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第三百八十一話 小悪党達の巣窟

 鈴音と骸骨が詰所の前まで来ると、視界に入るのは荷台で放心状態になった盗賊達。

 荷車の横に立つディナトは『安全は確保していたのに何だこの反応は』とでも言いたげな顔で首を傾げていた。


「創造神様が選んだ戦士なら平気かもしれませんけど、フツーの人があの速さ体験した時の反応はこんなもんですよ」

 やれやれと笑いながら鈴音が教えてやると、またしても目をまん丸にして驚く。

「この世界には速さが出る乗り物が無いのだろうか」

「ん?えーと、城壁前で見た限り大きい隊商の移動手段も馬か馬車やったんで、一番速いんは馬の全力疾走なんちゃいますかね?鳥とか龍とかで空飛ぶ方法もあるかもしれませんけど、一般的やなさそうな気がします」

 鈴音がそう言い骸骨も同意を示すと、ディナトは納得の表情で幾度か頷いた。

「そういう事か。だからこれ程に驚いているのだな」

「いやいやいやロケットがある世界に生きとったって神の速さにはビビるて普通に」

 思わず小声でツッコんでしまった鈴音に骸骨が肩を揺らす。

 いかんいかんと咳払いをひとつしてから、鈴音は盗賊団の頭らしきダミ声の男に声を掛けた。


「おーい、生きてるー?」

 顔の前でヒラヒラと手を振られ、ダミ声がハッと我に返る。

「なにがおきた?」

「ウチの偉いさんが筋力を強化する魔法を使(つこ)た上で全力疾走した」

「……へー……」

 まるで理解していないだろう顔で頷くダミ声に笑いつつ、荷台から降りるよう促す。

「今から権力笠に着て武力に物言わす悪党の巣に殴り込みやで、しっかりしてよ?」

「おおよ、任せろ」

 若干ふらついたものの転んだりはせず荷台から降りた盗賊達の中には、ディナトの張り手で失神していた者達の姿もある。

 全部で12人を縄で繋いだ鈴音は、荷車を消してからディナトを見上げた。

「はい、この縄握ってついてきて下さい。警備隊側がこっちで引き取るとか言い出しても渡したらダメです」

「分かった。あちらに正義があるかどうか確認出来るまでは、こやつらを守らねばならんのだな」

「はい。彼らの証言は重要なので」

 鈴音が頷くと、ディナトはしっかり縄を握って頷き返す。

「ほな入りますねー」

 ツアーガイドのように詰所を手で示し、緊張感の欠片もないまま鈴音と骸骨は仲良く入口へ向かった。その後にディナトと盗賊達がゾロゾロと続く。



「こんにちはー。盗賊捕まえたんですけどー」

 中へ入り声を掛けた鈴音に、カウンターの奥の部屋から20人程の視線が集中した。

 ニヤニヤしながら『アリだな』だとか『黒髪はシュミじゃねぇわ』だとか小声で言い合っている。不死人(しなずびと)を珍しがる声もあった。屈強な身体付きからして、暇を持て余している警備隊隊員だろう。

 不愉快ではあるがこの程度の扱いは鈴音も慣れているので、いちいち怒ったりはしない。

 問題だったのはこの後だ。

 カウンターの向こうで椅子に座り、新聞らしき物を読んでいた見るからに文系な受付担当職員が顔を上げ、カウンター近くの扉に向け顎をしゃくる。

「ご苦労。そこの部屋へ放り込んでおけ」

 それだけ言ってまた新聞へ視線を落とした。

「ほう……?」

 鈴音の片眉が上がる。

 ピシリ、と空気が変わった事に誰も気付かない。


「アンタ、私の上司か何かのつもり?何やその態度は」

 鈴音の口から出るドスの利いた声にギョッとして、受付職員は顔を上げ奥の隊員達も思わず身構える。

 いつの間にやら鈴音の後ろには盗賊団を連れたディナトが立っており、その威圧感に職員も隊員も固まった。

「この国ではそれが常識なん?宣伝して回ったろか世界中に。オチェアーノ国コスタの街の南門から出て直ぐの街道警備隊は横柄でなぁ、外国人が親切に盗賊捕まえたったのに『そこ()り込んどけ』て顎しゃくって終いやで、どない思う?て行く先々の酒場で喋ったろか?なあ」

