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第三百七十七話 女心は難しい

 話をするのに入口の近くは落ち着かないので、一番静かな白猫のそばに向かう。

 輪になって座る前に、どんより顔の男神が白猫に挨拶をした。

「お邪魔してすまない猫の神、私は力の神ディナト。妻である火の神ニキティスの願いを叶える為、あなたの眷属の知恵を借りたいのだが、構わないだろうか?」

 きちんと距離を取り程よい大きさの声で尋ねた男神ディナトに、香箱座り中の白猫は目を細めて頷く。

 すかさず虎吉が通訳した。

「かまへん、ゆっくりしていき、言うてはるで」

「おお、感謝す……」

「ええ!?ズルくないかい!?俺の時はそんな優しい言葉を掛けてはくれなかったじゃあないか!」

 両頬に手を当てぎゃあぎゃあ喚くシオンへ、鈴音が呆れ顔を向ける。

「その調子で叫んどったらそらぶっ飛ばされて終わりでしょうね。今もほら、お耳が反り返ってイラッとしてはりますよ?可愛いお手々もコンニチハしましたね」

 白猫の尻尾がもこもこ雲を叩き始め、ハッと我に返りシオンは一瞬で大人しくなった。


「ゴホン。すまないね、少し取り乱してしまったよ」

「お、おぉ」

 普段のシオンはいかにも高位の神という余裕を纏った男なので、子供じみた嫉妬で喚く姿にディナトはとても驚いたようだ。

 驚かせた当人は全く気にせず話を始める。

「それでね鈴音。相談というのは彼の妻の事なんだよ」

 シオンの言葉に合わせ、もこもこ雲の座り心地に感動していたディナトが慌てて頷く。

「私の妻が、お茶会より帰ってからというものずっと機嫌が悪いのだ」

「はあ」

 そこで何があったか聞けばいいだけでは、と鈴音は不思議そうな顔だ。

「キミそれじゃあ鈴音には何の事だかさっぱりだよ。宝石の話をしなくちゃあ」

 シオンに言われてはたと気付いたらしいディナトは、記憶を辿るようにしながらポツリポツリと語り始める。


 曰く、火の女神ニキティスはとある女神の招待を受けお茶会へ出向いた。

 いつも大体同じ顔ぶれで似たりよったりの話をするだけの、定期的に開かれる奥様会のようなものらしい。

 少なくともニキティスはそのつもりで、特に着飾りもせず出向いたのだ。

 そうしたらその日は様子が違っていた。

 誰もが憧れる美女神、最近はサファイアというあだ名を名乗っている彼女が、途轍もなく美しい宝石を胸元に飾っていたのである。

 彼女は創造神なので自分で拵えたのかと思ったら、何と、夫が他所の世界で冒険をし手ずから取ってきてくれたと言うではないか。

「海の涙という石なのよ。とても可愛らしいお嬢さんが付けてくれた名前なの」

 夫が採取し同行していた人の子が名付けた真っ青な宝石に、芸術の女神が細工を施して首飾りにしてくれたのだと幸せそうに笑う。

 周りに侍る女神達は、ああ羨ましい、何て素敵、旦那様の冒険譚を伺いたいわ、とうっとりしていたが、ニキティスは違った。

「ごめんなさい、人界で面倒事の気配がするの。失礼させて頂くわね」

 そう告げてさっさと帰ってしまったのである。


「帰って来るなり『もー!!』と叫びながら私をボカスカ殴るので、何か嫌な事でもされたのかと尋ねたら、今話した通りの事を言われたのだ」

「はい」

 頷いた鈴音は続きを待ったが、どうやら話はここで終了だったらしい。なので、嫌な予感しかしないぞと思いつつ恐る恐る聞いてみた。

「あの……、その後に何かお声掛け、とかは……?」

「ああ、宝石が欲しいのなら自分で創ればいいじゃないか、お前は火の神なんだから得意だろう?と言った。その女神のより大きいものを創れば良い、と」

 澄んだ目でそんな事を言う。

「奥様はその後どんな反応をなさいましたか」

「何故か物凄く怒って口をきいてくれなくなった……」

