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第三百五十七話 無双してたら変なの来ちゃった

 誰かさんなら『スイートルームか!全部こんなんか城て!怖いわ!』とツッコんでいるだろう広さの部屋を改め、確認済みだと分かるよう扉を開け放したまま月子は廊下へ出る。

 既に幾つかの部屋を見たが、無人だったり使用人が倒れているだけだったり、ハズレばかりだ。

 本当にこの階に居るんだろうかと自信を無くしかけた月子の耳に、大きな声が届く。

「おったおった!」

 どうやら茨木童子がペドラを発見したらしい。月子は急ぎ声のした3つ隣の部屋へ走った。


「無事!?」

 すっ飛んで来た月子の問い掛けに茨木童子は頷く。

「息はしとるから大丈夫や思うっす」

「良かったー。隣で倒れてる人は仲間かな?」

「そうや思うっすけど、俺らのこと知らんやろし騒がれたらややこい(ややこしい)んで後回しっすね」

「あ、そっか」

 納得した月子が見守る中、茨木童子がペドラを揺さぶり声を掛けた。

「おーい、早よ起きんかーい、ヨメと子供の仇討ちするんやろー」

 暫く揺すっていると、小さく呻いたペドラの瞼がゆっくりと上がる。

「ぅ……っ、ここは……」

「城ん中や」

 茨木童子の声にギョッとしたペドラは勢いよく上体を起こし、居る筈の無いふたりを認め瞬きを繰り返した。


「な、な、なん、何であなた方がここに!?」

「落ち着け落ち着け」

 慌てふためくペドラの背を茨木童子が軽く叩き、微笑んだ月子が口を開く。

「街でエザルタートさんに会ったんだけど、ペドラさんが居ないって茨木が気付いて。多分ここだろうって言うから、殴り込んじゃった」

「殴り込んじゃっ……た……って、ええ!?何故!?」

 可愛い顔して物騒な台詞をサラッとぶちかます月子と、何でもない事のように頷いている茨木童子。

 ペドラは目を白黒させて大混乱だ。

「転移が無きゃ正面突破しか……あ、契約者の力……いや居ないじゃないか、ええぇ?何がどうなって……」

「せやから落ち着け。俺らがここに()る理由なんか、今お前に必要な情報か?自分が何しに来たんか忘れたんちゃうやろな?」

 強めに背中を張られたペドラは、我に返って真顔になる。


「……そうでした。あなた方に尋ねるべきは、外に兵士は居ますか?です」

「よしよし。邪魔者は今んとこ全員寝とるけどそろそろ起きるやろし、皇子んとこまでは行ってへんからアレの周りがどないなっとるんかは知らん」

 機嫌良く笑った茨木童子がくれた情報にペドラは幾度か頷いてから、漸く隣に倒れている人物に気付いた。

「あっ、カルテロ!しっかり!キミが倒れるなんて一体何があったんだ」

「仲間?」

 慌てて揺さぶっているペドラに月子が問い掛ける。

「そうです。彼が転移の神術士で、ここまで連れて来てくれたんです」

「凄いなぁ、転移ってどこにでも出来るんだね」

「いえ、本人が一度訪れた場所でなければ無理だそうです。おーい、起きて」

 ペドラの答えに月子と茨木童子は顔を見合わせた。

「じゃあこの神術士さん、お城の中に入った事あるんだ」

「え?ええ、元々は皇帝に仕えていたんです。おーいカルテロ、朝だよ」

 再び顔を見合わせてから、月子と茨木童子は首を傾げる。


「転職したの?」

