第三百八十話 盗賊団と良くない噂
卸売組合で見せて貰った地図によると海が北だったので、港を背にすれば南だなと考えた鈴音はいつも通り屋根へ跳びかけ、はたと思い留まる。
「っとと、そうや。ディナト様は空を飛べますか?」
問い掛けにきょとんとしながらディナトは首を振った。
「いや、無理だ」
「そうですか……、ほな人の目に留まらへん速さで長距離を走る事は可能ですか?」
「それなら出来る」
頷いたディナトにホッとした鈴音だったが、直ぐに次の問題に気付く。
「失礼ですがディナト様、体重はどのくらいおありですか。人を避けながら走るんが面倒なんで、屋根の上を走ろ思てるんですが……」
背が高く筋肉質な体格からしてかなり重そうだ。
鈴音のように跳んだり走ったりしても接地面に衝撃が伝わらないなら問題はないが、そうでないなら屋根を踏み抜いてしまう恐れがある。
皆まで言わずとも流石にこれは伝わったようで、ディナトは穏やかに微笑んだ。
「屋根を壊さぬよう走ればいいのだな」
「はい、そうです。良かった、ありがとうございます」
何故かお礼を言いつつ鈴音は路地を手で示す。
「人目に付き難いトコで跳んで、そっから走りますね」
「分かった」
ディナトに続き骸骨とも頷き合って、いつも通り路地から屋根へ上がると、遠慮なく速度を上げ街を駆け抜ける。
風のように走る事ほんの数秒で城壁が見えてきた。
「お、あったあった。あれが南門かな」
大きな門からは荷馬車や隊商がぞろぞろと入って来ているが、既に午後だからか出て行く人は殆どいないようだ。
骸骨とディナトに手で合図して、路地へ飛び降りた鈴音は門の様子を窺う。
入って来る者には身分証を提示させ荷物の検査もしているようだが、出て行く者には手配書の特徴に当て嵌まらないか目視によるチェックが行われるのみで、問題がなければ呼び止められる事もないようだ。
「成る程、何も悪い事してへんから堂々と通ってオッケーやね」
頷いた鈴音が歩きだし、骸骨とディナトも続く。
当然何事もなく通過すると、順番待ちの人々で賑わう門前から伸びる広い街道を眺めた。
「この道が曲がり始めるトコで脇道に入って森へ。そこでヤバい木ぃ狩ってから、荒れ地を抜けて鉱山。けど、途中で盗賊が出たら捕まえて街道警備隊の詰所へ」
流れを確認する鈴音に皆が頷き、人目がなくなる所まで一般的な速さで歩く。
門前の人々がゴマ粒くらいになった辺りで、街道の端へ寄り一気に加速した。
鈴音達の脚で直ぐそこ、一般的には5キロメートルばかり進んだ辺りで、石造りの小さな砦のようなものを発見。
多分これが街道警備隊の詰所だなと全員で横目に見ながら通過し、更に5キロメートルほど進んで街道がカーブし始める手前の脇道へ入った。
人同士は擦れ違えても大きな馬車が通るには厳しい幅の道は、鬱蒼とした森へ続いている。
森を作る大きな木々は密集しており、入口から少し進んだだけでもう薄暗い。
「んー、この森はヤバい木ぃが出る森なんかな?地図で見た感じ山の周りの森は広かったし、多分そうなんやろなぁ」
「取り敢えず血ぃの匂いはせぇへんで」
「よかった、いきなり串刺し見る羽目にならんで済む」
ホッとした鈴音が匂いを探ってくれた虎吉を撫でると、楽しげに細めた目で見上げられた。
「血ぃの匂いはせぇへんけども、人の匂いはするで」
「え。それってもしかして盗賊?」
キラリと目を光らせる鈴音と興味津々の骸骨。フンフンと辺りの匂いを嗅いだディナトは首を傾げている。
「私の鼻ではサッパリ分からない。凄いな虎吉は」
「うふふー、そうでしょ?可愛いだけやないんですよ」
ディナトの素直な褒め言葉に鈴音が目尻を下げ、虎吉は髭の付け根を膨らませて得意げに胸を張り、骸骨は拍手を送った。
「ロクに風呂にも入ってへんようなんが……12人やな。お、こっちに気付いたか。囲むつもりみたいやぞ」
得意げな顔のまま言う虎吉を可愛い可愛いと骸骨と共に愛でた鈴音は、ディナトを振り向く。
「生け捕りにしますんで、しっかり手加減して下さい」
「あ、ああ分かった。……そのー、なんだ、今から戦闘という顔ではないが大丈夫か?」
デレッとした鈴音の顔に困惑するディナトの問いには、虎吉が大きく頷いてみせた。
「鈴音も骸骨もやる時はやるから大丈夫や。それよりお前さんやで心配なんは。人を相手にした事なんかあるんか?」
「創造神が選んだ戦士を鍛えた事ならある」
そう言われて鈴音達の頭に浮かぶのは、シオンの世界の聖騎士シンハだ。