 がっくりと肩を落として項垂れるディナトを、シオンが気の毒そうに見ていた。

「彼はこういう男なんだよ。悪気は一切無いんだ」

「よう分かりました」

 鈴音は骸骨と顔を見合わせ溜息を吐く。


「力の神様」

「ディナトでかまわない」

「ではディナト様。ホンマに、何が悪かったかお分かりになりませんか」

 真顔で問われ、少し考えたディナトはやはり一点の曇りもない(まなこ)を鈴音へ向け頷いた。

「さっぱり分からない」

 これには白猫も目をまん丸にして驚いている。

「あっ、猫神様が黒目がち。うふふー、そらビックリしますよねー可愛いなぁもぅー」

「おぉ……?」

 デレッ、と目尻を下げ声のトーンを上げた鈴音に今度はディナトが驚いた。大丈夫なのか尋ねようと横を向けばシオンのデレデレ顔が視界に入り、更に驚く羽目になる。

 おまけに周囲の神々も皆似たような表情をしていると気付き、『あ、これツッコんだらダメなやつだ』と鈍いディナトでも流石に理解した。


「ぅぉほんッ。すまないが猫の神の眷属、私の何が悪かったのか教えては貰えまいか」

 目をぱちくりとさせてから取り繕うような笑顔を見せた鈴音は、1から教えるにしても自分が思う1とディナトが思う1が違いそうだなと内心溜息を吐きつつ頷く。

「失礼しました。鈴音とお呼び下さい。えー、ディナト様のどこが悪かったのか、ですが」

「ああ」

「全部、ですね」

「え」

 ポカンと口を開けて固まったディナトが復活するまで待ち、鈴音は続けた。

「まず、特に着飾りもせずと仰いましたが、有り得ません。女神様方が憧れる女神様が()る場所に、普段着みたいなカッコで行く訳ないやないですか。絶対出掛ける前に『ねえ、変じゃない?』とか『気合入り過ぎに見えない?』とか聞かれた筈です」

 じっと見つめられたディナトは『そういえば……』という顔をしている。


「そこでまず『よう似合(にお)てるで』とか返しとかなあきません。どうせ細かい助言なんか求めてへんので、そんなんでええんです。万が一、どのへんが?とか聞かれたら迷わず『色がええ』て答えましょ。お気に入りの色着てる筈やからまず外す事はありません」

「そうだったのか……」

「ほんで、ご帰宅後ですが。奥様がボカスカ殴った言うんはダメですね。ポカポカとか可愛い表現にしましょう。たとえ丸太でぶん殴られる程の衝撃やったとしても、可愛い奥様が可愛くポカポカと叩いてきたんです。脳内で変換して下さい全力で」

「お、おぉ。そうだな、可愛く叩いてきたな」

 目を泳がせてから大きく頷くディナトに鈴音は『よろしい』と頷き返した。

「因みにディナト様は普段、奥様に贈り物などしていますか?」

「……いや?妻も神であるから、欲しい物なら自らの手で生み出すなり仲の良い女神に頼むなり……」

 この答えに犬神までもが『駄目だこりゃ』という顔をしている。


「では、プロポーズ……結婚の申し込みをした時は?」

「ああ、その時は花束と赤い宝石の付いた首飾りを贈って跪いたぞ」

 勿論、とでも言いたそうな表情を見て堪らずシオンが問い掛けた。

「まさかそれっきりじゃあないだろうね?奥方に贈り物をしたのは」

 少し考えてからディナトはこくりと頷く。

「それっきりだと思うが」

「……それを世間では釣った魚に餌をやらへん言うんです!最悪やー!ちょっとやそっとじゃ赦して貰えませんよこれ!」

 もこもこ雲の上に倒れ込んだ鈴音を見やり、ディナトが物凄く慌てている。

「妻は魚ではないし、食事は自分で作っているから問題はないと思うのだが違うのか?」

「ちゃいますね!」

 思い切りツッコみつつ素早く起き上がる鈴音。


「奥様が何で憧れのサファイア様の前から逃げるみたいに帰ってったんか。それは、旦那さんに大事にされて幸せいっぱいな様子を見せつけられて、悲しいやら悔しいやら、どないしてええか分からんようになったからですやんか!」