「転職……、そうですね、皇帝のやり方に嫌気が差して逃げたと言っていました」

「そんな簡単に逃げられるか?転移使える奴なんか他所へやったら危ないから、逃げられんように人質なり取るんが普通やろ」

 そんな茨木童子の疑問にペドラとは別の声が答えた。

「俺は天涯孤独だから、人質は取れない。それならってんで呪いを掛けられた。帝都から長時間離れたら死ぬって呪いだ」

「あぁ良かった生きてた」

 カルテロという神術士が顔を顰めながら起き上がり、ペドラは胸を撫で下ろしている。

 茨木童子はカルテロを観察するように見やった。

「その呪いを解いて逃げたんか」

「ああ。帝都でエザルタートに出会って、酔った勢いで愚痴ったら……呪術師を片付けてきてくれた。お陰で自由だ。で、あんたらは誰だ?」

 手で大丈夫だと合図したカルテロがペドラと共に立ち上がり、同じく立ち上がった茨木童子を見上げる。


「俺らはペドラの知り合いや。依り代の仲間て言うた方が分かり易いか?」

 依り代という単語でカルテロの警戒が殆ど解けた。

「そうか、あんたらのお仲間が依り代か。って事はそろそろカーモスが完全復活するんだな。やっとエザルタートの望みが叶うのか」

 まさかそのカーモスが噂の依り代を拒否した等とは露知らず、カルテロもペドラも喜んでいる。

 その様子に月子は不思議そうな顔をした。

「魔剣で神に挑むのはエザルタートさんの望みだったの?あなた達は違うんだ?」

「え。あー……、はい。私はこの通り復讐が目的で、それを叶える為にエザルタートと協力関係にあるといいますか……」

「つい口が滑った。でもその通りだ。俺は帝国が潰れればそれでいい」

 素直に認めた2人を見やり、月子も茨木童子も目をぱちくりとさせる。

「なんか、神を殺して魔剣を新たな神にー!って本気で思ってる人、意外と少なそう」

「そっすね。ま、ええやないっすか、(あね)さんに任しときましょ」

「そだね、私達はクソ皇子担当だもんね」

 笑った月子の口からまたしても飛び出す汚い言葉にペドラは目を丸くし、カルテロはポカンとした。


「あの、お2人もあの男に何か……?」

 ペドラの質問にはふたり揃って首を振る。

「赦せないだけ。のうのうと生きてる性犯罪者が。罪に対して罰が軽過ぎるよね」

「皆殺しにしたいくらい嫌いなんや、横暴な権力者いう生き(もん)が」

 月子は凍てつくような目を、茨木童子は燃え上がるような目をしながらそう言った。

 思わず後退りつつ、深い事情があるのだなと理解したペドラだったが、ここで引く訳にはいかないとふたりを真っ直ぐ見つめる。

「お2人のお気持ちは分かりますが、あの男への最後の一撃は私に譲って頂けませんか。どうしてもこの手で(とど)めを刺したいのです」

「いいよ、最初からそのつもりだし」

「かまへんで、どうせエザルタートから毒の何かを貰てんねやろ?」

 あっさり譲って貰えた上に切り札まで言い当てられ、ペドラは眉を下げて笑った。


「毒が塗ってある短剣をくれたんです。体内に入れば長く藻掻き苦しんで死ぬ毒だそうで。実にありがたい」

 左腰の短剣を頼もしそうに叩くペドラを見てから、カルテロが自身の胸を親指でトンと突く。

「その短剣を刺す隙を俺が神術で作るっていう作戦なんだけどな、皇子の部屋に強力な結界が張られてて神術は使えない状態だったんだ。けど、どういう訳かその結界が消えてる。行くなら今しか無い」

