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第三百八十五話 今度こそ鉱山を目指そう

 鈴音と虎吉が部屋の入口から半分だけ顔を出し、ニャ政婦は見た状態で中の様子を窺うと。

「遅い!弱い!この程度で通用するのか街道警備は!」

「ありえん!鍛錬を怠っていたな!?我ら街道警備隊の力がこの程度だと思われるなぞ心外だ!」

 結局、みんなでやれば怖くない理論を採用し襲い掛かった隊員達。

 そんな彼らの武器による攻撃を剣で受け流し弾き飛ばし、体勢を崩したと見るや殴る蹴る。容赦ない言葉の応酬により心も圧し折りつつ、隊長2人が愚かな隊員達を完膚無きまでに叩きのめしていた。


「うわぁ、ボッコボコやん」

「そらこないなるやろ。どう見ても勝たれへん相手に喧嘩売るんはアホのする事やで」

「うーむ、穏やかそうに見えたセリオ君の方が実は苛烈な性格のようだね」

「あー、確かに。……て、何で()んねんな!」

 いつの間にやら最上段で顔を半分だけ出しているプリムスに鈴音がツッコむ。

「そりゃあ気になるもの!私の知的好奇心は留まるところを知らないのだよ!」

 どどん、と胸を張るプリムスに鈴音と虎吉はスナギツネ顔だ。

「まあええわ、見られて困るもんでもないし」

 そう言いながら鈴音は無限袋から裏帳簿を取り出し、吹っ飛ばされた隊員がぶつかった事で倒れた棚の辺りへ放り投げる。

 棚から散乱したのは縄や死体を包む布など現場で使う道具で、それに交じって落ちている帳簿には違和感しか無い。

「ん?何だこれは」

 なので直ぐにジュストが気付いて拾い上げた。


「な、何たる事だ!!これは此奴らが懸賞金を不正に取得した証拠の帳簿ではないか!!」

 セリオから裏帳簿の話は聞いていた筈だが、実物を目にしたジュストは本気で驚いている。

 余りにも分かり易く記されている不正内容と本人達の署名を見て呆気に取られたようで、幾度となく目を(しばたた)かせた。

 すると、圧倒的暴力に怯えへたり込み震えていた受付職員が、カッと目を剥いて叫ぶ。

「そんな筈があるか!あれはあの女が盗んで持ち去っ……」

 威勢良く吠えたものの、後はお手本のような尻すぼみ。途中で自分が何を言ってしまったか気付いたようだ。

 しかし、()も舌に及ばずのことわざ通り、もう取り返しはつかない。

「ほほう、どの女が何をどこから盗み去ったんだ?」

 凶暴な笑みを浮かべてセリオが問えば。

「盗んだだの持ち去っただの、帳簿は存在したという事ではないか!証拠になる物など無いと言ったのは誰だ!」

 ジュストは激怒しながら裏帳簿を叩く。


「あはは、自分からドツボに嵌まりに行きよった」

 真っ青になり目を泳がせている職員を見て笑う鈴音に、プリムスは首を傾げて尋ねた。

「ドツボとは?」

「え?あー、肥溜めて分かる?」

「堆肥を作る為に糞尿を貯蔵しておく場所」

「うん。それ」

 端的な返答にプリムスは両頬辺りに手を当てる。

「そこに嵌まる……なんて恐ろしい……!方言だろうか、初めて聞いたよ」

「うん、方言方言」

 頷いた鈴音が視線を部屋へ戻すと、怖い笑顔のセリオが職員に詰め寄っている所だった。

「誰がどこから持ち去ろうとそれは実の所どうでもいい。問題は中身だ。本人の署名についてこちらが納得の行く説明が出来るならしてみろ、聞いてやるから」

 笑っているようにも怒っているようにも見える顔で迫りくるセリオから目を逸らし、職員は必死で言い訳を考える。

 けれど何も思い浮かばない。

 署名の真贋はこの詰所に山とある書類と裏帳簿とを見比べれば直ぐに分かるなあ、だとか自分達に不利に働く事ばかりが浮かぶのだ。


「やれやれ、言い訳のひとつも用意しておらんのか。まともに危機管理も出来んその程度の頭で悪事など働くからこうなる、という良い見本だな」

 呆れ返ったセリオが下がったと思ったら、今度はジュストが凍てつくような目で見下ろす。

「何故だ?何故このような愚かな行いをした」

 直属の上司の問い掛けに職員は醜く顔を歪めた。

「何故ですって?分かりませんか?厳しい訓練をした訳でもない探検家などという根無し草が、運良く悪名高い盗賊団を倒しただけで大金を手にするんですよ?暑い日も寒い日も見回りを欠かさず、何かあれば身体を張り命を懸ける我々は薄給だというのに!」

