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第三百六十八話 金貨の使い道

 とにもかくにも、まずはグラーを頼もしい神官へ託すべく黒花とカルテロのコンビに向かって貰う。

 その間に鈴音はこの世界の孤児院がどんなものか見に行く事にした。案内人にはエザルタートを指名する。

「みんなはどないしよ、ここが一番安全かな?」

「うーん、犯罪者が逃げ込むなら貧民街だというような思い込みが貴族達にはあるので、真っ先に押し掛けて来そうな気が……」

 皇帝を殺した犯人を捕らえるべく追手が放たれるのは時間の問題で、そうなると身を守る術を持たないペドラが危険だ。

 悩むエザルタートを見て鈴音は顎に手をやった。


「いっそアズルまで引き返す?」

「その方が安心は安心だけど、もう門は閉まっていますよ。……あ、そうか飛び越えられるのか」

 壁だの門だので鈴音達の行く手を遮るのは不可能だったと思い出し、エザルタートは遠い目をする。

 その通りだと笑い鈴音は皆の方を見た。

「そういう事やから、アズルの宿へ戻って晩ごはんでも食べながら待っとってくれる?」

「うっす」

「ねーさん、地下室の天井ってやつ直さなくていいの?」

 鈴音と虹男を見比べて月子が首を傾げる。

「あー、もうええかな。たぶん上から飛び降りたりして救出作業してるやろし、急に塞いだら事故に繋がりそう」

「そっか」

 城を眺めつつ答えた鈴音は、頑張って埋め戻してくれと心の中で神術士達に丸投げした。

「ほな行こか。また後でねー」

「後でー」

 手を振り合った一行は別々に動き出す。

 ペドラを背負った茨木童子が屋根に跳ぶのを見届けてから、鈴音はエザルタートへ向き直った。


「孤児院どっち?」

「こっちです。貧民街からそれほど離れていないので直ぐに着きますよ」

 エザルタートは鈴音を神だと思っているので案内の仕方も丁寧だ。

 ここに暮らす人々は先程の騒動を恐れてか気配を消しているので、狭い路地は特に問題なく抜けられた。

 問題だったのはその先である。

「足音で想像はしとったけど人多すぎ。どんだけー」

 夏祭りか初詣かの勢いで表通りにも裏通りにも溢れる人、人、人。

 あちらからもこちらからも、聞こえてくるのは聖騎士シンハの活躍を興奮気味に語る声ばかり。

「うーん、私の事なんか殆ど見てへんやろけど、念の為ちょっとだけ雰囲気変えとこか」

 髪を括り魔力で作ったローブを着ると、変装の名人エザルタートからも別人だとのお墨付きを貰えた。

 せっかく化けたのに屋根を走ってバレたら意味がないので大人しく地上を行く。


 酔っ払いを避けスリを躱しナンパをスルーしながら進むこと暫し。

 少し人が減った裏通りの先から子供がはしゃぐ声と困り果てている女性の声が聞こえてきた。

「ほらみんな中に入って!お片付けをして寝る準備をしなきゃ!」

 通りを走り回る子供達とそれを捕まえようとしている若い女性が視界に入り、鈴音がエザルタートに目で尋ねると頷きが返ってくる。

「子供が夜になってもお外にいたら、カーモスに捕まっちゃうんだから!」

「そしたら聖騎士様が助けてくれるもーん!」

「聖騎士様かっこいい!」

「僕も大きくなったら聖騎士様になる!」

 きゃー、と笑いながら走り回る子供達。

「あああもうどうしようー、院長先生ーっ」

 女性はアパートのような建物の入口へ顔を突っ込んで情けない声を出し、ベテランに助けを求めたようだ。


「子供らの身長でこっからあのチャンバラ見える?」

 大人が邪魔ではなかろうかとしゃがんで貧民街の方を見た鈴音は、はたと思い出す。

「あ、調子乗って吹っ飛ばしたかそないいうたら」

 景気良く吹っ飛んでくれたシンハを追い掛けて、この辺りの屋根の上でも楽しく遊んだかもしれない。

「あの子らが見たんが魔剣に吹っ飛ばされるとこやのうて良かったー」

 危うく子供達の夢を壊す所だったと胸を撫で下ろす。

 でも『悪い子はカーモスに捕まるよ』という必殺技が使えなくなってしまった職員はどうするのだろうと心配にもなった。

 そんな鈴音が見守る中、建物から出てきた年配の男性が穏やかな顔で子供達に声を掛ける。


「みんな、中へ入りなさい。怖いのはカーモスだけではないよ。いつも言っているように、外には子供を狙う悪い大人が沢山いて夜は特に増えるんだ。悪い大人に捕まってしまったら、もう二度と聖騎士様に会えないよ。そんなのは嫌だろう?」

