第三百八十二話 やあ、骨だよ!
程なくして始まった職員と隊員達の罵り合いにより、職員の横柄さは貴族だという驕りからだと判明。
ただ、隊員達に『ギリギリ貴族』等と言われていたので、実際は驕れるほど強い立場でもないようだ。
貴族社会の底辺で溜め込んだ鬱憤を、通りすがりの外国人にぶつけて晴らしていたのかもしれない。
「憐れみすら覚える小物っぷりやな」
可哀相な生き物を見る目の鈴音に気付き、職員が青筋を立てながら吠える。
「どこぞの小国出の平民如きがいい気になるなよ!?貴族の私がでっち上げだと言えば全て無かった事になるんだからな!」
「おっ!ええ勘してるやん、確かに小さい島国出身のド庶民やで。お陰様で他所の国の貴族の事なんか何とも思わへん」
鈴音が小馬鹿にした笑みを浮かべると、職員の顔は怒りで真っ赤になった。
「おのれ……不敬罪で牢へぶち込んでやる!」
「あらあら、お貴族様とも思われへんお上品なお言葉遣いですこと。現実をよう見てみ?よっぽど国の捜査機関が腐ってへん限り、牢に放り込まれるんは自分らやで。なんせ直筆の署名が入った裏帳簿があるワケやし」
手にした帳簿を振る鈴音へ、中年の隊員が取り引きを持ち掛ける。
「なあ魔法使い、それを俺達に売らないか?盗賊団の懸賞金の倍額を出そう」
その誘いに鈴音は感心したような顔になり、ディナトは唖然とした顔で隊員と盗賊を見比べた。
「あっちにいるのは警備隊だった筈。いつの間にか盗賊と入れ代わったのか?」
ディナトは本気で疑問を抱いただけなのだが、隊員達からすれば強烈な嫌味をかまされたように聞こえ、揃って苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ぶふふ。天然煽りストがここにも」
鈴音が堪らえ切れず小さく笑い、骸骨は大きく肩を揺らし、盗賊達は歯を食いしばりプルプル震えながら耐えた。
「いやー、私が悪党やったらその取り引きに応じたやろけど、残念ながら小心者のド庶民やからさぁ。子供ん時に習た通り、悪い奴らをやっつけてくれる正義の味方んトコに駆け込まして貰うわ」
ニッコリ笑って無限袋に帳簿を仕舞う鈴音。誰も『小心者て!』とツッコんでくれなかったが、特に気にはしていないようだ。
「えーとそうなると、どっち行くんが正解?コスタの街に戻るんがええんか、この先にあるまともな詰所に行くんがええんか」
「そりゃ街に戻るのが正解だろうよ。警備隊の支部があるから、街道警備隊が懸賞金を払おうとしねぇからこっちに来た、とでも言やぁいいんじゃねぇか?」
警備隊の話なのに隊員ではなく盗賊の頭に尋ねた鈴音と、何故か当たり前のように答えるラピナトーレ。
「そっか。ほなアンタら連れてかなアカンな」
「……はッ!しまったまたあの荷車に乗る羽目に!」
愕然とするラピナトーレと子分達へ悪い笑みを向けてから、鈴音は骸骨とディナトに向き直った。
「そういう訳で街へ戻らなアカンのですけど、この詰所ほったらかして行かれへんから、骸骨さんとディナト様で残って貰えます?万が一何かあってここを訪ねる人がおったら、対応したげて欲しいんですよ」
「成る程、警備隊の代わりをするのだな?」
ディナトが縄を握っている右手で左の掌を叩いて納得する。
「はい。ただ、この状態を他人に見られると悪党はこっちや思われかねませんので、外で待機して頂けますか。隊員は縛り上げて動けんように、詰所は窓と入口塞いで誰も出入り出来ひんようにしときますんで」
「分かった」
勝手に進んで行く話に慌て、どうにか自由になろうと再び藻掻く隊員達と職員。
するとまるで願いが通じたかのように、身体を覆う石が消えた。
やったぞ、と喜んだのも一瞬、今度はどこから出て来たのかさっぱり分からない縄が絡み付き、肩から足首までグルグル巻きにされてしまう。
