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第三百七十話 お家に帰るまでが遠足です。

 隠れ家への道すがらエザルタートから話を聞いたペドラとカルテロは、鈴音の金銭感覚に神ならではだと驚いている。

「金貨6000枚なんて預けられたら私なら卒倒してしまうよ」

「神官でも似たようなもんじゃないか?心の準備が必要だろうから、とっとと迎えに行ってやろう」

 それぞれの反応に頷いていたエザルタートが、何かを思い出した様子ではたと立ち止まった。

「しまった。神に連れられて動いていたせいで忘れてた。門が閉まってるから街からは出られないじゃないか」

「ん?何の話だ」

 首を傾げたカルテロへエザルタートは困り顔を向ける。


「彼だよ、神術士の。外に出られなきゃいくら強化神術に自信があったって帝都には帰れない」

 不死者に捕まっていた土の神術が得意な青年は、帝都にある家まで強化神術を施した上で走ると言っていた。しかし既にアズルの街の門は閉じており、普通の人に城壁を越える術はない。

「あー、言われてみればそうだな。俺には関係ないから気付かなかった」

 カルテロは結界以外に移動を妨げられる事がないので、夜になったら街からは出られないという感覚を持っていなかった。

「当たり前に壁を越える人達と一緒に居たせいでおかしくなっていたね」

 ペドラもカルテロや茨木童子に運んで貰っていたせいで気が回らなかったようだ。

「やれやれ。帝都まで神術士を送って、代わりに神官を連れて帰ってくればいいんだな?」

 わざとらしく腰をトントンと叩いて笑うカルテロへ、エザルタートは申し訳無さそうに頷く。

「悪いね、頼むよ」

「頼まれた。んじゃちょっと行ってくる」

 軽く手を挙げて応えるなりカルテロは転移の術を発動し姿を消した。


 ペドラが感心し緩く首を振る。

「何回見ても不思議だ」

「本当に。皇帝が呪いをかけてでも手元に置いておきたかったのも頷ける能力だね。まあ、その呪いのせいで死んだようなものだけど」

 エザルタートが悪い笑みを浮かべると、ペドラも大きく頷いた。

「呪いなんかかけなきゃカルテロは今でも皇帝の下で働いていたかもしれない。そうしたら私は城に忍び込む事なんて出来なかったから、あんな死に方はしなくてすんだかもしれないね」

「見たかったな皇帝の惨めな最期。僕が所属していた国を滅ぼした男は何を思いながら死んだんだろう」

「苦し過ぎて何も考えられなかったんじゃないかな」

「ふふ、そうかもしれないね。……残すはあと1人か。皇帝の死を誤魔化して、皇太子を即位させる準備を整えて、翻る反旗に対応して、とまあ大混乱になるここ数日が狙い目かな」

