第三十六話 魔剣使いの男
門番達の視線が突き刺さるのを感じ取りつつ、黙って神官の後に続く。
「めっちゃ見るやん腹立つな」
不機嫌な虎吉の囁きが鈴音の耳にだけ届いた。
チラリと視線を下へ動かすと、虎吉は門番を睨みつけている。
猫の世界では“見つめる”イコール“喧嘩を売る”なので、苛々しているようだ。
「あっちも仕事やからなー。誰がどう見ても怪しいやん私ら。神官長様が一緒やから、この程度で済んどるんや思うよ」
優しく撫でて宥めつつ、鈴音はそれとなく周囲を観察する。
城門を抜けた先は、広場のような空間だった。
しかしよく見れば、広場を取り囲む高く分厚い壁や塔には細長い切れ込みがあり、それら全てから飛び道具で敵を狙えるようになっている。
神官は上へ向かう階段へ歩を進めているが、この階段の幅が狭めで、これもまた殺到した敵を効率よく仕留める為のものだと想像出来た。
すれ違う兵士達も、よく鍛えられている事が素人の鈴音にも判る。
「王様の居るお城やいうから、宮殿的なあれを想像しとってんけど、思いっ切り戦う気満々の城やね」
「おう。せやけど、ここまで入り込まれたらもう負けやろ」
「そうやんねぇ、後は王様達が逃げるか『もはやこれまで』言うんかの二択かな?」
「逃げるいうてもこの城、後ろ絶壁やで。どないすんねん」
「んー、秘密の抜け穴から地下通路で街の外れに、とか?」
「地下か。こんだけのもん作れるんやったら、いけん事もないか」
しっかりと積まれた壁を見ながら、周りに聞こえたら絶対に怒られる内緒話をしている間に、大きな建物の前へ到着した。
建物内に入る一行を、表で見かけた兵士とは違う服装の男性が出迎える。
「ようこそお越し下さいました神官長様。本日は、謁見の間へご案内するようにと仰せつかりました」
胸に片手を当てる挨拶をする男性に、神官長が驚いた。
「非公式の面会だが?」
「はい、お見せしたいものがある、と仰せでした。合議の間では手狭だと」
「そうか……。こちらもこの通りなのでな、実は助かった」
微笑んで頷く神官長へ、男性は再び胸に手を置く丁寧な仕草を見せ、『ご案内致します』と歩き出した。
男性は鈴音や虹男に関して特に何も言わず、見た事もない動物である筈の虎吉にも、ほんの一瞬目の奥に驚きを過らせただけで、それは何かと聞く事もない。
これから国王に会おうという者達なのにだ。
いかに神官長の信望が厚いか、理解出来た瞬間だった。
感心しながら、案内の男性に続いて廊下を進み暫くすると、ふかふかの絨毯が敷かれた大きな廊下に出る。
どうやら鈴音達が入ったのは裏口のようなもので、こちらが本来の通路らしい。
靴底から伝わる感覚がもこもこ雲を連想させ、白猫を思い出して緩みかける口元を必死で引き締めつつ、鈴音は初めて足を踏み入れる西洋風の城内を観察した。
天井にずらりと並ぶ蝋燭のシャンデリアと、途中に現れる手入れの行き届いた中庭。
しかしそれらを見ても、電気が無いと明かりの確保が大変なのだなあ、という感想しか出ない。
他は、石の積み方が綺麗だな、庭に緑があるという事は、ここにも枯れていない井戸があるのだな、といった程度である。
やはり映像だけとはいえ、海外の豪華な宮殿等を見慣れているので、城の雰囲気に圧倒されるという事は無かった。
勿論、もっと美しい部屋に住む虹男や、猫である虎吉もなんの反応も示さない。
せっかくの城なのだから、せめて庶民の自分くらいは何らかの驚きを見せるべきか、と鈴音が悩んでいる内に、装飾の施された大きな扉の前に来ていた。
