第三百六十九話 帰り支度
神の使いの力とはこうも凄いものなのかと、恐ろしい不死者をあっさり仕留めた黒花へカルテロは尊敬の眼差しを向けている。
そんな視線には気付かず黒花は小首を傾げた。
「む?あの男は怪我でもしているのか?」
不思議そうに言い、座り込んだまま動こうとしない青年へ近付く。
「なんと、目にまるで生気がないではないか」
フンフンと匂いを嗅ぎながら驚く黒花に、しゃがみ込んで青年の顔を見たカルテロが溜息を吐いた。
「呪いだな。コイツは自分の意思で不死者と契約した訳じゃねえと思う」
「なんと。精神を操る類の術か?」
「どっちだろうな、肉体かもしれん。何にしろ契約者が満足する程の神力の持ち主なんて仕事にゃ困らねえんだから、よっぽどの理由がなきゃ城を守る結界の為に命差し出そうとは思わねえよ。っとにクソだな帝国は」
復讐の為でもなければ不死者と契約なぞしないのがこの世界の常識だ。長くて数年、早ければ数日で確実に死が訪れるのだから当然だろう。
「せっかく身勝手な者から解放されたのだ、助けてやれないだろうか」
心配そうに黒花が青年を見やり、カルテロは難しい顔で腕組みをする。
「呪いを解く方法ってのは、呪った術士に解かせるか術士を殺すかの二択なんだ。助けるには術士の居場所を聞き出さなきゃなんねえけど、この様子じゃあ……。あ、そうだこっちにゃ神がいるんだった。どうにかしてくれるかもしれないよな?」
「おお、そうだな!」
黒花が嬉しそうな笑顔で尻尾を振るとカルテロの目尻が下がった。どうやらこの男、犬好きだ。
「よし、連れて行こう。因みに誰を目標にして転移すんのが安全だろうな?」
「目標か。鈴音様と言いたい所だが、万が一戦闘中だったらこちらの命が危ないからな。前に出る事がほぼ無い陽彦でどうだ。あの光る少年だ」
「了解。あの姿は思い浮かべ易くて助かる。兄ちゃん、上手い事いきゃあ助かるぞ期待しとけ」
ニカッと笑ったカルテロは黒花と青年を連れて陽彦を目標に転移する。
転移には何の問題も無かったものの、陽彦を含む一行が時速200km程で移動中だったので、合流には黒花の遠吠えで足を止めさせるというひと手間を必要とした。
その後、人形のような青年に関する事情を説明しみんな一緒にアズルの街へ転移。ペドラに大層喜ばれカルテロはきょとんとしていた。
同じ頃、エザルタートを連れた鈴音も城壁を飛び越えアズルに到着している。
「途中からえらい静かやったけど大丈夫?」
顔を覗き込まれたエザルタートは無の境地といった様子だ。
「おかしいなー、風はちゃんと遮ったから苦しくはなかった筈やねんけど」
「地面に足着いてへんのが怖かったんちゃうか?」
「あ、そういう事か。ジェットコースターでも足ブラブラ系のが怖いて聞くもんねぇ」
鈴音と虎吉の会話はズレまくっており、少しずつ落ち着いてきたエザルタートは何とも言えない顔になる。
景色が幻になる程の速さが純粋に怖かったのだが、神にそう言っても通じるかどうか非常に怪しいと考え黙っておいた。
「ほな宿まであとちょっと頑張ってなー」
笑った鈴音が動き出しエザルタートは身構える。
ところが屋根の上だからか先程までより随分と控えめなスピードで、何だこれなら安心だと胸を撫で下ろした。
実の所、この屋根の移動も人々の目には留まらぬ速さなのだが。慣れとは恐ろしいものである。
宿の近くまで来ると、屋根の上に骸骨が浮いているのが見えた。
「あれ?どないしたんやろ」
何かあったかと急ぎ近寄れば、皆は神殿の地下に居るという。
「え、神官さん帝都に居てるのにどないして……ああ転移ね成る程」
骸骨から石板を使った説明を受けつつ神殿へ向かい、待っていた茨木童子と共に裏口から中へ入った。
「……っちゅう訳で、不死者と無理矢理契約させる為に呪いかけられたみたいで」
階段を下りながら茨木童子は黒花とカルテロが拾ってきた青年の事情を話し、地下シェルターの扉を開ける。
ガランとした広い空間に陽彦達が立っており、彼らに囲まれる形で見知らぬ青年が座り込んでいた。
「ねーさんお疲れ」
「お疲れー。その人が呪われてる人?」
近付いた鈴音にカルテロが頷く。