「皇太子が皇帝の側近をそのまま使うかも分からないし、動向をよく見ておかなくては」

 物騒な計画を立てながら2人は夜道を行く。




 翌朝鈴音達がアズルの神殿を訪れると、明らかに寝不足の神官が出迎えてくれた。

「おはようございます……て、どないしたん。目ぇ血走ってんで」

 よそ行きの顔で挨拶した鈴音が小声ながらも素に戻ってしまう程度には酷い顔だ。

「おはようございます。ふふふ、神の御期待に応えねばと意気込んでいたら眠りそびれました」

 神の御期待って何だ、と一行が怪訝な顔になる中、見知らぬ男性3人とカルテロが後からやってきた。

「おはよう、神と愉快な仲間達」

 カルテロの挨拶に振り返った一行は、はてなと首を傾げる。

 その様子に笑いながら見知らぬ男性その1が肩口に手を当て会釈した。

「その節は大変お世話になりました」

 声を変えずに喋ってくれたのでエザルタートだと分かる。

 鈴音は驚きを隠そうともせず彼らをじっくりと見た。


「ほえー、見事やなー。ほなそっちが彼でそっちが昨日の彼か。虎ちゃんと黒花さんなら匂いで分かる?」

「おう、余裕や」

「はい、同じく」

 虎吉と黒花が頷いたので、彼らはペドラと神術士の青年で間違いない。

「家に帰った筈の彼が何でこんな朝も早よから()るんか気になるけど、取り敢えず場所移さな話は出来ひんね」

 既にちらほら神へ朝の挨拶をしに来た人の姿が見える。

「地下に転移するか?落ち着いて話するならそっちのがいいだろう」

 カルテロの提案に皆が頷き、すぐさま転移の術が使われ全員で地下シェルターへ移った。

 広々とした空間には他の誰も居ないので、初めての変装に戸惑っていた神術士の青年もホッとしている。

 その様子を見ながら鈴音は首を傾げた。

「ほな改めて聞くけど、家帰った人が何でここに?」

 それに答えたのはカルテロだ。

「こいつの名前はテハ。夜には街の門が閉まるって事を忘れるくらい、呪いが解けて浮かれてたうっかり者でな」


 彼曰く、エザルタートに言われて後を追ってみれば案の定、テハ青年が門の前で頭を抱えていた。

 金を渡して宿に泊まらせてもよかったが、半年も拘束されていたのだから早く家に帰りたかろうと、神官を回収しに行くついでに帝都へ送る事にする。

 お祭り騒ぎ継続中の帝都へ入り、テハは家へ、カルテロは神官が居る通りへと別れた。

 神官と合流したカルテロがさあ帰ろうと思った矢先、テハの家があると聞いた方向に土の神術と火の神術のド派手な撃ち合いを見る。

 無視して帰りたかったが諦めて確認に行くと、カーモスの凶行で瓦礫の山と化した住宅地で、テハと帝国軍所属の神術士による神術戦が繰り広げられていた。

 周囲には兵士達も控えていたしこのままでは瓦礫に変わる家が増えそうだったので、空に一発派手な火球を打ち上げ皆の気を逸らした隙にテハを回収。

 サクッと転移を発動しアズルの街へ舞い戻った。


「カーモスのせいで家は無くなってるわ、消えた不死者を探してる奴らに待ち伏せされてるわ、踏んだり蹴ったりだったらしい」

 それで変装が必要になったのか、と鈴音含め皆が納得する。

「呪いにかかってる俺が自由になって家に帰るなんて本来は有り得ない事なのに、万が一に賭けて待ち伏せするとか暇なんですかね帝国軍。結局大当たりになってしまいましたけど」

