第三百五十四話 魔剣復活
どういう事だと言いたげな視線を浴びて鈴音が微笑む。
「あの魔剣、見つけてからずっと信者の人らが守っとったんでしょ?」
「うん、無関係な者が触れないように」
エザルタートが肯定し、ペドラも頷いた。
「ほな、魔剣囲みながら暇潰しに仲間同士で会話もしたやろね。魔力……ちゃうわ、神力の多い依り代候補がどうとか、神を倒した後の世界がどうとか」
「それはまあ、するだろうね。ずっと魔物と戦ってる訳でもないだろうし」
「その話、同じように暇してた魔剣も聞いてた思うわ。へー、コイツら俺の信者かー、しかも強力な身体用意してくれとるみたいやぞ?至れり尽くせりやな、早よ復活したいわー!て」
ここまで言われればエザルタートにも分かる。
「そうか、膨大な神力を持つ依り代が用意されていると知っているから、個人では大して強くもない人物を乗っ取ったりしなかった……?」
猫のように目を細め、鈴音は深く頷いた。
「消されては復活し消されては復活しする内に、魔剣も知恵つけてるからね。今は誰かを乗っ取った途端に神の島から聖騎士が飛び立つって知ってるでしょ。滅多に人が通らへん場所なら誰でもええから乗っ取るやろけど、依り代いう強そうな人を用意してくれてるて分かってんのに慌てるアホは居らんよね」
いかにも正しい意見のように聞こえて納得しかけたエザルタートだが、よくよく考えて首を傾げる。
「ただその考え方は、カーモスが自らの意思で人を乗っ取る事が出来るなら、という前置きが必要だよね?」
「あはは、バレたか。そこは確かにここに居る誰も魔剣に触った事ないから、予想でしかないねんけどね」
エザルタートとペドラは鈴音のこの言葉をそのまま受け取ったが、月子達は『触った事あるから自信満々に喋ったんだよね?じゃ確定情報だ』と解釈した。
「予想でしかないねんけど、聖騎士が来ぇへん理由としては合うてる思わへん?それとも、今回の魔剣は神すら欺ける力を持ってる!とか言う?」
微笑む鈴音を見て、エザルタートは首を振る。
「神を欺く力はあって欲しいけど、そんな都合良く備わりはしないだろうね。となるとあなたの説が有力だ。つまりカーモスは今、探索者殺しの連中と共にあるという事だね」
「そうやと思う。地下迷宮で人を殺して金品を奪う悪党が地上に出たんやとしたら、仕事を終えたいう事やんね?」
「あの……、カーモスに乗っ取られていないとしたら、まだ迷宮に潜ったままという可能性も?」
遠慮がちに割り込んだのはペドラだ。
これにはエザルタートが答えた。
「その可能性は低いと思う。何しろいっぺんに6人も殺したからね。自分達の悪評は知っているだろうし、人目につく前にトンズラだと思うよ」
「そうなんだね。素人がしゃしゃり出て悪かった」
「いやいや、そういう素直な目線も必要だよ」
うんうんと頷きながら、『私も素人やで』と鈴音が遠い目をしているのには誰も気付かない。
「探索者殺しの意思で動いているなら、帝都に居るとみて間違いないな。足が付きにくい物から換金して、酒場経由で花街へ向かうのがお決まりの道筋だね」
元間者のエザルタートからすれば、悪党が取る行動など手に取るように分かる。鈴音もそこに異論はなかった。
「それやったら、帝都に信者の皆さんを集めて、剣持ってる人のそばで『依り代が到着した』いう話をして貰うんがええかな?魔剣の耳に入ったら、人殺しを乗っ取って姿見せるでしょ」
「成る程、そこへあなたが向かって即座に交代するという訳か」
「そう。ナンボ聖騎士が直ぐ来るいうても、目の前に転移してくる訳やないやろし、入れ替わる時間ぐらいある筈」
「よし、それで行こう。入れ替わったらまずは、城を破壊してくれないかな。聖騎士が来るまで暇だろうし、ペドラの奥さんと子供の復讐にもなるし」
サラッと言うにしては恐ろしい内容だが、エザルタートは眉ひとつ動かさない。
事前に茨木童子から彼らの計画を聞いていた鈴音も、特に動揺は見せず笑顔で頷いた。
「城ね、了解」
「ありがとう。探索者達も引き上げて来たし、自力でこっちに向かってる仲間ももう揃うから、みんな転移で帝都へ移動して貰う事にするよ」
「分かった。ほな私らは私らで向かわして貰うわ」
「ああ。それじゃまた、帝都で」
笑顔で頷き合い、鈴音達はエザルタートの隠れ家を後にする。
