虹男へ向け、傷の痛みも忘れたらしく両手で魔剣を構える。
「皆の期待が心地良い。聞こえるぞ、キサマを滅ぼせという声が!愚かなる魔人め、再びおぞましい悲鳴と共に散るがいい!!死ねぇぇええ!!」
「うわダサッ。雑魚はそれ言う決まりなん!?」
ツッコミに大笑いする虎吉共々ヒョイと脇へ避け、鈴音は虹男へ襲い掛かるシェーモを観察する。
「何や急にギラギラしだしたけど、魔剣に乗っ取られた?」
軽やかに攻撃を躱す虹男と鼻息の荒いシェーモとを見比べながら、鈴音は虎吉に尋ねた。
「乗っ取りではないなぁ。人乗っ取って攻撃すんねやったら無差別か……相手決まっとる場合もあるやろけど、それやったら虹男が狙われんのはおかしいしな?」
「そっか、この世界の魔剣ちゃうねんから、虹男がターゲットなわけないか」
「おう。せやからたぶん、強い力送り込んで使い手の限界超えさすとか、気持ち高揚さして無敵感煽るとか、そういう感じちゃうか」
「あー、それかな。これぞ聖剣、とか言うてたし、この世界の元々の魔剣もそれ系やったっぽいね。確かに、俺様無敵!とか思い込まんかったら、伝説級の魔人に挑もうなんて中々思わんもんねぇ。そうなってくると、そもそも何で魔人に挑ませたかったんかいう問題が……」
虎吉と共に魔剣供給の謎に挑んでいると、虹男がチラチラと視線を寄越している事に気付く。
「あ!ごめん虹男、もう触ってもええよ」
その声にパッと顔を輝かせた虹男は、その場でピタリと足を止めた。
それをまた自らに都合良く解釈したシェーモは、嬉々として突きの構えを取る。
「漸く観念したか人に仇なす魔人め!!止めだ!!」
「トドメも何も、ひとっっっつも当たってへんやん」
呆れ返った鈴音のツッコミごと仕留めるかのように、シェーモ必殺の一撃が虹男の胸元目掛けて繰り出された。
空気を切り裂いて走る、全体重が乗っていそうなその剣を、足を止めた場所から一歩も動くこと無く、右手の平であっさりと受け止める虹男。
その瞬間、魔剣から身の毛もよだつ断末魔の絶叫が轟いた。
やったか、と喜びを表しかけたシェーモはしかし、手の平で剣を受け止め平然と立っている虹男の姿と、全身に漲っていた力が急速に失われた事の両方に愕然とする。
「うわー、また凄い悲鳴だったね。でもこれは良い事だから、気にしなくていいんだよ?知ってた?」
何やら得意気に胸を張る虹男を目の当たりにして、今更ながらシェーモの背筋を冷たいものが伝った。
手の平で、渾身の突きを受け止める。
それはどこで見た光景であったか。
いや違う、見たのではない。
聞いたのだ。
幼い頃訪れた神殿で、伝説として。
泳いでいたシェーモの目が、ゆっくりと神官長の方を見た。
視界に広がるのは、神官長と神官のみならず、兵士達はおろか国王に至るまでが、膝を突き両手を胸に当て頭を垂れる姿だ。
魔剣の力が及んでいる時であれば、それが自分に向けられたものだ等と考える事も出来たかもしれない。
しかし、何の高揚感も力も与えてくれない金属を握っているだけの今なら解る。
あれは目の前に居る“神の御使い”を拝んでいるのだと。
伝説の再現をありがたがっているのだと。
解ったはいいが、それを認めてしまったら、自分は魔人を斬った英雄ではなく、神の御使いを害した凶漢になってしまう。
一体どうすれば良いのか。何が正解か。
明らかに動揺しているシェーモへ、鈴音はもう一本の魔剣を放り投げた。
床へ落ちた魔剣が立てる鈍い音に、平伏していた者達が顔を上げる。
皆の視線が注がれる中、シェーモは突きの姿勢で固まったまま、魔剣を見つめて動かない。
虹男が手を降ろし、鈴音の方へ移動してもまだ固まっている。
「どうしちゃったの、あの人」
コソコソと尋ねる虹男に、鈴音は小さく笑った。
「必死で考えてんねん、きっと。どう考えても神の御使いやて解る相手に、それでも魔人や言い続けてもっかい斬り掛かるんがええんか、止めてゴメンナサイした方がええんか」
「どっちがいいの?」
「そら……伝説を知っとるなら一択やと思うねんけどなぁ」
楽しげな笑みを向けて来る鈴音に、瞬きをした虹男は不思議そうに首を傾げる。
その時、浄化された魔剣を捨てたシェーモが、鈴音が放り投げたもう一本へ手を伸ばした。
「あらー。伝説知らんのやろか」
残念そうに呟く鈴音の前で魔剣を手にしたシェーモが、憎悪に染まった顔を上げる。
「お前だ」
「……ん?」
睨みつけられた鈴音はキョロキョロと辺りを見回して、自身を指差す。
「魔人はお前だ!!」
「おっと?ちょっと何言うてるか分からんようになってったで」
「今度こそ死ね!!この魔人め!!」
喚きながら突っ込んで来るシェーモを、虎吉を抱えたまま一歩ずつ動いて躱す。
隣の虹男も同じ動きをしているので、傍から見ていると中々に愉快な光景かもしれない。