「たぶん言いなりに動くような呪いだと思う。勿論そんな複雑な事はさせられんだろうけど、命令さえすれば不死者と契約させたり、食ったり出したりはさせられる程度の。今は命令されてねえから不死者の腕から落ちた時のまま止まってんだろ」
「あー、成る程。期限が来るまでは生きてて貰わなアカンもんね帝国としては。でも余計な事されたら困るから、いちいち命令せな動かへん人形にしたんか」
青年の焦点が定まらない目を見た鈴音は納得し、虹男へ顔を向けた。
「この人の呪い解ける?」
問われた虹男は当然のように頷く。
「僕が触れば消えると思うよ?それでいい?」
「それで……いや待てよ?」
虹男が以前、相手が撃ってきた攻撃魔法を方向転換させ任意の場所へ落とすという出鱈目な事をやってくれたと思い出し、鈴音はカルテロへ視線を移した。
「この人に呪いかけた術士、なんぞ同情の余地はあるやろか」
質問の意図が分からず首を傾げつつもカルテロは答える。
「人質を取られて無理に働かされている、なんてことはねえな。そんな事する奴は呪えば済むし」
「病気の家族を救う金欲しさに、なんてこともないですね。彼らは金持ちです。客が途切れないので。因みに客や呪う相手の素性も知っていますよ。でないともしも神官なんか呪ってしまったら、神託の巫女を敵に回す事になりますから」
そうエザルタートが続けると皆も納得した。
丑の刻参りの般若を思い出しぶるりと震えた鈴音は、だったらいいかと頷いて虹男へ視線を戻す。
「えーとね、呪いを消すんやのうて、呪いをかけた人にそっくりそのまま返したげて欲しいねん。この人みたいになるように」
青年を手で示された虹男は目をぱちくりとさせた。
「なんで?」
「だってこの人と誰かの間にいざこざがあって呪われたんなら知らんよ?けど勝手に不死者へ差し出す生贄に選んで、言う事きかす為に呪うとか酷ない?」
「それはヤダなー」
眉根を寄せ口を尖らせた虹男に鈴音は頷く。
「でしょ?しかもその理由を知った上で呪いかけてんねんから、術士はお金の為なら何でもする奴やで」
「それもヤダなー。よし、呪いを返すよ」
キリッと表情を引き締めた虹男が青年に手を翳した。
皆が固唾を呑んで見守る。
呪いを生業とする者なら、同業者からの攻撃を警戒して何らかの防御策を取っているかもしれない。
しかし今回攻撃してくるのは神である。それも不完全体ではあるが創造神だ。
「人を呪わば穴二つやで」
青年の身体から抜け出た黒い靄が床へ吸い込まれて行くのを眺め、鈴音は呟いた。
この10日程後、異臭がするとの知らせを受けた治安維持隊が帝都の民家で腐乱死体を発見する。
外傷は無く、何らかの理由で倒れ身動きが取れなくなり、水分を摂取出来なかった事で死亡したとみられた。
まだ若く健康上の不安も無さそうだったのにと近隣住民は首を傾げていたらしい。
随分と貯め込んでいた財産は、相続する者が居なかったため全て国庫に納められたそうだ。
勿論、これら全て鈴音達は知る由もない。
明らかに宜しくない何かが床に消えるのを追っていた皆の視線が青年へ戻る。
「……ぅ……」
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、青年はゆっくりと顔を上げた。
「……ああ……動く……身体が動く……喋れる……!」
両手を顔の前で動かしぐるりと周囲を見回し、目に涙を浮かべながら青年は笑う。
「ははは、やった!ありがとう、ありがとうございます皆さん!」
「いーよー。良かったねー」
青年の礼に虹男は通常運転だが鈴音達は違う。
「え、今のやり取り聞こえてたん?」
「じゃあ捕まってる間もずっとってこと!?」
鈴音と月子が目をまん丸にしながら尋ねると、青年は眉を下げて頷いた。
「かれこれ半年ばかりあの不死者に、早く魂が食べたいと言われ続けていました」
「うわあ、よう耐えましたね、無事で良かった」
鈴音の反応はこの程度だが、どんな不死者だか知っている面々はより深く頷きながら拍手している。
「悪かったな、アレにも使い道があったらアカン思て見逃してしもたんや」
