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第三百八十八話 アートロ鉱山

 森が終わり木々が影を作らなくなると、茂っていた下草の丈が低くなり量が減り、辺り一面白茶けた荒野へと変わる。

 その遮るものが何もない広い広い荒野の先、遥か向こうに見える黒っぽい山が目的地であるアートロ鉱山だろう。

 吹き抜ける風のなか鈴音は一旦立ち止まり、周囲の状況を確認した。


「うわー、乾いてる。鉱山までは荒野やて受付の人も言うてたけど、思てたより荒野やったわ。木ぃがないと保水出来ひんからこんな荒れるんやろか」

「おう、聞いとった通り川もなさそうやし、普通はようさん(たくさん)飲み水用意して来なアカンいうんも分かるな」

 虎吉がフンフンと鼻を動かし水の匂いはしないと頷く。

 するとプローデが魔法の鞄を探り不安げな顔をした。

「それなりに持ってきたつもりなんですが、足りるか心配になってきました」

 その様子を見た骸骨が、『任せておけ』というように自身の胸を叩く。

 不思議そうに首を傾げるプローデへ鈴音は微笑んだ。

「馬より速よ飛んで鉱山まで届けたるから大丈夫やで、て言うてるんですよ」

「あ!そうでした、移動速度が全然違うんでした。えへへ、ありがとうございます」

 鈴音の通訳で素直に喜び骸骨に礼を言うプローデ。そんな彼とは対照的に、プリムスは腕組みをして思い切り首を傾げている。


「骸骨とやら。キミは名前どころか声も捨てたのかね?何故喋らない?空が飛べるなんてかなり優秀な魔法使いだった筈だけれど、生前どんな人物だったか知られたくない理由でも?」