 悔しそうなテハに鈴音は気の毒そうな顔を向けた。

「そんだけ帝国にとって不死者が大きい存在で、テハさんが自由になってたら不死者が誰かに負けて消えたいう一大事やから、確かめずにはおられんかったんやね」

「そういう事ですよね。また俺を別の不死者への生贄にするつもりだったんだろうな。もう絶対捕まりませんけど。絶対」

 フンスフンスと鼻息が荒いテハに笑いつつ、鈴音はエザルタートを見る。


「ほな家も()うなってしもたテハさんはエザルタートさんのとこで生活する事に?」

「ええ。家ならいくつか押さえてありますので。仕事を手伝って頂ければ給金も出せますしね」

 にっこり笑われ、そうだその話をしに来たんだと鈴音が腿を叩いた。

「金貨や金貨。置き場所あるかな?何ならここに作る?」

 ついにきた、と神官は直立不動になる。

「寄付金を一時的に預かる金庫はあるのですが、そこでは収まり切らないでしょうし、大神殿から寄付金の回収に来た神官が触らないという保証はないので……」

「やっぱり別の隠し場所作った方がええね。ここは神官さんが開けるか転移するかせな入られへん場所やし、ここに作ろか」

 鈴音の提案に神官とエザルタートが頷いた。

「ほんならー……、パッと見は壁とかの方がええよね。隠し扉風に」

 そう言いながら壁へ近付き、うーんと唸る。


「二段構えにしよかなー。まず扉」

 壁に切れ込みが入り内開きの扉が出来た。奥には小部屋が出来ている。

「……えッ?」

 テハが目を見開いて皆の顔を見やるも、特に誰も驚いている様子はなかった。

 いや実はエザルタートだってペドラだってカルテロだってビックリしているのだが、神ならこれくらい普通、と自分に言い聞かせ平静を保っているのだ。

 そんなこんなで小部屋へ入って行く鈴音を皆が黙って見ている為、テハも大人しく従う事にした。

「ほんでこの中に貸金庫風の引き出しを拵えて、金貨入れたらオッケーやね。あ、流石にこんだけの金貨ひとりで入れるん面倒臭い」

「はーい」

 呼ばれたとばかり月子と骸骨が小部屋へ入って行く。

 直ぐに中からはガッシャガッシャと重そうな金属音が聞こえてきた。


「ふたり共ありがとう。完成でーす」

 月子、骸骨、鈴音の順に出てきて手をヒラヒラさせながら小部屋を示す。

 笑顔を貼り付けたエザルタートと神官が確認に行き、引き出しを開け中身を見て『ヒッ』と息を呑んだ。

「た、確かにありました」

「すごかった……」

 引き攣った顔で戻って来た2人をカルテロとテハが心配そうに見つめる。

 エザルタートと神官は手振りで大丈夫だと伝えた。目の焦点が合っていないのでちっとも大丈夫そうではなかったが。

「これが鍵。中の引き出しの鍵がコレで、壁の扉の鍵がコレね。難しい鍵はよう作らんから単純な作りやけど、そのぶん鍵穴を工夫してみました!」

 鈴音が扉を閉めると壁と同化して切れ込みすら分からなくなる。

 そこへ鍵を持って近付き、鍵穴を探すように動かしてみると。

「わ、凄い。鍵穴が出てきた。鍵を近付けないと壁のまま?ピッキング対策?」

 月子の問い掛けに鈴音は笑顔で頷く。


「鍵近付けたら鍵穴が出て、鍵開けたら扉閉める時に手ぇ入れられる窪みが出来んねん。ほんで閉めたら元通り平らな壁になる、と」

 出たり消えたり形を変えたり、中々に意味不明な扉である。しかし神ならこれくらい普通なのだ。驚く必要などない。

 頑張って自分に言い聞かせているらしいエザルタート達を、陽彦が憐れむように見ている。

「驚いていいのに。あんなの俺だって見た事ねーし」

「流石は鈴音様だな」

「何で黒花が得意げなんだよ」

 尻尾を振ってご機嫌な黒花とそれを見て思わず笑う陽彦をよそに、鈴音から神官へ鍵が贈呈された。

「あ、ありがとうございますっ。ででですが、これをもしも失くしたり盗まれたりした場合どうする事も出来なくなってしまうのかと思うと恐ろしくて、この鍵自体を鍵の付いた金庫に仕舞いたい気分です」

