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第三百六十四話 今回は自ら名乗ります。

 探索者達が光の聖石で照らす広場を見やり、取り敢えずは表情を作らず自然体で月子の方へ進む鈴音。

 その気配に気付いて振り向いた月子は満面の笑みをみせた。

「ねーさん!魔剣が浮気しようとしてたから止めたよ!でもコイツすっごい弱くてさー、神に挑むつもりはない、俺の目的は世界を混沌とさせる事だ、とか色々言い訳して逃げようとするんだよ?神の居場所も知らないし、こんなポンコツがホントにねーさんの目的の役に立つの?」

 ここまでの流れを綺麗に纏めて伝えてくれる月子へ、鈴音は『天才か!』と感動しつつ微笑む。


「私の目的には破壊力が必要やから、やっぱり魔剣は手に入れときたいね。ま、多少ポンコツでも私が使(つこ)たら世界最強の破壊兵器になるから大丈夫や」

 にこやかに物騒な事を言う鈴音をカーモスが嫌そうな顔で見やり、そんなカーモスを信者達が困惑した顔で見ていた。

 何を考えているのか読めない表情で三者を見比べたエザルタートが、おもむろに口を開く。

「カーモスは神を殺しに行く気がないらしいけど、鈴音さん……まさかあなたも?」

「んー?いや、私の計画を実行したら向こうから出て来る筈やし、戦わんいう未来はないかなー」

 怪しげな笑みを浮かべる鈴音の思わせぶりな物言いに、エザルタートより早くカーモスが反応を示した。


「おい、神が出張って来るなんてよっぽどだぞ。何をやらかすつもりか知らねえが、俺を巻き込むな」

 主に鈴音と骸骨をチラチラと見ながら月子達も警戒して、と大忙しなカーモスをエザルタートは無表情に、信者達は困惑から不信感に変わりつつある顔で凝視している。

「あはは、世界を恐怖と混乱に陥れる魔剣が何を情けない。でも確かにアンタにとっては死活問題か」

 楽しげな様子で一歩一歩進む鈴音からジリジリと後退り、カーモスは密かに逃げ道を探した。

「俺にとって死活問題?そりゃ困るなあ」

 会話で注意を逸らすつもりなのだろうが、どうにも返事がおざなりだ。

 なので鈴音は興味を引けるよう言葉を選ぶ。

「困るでー?アンタは実体を保てんようになるかも」

「あ?」

 狙い通りカーモスの足が止まり鈴音に視線が固定された。


「テメェ、何する気だ」

「驕り高ぶった人類を滅ぼそ思てるよ?」

 それはそれは綺麗な笑みと共にカーモスや信者達に聞こえるよう告げてから、猫の耳専用の声量で『荒魂(あらみたま)になりきる』と呟く。

 それを受けた虎吉が伸び上がって鈴音の肩に前足と顎を載せ、犬の耳なら聞こえる声量で犬神の神使達にそっくりそのまま伝えた。

 すると今度は『わあ虎吉可愛いなー』と喜んでいる虹男へ、陽彦がボソボソと耳打ち。

「うんうん、へぇー、面白いねー?」

 荒魂とは神の攻撃的な一面、時に災厄をもたらす程恐ろしい一面であると説明された虹男が目を丸くして笑う。

「僕にもそんな怖い部分があるのかなー?」

「え」

 城でのキレっぷりを月子から聞いている陽彦は目が点だ。

「……虹男様は優しいから無いかも」

「そうかなー?えへへ」

 触らぬ神に祟りなし。このまま穏やかバージョンで居て貰おうと、陽彦は余計な事を言わないでおいた。


 さて、恐ろしい宣言をされてしまった信者達は。

「な、何を言ってるんだ」

「自分だって人だろう!」

 と分かり易く動揺している。

 カーモスとエザルタートも予想外だったようで、呆気に取られていた。

「人類を滅ぼすたあ穏やかじゃねえな。確かに俺にとっちゃ大打撃だ」

「まあ、神を殺したいだとか殴りたいだとかは嘘だろうなと思っていたけど。人類皆殺しを企んでいるとは思わなかったな」

 ますます鈴音に使われる訳にはいかないとばかりカーモスが距離を取り、エザルタートや戦える信者達は武器を構える。

 そこへ、見覚えのある中年男性が飛び出してきた。

「待ってくれ!あなたはカーモス様の使者ではなかったのか!?」