 子供達はハッと目を見開いてキョロキョロと周囲を見回した。

「大きくなって悪い大人に勝てるようになるまでもう少しの我慢だよ。さ、お入り。聖騎士様がどんなに格好良かったか中で私に教えておくれ」

 年配の男性と若い女性が手を伸ばすと、子供達は逆らう事なくそれを掴み仲良く建物へ入って行く。

 中からは子供達が擬音満載で口々に語る聖騎士大活躍譚が聞こえてきた。


「良かった、ここはええ孤児院みたいやわ」

「せやな。服もそれなりに綺麗(きれ)かったし、金を横取りされとる心配はなさそうや」

 鈴音と虎吉が顔を見合わせ微笑む。

「やはり寄付金を横領している孤児院もあるんですね」

 心底軽蔑した様子のエザルタートに鈴音は頷いた。

「お金は盗むわ子供は売り飛ばすわ、碌でもない輩の多いこと多いこと。当然それなりの罰を受けて貰たけどね」

 鈴音のひんやりとした笑みは卑劣な者達の末路を十二分に言い表している。エザルタートはざまぁみろと心の中で笑った。

 同時に、きちんと罰を与えてくれるなんていい神だな、とも思う。

 まさか信仰されそうになっているとは露知らず、鈴音は顎に手をやり唸った。


「んー、どないしよかな。今の所は問題なさそうやけど、戦争になったら一気に子供の数が増えるもんねぇ」

「帝都が戦場になるようだと帝国も終わりなので、それまでに避難するとは思いますけど……」

 言葉を濁すエザルタートを見て成る程と理解する。

「そうか、危ないんは激戦になりそうな元の国境近辺の街の方か」

 地球の戦争と違いミサイルは飛んで来ないので、いきなり国の中枢が炎に包まれる恐れはない。

 飛龍に乗っての攻撃に対する迎撃体制も整っているだろう。

 そうなると危険なのは攻め上がる敵方の進路にある街や村だ。

 略奪や強姦を禁じた所で皆が皆守る訳もない。

「難しいなぁ。なんぼ考えても戦争の規模が大きかったら全員助けんのは無理や」

 肩を落として溜息を吐く鈴音にエザルタートは目を細める。


「ここのような立派な建物を直ぐに全員分用意するのは確かに無理ですが、取り敢えず雨風がしのげる場所と簡単な食べ物は用意出来るんじゃないでしょうか」

 そう言われて鈴音は思い出した。

「あ、そうか避難所や。土の神術で簡単な小屋みたいなん何個か建てたらええんや。神殿に協力して貰お。そこで保護してる間に物件と職員探して、元々ある孤児院では収まりきらん子ぉらを移したらええんちゃう?」

 完璧や、と自画自賛する鈴音へエザルタートが言い難そうに口を開く。

「案としてはよろしいかと思いますけど、その、先立つ物がないと」

「それなー。一応あるにはあるねんけど、足りるか不安よね。なるべく安い物件探して貰うにしてもナンボするか見当もつかへんし、職員の給料も相場が分からへんし」

「でしょうね、神が家を借りたり人を雇ったりなんて聞いた事ないですし。因みにお幾らまでなら出せるんですか?」

 そこそこ持ってはいるのだろう、と予想しながら尋ねるエザルタート。


「えーと、ざっと6億円ぐらい?あ、間違うた。金貨6000枚ぐらい」

「へぇ、金貨6000……ろくせんまい!?」

 珍しく大声を出したエザルタートへ道行く浮かれた人々が怪訝な顔を向けた。

 やってしまったと慌てて口を手で覆いつつ、とんでもない事を言った鈴音を見つめる。

「あの、足りるか不安って、城か何かを買うつもりでしたか?その辺の集合住宅なら一棟丸ごと買っても金貨500枚程度ですよ」

 その辺の、と指された建物を見やり鈴音は目をぱちくりとさせた。

「えー!帝都やのに?ほな地方……ちょっと田舎の方とかやったらもっと安いいう事?」

「当然です。田舎ではないアズルの街でももう少し安いですよ」

 真顔で頷かれ改めて、自分達は桁外れの額を稼いでいたのだなと半笑いになる。それを査定してくれた探索者組合の職員達の死にそうな顔が思い出された。


「そっか、ほんならお金の心配はないわ。あのアズルの神殿の神官さんに預けとこか。時期が来たら好きに使えるように」

 鈴音の提案にエザルタートの目はまん丸だ。

「そ、そんな大金を人に預けるんですか」

「あっ、そうか彼は元魔剣信者からツッコまれたりするかな?何で神官続けてんねんとか。それで辞めてしもたらややこい(ややこしい)な」

 しまった、という顔をする鈴音にエザルタートは首を振る。

「いえ、そこは怒りと破壊の神のご命令でと言えば乗り切れるので問題ありません。そうではなくて、私腹を肥やす為に使われる恐れだとか考えないんですか?」

「あの挫折ホヤホヤのクソ真面目さんが?ないない。それこそ、今度は間違えないぞ誰かの力になってみせるぞ、て鉄壁の防御で守り抜いてくれるよ。挫折前なら目が眩む事もひょっとしたらあったかもやけど、今はもう大丈夫や思うよ」