 鍵を両手で受け取り青い顔をした神官に言われ、成る程なと鈴音は頷く。

「確かに予備の鍵もないと危ないね。ほい」

 即座に作られたスペアキーを当たり前のように渡され、エザルタートが慌てて両手で受け取った。


「この流れならそうなるんでしょうけど、責任重大ですねこれは」

 鍵を見つめて溜息を吐くエザルタートと、少し安心した様子の神官。

「まあ別の誰かが手に入れた所で使い方なんか分からんやろから、そない心配せんでええ思うよ?」

「それでもやはり気が重くなるのが人という生き物なんです。……はぁ」

 大金を手放してスッキリの鈴音はエザルタートに諭され『おかしいな私も人やのに』と解せぬ顔だ。

「まあ来月末か再来月の頭ぐらいに大金が手に入るから、その時また様子見に来るわ。使い勝手の良し悪しとか聞かして」

 気を取り直して告げると、エザルタートと神官が目を輝かせた。

「良かった、また降臨して下さるんですね」

「お待ちしています!ずーっとお待ちしていますから!」

 キラキラする2人にテハが首を傾げている。

「降臨……?」

「後で説明してやるから。腰抜かす準備しとくといい」

 笑うカルテロにテハは不思議そうな顔で頷く。


「よし、お金も渡したし、帰ろ!」

 振り返った鈴音の宣言に一行が頷き現地組が寂しげな顔をした。

「神なんですから約束は守って下さいよ?待ってますからね?」

 エザルタートの声に鈴音が『はいはい』と笑い、テハが『神!?』とカルテロを見ている。

「茨木、通路開けて。虹男は直接サファイア様んトコ帰ってもうてええよ」

「あ、そう?じゃあ先に帰るね、またねー」

 茨木童子が離れた場所で魔界への通路を開いている間に、ウッキウキの虹男は神界への通路を開き笑顔満開で手を振り帰って行った。

 ほんの一瞬だがそれなりの近さで神界への通路を見てしまった現地組は、流石は神の国への入口、と両足を踏ん張っている。

「用意出来たっすよー」

 茨木童子の横に開いた魔界への通路は、離れた位置にあるので恐怖は感じないもののとんでもない力の塊だという事は理解出来た。

 あんな所を通るなんて、やはり神と神の使い達なんだなと感心する。


「皆さん、本当にありがとうございました!」

 ペドラが両膝をついて神へ向ける礼をすると、エザルタート達もそれに倣った。

「どういたしまして!」

 月子が明るく応え、皆で手を振って彼らに別れを告げる。

「身体に気ぃつけもって頑張ってな!来月か再来月には来るからー!ほなねー!」

 鈴音も声を掛けてから皆に続いて通路を潜った。




 その頃、北の大陸にあるヴィンテルの街の西神殿では、個室で娘からの手紙を読んだグラーが泣き崩れていた。

 夜番の神官が仮眠室で付き添い解した心に、昼番の神官の『娘さんはここで毎日のように祈りこの手紙を書きました』というシンプルな説明が染み渡り、娘が残した優しい言葉の数々が突き刺さったのだ。

 便箋に綴られていたのは、両親と既に巣立っている兄に対する純粋な思い。

 恨み言などひとつも無く、只々自分亡き後の家族を心配し、この先老いてゆく両親のそばに居られない事を詫びていた。

 だからせめて夫婦仲良く、と願う文字の上に涙が落ちる。

 神の御許で待っているからどうか急がずゆっくりきて、と願う文字も滲む。


 妻が分からず屋なのだと思っていた。

 神を冒涜するな、リーディはそんな事を望まない。そう言われ、お前に何が分かる毎日神殿に付きそっていたのは自分だ、と何度も怒鳴り散らし、愛想を尽かされた。

 分かっていたのは妻の方だった。

 リーディを見捨てた神などいらないと言い続けた結果、アイツがそんな事を望むものかと息子も怒り口をきいてくれなくなった。

 息子が正しかった。

 私だけが間違えていた。


 なあリーディ、私はお前の何を見ていたんだろう。

 お前はこんなにも私を見てくれていたのに。


 後から後から溢れ出る涙を止める事が出来ず、グラーは泣いた。泣いて泣いて泣き続けた。

 わんわん泣いて泣いて泣き疲れてぼんやりした頃、昼番の神官が個室に入ってくる。

 手には温かいお茶が入ったコップを2つ持っていた。

 どうぞ、と笑顔で渡されたお茶を受け取り、ぼんやりしたまま飲んでみる。

 身体中に染み渡った。温かい。


「……少しずつでいいんですよ」

 そう言ってお茶を飲み微笑む神官を見やり、グラーは再度お茶を飲む。

 枯れ果てた声がぽろりと零れた。

「……謝らなければ……」

 誰に、とは聞かず神官は頷いた。

「手紙を書くのもいいかもしれませんね」

 夜に書くのはおすすめしませんが、と笑う神官を見て、恋文じゃないんだからとグラーも小さく笑う。そして自分が笑った事に驚いている。


 悲しい思い込みから狭い狭い視野でものを見ていた彼が、信じたい事だけを信じていたと認め新たな一歩を踏み出すまで、あとほんの少し。

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