「ん?おやグラーさん。ヴィンテルの街以来やね。因みに私、魔剣の使者やなんてひとっことも言うてへんよ?」

 笑顔でヒラヒラと手を振る鈴音を見て、グラーは頭を抱える。

「だがそれでは、あの恐ろしい力の説明がつかないではないか!」

 この台詞に思わず鈴音は『上手いこと振ってくれてありがとう!』と心の中で拝んだ。


「恐ろしい力……まあねぇ、魔物の類が使いそうな力に見えたかもしらんねぇ。全ッ然ちゃうけども」

 そう言いながら、広場に集まった信者達を囲むように地面から漆黒の手を生やす。

 当然、一度見ているエザルタートとグラー以外は悲鳴を上げて大騒ぎだ。

「怖い?怖いか。怖いやろなぁ。なんせ神の力やからなぁ」

 逃げ出そうとした信者を次々と掴み、路地という路地を通せんぼする漆黒の手。

 混乱したまま広場にすし詰め状態となり騒ぐ信者達を黙らせる為、鈴音は夜空全体に雷を走らせた。

 光の聖石が玩具に思える程に眩い稲光が王都を照らし出し、神の怒号の如き雷鳴が夜を迎えた街を震わせる。

 凄まじい雷に怯え一際大きな悲鳴を上げた後、信者達は黙り込んで鈴音を見つめた。

 その目に宿るのは畏怖の念だ。

 カーモスの顔は引き攣り、エザルタートは呆然としている。

 一同を見回した鈴音は、全く以て場違いな美しく優しい笑みを浮かべた。




 その頃。

 城の裏庭にある地下室では、皇帝と呼ばれた男がその輝かしい人生に幕を下ろそうとしていた。

 親族ではなく、倒れたままの近衛騎士達や恐怖で失神した老神術士しかいない中、汚れた床でのた打ち回り獣のように吠え、全身を襲う痛みに苛まれ続けながら。

「自分が今どんな醜い顔をしているかちゃんと想像してくれたかな……。せっかく我が子が身体を張って教えてくれたんだから、活用してあげないとね。親なんだし」

 淡々と言うペドラの顔を、皇帝は痙攣しながら偶然見上げた。

 そこにあったのは、本当に一切の感情が抜け落ちてしまったかのような無表情。

 お前には眉一つ動かす価値もないと言われているかのようで、皇帝は言葉に出来ない程の屈辱を覚えた。

 しかしもう言い返せるような力は残っていない。

 暗くなり始めた視界に映る男を只々睨む事しか出来なかった。


「死んだね」

 呼吸が止まり鼓動も止まった皇帝を見下ろし、ペドラは呟くように言う。

「おう、この城で出来る事は終わったな」

 ブルーシートを回収しながら茨木童子が頷き、カルテロは空を見上げた。

「この大穴どうすんだ?」

 地面を消した虹男が鈴音と一緒に居なくなってしまったので、地下室は剥き出しのままだ。

「向こう行って虹男様に直して下さい言うたら、元に戻してくれるんちゃうか?」

「そうか、ならそうしよう」

 納得したカルテロがペドラの肩を叩く。

「大丈夫か?気が抜けたんじゃないだろうな?」

「まだもう1人残ってるからね、ぼんやりするには早いよ」

 ペドラが肩をすくめて笑い、カルテロと茨木童子はヨシヨシと頷き合った。

 そのタイミングで突然凄まじい光に照らされ雷鳴が轟き、流石に全員が驚いて何事かと空を見る。

 視界に広がるのは星が瞬き始めた夜空だ。雨雲は見当たらない。


「……(あね)さんトコ行こか」

 誰の仕業か理解した茨木童子が溜息交じりに言えば、薄っすら察したのかカルテロとペドラは何も聞かず頷いた。

「そうしよう。でもお前はともかく、俺とペドラは何も知らない前提で彼女のする事に驚かなきゃならないんだよな」

「そうだったね。私に演技なんか出来るかな、心配だ」

 顔を曇らせる2人を見て、茨木童子は半笑いになる。

「心配する必要ない思うで」

 何を根拠に、と不思議そうな2人へ茨木童子は『行ったら分かる』とだけ答え、カルテロを急かして転移した。




 エザルタートを目標に転移の術を使ったカルテロは、水を打ったようになっている広場に出てしまいペドラ共々固まった。

 何があったのか聞こうにも頼みのエザルタートが見た事もない表情をしているし、魔剣を持っているから恐らくカーモスだろうと思われる男も顔を強張らせているしでどうにもならない。