「多分それ、フツーの人と同じに考えたらダメな相手ですね。フツーの人はちょっと殴っただけで、当たりどころによっては死にますよ?殴るなら木にヒビが入らへん程度の、撫でるぐらいの力にせな」
鈴音があげた例にディナトの目が丸くなる。
「そ、そんなに脆いのか。知らなかった、気を付ける」
「お願いします」
頷いた鈴音達は、『危なー!』『聞いてよかった』『セーフ!』と目だけで会話した。
そんな呑気なのか物騒なのか分からないやり取りをしている間に、盗賊達の配置が完了したらしい。
人相の悪い男が道の前後に2人ずつ、鈍く光る長剣を手に姿を見せた。
「よう兄ちゃん、死にたくなきゃ女と有り金置いてけ」
ダミ声による脅し文句は前後の男達からではなく、左側の森からだ。
「断る」
この中で兄ちゃん呼ばわりされるのは自分だけだと理解したディナトが、実にあっさりと拒否。
それを聞いた盗賊達が、これが下卑た笑いのお手本です、というような表情になる。
「へっへっへ、女の前でカッコ付けてぇのは分かるがよう、死んじまったら元も子もねぇだろうに」
こちらもまた小悪党のお手本のような台詞を吐く森からの声に、顎へ手をやり鈴音が首を傾げた。
「なあなあ、今気付いてんけどさあ。12人てそこそこ大人数やん?それを維持出来てるいう事は、アンタらそれなりに稼げてるわけやん?」
サラッと人数を言い当てられ、前後の男達の表情が怪訝なものに変わる。
「それなりに稼げてる盗賊団がこんな、いつ誰が通るか分からへん場所でボケーと待っとくような効率悪い事せぇへん思うねん」
「俺らが通るて分かっとったんか?」
虎吉の問い掛けに鈴音は首を振った。
「私らはお金持ちでも有名人でもないし、ここ通るて決めたん今さっきやし関係ないわ。コイツらにとっては只の偶然、行き掛けの駄賃や貰とけ、みたいな」
これで骸骨がポンと手を打ち、虎吉も成る程と納得顔になる。
ディナトも何となく分かったのか、こめかみに指を当てつつ口を開いた。
「つまり、待ち伏せている相手が別に存在し、そちらが本来の目的だという事か?」
「そういう事や思います。街道を貴重品積んだ隊商か貴族の馬車あたりが通る予定なんかもしれません。護衛の数が精々5人ぐらいの」
鈴音が喋るたび、男達の表情が険しくなっていく。
「しかもその中の1人は内通者」
これが決定打となったようで、森の中からガサガサと音を立てて盗賊達が出て来た。手には長短様々な剣がある。
殺気を丸出しにして武器を構える男の数は10人。
残る2人はといえば。
「おっと危ない。……ふむ、これは毒矢か?」
身を隠したまま木の陰から弓を使っての先制攻撃を仕掛け、2本共ディナトに鷲掴みにされるという失態を演じていた。
「……矢を……掴んだ?」
え、ナニソレ。という空気が盗賊達の間に流れる。
だがそれに答える声は無い。
「毒は何の毒や分かりませんし、動物やら環境やらに悪影響与えたらアカンから、こっちに仕舞といて後でノッテ様かシオン様に消して貰いましょ」
盗賊達を綺麗に無視して鈴音が無限袋をポケットから出すと、ディナトはそっと矢を中へ仕舞った。
そうして自由になった両手をブラブラと振り、盗賊達を見回す。
「さて、生け捕りだ」
ピタリと動きを止めたディナトが低い声で告げると、盗賊達は慌てふためき別々の行動に出た。
連携も取らず闇雲に斬り掛かる者達と、背を向けて逃げ出す者達の2つに別れたのだ。
「へぇー、ビビり過ぎると戦う前に瓦解するんやねぇ、こういう組織て」
「ホンマやな」
虎吉と会話しつつ逃げた者達の回収に向かう鈴音。骸骨は反対側を担当した。
喚き散らす逃走者達を魔力で作った縄で縛り、剣を素手で圧し折っているディナトの前へ転がすと、息をしているか心配になるほど静かになる。
圧し折られている剣の持ち主達はといえば、顔に張り手を食らい全員ノックアウトされていた。
「こ……殺すのか」
ダミ声の主は逃走組だったらしく、青褪めた顔でどうにかこうにかそれだけを尋ねる。
鈴音は呆れ顔で溜息を吐いた。
「生け捕りやて言うたやん。あんたら殺して私らに何かええ事あんの?」
するとダミ声の主は物凄い勢いで首を振る。
「ねえな!け、懸賞金が掛かってんだよ俺らにはよう!このまま纏めて役人に突き出す方が儲かるって寸法よ!」
他の逃走組も思い切り頷いてダミ声を援護。
「必死やなー。もしかしてホンマはデッドオアアライブ?」
「へ?」
