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第三十八話 魔剣選り取り見取り

 足元に転がって来た男女を見下ろし、鈴音はニッコリと笑う。

「はい、おかえり。散歩?」

 恐怖で固まるシェーモと、生まれて初めて床を転がり呆然としているエーデラの横を、尻尾をピンと立てた虎吉が通り過ぎ、重力を感じさせないジャンプで鈴音の腕へ戻った。

「ありがとう虎ちゃん」

「おう、退屈やったし丁度良かったわ」

「そやね、退屈やんね。とっとと片付けなアカンね」

 虎吉の言葉が解らない人々には、鳴き声を上げるだけの獣と会話している風な鈴音が不気味に映る。

 神の御使いに指図したり、騎士を吹っ飛ばしたり、獣に話し掛けたり、何やら色々な意味で危ない奴だ、と虹男よりも恐れられていた。


 そんな事とは露知らず、虎吉を撫でた鈴音が皆の方を向いた。

「神官長様、ちょっと聖剣お借りしてもよろしいですか?」

 急に声を掛けられ少し驚いた神官長だが、虹男が持ったままの聖剣へ視線をやると大きく頷く。

「勿論ですとも」

「ありがとうございます。ほな虹男ごめん、ちょっと貸して?」

 礼を述べた鈴音が手を伸ばすと、虹男がふわりと飛んで来た。

 それによりシェーモの身体が益々固まる。

 エーデラは今になって漸く虹男に気付いたのか、ポカンと口を開けて視線を上下させていた。

 そんな二人は気にも止めず、虹男は聖剣を差し出す。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 虹男から聖剣を受け取った鈴音は、いきなり魂の光を5段階の5、全開にした。

 その瞬間、聖剣は真っ白に輝く。

「おおッ」

「なんと……」

 神官長を始め周囲から漏れる驚きの声に、床に突っ伏していた国王も顔を上げ、眩い光に目を丸くする。

「神が……降臨なさったのか……?」

 驚く人々を尻目に、光る剣の切っ先をシェーモとエーデラへ向ける鈴音。

 またしても国王は崩れ落ち掛けるが、どうにか力を振り絞って留まり、悲愴感溢れる表情で娘を見つめた。


 太陽以外では見た事もない程の光を放つ剣を向けられ、あれだけ吠えていたエーデラも黙り込んでいる。

「聞きたい事があんねん。正直に答えて?」

 剣の先がそれぞれの方へ動くと、二人共が幾度も頷いた。

「まずアンタ。自分が使たんがホンマに聖剣や思う?ちょっとこの剣触ってみ?別に触っただけで切れるとか溶けるとかならんから」

 顔の前から胸元へ下がった剣先と鈴音を交互に見やり、暫し逡巡してからシェーモは恐る恐る、指先だけでそろりと触れる。

 すると何を感じ取ったのか、明らかに表情が変わった。

「どない?偽物との違い解った?」

「……たた、確かに違いはあるが、だか、だからといってあれが、に、偽物と言う事にはならんだろう!?実際に、ちか、力が湧き、魔人も斬れたのだ!!」

「うーん……騙されたと思いたないのは解るけども」

 面倒だ、という顔をする鈴音に、虎吉が笑う。

「ほなもう、魔剣触らしたったらええがな。特訓で使たヤツの余り、まだあったやろ」

「ああ、そっか!……いや、あったかなぁ。残ってんのてもう、神剣とか聖剣ばっかりやったんちゃうかなぁ。とにかく見に行ってみよか」

 頷いた鈴音は虹男に再度聖剣を預ける。

「ちょっと魔剣無いか見てくるわ、待っとって?」

「うん、わかった」

 虹男が笑顔で頷くのを見てから、虎吉が通路を開き、鈴音は白猫の縄張りへ戻った。



「おやおや」

「あらあら」

 縄張りでは神々が相変わらずお茶会を楽しんでいたが、空中に虹男が居る謁見の間が映し出されている事と、その場にサファイアが居るという変化が起きていた。

「あれ?サファイア様、こちらにいらしてたんてすか?」

 驚く鈴音にサファイアは綺麗な笑顔で頷く。

「ええ。あなた達を送った後、玄関の扉がこちらに繋がっているのなら、皆様にお詫びするチャンスだわ、と思って。お茶とお菓子を持って来たの。皆様許して下さったわ。あ、でも、彼の一部は彼自身で回収させて、その様子をこんな感じで見守るという事になったけれど」