 それが仕事だよねと鈴音達が揃って首を傾げていると、案の定ジュストが激怒する。

「何の理由にもなっていない!!キサマが見下しバカにする人々が払う金が国民を潤し税収に繋がり我らの給金となるのだぞ!そもそも我々が取り零したせいで探検家や隊商の護衛が盗賊団と戦う羽目になっているのだ!恥じ入って感謝しこそすれ逆恨みするなぞ有り得ん!そんな事も分からん阿呆は今すぐ辞めろ!クビだ!!」

「落ち着けジュスト、クビでは済まん。此奴らは犯罪者だ、警備隊という何があろうと悪事に手を染めてはならん立場で罪を犯した最悪のな。上はお前より遥かにお怒りだろうから、恐らく賞金首共がひしめく鉱山での強制労働が課される」

 鬼瓦から無表情に変わったセリオの予想を聞き、職員だけでなく倒れている隊員達も青褪めた。


「そ、そんな所へ送られたら奴らに何をされるか……」

「自らが招いた結果だろう。我らの知った事ではない」

 セリオが鼻で笑い、ジュストも冷静さを取り戻す。

「ああそうだな。ちょうど宵闇一家と一緒になるんじゃないか?内通者を捕縛し余罪を調べてから裁判だものな?」

「その可能性が高いな。となると、向こうで吹聴してくれるぞ、アイツらちょっと前まで街道警備隊だったんだ!ってな」

 芝居がかった大声で言われ、それが坑道に響く様でも想像したのか我先にと這って逃げようとする隊員達。

 するとどこからともなく出て来た縄がまた、グルグルと巻き付いて身体の自由を奪う。

「これは……ッ!あの魔法使いか!あの女が居るのか!」

「クソッ!アイツらさえ来なければ!」

 口々に魔法使いの女を罵る隊員達の声でこの勝手に巻き付く縄の正体が分かり、セリオとジュストは只々感心した。


「何でも出来るんだな魔法使いというのは」

「鈴音嬢はちょっと特殊な気もするが。何とも可愛い神の獣を連れているし」

「獣は関係ないだろう……」

 呆れるセリオは部屋へ入ってきた鈴音達に会釈し、ジュストもそれに倣いつつ虎吉を見て目尻を下げる。

 会釈を返した鈴音は、床に転がる隊員達と魂が抜けたような職員を見やり溜息を吐いた。

「語るに落ちる感が凄かったですね。ほんでこれどないします?街まで運ぶん手伝いましょか?」

「いえ、護送用の馬車を呼びますので問題ありません。お気遣いありがとうございます」

 そう言って微笑み、セリオが電話に似た物の所へ向かう。

「そっか護送車ね。そら盗賊団捕まえた時に要るよね」

 納得した鈴音は今の内にとジュストを見上げた。


「ところでジュストさん。詰所に勤務する隊員の顔ぶれは常に同じなんですか?いっぺん配属されたらずっと同じ詰所で働きます?」

 鈴音と連動しているかのようにそっくりな角度で首を傾げる虎吉にデレデレしながら、ジュストはその通りだと頷く。

「どの街道のどの詰所になるかは、よほど優れた力の持ち主でもない限り運だが」

「あー、やっぱり。今回の件、それが大きな原因のひとつですよ」

「え?」

 きょとんとするジュストに、鈴音は尤もらしい顔で頷いてみせた。

「長い事一緒に()ったら性格て大体分かってきますやん?隊員の鑑、正義感の塊!みたいな人が交じってたら犯罪なんか出来ませんけど、ここにそんな人は()らんて長い付き合いで分かる」