 あっけらかんと笑う鈴音にエザルタートの肩から力が抜けた。


「確かに彼は真面目だし、神から預かった金に手を付けたらどうなるか分からない馬鹿でもないですね」

「でしょ?お金の事はこれで解決。後は、孤児院どこに作ったらええかとかみんなで協力して決めてね?ほんで子供らが人攫いに遭うたり命落としたりする前に手ぇ差し伸べるんは、あんたの仕事やでエザルタートさん」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべられ、眉を下げたエザルタートは頷く。

「分かっています。神ではなく人の仕事ですもんね」

「その通り。頑張ってよ?ホンマは戦争なんか起きんと取り越し苦労で終わるんが一番なんやけど、たぶん無理やもんね」

「……ええ」

「ん。出来るだけの事はする、それしかないよ。……よし、みんなのトコに帰ろ」

 虎吉を撫でて明るく笑った鈴音は、もう帝都を離れるので万が一バレても問題ないとばかり屋根に跳んだ。そして念動力でエザルタートを引き寄せる。

「ちょ、ちょ、浮いて……うわー!?」

 鈴音の横に浮いたままそのスピードを味わう羽目になったエザルタートの悲鳴は、まだまだ眠らない街の誰にも気付かれず夜の闇に溶けた。




 一方、グラーをヴィンテルの神官に預け貧民街の広場に戻って来たカルテロと黒花は、皆の姿がない事にきょとんとしている。

「どうやら場所を移したようだ」

 鼻をフンフンと動かした黒花にカルテロも頷いた。

「そうみたいだな。まあ俺とペドラはおたずね者だから、帝都に留まるのは危ないし」

「ずっと狙われ続けるのか?」

 心配そうに見上げる黒花へカルテロは目尻を下げる。

「いや、皇太子が来れば大丈夫だと思う。城から色抜いたり地面にあんな大穴空けたり皇帝の切り札を無効化して皇子と一緒に殺す、なんつー無茶苦茶な事が出来る相手を敵に回そうとは思わん筈だ。暗殺の理由が帝国を滅ぼす為じゃなく個人的な復讐だってのもあのジジイから伝わるだろうし」

「寧ろ味方に出来ないかと探されそうだな?」

「ふふ、確かにな。何しろ城の結界張ってた契約者が逃げちまったもんなあ」

 カルテロが笑いながら言うと、広場に強い風が吹いた。


「だぁーれが逃げたってぇー?」

 声と共に空から降ってきたのは白いローブに身を包んだ不死者だ。小脇に同じ服装の青年を抱えている。

「うげ!ヤバいぞ何でだ」

 慌てるカルテロの前に立つのは、茨木童子に恐れをなして逃げた筈の帝国の契約者。

 黒花は初めましてなので不思議そうに首を傾げた。

「うふふん、見てたのよぉ?あのヤバい奴は帝都から出て行ったわよねぇー!」

 どうやらコッソリ戻って状況を見極めていたらしい。

「よし、逃げよう」

 だがカルテロが転移を使う前に周囲を結界で覆われてしまった。

「なーんーでーだー。俺みたいな小物に用はねえだろ」

 焦るカルテロを不死者はクネクネしながら眺める。

「小物だなんてぇー。滅多に会えないくらいの大物じゃなぁーい謙遜しちゃってこのこのぉー」

「……物凄くイラッとするのは俺だけか」

「いや、私もだ。あれは敵なのだな?」

 黒花の確認にカルテロは思い切り頷いた。


「そうか、敵なら排除するまでだ」

 黒花がカルテロの前に出ると、不死者はピタリと動きを止める。

「排除?たかが魔獣が私を?何の冗談よ身の程を知りなさい!!」

 指を差して吠えるが結界を解除して攻撃しようとはしない。転移されたくないのだろう。

「ふん。身の程を知るのはお前だ。神の優しさに甘えた愚か者め」

「何ですってぇぇぇえええ!?その男を手に入れたら直ぐに殺してあげるわ!!」

 黒花に鼻で笑われ不死者は激怒する。それでも結界を解かなかった。よほどカルテロが欲しいらしい。

「あんなのにモテても嬉しくねえなあ」

「安心しろもう動かなくなる。神使としての情けだ、何か言い残す事があれば聞いてやろう」

 尻尾を立てた黒花に真っ直ぐ見つめられ、不死者は言い知れぬ恐怖を覚えた。

「え、しんしって何よ」

「神の使いだ」

「キャーーー!!イヤーーー!!」

 絶叫した不死者は結界を解いて風を起こし全力で逃走を図る。


「言い残す事はないのだな。さらばだ」

 凛々しく告げた黒花が、神力を解放した。


「嘘ッ、ギャアアアアアア!!」

 魔剣カーモスに負けず劣らずの(おぞ)ましい悲鳴を残し、不死者はガラガラと崩れ落ちる。

 後には、白いローブと粉となり風にさらわれる骨、ぼんやりと座り込んでいる白いローブの青年が残された。

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