「へ、へぇー。ええ酒の肴……やないわお茶請けになりそうですね」

 頑張れ虹男、と心の中でエールを送りつつ、部屋の隅にある木箱へ向かう途中で当然白猫を撫でた。撫でまくった。

「もうちょいかかります猫神様。待っといて下さいね。ちゃんとええモン取って来ますから」

 ゴシゴシと顎を擦ると、気持ち良さげに目を細めた白猫がグルルゴロロと喉を鳴らす。


「おっしゃ、猫神様の為にもとっとと終わらせよ。えーと魔剣魔剣」

 木箱へ走り、手を伸ばしかけてから慌てて魂の光を消し、虎吉をもこもこの床に降ろして箱を覗き込む鈴音を、カップ片手のシオンが愉快そうに見ている。

「アカンわ虎ちゃん、やっぱり魔剣は使い切ったっぽい」

「あれ、ホンマか。ほなアカンなあ」

 虎吉を抱き上げ、頭を掻いている鈴音に、笑顔のシオンが手を振った。

「魔剣がいるのかい?あげようか?」

 そう言いながら大きな手を差し出すと、そこへ立派な大剣が現れ床に落ちる。

「わあ、ありがとうございま……す?」

 鈴音が礼を言い終えるより早く、他の神々も自らの世界から取り寄せた魔剣をボトボトと床に落としている。

 それを見ていた白猫が低く唸った。

 すかさず虎吉が通訳する。

「散らかすな、言うてはるで」

 注意を受けた神々は慌てるが、触ると魔剣が浄化されてしまうので、取り敢えず宙に浮かせて鈴音を見た。

「あ、ありがとうございます……今回使う分以外は、また特訓に使わして頂いてよろしいですか?今必要なのは一本だけなんで……」

 構わない、と頷く神々にホッとしながら木箱を引っ張って回収に向かい、猫の耳専用内緒話で虎吉に問い掛ける。


「これはあれ?猫神様へのアピール?シオン様だけが途方に暮れる神使を助けた、みたいにしたくないとか?」

「間違いないな。肉が食いたい言うたら貢物肉だらけなるし、魚がええ言うたら魚だらけなるし、神さんらはとにかく猫神さんに気に入られたいねん」

「気持ちはめっちゃ解る。けど、神様やからやる事のスケールが違い過ぎてビビるわ。ホンマにありがたいねんけど、魔剣なんて物騒なもんがホイホイ出て来んのは大丈夫なんかなて心配なるし」