 鈴音の豹変振りに実はディナトもびっくりして固まっているのだが、警備隊側は気付く事なく『ヤバいぞ、男が暴力担当で女が煽り担当の反社会的な何かだ』と慌てている。

 そんな中どうにか気持ちを立て直した受付職員が立ち上がり、胡散臭い笑みを浮かべた。


「いや申し訳ない、我が国では普通の事なんだが外国人には失礼だったな、悪かった」

 未だ上から物を言う受付職員に対し鈴音の視線は絶対零度だ。

「ほんで?」

「え?ああ、盗賊はこちらで引き取らせて貰おう。手間を掛けたな」

 そう言ってカウンターから出て来た職員が手を差し出すも、ディナトは無言のまま微動だにしない。

 怪訝な顔で見上げる職員へ鈴音の冷たい声が飛ぶ。

「引き取って、その後は?」

「は?後、とは?我々が取り調べて監獄送りにするだけだが」

 この回答に盗賊側から小馬鹿にした笑いが零れた。

「オイオイお役人さんよう、全部バレてんだって。悪ぃこたぁ言わねぇ、素直に懸賞金渡せや」

 ダミ声の頭がニヤニヤしながら告げると、職員や隊員の表情が引き攣る。


「何の話だ小悪党めが。賞金なんて物が懸かるのは名の知られた大悪党だけだ!」

 吠える職員を呆れながら眺めていると、奥の部屋から隊員達が次々と出て来た。

「外国人相手にカッコ付けてぇのは分かるけどさあ、お前らみたいな小物の顔、手配書で見た事ねーわー」

 若い隊員が馬鹿にし切った顔で言えば、ベテラン勢含め周りの隊員達もゲラゲラと笑う。

 その下品さに鈴音達は揃ってスナギツネ顔だ。

「ちょっと前に聞いた煽りによう似てるなー」

「俺だな、俺が言ったな。女の前でカッコ付けてぇのは分かるけどっつってデカい兄さん煽ったな」

 溜息を吐くダミ声の頭も子分達も、軒並みスナギツネと化している。

「要するに盗賊と同じなんや、ここの隊員の考え方は。警備隊の振りした盗賊団とかタチ悪いなぁ」

 肩をすくめ首を振る欧米スタイルで煽ってやると、隊員達は殺気立った目で鈴音を睨んだ。


「聞き捨てならねぇな。誇り高い俺ら街道警備隊が盗賊と同じだと?」

「ほ、こ、り、た、か、い!どの口が言うた!?その口か!いやビックリしたぁ!誇り高い警備隊やったら捕縛された盗賊が連れてこられた時点で手配書出して確認しよるけどな!凶悪な手配犯の顔は頭に入っとるけど万が一いう事もあるし、てキッチリ調べるのがマトモな警備隊のやり方。そらそうやろお頭が交代してる可能性かてあんのに。それをアンタらは顎しゃくってそこ放り込んどけ、で終いやで?どの辺がマトモで誇り高い警備隊の仕事なんか教えて?なあ教えて?」

 鈴音の口撃スイッチを押してしまった隊員は勢いに負けて後退っている。

「ここまで言われてまだ分からへんの?手配書出せ言うてんねん。何やったらコイツら連れて別の詰所まで行ってもええんやで。魔法使いナメなや(ナメんなよ)

「魔法使い……!チッ面倒な……」

 隊員の陰で舌打ちした職員は、表情を作り直して前へ出た。


「いやぁ悪かった悪かった、手配書は全て頭に入っているからと手順を省略し過ぎたな。確かに外国人からすれば納得いかないかもしれない。手配書を出すからちょっと待っててくれ」

 ヘラヘラと笑いながら移動した職員がカウンターの向こうでしゃがみ、紙が擦れ合うような音を立て始めた所で鈴音は土の魔法を使う。

 すると床石が液体のようにグニャリと変形し、職員や隊員の首から下を包み込んだ。

「うわあ!?」

「何だ、何が起きてる!?」

「動けないぞ!」

 まるで石筍の上に人の顔が載っているような姿になり、慌てふためく警備隊。

 盗賊達は、素手で剣を折ったり人並み外れた速さで走ったりする男や、どこからともなく縄を出したりそれを飛ばしたり巻き付けたり、どこからともなく荷車を出したり消したりする女を見ているので、床が変形するぐらい今更どうという事もなかった。


「さてと、証拠隠滅される前に調べよか。何やった?宵闇一家やった?」

「おう、頭のラピナトーレ含め12人って手配されてる筈だ。懸賞金は確か大金貨25枚だったか」

 ダミ声のラピナトーレに頷き、鈴音は石に包まれている職員の横に両膝をついてカウンター内を調べる。その間、骸骨は周囲の様子を窺っていた。

「キサマこんな事をしてタダで済むと……」

「えーと、この束かな?こっちのノートっぽいのんは?ああ、捕まった手配犯と捕まえてくれた人に(はろ)た……事になってる懸賞金の額が書いてあるんや」

 凄む職員を居ない者として扱い、手配書の束と帳簿をカウンターの上に出した。

 手配書を1枚ずつ順番に見て行く。

「へぇー、似顔絵付きのんと影だけのんがある」

「被害者やら目撃者やらがどんな証言したかによるんやろな」

 手配書の動きが気になるのかチョイチョイと前足を出す虎吉の仕草に、鈴音の目尻が下がる下がる。

 ディナトが咳払いして注意を促し、ハッと我に返った鈴音も咳払いして作業を続けた。


「お、あった。宵闇一家、頭のラピナトーレと手下11人、懸賞金大金貨25枚。生死は問……」

「ウエーッホンおっほん!生け捕りがいいだろ生け捕りが。強制労働だ強制労働」

 皆まで言うなとばかり遮ったラピナトーレに笑い、鈴音は手配書と見比べる。

「それにしてもアンタ、どんなしくじり方したん?めっちゃソックリな似顔絵描かれてるやん」

 誰がどう見てもこの男だと分かる似顔絵は、余程しっかりと顔を見た者の証言がなければ描けない。誰ぞ手下が裏切ったか、と意地悪な笑みを浮かべる鈴音からラピナトーレはわざとらしく視線を外す。