外に出て屋根へ上がり、隠れ家から充分距離を取った所で、月子が難しい顔を鈴音へ向けた。
「鈴ねーさんお城壊すの?」
「いや?壊さへんけど?」
「そうなの?」
目をぱちくりとさせる月子に鈴音は笑う。
「だってなんぼクズが住んでる城やとしても、壊す壊さんはこの国の人らが決める事であって、他所から来た私が1人2人の意見聞いて勝手にやったらアカンでしょ。……まあ、前科あるからあんまり偉そうには言われへんねんけど」
後半はゴニョゴニョと早口で呟いた。虹男の世界でとある官邸さんを葬っている事は内緒だ。
「なぁんだ良かった」
「え、お城って壊したらダメなの?えー、どうしよっかなー」
安心した月子の横で虹男が不穏な呟きを零している。
「ちょっと虹男、聞こえたで。何するつもりやったん?」
顔を引き攣らせる鈴音からサッと目を逸らし、虹男は口笛を吹いた。
「誤魔化すん下手くそか」
ツッコみにもだんまりを決め込んでいるので、誰にも教えるつもりはないらしい。
「もー……。何するにしても、あんたの力は次元が違ういう事を自覚しといてな?前までとは違て、私ら全員で止めに入ったってあんたの本気には敵わへんねんから」
「うん、大丈夫。壊したらダメなのは分かったから」
いや危なっかしいぞ、と全員が半眼になった所で城壁が見えてきた。
「このまま飛び越えて帝都まで走ろ。早よ着くにこしたことないし」
「そだね、向こうは転移だもんね。早いし、追われてるペドラさんも安心かな」
月子が言うと茨木童子がハッとした様子で鈴音を見る。
「俺も手配されてたりするんすかね?」
「あ、うーん?どうなんやろ?ペドラさんを見張ってた輩は殺されてしもた訳やから、追手が掛かってんのはペドラさんだけな気もするけどなぁ」
「ほな見た目このまんまで大丈夫っすか」
「うん。もし襲われたら返り討ちで。どうせこの後は暴れるだけやし」
「うっす!」
実力行使の許可が出て、茨木童子はとても嬉しそうだ。
そして軽々と城壁を飛び越えた一行は着地と同時に一気に加速し、一路帝都を目指した。
その頃帝都では既に、エザルタートの隠れ家である繁華街近くの家へ転移した信者達が酒場へと繰り出している。
3つある主な繁華街それぞれに人は送り込まれているものの、本命はここだろうとエザルタートが当たりをつけた、最も大きな花街が隣接している酒場に多くの人員が投入されていた。
信者達は連れ立って動き、剣士を見つけるやその近くの席に着いて『依り代が帝都に来た祝い酒だ』と乾杯する。
それだけ言うと後は適当に会話して、さっさと別の店へ移動。
まだ夕陽も眩しい4時台なので酒場もそこまで混み合っておらず、信者達は調子良く作業をこなしていった。
5時が近付いた頃、2人連れの信者が早くもいい具合なほろ酔い集団を見つける。
「瓶空けてる割には酔ってないな。強そうだ」
「ん、左側に剣が置いてある。剣士だ」
「右のも剣じゃないか?布に巻かれて分かり難いけど」
「双剣使いか?」
「それにしちゃ両方とも長いぞ?」
ボソボソと会話しつつ店員に声を掛け、隣の席に陣取って酒を受け取ると、指示された通りの文言を唱えた。
「依り代が帝都に来た祝い酒だ」
「めでたいな、乾杯」
「乾杯」
ゴツ、と木製のジョッキをぶつけてからアルコール度数の低い酒を呷る。
他に剣士は見当たらないので、これにて彼らのここでのお仕事は終了だ。
カーモスが聞いていたとしても誰かが剣に触れない限り何も起こらないので、待っていても時間の無駄だからである。
「ホントに帝都に居らっしゃるのかな、カー……あの方」
「エザ……あの人が言うんだから、いらっしゃるだろ」
声を低くして会話し、急いで酒を飲み干す。
「よし、次だ」
「ああ、伝わると信じて頑張ろう」
「それにしても、酒に強くなきゃ無理だなこれ」
「確かに」
下戸は作戦から外されているのだろうかと笑いながら、信者達は去って行った。
残ったほろ酔い集団は、鐘が5回鳴ったのを耳にして漸く時間に気付いたようだ。
「ぅおーい、もう5時だとよー」
「あ?マジか」
「つっても3時間以上は居んだろ」
「それなりに飲んだな」
「んじゃ花見に行くか」
それぞれがコップを傾けて酒を飲み干し、伸びなどしながら立ち上がる。