「ここからは、私が前を行かせて頂きますのでな、畏れ多い事ですが後に続いて下さいませ」
神官と立ち位置を交代した神官長が、虹男に向かって胸に手を当て軽く頭を垂れる様子を目にして、虎吉を見ても冷静だった案内の男性が驚愕している。
虹男と神官長を行き来し鈴音に辿り着いた視線が、あなた方は何者だ、と問い掛けているが、今ここで答えても意味はないので曖昧に微笑んで誤魔化した。
神官長が仲介して国王に会う人物達なのだから、それなりの身分だとは思っていただろうが、まさか伝説に出て来る神の御使いだとは思うまい。それにそう告げたところで、おそらく怪訝な顔をされるだけだ。
扉の前に控えていた別の男性二人もポカンとしているが、神官長に促され慌てて背筋を伸ばし、両開きの扉を押し開けた。
通された謁見の間は、広い広い長方形の部屋だった。取り敢えず、背後の扉から玉座までで50メートル走は出来そうだ。
その玉座の近くには、急な訪問だったにも拘らず、剣を腰から提げた兵士達が数名、左右に整然と並んでいる。
フリーパスに見えた神官長相手にも、一応はああいう対応をしなければならないのか、と鈴音が兵士達の剣を眺めていると、玉座の脇から国王が姿を現した。
国王は鈴音と虹男を一瞥すると、床より一段高く作られているその場所から、神官長の方へと下りて来る。
てっきりそのまま玉座に腰を下ろすと思っていた鈴音は、国王の行動に目を丸くした。
「すまんな、このような場所へ呼びつけた挙げ句、あのような者達を用意して」
「いやなに、こうなさる理由がおありなのだろう。解っておりますよ」
親しげな国王の物言いに、神官長も割と砕けた口調で応えている。
非公式の場だという事もあるだろうが、国王と神官長の地位がほぼ同じとは、こういう事なのかと鈴音は納得した。
そして普段の訪問では、ああいった兵士達はいないという事も理解する。
「それで、今回の用件は何であろうか。……いや、白々しいな。以前そなたが余に申した、神の山への派兵の件でよいか」
「いかにも」
国王の確認に、神官長が大きく頷く。
すると国王も二度三度と頷き、小さな溜息を吐いた。
「実はな、余もそなたを呼ぼうと思うておった。……余は、稀に見る愚か者だ。そなたに質されるまで、夢にも思わなんだ。まさか、余の命令だなどと偽りを申し、部下達を騙してまで神に弓引く者が騎士団の中におろうとは」
言いながら国王が従者に手で合図を送ると、側面にある控えめな扉から、槍を突き付けられた男が入って来る。
「あ!」
その男の顔を見た途端、虹男が反応し、慌てて口を塞いで鈴音を見た。
それだけで充分だった。
「あれが魔剣使いやな?」
囁く虎吉に鈴音は頷き、虹男には小声で『まだ待っといてな』と告げる。
振り向いた神官長と気遣わしげな神官に、虹男は笑顔で首を振って誤魔化した。
しかし、神官長には気付かれたようだ。魔剣使いへ向けられた目に、怒りの炎が宿っている。
「国王陛下。アレは?」
神官長は平静を装ってはいるが、先程よりも声が固い。しかも人をあれ呼ばわりだ。
驚いた様子の国王もまた、表情を戻し平静を装って再度従者に合図を出す。
魔剣使い共々国王から5メートル程離れた位置で、従者が解いた布から現れたのは一振りの剣。
「元は騎士団の中の一班を任される騎士だが、今は、あの剣を聖剣だとぬかし、神の山を魔の山と呼び、御使い様を魔人と呼んで……手にかけた等とほざく只の国賊だ」
苦々しい顔で告げる国王を、神官長も鈴音も黙って見つめる。
保身の為の嘘は無いか、見極めようとしたのだ。
だがその必要は無かった。