拘束する素材が変わっただけで結局身動きが取れない事を理解し、隊員達も職員も身体を揺すって悔しがった。
「ほな外に出ましょか。アンタらも行くで」
盗賊達にも声を掛け、隊員達から浴びせられる罵詈雑言を綺麗に無視して一行は外へ出る。
「んー、パッと見は全員出動中でお留守なカンジにしたいからー……、氷かなやっぱり」
顎に手をやり呟くと、鈴音は詰所全体を薄く透明な氷で覆った。その後、開け放たれていた門扉を閉じて無人の偽装を完了。
「建物に近寄ったら助けを求める隊員の声が聞こえてまうかもしらんので、もし誰か来ても門の中には入れへん方向でお願いします」
「分かった」
頷くディナトと骸骨に微笑んだ鈴音は、盗賊達を振り返ると彼らを乾燥スパゲティのようにひと纏めにして縛った。
円の中心に配置されてしまったラピナトーレは顔を顰めている。
「臭え!」
「そりゃお頭もだよ!」
文句を言い合いつつ、荷車はどうしたんだと盗賊達は疑問を抱いた。
魔法使いだからもっと楽に移動させる方法があるのだろうか、等と考える者もいたが鈴音がそんなに甘い筈もなく。
「なるべく早よ戻ります」
「ああ、適当に身体を動かして待っていよう」
筋トレでも始めそうなディナトに会釈し、骸骨と手を振り合ってから鈴音は走り出した。
「おぉお!?」
「う、浮いて……」
念動力で浮かせた盗賊達をこれまた念動力で引っ張りつつ。
「うぎゃー!!」
シオンの世界でエザルタートが見た地獄の再現である。
それでも一応は加減して、30秒程かけコスタの南門へ戻って来た。
遥か手前で減速し地面へ下ろすと、盗賊達は糸が切れた操り人形のようにへたり込む。
「うわヘタレやなー。ほれ早よ立って立って。誰か通り掛かったら面倒臭いやんか」
「無茶言うんじゃねぇよ、腰が抜けてんだぞこっちはよ」
恨みがましい顔で抗議するラピナトーレを見やり、鈴音は溜息を吐いた。
「まあ人がようさん通るんはもう暫く経ってからやろうけ……ど?」
盗賊達を急かそうとしていた鈴音は何かの気配に気付き振り向く。
するとすぐ後ろに、マスケットハットにマントにロングブーツという三銃士にでも出て来そうな格好をした、人の骨が立っていた。
いつものローブを脱いでコスプレした骸骨、ではないようだ。
「……あ、失礼。骨違いでした。ほらぁ、アンタらがモタモタしとるから……」
「そんな馬鹿な!?」
一度視線を上下させただけでサラッと謝り盗賊達へ向き直った鈴音に、銃士な骸骨は大層驚いたらしい。
大袈裟に仰け反ってから急いで鈴音の前へ移動する。
「ほーら!動いて喋る骨だよー!」
ジャジャーンとばかり両手を顔の横で開いて見せる骸骨銃士。
「そうですね。すんません今ちょっと立て込んでて」
「あ、そうかねそれは申し訳なかった」
帽子を取って胸に当てた骸骨銃士だったが、ハッと我に返って両腕を大きく振った。
「ちがーーーう!不死人それなりに珍しいんだし、もうちょっと何かある筈では!?キャー的な何かがある筈では!?」
両腕を広げ胸を張ってのアピールも、残念ながら鈴音には響かず曖昧な笑みが返される。
「何や面倒臭いのんに絡まれたわー」
「せやな。あれや、珍しがったったら満足してどっか行くんちゃうか」
「あー、動いて喋るトコが売りみたいやしそれ褒めといたらええかな」
「そないせぇそないせぇ」
「フフッ。ねえキミ達もしかして気付いていないのかね?全部、きーこーえーてーるーよー!?」
骸骨銃士にツッコまれ、勿論聞かせる為の声量で会話していた鈴音と虎吉は、わざとらしく驚いてみせた。
「小さい声で喋ったのに聞こえてるらしいで」
「耳のええやっちゃな」
「凄い才能の持ち主やね」
「ホンマやな」
「いやあそれ程でも、あるよね。あるある」
帽子を指でクルクルと回す骸骨銃士の得意げな様子に、鈴音と虎吉はヨシと頷く。