「生死は問いませんよー、いうやつ」
「ちちちちち違う!生け捕りに限んだよ生け捕りに!首だけになってみろオメェ『ほんとに宵闇一家の頭かどうだか見分けがつかねぇなぁ』とか何とか言ってクズ役人が懸賞金出さねぇに決まってらぁ」
この慌て方からして実際は“生死を問わず”だと思われるが、そんな事より鈴音はクズ役人云々の方が気になる。
「懸賞金出さへんとか、ホンマにそんな事あんの?」
鈴音が尋ねると、ここをしくじれば死ぬとばかりにダミ声も子分達も全力で頷いた。
「この国の探検家なんかは手配書持ってたりすっからよう、誤魔化すのはまあ無理なんだよ。けど外から来てる奴らはこの国の賞金首の事なんざ知らねぇだろ?ちょろまかし放題よ。運良くその場にこの国の手配書持った奴でも居合わせりゃ話は別だけどな」
「えーと、それは何?どこの詰所に突き出しても同じいう事?組織全体が腐ってんの?それとも特定の詰所なり人なりが腐ってんの?」
何やら余計な事を言ってしまったようだ、と鈴音から漂い出る怒りの気配を感じ取りダミ声達は怯える。
だがここで引くのはもっと危険、と判断しダミ声は頑張った。
「特定の詰所だ。ほれ、ここに来るまでに街道警備隊の詰所があっただろ、あそこだよ。この先にある詰所ならマトモな対応らしいがよ、あの詰所は全員揃って腐ってるってぇ話だ」
「うわー、組織全体やのうて良かったけど、詰所丸ごとひとつ腐ってんのも大概やね」
「泥棒に強盗預けても意味あらへんな?」
虎吉が小首を傾げ、鈴音も骸骨もデレデレしながらそう思うと頷く。
「よし、せっかくやしその詰所にコイツら連れて行ってみよ。私らは誰がどう見ても外国人。けど生け捕りにされた盗賊本人が自分は懸賞首やて言う。さあ詰所のもんはどないする?」
ニヤリと口角を上げて笑った鈴音は、ディナトを見上げた。
「もうひとつ悪の組織を潰せるかもしれませんので、ちょっと寄り道させて頂きます」
「ああ、勿論構わない。だが俄には信じ難い話だな」
盗賊の証言より、普通は警備隊を信じるだろう。だからディナトの反応は実に正常である。
鈴音も全てを鵜呑みにするのは危険だと思っているが、隙だらけの金が狙われ易い事も犯罪に手を染める警察官が居る事も知っているから、やはり確かめずにはいられないのだ。
「ま、嘘やったら嘘やったで別にええですしね。悪い隊員なんか居らんかった、いうだけやし」
「それもそうか」
あっさり納得したディナトは、自分の張り手で伸びている盗賊をひと纏めにしてくれと1箇所に集め始めた。
「縄で縛って引き摺って行こう」
「ええ!?そら無理ですよディナト様。私らの速さで引き摺ったら、盗賊の身体が擦り切れて無うなってまいます」
そう説明してうっかり想像してしまい、鈴音はどんよりとした空気を纏う。
「荷車作るんで、それに乗せて運べば問題ないかと」
言うが早いか魔力でリヤカータイプの荷車を作り出した。
「こっちに盗賊を乗せて、ここを引いて貰えますか」
扱い方を教えるとディナトは嬉々として気を失っている盗賊達を荷台に積み込み、何かを期待するような目でダミ声達を見つめる。
死にたくない彼らは即座にディナトの望みを読み取り、自らの意思で荷車のそばに寄った。
「少しばかり狭くなってしまったが、まあ大丈夫だろう。乗れ」
「へっ?」
いや無理だろ、と盗賊達の目は語っているが、ディナトは本気らしい。
仕方なく鈴音は助け舟を出す。
「もう1台拵えてそっちに乗せますんで」
「む、そうか。力仕事なら私の出番だと思ったのだが」
ちょっとしょんぼりしているディナトが気の毒になり、少し考えた鈴音はリヤカーを連結させた。
「真っ直ぐ一本道やしこれで大丈夫や思います。重たいですけどお願いしますね?」
「ああ、任せてくれ!」
途端に嬉しそうになる様子を眺め、コツさえ掴めば扱い易い神様かもしれない、と鈴音は小さく笑う。
「ほんなら詰所へ……て、そうや。アンタらが襲う筈やった人らはいつ頃この辺を通るん?」
尋ねられたダミ声は正直に答えた。
「夕方だ」
「そっか、ほな待ってるより先に詰所行く方がええね」
骸骨がこくりと頷いて同意を示し、鈴音はディナトに声を掛ける。
「まずは詰所の件を確かめて、その後、盗賊団の内通者を探しに来ましょう」
「分かった」
「ではしゅっぱーつ!」
鈴音の掛け声でディナトが走り出し、『あ、スピードちょっと抑えて、て言うん忘れた』と思った頃にはもう悲鳴は遥か彼方だった。