「ぶふふ、何があったか知らんけどお気の毒様やったなぁ。でもそのお陰で警備隊の嘘が暴けたわ」

 似顔絵付きの手配書を隊員達によく見えるよう突き出した鈴音は、ゆっくりと動かしそれぞれの視線の上を横断させてやった。

「こんなソックリな似顔絵も頭に入ってへんのに、手配書と照らし合わせる事さえせぇへんのやねぇ。ああ、照らし合わせるんは盗賊を連行してった人が帰った後、懸賞金の額を確認する時か」

 鈴音が煽ったその時、石の拘束を解こうと藻掻く隊員達を見つめていた骸骨が動き出す。


 自分達を無視し奥の部屋へスイと入って行く骸骨に、隊員達は顔色を変えた。

「どういうつもりだ!立ち入りは許可していない!」

「不死人だからとて容赦はしないぞ!」

 必死に藻掻きながら喚く隊員達へ、鈴音は実に楽しそうな笑みを向ける。

「ウチの骸骨さんな、犯罪者を追い詰めるんが仕事なんよ」

 嘘は言っていない。逃げた犯罪者の魂をどこまでも追って行くのが骸骨の仕事だ。

 しかし骸骨が異世界の神使だ等と知る由もない隊員達は当然、不死人の生前の話だと考えた。つまりは元同業者かと。

 それは非常に不味くないか、と青褪める隊員達を鈴音は嘲笑う。

「早い話、犯罪者の心理を読んだり行動を読むんはお手の物なんよね。あの動きからしてどうやらアンタらの悪事、バレたみたいよ?さあどないしよ?」

 鈴音にイライラさせられ、骸骨にハラハラさせられ、隊員達の表情筋は大忙しだ。


 骸骨はフヨフヨと移動して机を見つめたり、またフヨフヨと移動して壁際の棚に手を伸ばしたり、チラチラと隊員達を見やっては弄ぶかのように動き回る。

 暫し行ったり来たりして、隊員達の方を確認してからひとつ頷くと、躊躇いなく机の引き出しを開けた。

「せ、窃盗だ!窃盗の容疑で捕まえろ!」

「そうだ!そこには私物も入っているんだぞ!」

 わあわあと騒ぐ隊員達を尻目に、骸骨は引き出しの中身を外へ出し、底を探っている。

 それを見て隊員達の表情が絶望一色に染まった。

 当たりか、と笑う鈴音の視線の先では骸骨が奥にある小さな穴へ指を掛け、底板を外している。

 中から出て来たのは裏帳簿だった。

 戻って来た骸骨とハイタッチした鈴音は、裏帳簿の内容を確認する。


「あー、はいはい成る程ねぇ」

「ほー、こらまた分かり易い」

「悪事の証拠をこれほど細かく残すとは」

 カウンターに置いた裏帳簿を虎吉やディナトも一緒に覗き込み、書き込まれた内容の細かさに驚いた。

 盗賊を討伐した者に支払わず不正に得た懸賞金の額と、それをこの詰所に所属する隊員の数で割った額が記され、受け取った者の名前と日付が本人の手によって書き込まれている。

 割り切れずに出た端数は貯めておき、割り切れる額に達した所でまた分配していた。

「一蓮托生、裏切り者が出たら終わりの悪事やから、立場の上下関係無くキッチリ分けて仲間意識を育んでたワケやね」

「そういうものなのか」

 唖然とするディナトに骸骨共々鈴音は頷く。

「この手の悪事がバレる理由の多くが、一緒に危ない橋渡ってんのに貰える額が少ない、て不満を持った人物による密告なんですよ。それを防ぐ為にも全額均等に割ったんは悪党として正しい判断ですけど、残念ながら仲間以外への対応を間違えたせいでバレてまいましたね」

 笑いながら鈴音はラピナトーレを見た。


「外国人なら懸賞金の存在に気付かへんやろ、いう考えは雑やけどまあええとして、対応がなー?」

「ククク、そうだな。あんな横柄な対応してたらそれこそ酒場で不満をぶちまけられちまうわな。んでそれ聞いてた地元のモンが何となく察して」

「あの詰所ヤバいらしいで、て噂する。実際に外国人がさっきの要領であしらわれてんの見た人も出て来るやろね」

「正義感の強ぇ奴に『この手配書の盗賊だろうが!』とか詰め寄られて『おっと気付かなかった悪ぃ悪ぃ』ってな所か?」

「腰の低い対応しとった人がそれならまだ『あら警備隊でも見過ごす事があるんやね』て思うかしらんけど、顎で指示出すような奴が間違えたーとか言うても絶対嘘やなこれ、て思うよね。私らがやらんでも捕まるん時間の問題やったな」

 魔法使いと盗賊の頭による指摘で、隊員達の恨みがましい視線が受付職員へ集中する。

 ああこれは仲間割れに発展するな、と鈴音達も盗賊達も生温く見守った。

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