 声に若干の棘が感じられる事から、プリムスは骸骨を“良くない方向で名の知られた魔法使い”だとでも思っているのかもしれない。

 困った事にその誤解を解く方法は存在せず、鈴音は偽名で骸骨の身分証も作って貰えばよかったと悔やむが後の祭り。

 仕方がないので質問に質問で返す鬱陶しい奴戦法を取る。

「因みにプリムスは骸骨さんを誰や思てんの?」

「え?いや別に誰という事もないけれども……」

 まさか聞かれた事にも答えず質問を返して来るとは思ってもみなかったようで、プリムスは明らかに動揺した。

 そういう反応になるよね、と心の中で詫びつつ鈴音は微笑む。


「私ら全員遠くの島でのんびりした暮らししてきたから、警戒せなアカン悪人とか知らんのよねぇ。どっかに空飛ぶんが得意な悪い魔法使いが()ったん?」

 この鈴音の問い掛けに『そういえば』という顔をしたのはプローデだ。

「先の大戦で世界を滅ぼした魔法使いモルテが、空を飛ぶのが得意って伝わってませんか?」

 サラッと出て来たとんでもない事実に、鈴音達は『世界滅んどったんかい!』と内心ビックリ仰天だが、気合で顔には出さなかった。

「あはは、そんなえげつない悪党が骸骨さんやったら、今頃もっかい世界滅んでるんちゃう?」

 笑う鈴音にプローデも笑顔で頷く。

「ですよねー。骸骨さんからはそういう悪意みたいなものは感じないっていうか、優しさしか伝わってこないです。いい人……いい不死人(しなずびと)?ですよね」

 直接褒め言葉を貰った骸骨は照れまくり、両頬を押さえてくるくると回った。

 なんとも平和なやり取りを見て、プリムスも流石に申し訳無さそうな気配を出している。


「すまなかったね。空を飛ぶ魔法なんて久し振りに見たものだから、妙な疑いを抱いてしまって」

 人なら溜息が交じっていそうな声音で告げられ、骸骨は気にしていないと手を振った。

「骸骨さんは優しいなぁ。ホンマに伝説の悪党や思てたんか無礼者めー!てボッ……ポカポカ殴ったったらええのに」

 鈴音が半笑いで右拳を突き出すと、プリムスは震え上がる。

「ボッコボコと言いかけた!酷い酷い!」

「えー?気のせいちゃう?」

 すっかりいつもの調子で抗議する様子に笑いつつ、鈴音は内心首を傾げていた。

 この不死人、何か重要な事を隠しているなあ、と。

 ただ、神の目に選ばれるような人物だったのだから悪党ではない筈なので、無理に聞き出す必要はないだろうと思う。

 最後まで謎のままなら後で女神ノッテに聞けばいいやと呑気に考え、鈴音は荒野へ足を踏み出した。




 一行に風が当たらないよう鈴音の魔法で調節しながら、森の中より随分と速度を上げ砂埃の舞う荒れ地を走る。

 木々の間を行く訳ではない上に、景色が変わらず今ひとつ速さを実感出来ない事もあって、プローデは勿論プリムスもそこまで怖がってはいなかった。

 途中、爬虫類型や昆虫型の魔物が姿を見せ、久々の獲物だとばかり近寄って来ようとしたものの、スピードが違い過ぎて一瞬で置き去りにされている。

 何故鈴音がそこまで急ぐかと言えば、そこそこ日が傾いているからだ。

 プローデには睡眠が必要だろうから、こんなだだっ広い荒野の真ん中で野宿、なんて事にならぬよう気を遣っているのである。



 頑張った甲斐があり、森を出て1時間弱で白茶けた地面にゴツゴツとした黒い石が交ざり始めた。

 その後あっという間に辺り一面黒い岩に変化し、鉱山の麓に到着したと分かる。

「入口どこやろ?謎の魔力は下から感じ取れるけど、様子も確認せんとブチ抜いたら危ないやんね?」

「せやな。勢い余って全部埋まって貰たらアカンしな」

「む、それは困る。何としても大きな原石が欲しい」

 スピードを落とし入口を探し始めた鈴音と虎吉の会話が意味不明過ぎて、何故ディナトが普通に参加出来るのかプリムスには分からない。何とも思っていない様子のプローデを羨ましげに見るばかりだ。

「私も値上がりしてる魔物仕留めてお金にしたいし、素直に入口探す事にします」

 プリムスの悩みなぞ知る由もない鈴音は骸骨とも頷き合い、掘った資源を運び出す為の道がある筈だと手分けして探し始めた。



「うーん、森から続く道を行っとったら直ぐに入口やったんかなー」

 入口やそれに続く道を探しながら、流血樹を求めて小型の馬車なら通れる道を外れ藪に入り、そのまま謎の魔力を頼りに荒野を突っ切ってしまったのがマズかったか、と鈴音が反省している。