「へぇー、運がいいねペドラさん。行こう!」

「ホンマや、結界張り直される前に急ご」

 結界が消えた原因には全く気付いていないふたりが廊下を指差すと、ペドラはカルテロと視線を交わし頷いた。

「これぞ神の思し召し、なんて言ったらカーモスの信者達が怒りますね」

「怒らせとけばいいさ。神でも魔剣でも毒でも、使えるモノは何でも使うのが復讐者だ」

 2人が暗い笑みを浮かべたのを合図に全員で部屋を出る。

 幸い、兵士達の意識はまだ戻っていなかった。


「いや本当に何が起きたんだろう。お心あたりは……」

「あらへんで」

「ないよ」

 気味悪そうな顔で倒れた兵士を見るペドラの言葉に、全力の否定を返すふたり。

「……まあ、こんな広範囲に人の意識だけ奪う神術とか聞いた事もないし、カーモスが暴れて魔力の余波が来たとかじゃないか?」

 カルテロの予想に思い切り頷く。

「全部カーモスのせい」

「うっす、悪いのはカーモスで」

 ビシッと親指を立てるふたりを見やり、ペドラは腑に落ちない顔をしつつも頷いた。

「それで、奴の部屋はこっちで合ってるのかい」

「多分な。皇子の部屋なんざコロコロ変わるもんでもないだろうし」

 案内役のカルテロを先頭に、倒れている兵士達を跳び越えながら廊下を走る。



「あった、あそこだ!」

 叫んだカルテロが指差す先では、両開きの大きな扉の前に10人以上の兵士達が倒れていた。

「よし、中へ入ってしまえばこっちのものだ」

 はやる気持ちを抑え切れないのか、ペドラがカルテロに並ぶ。

 しかし、扉まであと数メートル、という所まで来て倒れている兵士が次々と身を起こし始めた。

「そんな!」

 愕然とするペドラの横を茨木童子が駆け抜け、やっと起きた兵士達をまた眠らせる。拳で。

「スマンな、次起きた時はどっかしら痛いかもしらん。クソの担当になった不運を嘆いてくれ」

 ひとつも悪いと思っていない表情でそう言った茨木童子を、ペドラとカルテロが目と口を大きく開き見つめている。

 そんな2人の前で月子はヒラヒラと手を振った。

「ほら、ポカーンとしてる場合じゃないよ?早く入らないと起きた兵士が押し寄せて来るよ?」

「ハッ、そうでした。急ぎましょう。ありがとうございます茨木さん」

「そうだな、彼は味方なんだから何も問題は無いな」

 深く考えている暇は無い、と自分に言い聞かせたらしい2人に頷き、茨木童子が扉を押し開ける。


 そして一歩中へ踏み込んだ瞬間、無防備な茨木童子に風を刃とする神術が直撃した。


「涼し。何や空調効いとるんか」

 全身に風を浴びたものの無傷な茨木童子は愉快そうに笑い、だだっ広い室内では抜剣済みの兵士達を従えた中年の神術士が悲鳴を上げる。

「んな、何をしたぁ!?」

「え、何かあったの?」

 茨木童子が邪魔で何が起きたのかさっぱり分からない月子は不満そうだ。

「風で攻撃してきたみたいっす。危ないから2人を(かぼ)たって下さい」

「へぇ、神術士が居るんだ。茨木って神術当たっても平気なんだね」

 茨木童子に続いて部屋へ入りつつペドラとカルテロを背後に庇う月子。ペドラは扉を閉めて鍵をかけている。

「もっと魔力ある奴の術やったら真っ二つかもしらんっすけど、この程度ではねぇ」

「真っ二つになっても平気そうだよね」

「ハハハ!確かに斬られた腕は引っ付いたから、意外と何とかなるかもっすね」

 月子と茨木童子の会話の内容が、この部屋に居る他の面々には全く何ひとつこれっぽっちも理解出来ない。分かるのは、城仕えの神術士の術を食らった男が無傷で立っているという事実だけ。