「あっ何かねその『満足しただろう帰れ』みたいな顔!」
「チッ」
「ああっ今度は『気付きやがったか』みたいな顔になった!酷い酷い!」
帽子を被り直してジタバタする骸骨銃士と、スナギツネ化する鈴音と虎吉。
「骨やいう事以外、骸骨さんとの共通点はあらへんね」
「おう。骸骨はホンマええ奴やからなぁ」
「ね。喋ったらええっちゅうもんちゃう……あ、立てるようになったん?ほな行こか」
「ちょーっと待ったぁ!誰かねその骸骨とやらは!こんなしょっぱい人と魔獣に信頼されているなんて、気になって仕方がない!」
続々と立ち上がった盗賊達の縄を引いて歩きだそうとする鈴音の前に、骸骨銃士が回り込んで通せんぼした。
「大変興味深いのでね、ついて行く事にする!」
鼻息でも聞こえて来そうな勢いに、鈴音は眉根を寄せ虎吉は半眼になる。
「間に合うてます」
「くっ、冷たい!でも負けはしない!」
芝居がかった動きをする骸骨銃士は綺麗に無視して、一行は門を目指して歩きだした。
負けないとの宣言通り骸骨銃士もついて来る。
「それにしても気にはならないのかね、何故私があんな所に居たのかが」
無視しようかとも思ったが、これは確かに気になるので鈴音はチラリと視線をやった。
すると興味を持たれたのが余程嬉しかったのか、ピョンと軽く飛び上がってから若干の早口で語りだす。
「夢を見たのだよ。いや眠らない不死人が夢と言うのはおかしいが、そうとしか説明出来ない。不意にこの南門付近の景色が目の前に広がって、強い光がそこにある様子が見えた。直ぐに消えてしまったけれど、これは神がここへ向かえと仰っているのではないかと思ってね」
どうやら女神ノッテが何かしたらしいと考えた鈴音は、それならこの変な不死人は役に立つという事か、と顎に手をやり唸った。
せめてもう少し落ち着いた性格ならなぁと心の中で呟く。
「懐かしい限りだ。昔はよく女神様の夢を見て、身に付けた知識をあれやこれやと披露したものさ。こんな事が起きると、もしかしたら女神様が見守っていて下さるのかと思えて心が躍る」
「女神様の夢……成る程なー」
鈴音は虎吉と視線を交わし頷いた。
恐らく彼は女神ノッテの目、人界で起きた出来事を神に伝える役割を持った存在だ。
神官や巫女のように直接交信するのではなく、神が彼の目や耳を通し自然と人界の様子を知るタイプの。
そうなると神託の巫女のような権力は保持していない筈だが、面倒臭いやり取りを我慢するだけの価値があるのだろうか。
難しい顔で唸る鈴音に盗賊達が怯える中、門に並ぶ人々の列が間近に迫り、門番が怪訝な顔をするのが見えた。
「もし、そちらの方!」
荷馬車の検査を行っていたらしい警備隊隊員がひとり、鈴音の方へ早足で近付いてくる。
「ああやはり!」
鈴音に縄を引かれているラピナトーレをひと目見るや、手配犯だと確信した表情になった。
「失礼、これはあなたが?」
そう問われた鈴音は笑顔で頷く。
「仲間と一緒に捕まえたんですが、近場にあった詰所に連れてったら懸賞金出さへん言われまして」
「そんな、何かの間違いでは?」
驚く隊員をラピナトーレが嘲笑った。
「間違いならこんなとこまで歩いて来ねえよ。アイツらは俺らが誰だか分かった上で懸賞金なんか無ぇっつったんだ。外国人相手ならバレねぇと思ってよ。噂ぐらい聞いた事あんだろ?ククク」
それを聞いた隊員は思い当たる節があるのか、僅かに顔を強張らせる。
「せっかく治安維持にご協力下さったのに申し訳ない事をしました。詳しくお話を伺いたいのですが、かまいませんか?」
「ええ勿論。是非見て貰いたい物もありますんで。出来れば偉い方に」
そう言って不敵に笑う鈴音と大人しく従っている盗賊達、おまけに不死人。
謎だらけの怪しげな一行を警戒しつつ、隊員は門の横にある詰所を手で示し先導した。