「まあ鉱山のどっから魔力が流れ出とるんか確かめる必要もあるんやから、これはこれでええんちゃうか?」

「そうかな?へへへー、ありがとう虎ちゃん」

 虎吉に慰められ、目尻を下げつつ頬擦りする鈴音をプリムスが黙って見つめていた。

 そこへ骸骨がふよふよと飛んできて、反対側を指す。

「お、あった?流石やなぁ」

 微笑んだ鈴音はプリムスを念動力で浮かせ、直ぐさま骸骨の後を追った。



 案内して貰った先にはやはり、荒れてはいるが整備された道があり、ここから資源が運ばれていた事を物語っている。

 しっかり補強された入口は広く、一度に多くの人が出入りしていたと分かった。

 鉱山として機能していた頃の名残か、壁に取り付けられた照明器具が山の魔力を使って光っており、中はそれなりに明るい。

 プローデが灯りになる物を持っていなかったら即席の松明でも、と思っていたが作らずに済んだようだ。

「こらまた立派な鉱山やねぇ。なんで魔物に乗っ取られる羽目になったんやろ?」

 不思議がる鈴音へプリムスが入口を指しながら口を開く。

「穴を掘った事で、山の魔力の流れが変わったんだろう。外へ漂い出た魔力に惹かれて、魔物が中へ入ったのではないかな」

「そういう事かぁ。退治しもって(しながら)掘るんも無理になってしもたんやね」

 では謎の魔力の出どころは放置された採掘用の道具あたりか、と鈴音は予想した。

「ほな気ぃ付けもって入ろか。ここの魔物は結構強いらしいから、油断せんように」

 主にプローデへ注意を促して、鈴音を先頭に一行は坑道を進んだ。



 入口から続くメインストリートのような広い道に魔物の姿はないが、次々現れる細い脇道の奥からは多くの気配がしている。

 細い道と言っても人が余裕を持って擦れ違えるだけの幅はあるので、戦闘になっても問題はなさそうだ。

「さて、フィアンマと謎の魔力の出どころの両方を探さなアカン訳やけども。どっちが近いかな?」

 適当な脇道の前で止まった鈴音が、あわよくば赤い宝石の原石の在り処も分からないだろうかと、山全体に魔力を走らせる。

 するとあちこちから硬い石の塊らしき反応が出た。

「えーとえーと、謎の魔力が下からで、フィアンマらしい石は山全体に散らばってますね。謎の魔力のそばにも大きい反応があったんで、そっちへ進んでしもてええですか?」

 ディナトにとっては大きさも重要なので、鈴音の申し出に直ぐさま頷く。


「私はそれで構わない。プローデはどうだ?」

 気合の入ったディナトに問われ、プローデは小さく幾度も頷いた。

「えと、僕は何でも。その、ホントはひとりで探す予定でしたし、一緒に行ってもいいなら心強いっていうか嬉しいっていうか何ていうか」

「ややこし」

 戦い方は大胆なのに時々こうして自信なさげに目を泳がせるのは、探検家の仲間に入れて貰えなかった事が影響しているのだろうかと鈴音は首を傾げる。

「纏めると、異議なし!でええ?」

「あ、はい」

 プローデがはっきりと頷いたので、行き先は謎の魔力が出ている辺りに決定。

「ほなこの脇道がゆっくり下ってってるから、これを行ってみましょ」

「よし!ああ腕が鳴る」

 大きな原石を掘り出す気満々のディナトに微笑み、またプリムスを念動力で浮かせてから鈴音は脇道を走り出した。


 しかし物の数歩で魔物により通行止めを食らう。

 立ち塞がったのは、海老とカマキリを合わせたような見た目の、透明で大きな魔物だ。

「うへぇ、お食事直後やのうて良かったー」

「うん?何でや?ああ、丸見えになるからか」

 小首を傾げた虎吉だったが、直ぐに鈴音が嫌がりそうな事を思い付き納得する。

 案の定、鈴音は嫌そうに顔を顰めて思い切り頷いた。

「何食べたにしろ溶けるとこが丸見えやん?」

 ギャーとばかり口を開けた骸骨が、皆まで言うなと手を振っている。ゴメンゴメンと笑って鈴音は魔物に向き直った。

「そういう訳やから、ここ通してくれへんのやったら狩るで?」

 そういう訳というのがどういう訳なのか謎ではあるが、鈴音の声に問答無用だと答えたのか、魔物は両手の鎌を振り上げる。

「成る程」

 鈴音がそう呟くと同時に風の刃が飛び、魔物は大まかな関節毎にバラバラとなった。


「何かの素材になるやろか」

 いそいそと動きバラバラの魔物を回収した鈴音は、一部をプローデに差し出す。

「え!?僕は何もしてませんよ!?」

 驚いて遠慮する様子に、申し訳無さそうな顔をした鈴音が頭を掻いた。

「私がやってええか確認もせんと攻撃してしもたから。高い素材やったらえらい事やし、山分けで」

 その理屈にポカンとしたプローデは、直ぐに嬉しそうな顔になって魔物を受け取る。

「じゃあ次は僕が仕留めるんで、半分こしましょう!」

 満面の笑みで言われてしまっては、違うそうじゃないとも返せない。

「分かりました、ほなそういう事で」

 困ったように笑う鈴音と幸せそうなプローデ、愉快そうなディナトと肩を揺らす骸骨を見やり、プリムスは黙って腕組みをする。

 何を考えているのか、この場でその口が開かれる事はなかった。

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