 猫なら毛を逆立てて尻尾を膨らませ背を山なりにしていそうな勢いの鈴音が吠えれば、シオンも骸骨も犬神も白猫も虎吉も頷いた。

 ディナトはたじたじだ。

「大事に……は、しているつもりなんだが……」

「つもりやったらアカンのですよ。奥様が何考えてんのかディナト様が分からへんのと同じで、奥様もディナト様が何考えてのか分からへんのですから。言葉で伝えるなり物で伝えるなりせんと、結婚さえしてしもたら後はどーーーでもええんかー、私ってその程度の価値しかない女やったんかー、て思てはりますよ間違いなく」

 まあ夫がこうなのにはっきり言葉にしない妻も妻だと思う鈴音は、無意識にスナギツネ顔となっていた。

「とんでもない誤解だ!」

 目を見開き慌てふためくディナトへやれやれと溜息を吐く。


「奥様からは?何か貰たりしてませんか?」

「む?ええと、力仕事で汗を掻くだろうからと刺繍が入ったハンカチ、寒い思いをしてはいけないからと火の力が込められたローブ、少しはお洒落しなさいと私の目の色と妻の目の色の宝石が嵌まった腕輪……」

 何もない空間から取り出した品々を並べ、綺麗に保存出来ているとディナトは満足げだ。

 違うそうじゃない、とツッコみたいのを我慢して鈴音は口を開く。

「刺繍はご自身でしはったんかなー。火の力かぁ温かいやろなー。夫婦の目の色の宝石が付いた腕輪とかもう、愛の告白やーん。ずっと一緒にいようね、とか言いたいんかなー?きっと同じ石が付いた宝飾品お揃いで持ってはるやろなー。恋する乙女みたいやなー」

 わざとらしく右へ左へ首を傾げながら鈴音が言うと、漸くディナトにも自分が置かれた状況が分かってきたようだ。贈り物を凝視して固まっている。

「いやー奥様気の毒。せっかくこんだけ好き好き言うてんのに、ひとっっっつも伝わってへんしー。何で腕輪着けてくれへんのかなー?気に入らんかったんかなー?あー悲し」

 鈴音が目元を押さえる仕草をすると、ディナトはあわあわと両手を振った。


「ちちち違う!私は馬鹿力でうっかり者だから!壊してしまったらどうしようと思って!腕はよくぶつけるし!だから大事に仕舞っておこうと!」

「それ、奥様に言いました?」

 当然涙なぞ流していない鈴音に真顔で見つめられ、ピタリと動きを止めたディナトが視線を遠くへやる。

「ええまあそうでしょうね、そういう事をちゃんと伝える方ならこうはなってへんでしょうしね」

「うぅ……」

「こんだけ心のこもった贈り物をしてくれてる奥様に、あなた何て仰いました?火の神なんやから宝石ぐらい自分で創れるやろ?いやいやいや勘弁して下さいよ。そこは『俺も負けてられへん!キミの為にもっと大きいやつ取ってくるわ!』でしょ。何で分からへんかなあ。あーあ、奥様ひとりでこっそり泣かはったんちゃうやろか気の毒に」

「泣く……!?」

 ディナトにとって今日一番の衝撃だったようで、ちょっとした手違いで世界を滅ぼしてしまったかのような顔をしている。


「なんという事だ。私は妻を怒らせたのではなく、傷付け悲しませていたのか……」

「ちゃんと伝わったみたいで良かったです。そういう事なんで、奥様の性格によってはこのままやとディナト様は捨てられる可能性がありますね」

「な……」

 これぞ絶望、という表情で固まるディナトに手を振り意識を戻させ、鈴音は解決策を口にした。

「ですんで、ディナト様もご自身の手で奥様の好きな宝石を取ってきて、ボッコボコにされる覚悟で渡しましょ。奥様憧れのサファイア様も旦那様を木っ端微塵にした上で今の関係になってるんで、ボッコボコにされた後は幸せな毎日が訪れますよきっと」