「国賊はお前だ愚か者め!!大神官様より聖剣を賜った私こそが正義だ!!」
特に拘束はされていないので、吠えながら自由な手で国王を指差す魔剣使い。
瞬時に、前後左右から突き付けられる槍と男の距離が縮む。兵士達があと半歩踏み出せば、魔剣使いの男は串刺しだ。
国王がサッと手を挙げると、槍と男の距離は一歩分に開いた。
「余が何を問おうとこの調子でな」
「……そうか。では私が問い質しても良いか」
怒りで敬語も忘れた様子の神官長に、国王は重々しく頷く。
「頼む」
つかつかと魔剣使いの男に近付いた神官長は、その目を真っ直ぐに見つめた。
「大神官様から聖剣を賜ったと言ったな?まことか」
「勿論だ」
真顔で頷く男と、そばで従者が持つ偽の聖剣を見やった神官長は、自身を落ち着かせようと深呼吸をする。
「どこで、賜った?」
「だ、大神殿に決まっているだろう」
厳しい顔の神官長から一瞬目を逸らす男。
「……大神官様も各国へのご訪問等でお忙しいのでな、必ずしも大神殿でとは仰っしゃらぬかと思うたのだが」
神官長が鎌を掛ける。
「……なんだ、知っていたのか。神官長も大神殿側だったのだな。その通り、街の酒場で神官から受け取ったのだ。寄付金を納めてから随分と待たされた故、もしや一杯食わされたのではと焦ったぞ」
本当に神官長が魔剣の男と同類なら、今この時点で国王が何もしないのはおかしいのだが、男は何も疑問に思わないのかベラベラと喋る。
鈴音は神官長が激怒して男に襲いかからぬよう見張りつつ、新たに加わった情報を脳内で整理していた。
「何かの詐欺は確定したなぁ。聖剣では無いもんな。けどあの男、何でお金払てまで聖剣が欲しかったんやろ。世界の人々を救う為に魔人と魔獣を倒す、とか言いそうなタイプちゃうのに。魔人倒して名声、魔獣売っぱらってお金、いう感じかな?」
ブツブツ呟く鈴音に、虹男がコソコソと囁く。
「ねーねー、会ってみて良かったでしょ?国王は命令してなかったって判ったし」
「ん?ああ、ホンマやね。その大元が違てたから、話がややこしかったんやもんなぁ。魔剣使いの暴走て判明したんは虹男のお陰やわ」
鈴音が素直に褒めると、嬉しそうな虹男はニコニコだ。
神官長の様子をハラハラしながら見守っていた神官は、急にご機嫌になった虹男に驚きつつも、子供のような笑みに釣られて思わず微笑んだ。
だが、和んでいるのはここだけで、神官長の怒りは頂点間近である。
「酒場に神官が出向いたのか、そうか。して、そなたに聖剣をくれてやると言ったのは、どこの誰だ」
「どこの誰も何も、大神殿の神官ではないか。聖剣を作る為の材料費が足りず困っていて、それを払えば……」
「払えば?」
「おかしいな、何故そんな事を聞く。大神殿側の者なら知っている筈だろう。さてはキサマ、魔人を御使いだ等と未だ信じる旧時代の愚者か!詐欺師プレテセリオの狂信者め!!」
漸く己の間違いに気付いた男が吠える。
御使いに続き、伝説の神官戦士の名誉まで傷付けられた神官長が激昂する寸前、片手で虎吉の両耳を押さえた鈴音が大声を出した。
「はい!そこまで!!」
その場にいた全員がビクリと身体を震わせ、驚いて鈴音を見た。
「虎ちゃんどない?ちょっとはマシやった?」
「おう、ちょっとだけな。まあ、しゃあないしゃあない」
耳から手を離して心配する鈴音に、ちょっとビックリして黒目勝ちな虎吉はそれでも頷いた。
「ごめんなー。いやもうホンマ、そこの魔剣使いさんのせいで、大きい声出すハメになりましたやん」
口を尖らせて文句を言う鈴音を、魔剣使いの男は怪訝な顔で見る。
「誰だお前は。私を魔剣使いだなどと、聞き捨てならんな」