茨木童子が心底申し訳無さそうな顔で言えば、青年は立ち上がりながら笑って首を振った。
「一応あれでも帝国を守る契約者でしたからね、仕方ないと思います」
いい人だと皆が感動する中、鈴音は別の事を考えている。
「国を守る契約者が居らんようになったいう情報も、スパイから各地に伝わってるかな」
「そらそうやろ。皇帝も居らへん契約者も居らへん、今が好機や!て伝えとる筈や」
猫の耳専用の声量で答えてくれた虎吉を撫で、鈴音は溜息を吐いた。
「ほなもう、直ぐにでも戦争に突入やね。こらモタモタしてられへんわ明日にでも帰ろ」
「そない急がなアカンか?」
「うん。ハルとツキに見せたないやん?」
「ああ成る程な、確かにその通りやな」
きょうだいの中で、とんでもない奴も居たけれど異世界は概ね楽しかった、というような思い出になって欲しいのである。戦争などもっての外だ。
「ほな彼も無事回復した事やし、晩ごはんたべて休もか」
鈴音の提案に、言われてみれば夕食がまだだったと皆が腹の辺りを押さえて頷く。
「そういやお金持ってはる?」
問われた青年はハッとしてから、大丈夫だと笑った。
「家は帝都内にあるので、強化して走れば直ぐですから」
「それなら問題無いね。ほな外に出ましょ」
捕まってはいたがそれなりに健康な青年は、自分の足でしっかり歩き階段を上って皆と一緒に外へ出る。
迎えてくれるのは綺麗な星空だ。
「あー、同じ空気でも自由になったと思うだけで美味しく感じますね」
深呼吸して笑った青年は、肩口に手を当て改めて礼をした。
「本当にありがとうございました。このご恩は必ずお返ししますのでご連絡先を……」
「え?いやいやそんな……、あ、そうや。連絡はここの神官さんにお願いします。手伝って欲しい事があるんですよ」
ね、と鈴音がエザルタートを見やる。
「ええ。孤児院を作る計画がありましてね。資金面に不安は全く無いんですが、人手がちょっと」
「そうなんですか、お役に立てるか分かりませんが参加させて下さい。土の神術ならそれなりに使えます」
青年の答えに鈴音とエザルタートは視線を交わし、小さくガッツポーズだ。
「助かります。日を改めてお話ししましょう。今日は早く帰ってゆっくりして下さい」
逃さないぞという本音は一切見せず微笑むエザルタートに、青年もにこやかに応じ礼をする。
「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて失礼させて頂きますね。またお会いしましょう、おやすみなさい」
礼儀正しく去っていく青年に『おやすみー』と返し、鈴音は皆を見回した。
「私らも今日は休んで、明日帰ろ」
「え、帰るの?まだ良くね?」
腰に下げている剣を撫でつつの陽彦に首を振る。
「もう用事は済んだし、こう見えてたぶん指名手配犯やからさっさと逃げるに限るねん」
何故か胸を張って言う鈴音を見ながら、そういえば皇帝殺害の現場に鈴音と虹男と茨木童子がいたのかと陽彦は幾度か頷いた。
「な?イラッとして手加減間違うて街ごと吹っ飛ばしたらアカンから、兵士に囲まれる前に帰るわ」
引き留めようとしていたエザルタートやペドラも、この恐ろしい発言で口を閉じる。鈴音ならやりかねないと思ったらしい。
「分かった。帰ろう」
陽彦が納得し他には誰も反対しなかったので、明日の帰宅が決定した。
「因みにですが、神のお住まいとは……?」
宿と隠れ家への別れ道で不意にエザルタートが尋ねる。
「神界。人が暮らすのとは違う世界」
笑みを浮かべた鈴音が答えると、本当に空の上じゃないんだとばかりエザルタートは月子を見た。
「だから言ったでしょ?」
悪戯っぽく笑う月子とエザルタートを鈴音は不思議そうに見比べる。
「ま、ええわ。明日の朝に神殿行くから神官さん戻しといてくれる?お金預けなアカンねん」
お金って何だという顔をしつつも頷くカルテロ。
「ありがとう。詳しくはエザルタートさんに聞いといて。ほなまた明日な、おやすみー」
「おやすみなさい、また明日」
それぞれ手を振ったり会釈したり思い思いの挨拶で別れ、鈴音達は宿へ、エザルタート達は隠れ家へと足早に帰って行った。