「ば、化け物じみた強化神術に違い無い!結界を!」

 風の神術を放った神術士が背後の部屋へ向けて叫ぶと、すぐさま結界が張られた。

「ふはははは!これでお前達は何も出来ん!」

「神術使われへんかったら役立たずになんのお前やろ」

「うるさい!!私はよいのだ!!かかれ!!」

 神術士の命令により、兵士達が茨木童子と月子に襲い掛かる。


「はぁ。私も鈴ねーさんみたいに魔法が使えたらなー」

「確かに一網打尽できて便利っすよね」

「神力とか妖力だと全方位的にやっちゃうもんね、さっきみたいに。虎吉様は前にだけ威嚇してらしたけど」

「俺も前にだけ妖力出るように練習しよかな」

「私もやってみよっかなー」


 ふたりの会話が終わる頃、兵士達は残らず倒れ伏し、彼らの剣は全て折れていた。

「ってかさぁ、こんな歴史ありそうな家具が揃ってる部屋でよく剣とか振り回せるよね。意味わかんないんだけど」

 肩をすくめ呆れ返る月子を見て、神術士は腰を抜かしている。

 ペドラとカルテロはもう何も言わない。いちいち驚いていたら身が持たないと気付いたからだ。

「ほなそこ通して貰おか。クソ皇子はそっちに()るんやろ?」

「だっ、だだだ誰が通すか」

「あーはいはい、邪魔やからお前も寝とけ」

 面倒臭そうに告げ、茨木童子は神術士の胸倉を掴んで投げ飛ばした。壁に激突した神術士はゆっくりと床に倒れ、兵士達と同じくフカフカのカーペットと仲良くしている。


「それじゃ、お邪魔しまーす」

 隣室に続く扉には当然鍵が掛かっていたので、月子は仕方無く蹴破った。

 神術が使えないなら飛び道具の洗礼があるのでは、と身構えたが特に何も起こらず拍子抜けする。

 この部屋にいたのは、いかにも由緒がありそうな剣を構えた男だけだった。

「もしかして、帝国最強の剣士!とか?」

 当たったか、と振り向いた月子にカルテロは首を振る。

「帝国最強は皇帝に侍るから。皇太子でもない下っ端皇子にそんな凄いのつけたって勿体無いだろ?つまり今さっきのも含めて、ここに居る奴らはその程度だって事」

 成る程と皆が納得する中、顔を真っ赤にして激怒しているのは勿論帝国最強じゃなかった剣士だ。

「赦さんぞ下賤の分際で!!」

 吠えながら由緒ありそうな剣で斬り掛かって来た剣士を、茨木童子はデコピン一発で沈める。


「この剣、ええもんか?」

 由緒ありそうな剣を拾った茨木童子が尋ねるも、カルテロにもよく分からないようだ。

「ま、金に困っとる訳やないし持ってっても邪魔んなるし、要らんか」

 そう言った茨木童子が戯れに次の部屋へ続く扉を斬りつけると、何の抵抗もなく刃が通った。

「ええ剣やった」

「使い手によるのかな?今までは宝の持ち腐れだったんだね」

 笑う化け物達の前で扉が音を立てて倒れ、中からは悲鳴とも怒号ともつかない声が飛んでくる。

「貴様らここをどこだと、俺を誰だと思っている!!」

 喚いているのは部屋の奥の壁に張り付いている30歳前後の優男。他には結界を張ったらしい神術士の姿しか見えない。

「わー、皇子なのに一人称が俺な時点でもうお察しだよね」

 呆れる月子に頷く茨木童子とカルテロ。

 無表情になったペドラからは殺気が溢れ出ている。


「ん?女?」

 月子の声に反応した皇子が視線を移し、視界に超絶美少女を捉えた。

「これはこれは……。おい、こっちへ来い。皇子たる俺に侍る名誉をやろう」

 小鼻を膨らませニヤニヤと笑う皇子を睨み、月子が吐き捨てる。

「うっせえわ、このブス!!」

 ドスのきいた声にこの場の全員が凍りついた。

 因みにこの皇子、容姿だけは整っている。

「だ……誰に向かって何を言った……」

 ワナワナと震える皇子が月子を指差した。

「殺せ!!いや待て捕らえよ!!気が済むまで嬲ってからこの手で斬り刻んでくれる!!」

 命令に従おうと神術士が動き、それを阻止すべく茨木童子が構えた所で、突然の轟音と共に城が揺れる。幸い揺れは直ぐに収まった。


「何や?」

「魔力?結構向こうの方からしたけど、音」

 ペドラとカルテロを庇いながら茨木童子と月子は周囲の気配を探る。

「……何か居る、っていうか……来る?」

 月子が呟いた直後、今度は部屋の壁が吹っ飛び大穴が空いた。

 その穴から白いローブに身を包んだ何者かが侵入してくる。

「んー?不死者か?」

 茨木童子の言う通りローブの中身は人の骨だ。

 ただこの不死者、小脇に揃いのローブを着た男を抱えている。


 壁に大穴を空けた張本人らしき不死者は悠々と部屋の中程まで進み、腰を抜かしている皇子には見向きもせず茨木童子を見た。

「どんな人かと思ったらイイ男じゃない!私と契約しましょ。あなたのすんごい魔力、私が有意義に使ってあげる。そんで契約が切れたら魂は美味しく食べてあげる。あなたは私の中で永遠に生きるの。素敵でしょぉ?」

 カタカタカタカタ歯を鳴らして喋る不死者を見返し、茨木童子は言い放つ。

「うっさいんじゃ、このブス!!」

 またしても空気が凍ったのは言うまでもない。

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