「……こっぱ……。い、いや、そうだな。気の済むまで殴って貰おう、ボッ……ポカポカと」

 ちゃんと学習の成果を見せるディナトに微笑み、鈴音はシオンを見やる。

 にっこり笑って頷き、シオンはディナトの肩を叩いた。


「殴られる前に贈り物を用意しなくてはね?間違えたらいけないから、鈴音についてきて貰うといい。因みに俺の世界だと東の大陸に赤い宝石が……」

「ちょっと待ったあ!」

 さらりと自世界へ誘導しかけたシオンを、別の神が遮る。

「話は聞いていたぞ」

「赤い石が必要なのだろう?」

「フッ、我が世界の特産品だ」

「いやいやウチのがイチバン綺麗だし」

 当たり前のように次から次へ割り込んでくる神々を眺め、みんな思い切り聞き耳を立てていたんだなと鈴音は半笑いだ。

「猫神様、お肉の気分ですかお魚の気分ですか?」

 ディナトに付き添うのは決定事項らしいので、白猫にお土産は何がいいか尋ねる。

「ニャ」

「魚がええ、やて」

「んふふふふふお魚ですね承りました」

 白猫の鳴き声で一瞬うっとりと大人しくなった神々だったが、直ぐにアピール合戦を再開させた。


「俺の世界でいいじゃあないか、彼を連れてきたのは俺なんだし」

「鈴音はあと半月もしたらまたお前の世界に行くじゃないか!」

「そうだそうだズルいぞ何度も」

「だからシオンの所はナシで」

「横暴だね!?そこは公平にじゃんけんで決めるべきだと思うよ俺は!」

「シオン抜きでやろう、じゃんけん」

「そうしようそうしよう」

「仲間はずれは良くないね!良くない!」

「じゃんけんのやり方忘れたな……誰かー」

「あれだよ、グーが強いんだよ石だから」

「そ……うだったか?」

「全然ちげーよ拳でねじ伏せんだよ」


 混沌としてきた。

 このままでは埒が明かないので、鈴音は条件を出す事にする。

「はい、ご注目!猫神様の眷属が訪れるに相応しい世界の条件其の一!お魚が美味しい!」

 大丈夫だ、任せろ、とあちこちから声が上がった。

「其の二!簡単にお金が稼げる!」

 いけるいける、という声に交じり、鈴音なら大丈夫な筈、とか自信なさげな声も聞こえる。

「其の三!赤い宝石なりその原石なりを、個人が合法的に手に入れられる!」

 自世界に地下迷宮を持つシオンが踏ん反り返り、そういった環境にない神々は悔しそうに頭を抱えた。但し、シオンと似たような世界を構築している神々は多く、皆が不敵な笑みを浮かべ頷いている。

 じゃんけんはこの神々ですればいいかな、と思った所で、骸骨が鈴音の背中を突付き自身を指差してから石板を見せた。

「其の四!骸骨さんが街なかに居ても特に誰も驚かない!」

 この条件は結構ハードルが高かったようで、残れたのはシオンを含めた数柱の神々だけだ。


 骸骨も一緒にきてくれるのかとニコニコ笑顔の鈴音は、残った神々でじゃんけんするよう告げた。

 しっかりとルールを説明し直した上で。

「ほな待ってますんで、決まったら教えて下さいね」

 よしきた、と頷いた神々は真剣な顔で輪になる。

「じゃあ始めるよ。さーいしょーはグー!じゃーんけーんぽん!」

 あいこだ。何とも言えない緊張感は続く。

 そんな調子で延々と繰り返される、神々による負けられない戦いをハラハラと見ているのはディナトだけ。

 いつの間にやら鈴音は白猫と虎吉の、骸骨は犬神のマッサージを始めており、条件さえ整っていればどこでもいいやとのんびり結果を待っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神様は抜けてる人が多いのかなぁ? いつも見てますんで更新頑張ってください。
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