「確かにな。けどこうやって手元に持って来られんねんから、問題は解決済みなんちゃうか?」

「そっか。ほな余計な心配せんと、ありがたく使わして貰お」


 再び虎吉を降ろしてせっせと魔剣を回収する鈴音だが、一本一本確認しつつ首を傾げていた。

 考えてみればあの世界の魔剣は虹男に当たった時点で浄化されていて、神官長との対戦時は只の剣だったので、実際はどの程度の力がある物だったのか鈴音は知らないのだ。

 もしかしたら、余りに造りが違う物を持って行っても、あの阿呆シェーモは納得しないかもしれない、と悩む。

「せっかくの選び放題やねんし、あっちの悪神官が拵えたヤツと似たようなんがええけど……人の生き血を吸うてそうな剣てどれやろ」

 鈴音の呟きに対し、そういう細かい事まで知る筈も無い神々が首を傾げる中、反応したのは大鎌を携えた骸骨だった。

 ふよふよと近付いて来ると、魔剣を指し、その指で頭をトントン叩いてから眼窩を指し、ビシと親指を立てる。

「ああそっか、骸骨さんなら魔剣の記憶が見られる!……て、アカンアカン、あきません、めっっっちゃ怖いもん見る事になるから絶対駄目」

 魔法使いがブツブツ言いながら呪いを掛けている、などであれば問題無い。

 だが、鈴音が探しているような、人を殺める事によって魔剣となるタイプだった場合は当然、その場面を見る羽目になる。

 人界の綱木の店で、白猫に殴られた虹男の首が転がって来た時、骸骨も鈴音と一緒に震え上がったのだ。凄惨な場面に慣れているとは思えない。

 鈴音の指摘で気付いた骸骨はガクリと肩を落とし、頭を下げる。

「いやいやそんな、謝らんといて下さい。助けたろ、いう気持ちが嬉しかったですし」

 親指を立て返して微笑む鈴音に、骸骨も石版に笑顔のマークを描いて頷いた。


 すると、ゆらりゆらりと近付いて来た大型の骸骨が、骸骨の隣に並び自らの胸をポンと叩く。

「え、骸骨の神様、もしかして」

 鈴音が期待を込めて骸骨を見ると、大きく頷き石版に骸骨神が見てくれる旨を記した。

「ホンマですか、ありがとうございます!」

 大喜びする鈴音と骸骨に頷き、骸骨神は両手を開くと、操り人形でも動かすような仕草をする。

 途端に、回収未回収に関わらず全ての剣が宙に浮き、骸骨神の前に集まった。

 指を動かす事でその中から一本一本手前に引き出し、青白い光の灯った目で確認しては木箱の内と外へ仕分けて行く。

 あっという間に五十本程の剣の鑑定が終わり、三本が箱の外に残された。

 骸骨神が頷き、この三本が人の命を犠牲にした物だ、と記した石版を骸骨が見せる。

「ホンマにありがとうございました。何か御礼を……」

 言いかけた鈴音を手で遮り、骸骨神は自身の使いを見た。

 何か言われたのか、少々挙動不審になった骸骨は、石版に絵を描いて俯きがちに鈴音へ見せる。

「んー、あ、これ私?えへへ可愛い。私と骸骨さんが肩組んどる。仲間、仲良し、友達かな?……を神様が言う?ああ!これからも仲良うしたってね、みたいな事ですか?」

 読み解いた鈴音に拍手しながら骸骨神は頷き、石版を突き出したまま骸骨は様子を窺っている。

「勿論ですよ、骸骨さんとは既に猫好き友達ですから。こっちからお願いしたい事やのに、それが御礼の代わりとか困りますわー」

 口を尖らせる鈴音の前で骸骨はクルクルと回り、骸骨神は軽く片手を挙げ頷いてからゆらりゆらりと去って行った。

「わーお、男前。……あ、そういう訳で今後ともよろしくお願いします骸骨さん」

 ペコリとお辞儀する鈴音に、骸骨も同じ仕草を返す。

「神様方はお茶がお好きとお見受けしましたので、今度地球の美味しいお茶をご用意しますね」

 喜ぶ神々を眺めながら、戻り次第綱木に正式採用して貰おうと心に誓った。良いお茶は高い。


 その後骸骨ともお茶の約束をして別れ、急いで木箱を部屋の隅へ戻し、三本の内どの剣を持って行こうか虎吉と共に選んでいると、カップ片手に近付いて来たシオンが目の前で胡座をかいた。

「いやー、それにしても、鈴音は嘘つきだねー」

「え?なんですか、いきなり」

 キョトンとする鈴音に、楽しげな笑みを向ける。

「欲に目が眩んだ人々が滅びたってどうでもいい、とか言ってたのに、あの世界の事、助けようとしてるでしょ」

 三本の内、所謂レイピアと呼ばれる剣は見た目が違うだろうと外し、残りの二本で迷いながら、鈴音は幾度か頷いた。

「あー、バレてました?いや、助けようとか大層なもんやのうて、サファイア様の気が変わらへんかなー程度なんですけどね。なんぼなんでも無関係の人が可哀相やし」

「あの阿呆を突き出して終わりにせん時点で、なんぞ企んどるなぁとは思たけど、そういう事か」

 納得したらしい虎吉も頷く。

「うん、まあ実際どうでもええいうか、他人事やからこそ出来る事いうか……これが地球の話やったら怖すぎて、どないしてええかパニックや思うし」

「そうなのかい?」

「はい。何の責任も無いし、失敗しても私が被る不利益いうたら、神官長様達を思い出して暫く夢見が悪なるくらいのもんです。せやから出来る。所謂ひとつの偽善ですね。けどこれが地球の話になると、私の大切なもん全てに累が及ぶわけで。自分自身の為にも、絶対に失敗出来ないしたくない。無茶苦茶恐ろしい事ですよ?たぶん固まります」

 顔を上げた鈴音を、シオンは優しい目で見ている。

「人はややこしい生き物だねえ。ちなみに、彼女の気が変えられるかもって思ったのは何故だい?」

「ひとつは、虹男が消えて結構時間経ってたっぽいのに、まだ滅ぼしてなかったから。無自覚かもしらんけど、愛着はあるんかも?思て。もうひとつは、人の営みを細かく見た事が無い、て仰ったんですよ。それやったら、悪人ばっかりやなくて、神様を信じて懸命に生きてる人も居るて解ったら、ご自身が作らはった生き物なわけやし?情が移ったりせえへんかなーと」

「ははあ、確かに俺も、巫女に言われてちょこちょこと見るようになってからだなあ、人っていう生き物が可愛いなと思えたのは」

「やっぱりそうですか。神様って基本的に細かいトコまで見てはりませんよね」

「はっはっは、ゴメンネー。ま、そういう事だと解ったからには、俺もこっちで人がいかに可愛い生き物かを匂わせて行こう」

 キリ、と表情を作るシオンを、胡散臭そうな目で鈴音は見た。

「猫神様に『あのシオンいう神様が優しいんです』とか言え、いう事ですね?魔剣あげちゃう作戦が失敗したから、次は協力してあげちゃう作戦ですか」

「察しがいいね!もっと仲良くなって撫でさせて欲しいんだよ頼むよー」

「ぐぬ。その気持ちはめっちゃ解るので、考えときます」

「おー、やったね、よろしくー!」

 とても素敵な笑顔を残し、シオンはサファイアの元へ歩いて行った。

「ま、声と動作の大きさを直すとこからスパルタ教育さして貰て、その後で、の話ですけどね」

 例え相手が神でも、猫に関しては妥協無しの鈴音が怖い笑みを浮かべ、虎吉も大きく頷く。

「あの神さんええヤツやねんけど、喧しい。とにかく喧しいねん」

 ねー、と顔を見合わせてから、鈴音は魔剣を二本両手に持った。

「面倒臭いから両方持ってって、虹男に見て貰うわ」

「おう、それが早いな。ほな行こか」

 うんうんと頷き合って、虎吉が通路を開く。

 禍々しい力を垂れ流す魔剣二本を引っ提げて、鈴音は虹男の元へ戻った。

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