「国王陛下にお会い出来る立場のモンですー。いやね?聖剣聖剣言うてはりますけど、伝説では聖剣も神剣も御使いには効かんかったそうですやん?それでもアンタさんは御使い?魔人?を倒したんでしょ?ほなそれ、聖剣やのうて魔剣ちゃいますのん」
鈴音の物言いと訛りで、神官長とは別の立場の者だと思ったらしい男は、やれやれと言わんばかりに首を振った。
「全く、何も知らんのか。そもそもその伝説が嘘に塗れているのだ。それが証拠にあの場所に獣などいなかった」
「え?そうなんですか?」
「そうだ。いいか、プレテセリオは聖剣は弾き飛ばされて谷へ落ち、神剣は止められたと言っているが、一体誰がそれを見たのだ。どうせ恐怖の余り無茶苦茶に斬りかかるかして抜けなくなった聖剣を残し、無様に逃げ帰った。それを知られては立場が危ういので、大神官様を騙して神剣を持ち出し、どこぞで時間を潰して戻ったのだ」
男の言い草に、神官長がわなわなと震えている。
「それこそ見て来たような仰っしゃりっぷりやけど……」
「見ずとも判断出来よう。神官戦士などと偉そうな名が付いているが、所詮は素人剣よ。我ら騎士とは違うのだ。実際に魔人を目の当たりにして怖じ気づき、馬鹿のように剣を振り回し、魔人の腹にでも刺さって抜けなくなったに決まっている」
嘲笑う男の顔を半眼で見ながら、城に仕える騎士でこれなら、この噂話は既に世界中の大半が信じていそうだ、と鈴音は眉を顰める。
「ほな、何で聖剣の事を国王様に秘密にしたんです?大神殿の大神官様から聖剣賜ったから、魔の山浄化して来ます、正義は我にありー!言うたらよかったのに」
「今のやり取りを見ていれば解るだろう!奴らは詐欺師プレテセリオの狂信者で、我々を騙し自分達だけが甘い汁を吸っているのだ!聖剣など見せてみろ、奪われるに決まっているではないか!」
成る程そう言いくるめて、まともな神官達の前に魔剣が出ないようにしたのか、と頷いた鈴音が、甘い汁とは何の事だと尋ねる前に、神官長に限界が来た。
バサリと音を立ててマントの合わせをはだけた神官長は、そのまま腰に佩いていた長剣の柄を握り、静かに抜く。
周囲の者は皆解っていたようだが、神官長が佩剣しているとは思ってもみなかった鈴音だけが、その事実に驚いていた。
「あー、マントの左側だけなんや出っ張ってたん、そういう事?いやでもええのコレ」
国王と神官長の間には、入室当初から並んでいた兵士達が壁として立ってはいるが、誰も剣を抜かない。
彼らは魔剣使いが暴れた時用の備えだったのだろう。神官長が国王に刃を向ける筈がない、とばかり悠然と構えている。
「な、なななな何の真似だ!!」
前後左右に槍、目の前に抜身の長剣。
男が動揺するのも当然だろう。
慌てふためく男とは正反対に、落ち着き払い無表情の神官長が口を開く。
「プレテセリオ様の剣が素人の遊びであったか、その身に教えてやろう。一方的に嬲って喜ぶ趣味はないのでな、そなたはご自慢の聖剣を使うといい」
冷や汗を流す男を見つめながら、静かに、どこまでも穏やかに神官長が告げる。
「あ、マジギレや。アカンな、いざとなったら間に入れるようにしとかんと」
あの男を殺されては困る。
聞きたい事もまだあるし、神殺しの実行犯に対する最終判断は、女神サファイアに委ねるつもりだからだ。
そんな鈴音の思惑など知らず、偽の聖剣を渡された男は、途端に自信を取り戻しニヤリと笑う。
「ふふふ、愚かなる狂信者め。死して悔め!!」
槍を持った兵士達が距離を取った瞬間、男が渾身の突きを繰り出した。