 彼らと対峙しているらしい鈴音の美女全開な笑顔に至ってはもう意味不明だ。

 茨木童子が心配する必要はないと言った理由がよく分かった。何しろここには理解不能の驚きしかない。

 そんな風に脳内でぐるぐる考えながらカルテロとペドラが黙って固まるのを横目に、茨木童子は鈴音の方へのしのしと歩いて行く。


(あね)さんコレ、回収しといたんで消して貰てええっすか」

 茨木童子が見せた畳んだブルーシートは、鈴音が頷くや否や幻のように消えた。

「おかえり」

「うっす、ただいまっす。皇帝もキッチリ片付いたんで」

「そら良かった。後は皇太子に頑張って貰お」

 この会話で我に返ったエザルタートがペドラを見やる。

 ペドラが口元だけで微笑むと、エザルタートはどこかホッとしたように頷いた。


「ほんで今これどういう状況っすかね?」

 会話は続いており、茨木童子が周囲を眺めつつ尋ねている。

 鈴音は実ににこやかに答えた。

「私が創造神の荒魂やて教えたげるとこ」

「あー、そういう事っすか。了解っす」

 日本の鬼なので茨木童子も直ぐに理解する。

 離れた位置にいる骸骨には説明出来ていないものの、鈴音の言動で大体察しているだろうと特に心配はしていない。

 よく分からない単語が聞こえて怪訝な顔をしているのはカーモスと信者達だ。

「創造神のアラ……?お前、神の何なんだ」

 カーモスの問い掛けに鈴音はふてぶてしい笑みを返す。

「神の何やのうて神や。あんたらが知ってるのは慈悲深い優しい神。私はその反対、無慈悲で怖い神や」

 そう言うと同時に魂の光を全開にした。


「うわあッ!」

「眩しい!」

「そんな……」

「嘘だろう……!?」

 地下迷宮から出る際に光の聖石をポケットやら荷物やらに入れたせいで、本人が光っているように見える事はある。

 やたらと綺麗な顔をした少年が光っているのもそのせいだと思っていた。

 しかしこの光はなんだ。

 聖石に纏めて神力を流したってこんな太陽みたいな光は出ない。

 こんな光を人が放つ筈がない。

 ではやはり、この女は。


 カーモスやエザルタートも含め広場中の人々が愕然としている。

「おかしいだろう……あんな禍々しい魔術を使いながら、何だこの光は」

「無慈悲で怖い神?手を出したら災いでも呼ぶのか?」

「いや待てそもそも神に慈悲などない!」

「そうだ、俺達は神を殺す為にここに居るんだ!カーモス様……いやカーモス!神とは戦わないなんて言わせないぞ!」

 呟きのような声が段々と大きくなり、最終的にはカーモスに対する怒声となった。

 戦え殺せと叫ぶ声を聞きながら、これは危ないなと鈴音が思うのと、カーモスが行動に移したのはほぼ同時。


 ヒュ、と音を立てて魔剣が振られ、城壁さえ破壊する魔力が人垣へ飛んで行く。

 素早く魔力の進路へ割って入った骸骨が大鎌で弾き飛ばし、人的被害をゼロに抑えた。

 ただ、弾かれた魔力が飛んだ先にあった街を囲む城壁は一部崩れ落ちている。

 その破壊力を目の当たりにして自分達の前に居るモノが何なのか思い出した人々は、真っ青な顔で黙り込んだ。


「ああ?お前は神の一派じゃねえのか不死者。皆殺しの手伝いしてやろうとしたのによ」

 骸骨を睨んだカーモスは剣で肩を叩きつつ人々を見回す。

「ったく、弱えヤツ程キーキーキーキーよく鳴くんだよなあ。自分じゃなあーんにも出来ねえクセに、誰に何を指図してやがるんだ?ん?俺に偉そうに出来るぐらい力があるなら自分で神に挑めばいいだろう。ほれ、目の前に居るぞお前らの大好きな神が」

 剣先で示された鈴音は魂の光を消し、漆黒の手でカーモスに拳骨を落とした。

「無礼やで魔剣の分際で」

「いってぇー」

「所詮アンタは私に使われる運命なんやから大人しぃしとき」

 腰に手を当て踏ん反り返る鈴音を恨めしそうに見やるカーモス。

「お前なんかに使われてたまるか。俺が居なきゃ人類も滅ぼせねえ出来損ないのクセに」

「うわムカつくー。役に立つからアンタは助けたろか思たけどやめるわ。使い捨て決定や」

 鈴音が嫌そうな顔で緩く首を振ると、カーモスの様子が明らかに変化した。


「待て待て。助けるってどうやってだ。人類滅んだら負の感情も消えるから、俺も間違いなく消えるだろうが」

 興味なさそうに装いつつ興味津々なカーモスを鈴音は鼻で笑う。

「私が創造神になったらどないなと(どうにでも)出来るやん。どっちみちもう聖騎士は来てるからこのまま行ったらまた圧し折られて終了や。けど私に使われたら聖騎士には勝てる。ほんで人類皆殺しの作業に入ったら慈悲深い方の神が出て来るから、私らふたりの魔力混ぜ合わせて消す。勝てたら私が創造神になってアンタが消えんようにする。負けた時は人類がまだ残ってる状態やから、アンタは勝手に復活出来て今まで通り。何の損もあらへんな?ええ事尽くめや」

 人差し指を立てて説明する鈴音を見るカーモスの目が忙しなく動き、全力で損得勘定をしていると伝えていた。


「どうにも俺に良い条件が揃い過ぎてて胡散臭えな」

「ん?嫌なんやったら別にええで。聖騎士なら私だけでもいけるし。アンタが折られるとこ見物して(わろ)てから始末するわ」

 探りを入れてきたカーモスをシッシッと手で追い払うようにして、鈴音は月子へ視線をやる。

「魔剣がアカンなら聖剣でええ思わへん?相性は最悪やけど」

「えぇー?ねーさんに使える?あー、でも無いよりはマシかも?」

「やっぱりそない思うやんね」

 上手く話を合わせた月子に微笑んで頷く鈴音へ、焦ったカーモスが声を掛ける。

「誰も嫌だとは言ってねえだろ、条件良すぎて狼狽えただけだ!」

「フーン、ほなこっち側につく?」

「当たり前だろう、最初からそのつもりだ」

 あっさり裏切り鈴音の方へ歩きだすカーモスを、エザルタートが冷ややかに見つめていた。

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