「にしても邪魔だなコレ」
言いながら剣士は布に包まれた剣の柄を握った。
「まだ換金するには早ぇし諦めろ」
「中身が見えねぇようにしとけ?笑われっぞ」
「ヤダ何その剣ダサぁい、とか?」
「ギャハハハ!客にそこまで言わねーだろ」
ゲラゲラ笑った男が、急に目を見開いて黙り込む。
その胸からは赤黒い剣先が突き出ていた。
「……は?」
酔いのせいで反応は遅れたが、訳の分からない出来事に男達は慌てて身構える。
男の胸を戦利品の剣で貫いているのは、仲間である筈の剣士だ。
「て、テメェ、何で、何を」
混乱する仲間達を尻目に、剣士は赤黒い剣を引っこ抜き布と荒縄を外して投げ捨てる。
胸から血を溢れさせた男が崩れ落ちるのが合図だったかのように、目にも留まらぬ速さで残る3人を斬り付けた。
すると、まるで骨など無いかのように男達の腕や脚がいとも簡単に切断され、辺りを血で染めてゆく。
「ギャァァァアアア!!」
響き渡る悲鳴で周囲の人々も異常事態に気付いた。
「ななな何だありゃ!?」
「ひ、ひと、人殺しーーー!!」
「逃げろ、早く逃げろ!!」
「誰か治安維持隊呼んで来い!!」
大混乱の中、剣士を止めるべく武器を構えた探索者達もいる。
「酔って仲間割れか?」
「それにしたってムチャクチャだ」
「とにかくこれ以上犠牲者を出さん方向で」
「ここじゃ攻撃神術は撃てないから強化だけな」
相手は酔った剣士1人だが、探索者達の表情は硬い。
どうにも異様な力を感じるのと、そもそも探索者は対人戦をしないのとで、汗が滴り落ちる程に緊張しているのだ。
そんな彼らをゆっくりと顔を上げた剣士が見やる。
「んー?やる気か?けどなあ、こんなトコで時間使ってらんねえんだわ俺。とっとと乗り換えねえとさあ、来ちゃうよねーあの鬱陶しい奴がねー」
何が面白いのか小さく肩を揺らしながら、剣士は周囲を見回した。
「おーい、お望み通りにしてやったぞー!俺の依り代はドコだ信者どもー!」
見せつけるように赤黒い剣を振り、大声で叫ぶ。
「望み通り……?信者?」
何事かと怪訝な顔をする探索者達の横を、遠巻きにしていた野次馬の中から飛び出てきた人々が駆け抜けて行った。
探索者達が止める間も無く剣士に近付いた人々は、まるで神に祈るかのように両手を両肩に当て両膝をつき頭を垂れる。
「お待ちしておりました、カーモス様!!」
「カーモス様!!」
「声が届いた!!」
「これで世界は変わる!!」
「我らの神!!カーモス様!!」
口々に言い募る彼らの声に、探索者達も野次馬達も目を丸くした。
「カーモス……?」
「魔剣カーモスか?」
「おいおい嘘だろ!?」
「勝てる訳ねぇ、撤退!!」
野次馬はカーモスという単語をどこか現実味の無い言葉として聞いていたが、相対した探索者達は違う。
震えが来る程の異様な力の意味が分かったからだ。
強化神術が施された足で一目散に逃げだす。
探索者達の見事な逃げっぷりを目の当たりにした野次馬達は、血塗れで藻掻く男達、跪く信者達、笑う剣士、と順に視線を動かして、ようやっと本能が鳴らし続けている警報に気付いた。
「や、ヤバいぞ、魔剣だ、魔剣カーモスが出たぁ!!」
1人が叫べば恐怖はあっという間に連鎖する。
悲鳴と怒号を上げながら逃げ惑う野次馬達。
そんな騒ぎはどこ吹く風で、カーモスは信者達を見下ろしていた。
「俺が神なのはいいけどよ、とっとと依り代とやらに乗り換えねえと聖騎士に勝てねえんだわ。弱ぇんだよなあコイツ」
「ははーッ!我らの代表によりますと、カーモス様さえ復活なされば依り代が自ら寄って来るとの事で」
「ふーん、そうなのか。早く来ねえかなー」
鼻歌でも歌いそうな表情で言うと、傷薬で出血を止め逃げ出そうとしている探索者殺しの男達の顔を順に覗き込み、満面の笑みを見せる。
「悪かったなあ、ダセェ剣で」
息を呑んだ男達が何か答える前に、その首をストンと落として黙らせた。
うんうん、と満足そうに頷く。
「んー、今回はもう騒ぎになってるし、聖騎士が来た時に『もっと早く来ていれば!』とか言いそうな事しとくか。楽しいよな、嫌がらせ」
ニヤリと片頬だけを上げて見やるのは、城。
「皇帝にも会いに行ってやんねえとだし、道作っとくか」
そう言うや否や剣に魔力を纏わせ、大上段から思い切り振り下ろした。