「うーん、私が魔人やとすると、アンタが使た剣は聖剣では無うなってまうけど、それはええの?あと、御使いに斬り掛かっといて謝ってへんけど」
「うるさい黙れ!!俺は大神殿より聖剣を賜り魔人を斬った英雄だ!!」
吠えるシェーモに唯一の味方が声援を送る。
「そうですわ!!シェーモこそがわたくし達の新たなる国に相応しい英雄ですわ!!」
「あれ、なんや未知の単語が出てった。虹男ごめん、もっかい聖剣貸して?」
「どうぞー」
仲良く攻撃を躱しつつ聖剣の受け渡しを行うと、興味津々の虹男が見守る中、鈴音は魂の光を再び全開にした。
途端に聖剣は真っ白に輝き出す。
その神々しさにシェーモが怯んだ隙を突き、剣術の心得など無い鈴音は聖剣を適当に振って魔剣に当てた。
当てただけのつもりが聖剣は止まらず、包丁で胡瓜を切るくらいの抵抗が手に伝わるや否や、魔剣は剣身の真ん中からスパッと真っ二つになっていた。
「えぇー……」
鈴音が遠い目になると同時に、魔剣から心臓を締め付けられるような悲鳴が響き渡る。
半分になってしまった剣を手に固まるシェーモと、立ち上がり胸の前で両手を組んだ体勢のまま同じく固まるエーデラ。
そんな二人に興味の無い虹男は、聖剣と鈴音を見ながら無邪気に手を叩いている。
「すごいすごい、スパーって斬れたね!チーズみたいにスパーって!」
「へー、虹男んトコにもチーズあるんやー。けどチーズは種類によって硬さちゃうやんかー、どっちかいうたら胡瓜っぽ……やないねん!どないなん聖剣、コワッ!!いや、怖いんは私の光の方か?こんなん、うっかりちょっとでも人に当たったら……どないなるんやろな?」
他意は無かったのだが、妙な所で言い淀んだばかりに、シェーモとエーデラの顔には大量の冷や汗が伝っている。
それを目にした鈴音は、このまま聖剣を持っていた方が彼らの口が滑らかに動くかもしれないと考え、もう暫く借りておく事にした。
「なあ、魔剣使いの兄さん。さっきアンタの相方、けったいな事言うたで?あのお姫様はてっきりただの応援団や思てたけど、ちゃうんやね?」
固まった体勢のまま、シェーモは目を伏せ黙り込む。
「国王の命令や言うて部下を騙した。これ、変やなぁ思ててん。神の御使いにしろ魔人にしろ、喧嘩売ってしくじったら死ぬやん。そんな所へ行ってこい言うのに、上司ひとりが『国王の命令だ他言無用』とか言うだけておかしいよね?ここ、お城やし。辺境の砦とかちゃうし。戦時中でバタバタしとるワケでもないし。どう考えても国王様が自分で命令するんが普通やわ。百歩譲ってそれが無理やとして、それでも班長より上の人も一緒に命令するんが当たり前ちゃうん?それくらい重大な事やろ」
鈴音の鋭い視線がシェーモとエーデラを行き来するが、どちらも目を合わせようとはしない。
「にも拘らず、部下の兵隊さんらはアンタの嘘をアッサリ信じて、誰にも言われへんから神殿で『怖いよ行きたくないよ』て独り言呟くしかなかった」
その事実は知らなかったのか、シェーモの表情が苦々しい物に変わる。
「なんで信じたか。信じる根拠があったから。それは何やろ?なあ、お姫様」
水を向けられたエーデラは、答えるどころか目すら合わせようとしないが、言いたい事があるのに言えず苛ついているようにも見える。
「あー、そうかそうか、ごめんなさいね。何も知らんのやね。男に言われた事を、なーーーんにも解らんまま手伝うただけやもんね、箱入りのお姫様やから」
嫌味ったらしい口調に薄ら笑いのオマケもつけた鈴音の煽りに、苛々していたエーデラはまんまと引っ掛かった。
キッと鈴音を睨み付け、大きな声ではっきりと答える。
「知らない筈がないでしょう!?命令書を作ればいいと言ったのは、わたくしなのですから!!わたくしが作った命令書のお陰で、シェーモは部下達を操れたのですわ。わたくしが居なければ成り立たない作戦ですわね」
勝ち誇ったように笑うエーデラに対し、鈴音は相変わらず嫌味な薄ら笑いを浮かべている。
「へえー、命令書!でもそんなん誰にでも偽造出来るやん」
「何も知らないのね!光に透かせば紋章が浮かぶ薄く上質な紙など、どうやって作るというの?王家の雇った職人にしか作れないわ!」
「紙なんか盗んだらええやん」
「盗めるような場所にあるわけがないでしょう!?そもそも紙だけあったって、お父様の筆跡やサインは真似出来ないじゃない!!」
「命令書見た事ある人……例えばそこの魔剣使いとかなら出来るやん」
否定、否定、否定、とにかく否定する鈴音を、エーデラはどうしてもギャフンと言わせたい。
父である国王の視線にも気付かず、ふんぞり返った愚かな姫は言い放つ。
「王の刻印はわたくし以外の誰にも押せないわ!!」
勝利の笑みを浮かべたエーデラへ、溜息を吐いた鈴音は首を振った。
「王様のハンコやな?それ押してええんは、国王様だけやで」