「そうか……懸賞金に手を付けても上司に密告するような人物は居ないと気付くのか」

「懸賞金自体の管理が緩いのも分かるんで、どんどんよからぬ方へ傾いて行く」

「悪循環ではないか」

 愕然とするジュストへ幾度か頷いてから鈴音は微笑む。


「ただ、新人が配属された場合は暫く大人しぃしてた筈なんですよ」

「その人物が正義感の塊だったら終わるものな」

「そうです。つまり、常にその状態を作っといたら、この手の悪事は働き難なるんです」

 ふむ、と腕組みして考えたジュストは、直ぐに鈴音の言いたい事を理解した。

「一定期間で配置換えを行えばいいのか」

「ご明察!戦闘時の連携なんかもあるでしょうけど、同じ街道警備隊なんやからその辺は工夫しましょ」

「確かに、戦闘訓練で同じ型を覚えさせれば連携にも然程苦労はせんだろう。成る程、これは上に提案すべきだな。ありがとう」

「どういたしまして」

 これで、猫好き仲間が受ける罰が少しでも軽くなればいいなと鈴音は笑みを深くする。

 そこへセリオが戻ってきた。


「馬車と交代要員を頼んだ。直ぐに向かうと言っていたから30分も待てば来るだろう」

 ジュストへそう告げてからセリオは鈴音に向き直る。

「この後に通るという宵闇一家の内通者は、交代後の隊員が対応する事になりました。それとここの夜番の隊員達についても確保に動いています」

「そら良かった。ほな心配事も()うなったんで、私らはこれで失礼しますね」

 笑顔のままサラリと言う鈴音にセリオもジュストも慌てた。

「いえ、これだけの規模の犯罪ですから、たいした額ではないにしろ謝礼金が支払われますので」

「一緒に門の詰所まで戻ろう」

 謝礼金という名の口止め料だなと理解した鈴音だったが、これ以上ディナトを待たせる訳にはいかないと首を振る。

「私らにも目指す場所がありますんで、これ以上寄り道はしてられへんのですよ。別に言いふらしたりせぇへんので安心して下さい」

「あ、いやそんなつもりでは」

 ゴニョゴニョとバツが悪そうな隊長達に笑い、鈴音はお辞儀した。

「後の事はお任せします。ほな!」

 引き留められる前にさっさと踵を返した鈴音の背に、ジュストの切ない声が届く。

「ねこーーー!」

「そっち!?嫉妬!ねこの人気に嫉妬!」

 頭を抱えるプリムスの叫びに虎吉が得意げに目を細め、鈴音はその顔の可愛さに目尻を下げながら、急いで部屋を後にした。



 詰所の外でディナトと骸骨、プローデという迷子の探検家と合流した鈴音は、今度こそ鉱山に向かうぞと街道を南下する。

 プローデも長時間の身体強化は出来ないそうなので、骸骨が後ろから抱えて運んだ。

「は、速!いつもこんな速さで移動してるんですか!?」

 物凄く驚いているプローデに何と答えたものか鈴音は悩む。いつもより随分ゆっくり走っているからだ。

「普段はもうちょい速いですかねー?まあ、慣れですよ慣れ」

 あははと笑う鈴音の横でプリムスの悲鳴が上がった。

「慣れない!扱いが雑!酷い酷い!」

「うるさいなー」

 念動力で浮かされ引っ張られているプリムスの抗議に、鈴音は面倒臭そうな顔をする。

「女神様と仲良しやとか言うから、万が一ホンマやったらアカン思て連れてったげてんのにさー」

「万が一ではなくて!本当に仲良しだから!何度もお会いしてるから!夢で!」

「はいはい夢見がち夢見がち」

「ぞんざい!投げやり!酷い酷い!」

 仲が良いのか悪いのか不思議なやり取りにディナトやプローデが笑い、骸骨は肩を揺らす。

 その後もやいやいとやり合っている内に、森へと続く脇道が見えてきた。


「はい、ここ入りまーす。因みにプローデさんは単独で流血樹を狩れるんですか?」

 街道の半分もない狭さの道を減速しながら進みつつ尋ねると、プローデは目を丸くする。

「む、無理ではないかもしれない気もしなくもないですけど」

「え、ややこし」

「出るんですかこの森、流血樹が?」

 どうやら知らなかったようだ。

 道に迷ってみたり危険な魔物の情報を持っていなかったり、単独行動に向かないかなりのうっかりさんらしい。

 頬にある魔物の仕業と思しき大きな古傷はそのせいで付いたのだろうか、と思ったものの聞く事はせず、鈴音は更に狭くなった道で徒歩に切り替えた。

「コスタの卸売組合で聞いたんで確かな情報や思います。流血樹に襲われるせいで探検家があんまり鉱山へ行かれへんようになって、値上がりしてる魔物もおる言うてましたよ」

「そうだったんですか……。あの、図々しいお願いですが、鉱山入口までご一緒させて頂けませんか」

 申し訳無さそうな顔で頼むプローデを見やり、ディナトが鷹揚に頷く。

「構わない。目的地は同じなのだ、問題はないだろう?」

「はい、勿論です」

 ここで別れて死なれたら寝覚めが悪いと思っていたので、鈴音は即座に同意した。


「ほな私が先頭を行きますんで、プローデさんはディナト様と並んでついてきて下さい。骸骨さん後ろお願い」

 任せろと親指を立てた骸骨が殿(しんがり)を務め、ちゃっかり背後に移動しているプリムスも連れて鈴音は獣道を行く。

「プローデさんは剣士でええんですかね?魔法も使います?」

「剣士です。強化して斬るしか出来ません」

「分かりました。流血樹も高値が付いてるらしいんで、あんまり木っ端微塵にせぇへん方が買取りん時に楽みたいですよ」

「木っ端……微塵」

 どうやったらそうなるんだろう、というプローデの表情には誰も気付かず進む、神と神使と神の目ご一行様。


 鳥の鳴き声すらしない静かな森を進むこと暫し。

 行く手に高い木々の中に交じる3メートル程の木を見つけ、鈴音は立ち止まった。

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