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第三百五十三話 カーモスを探せ

 夕刻。

 宝石の件も片付き今の所何もする事がなくなった鈴音達は、のんびりとアズルの街を観光し、すっかり満足して宿へ向かっていた。


「昔この街が魔物の大群に襲われて壊滅状態になったとか、嘘みたいだよね」

 夕陽に照らされる美しい街並みを見て、観光先の公園に立つ石碑が伝えていた内容を思い出し、月子がしみじみと言う。

 鈴音も辺りを見回し頷いた。

「かなり前の事みたいやしね。神殿の地下にあるシェルターが唯一の名残りみたいなもんかな?」

 城壁が完成するまでに魔物が襲ってきた場合の避難場所として、神殿を建て直す際に地下シェルターを造ったらしい。

「今は頑丈な城壁が守ってくれるからそのシェルターの存在も忘れちゃって、カルトの拠点にされてても気付かないんだね」

 不満げな月子に鈴音は微笑む。

 どこの世界でも喉元過ぎればというやつで、例えば日本でも大きな災害の後は防災グッズが売れるが、その存在を忘れず定期点検を行っている人が果たしてどれだけいるかという話だ。

 ただ、毎日気を張っていては疲れてしまうから、思い出すのは年に一度くらいで良いとも鈴音は思う。


「カルトっていえば、例の魔剣って過去に色々やらかしてんだよね?戦争起こした記録があるとかシンハさん言ってたし」

 陽彦の声で我に返った鈴音は、その通りだと頷いた。

「操った人を上手いこと使(つこ)て争わせるらしいね」

「でも魔剣が人を乗っ取ったら、その時点で創造神様が場所特定してすぐに聖騎士が飛ぶんでしょ?そんな歴史に名を残すような事するヒマ無くね?」

 尤もだと皆も同意する。

「あー、まず昔はシオン様がそこまで協力してへんかった筈。あんまり人に興味無い神様やったてご自身で言うてはったもん。魔剣が戦争引き起こすレベルまで来てやっと、アレの学習能力は放っとかれへんな、てなったんちゃうかな」

 シオンとの会話を思い出しつつ推理する鈴音に、皆は意外そうな顔をした。


「なんか、タハティさんを可愛がってるみたいだし、人に興味なかったとかイメージと違う」

 月子が目を丸くし、鈴音はさもありなんと笑う。

「今はお優しいからね、基本的には。シオン様の優しさを引き出したんは、何代目かの神託の巫女。その巫女さんに言われて初めて、人の可愛さとか面白さに気付いたらしいで」

「へぇー」

 月子や皆が納得し、陽彦は首を傾げた。

「じゃあその後の時代は創造神様の協力があるんでしょ?サクッと壊せるじゃん、魔剣が誰かをそそのかす前に」

「そこが魔剣の怖いトコよね。どこにでも湧いて出よるからさぁ、王様が握る事があってもおかしないやん。そうなると、バーンと乗り込んで来た聖騎士に『国王は魔剣に魂を乗っ取られている!』とか言われても、ハイそうですかどうぞ斬って下さいとはならへんよね?何を無礼な!てなるやん。記録に残ってる戦争は、そんな感じで起きたんちゃうかな思う」

「あー……、周りが庇っちゃうのか……」

「うん。まさか操られてへん人まで斬る訳にもいかんし。後は、おんな子供に乗り移ったりもするみたいよ?男は斬れて女はアカンのか差別やないかい言われそうやけど、聖騎士かて人やねんから、そらやりにくいよねぇ。それこそ周りが庇うやろし」

「うわ、面倒臭ぇー」

 顔を顰める陽彦に鈴音は大きく頷く。


「めっちゃ面倒臭いねん。強さ自体は聖騎士に及ばんのに、何せやり難いてシンハさんも言うてたわ。魔剣は悪意の塊やから平気で血も涙もない行動するけど、聖騎士はそういう訳に行かんもんねぇ」

 溜息交じりの鈴音を見て月子が真顔になった。

「こないだ、ねーさんと骸骨さんが連携プレーでボコボコにしてトドメは神様が刺したって話聞いて、やり過ぎ感ハンパないって思ったけど、やり過ぎじゃなかったかも」

「あはは、そうやねぇ。異世界での事やからアレの記憶には残ってへんらしいし、こっちでもボッコボコにしてビビらしとこか。もう復活したないー!て思うように」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべた鈴音が視線を送ると、骸骨も親指を立てて幾度か頷いている。

「それがいいよ。あと、神様は悪くないし、怒らせたら凄く怖いって事も信者の人達に教えてあげなきゃ」

「うん、まあその辺は私らが暴れたら大体お察し頂けるかなーと。神に挑もうなんて、どんだけアホな夢見てたんか流石に分かる筈」

 月子が言った『神様は悪くない』でシオンが少しでも元気を取り戻せばいいなと鈴音は微笑み、宿への道すがらどうやれば効果的に魔剣を痛めつけられるか談義に花を咲かせた。




 カーモス教団代表エザルタートのもとへ最悪の知らせが届いたのは、翌々日の昼の事。

 真っ青な顔で正面から神殿へ飛び込んできた探索者が、『聞いて欲しい話があります』と神官に縋り付き、深刻な悩み相談を装って個室へ移動。そこでの報告を神官が掌サイズの水晶玉による通信でエザルタートに伝えたのだ。

 

「皆殺し!?しかもカーモス……様が奪われていた?」

 数ある隠れ家のひとつで連絡を受けたエザルタートは、驚きのあまり彼らしくもない大声を上げた。

 それにより、行動を共にしている宝石商ペドラにも情報が伝わる。

 冷静さを取り戻したエザルタートと神官との会話が終わるのを待って、ペドラは硬い表情で尋ねた。

「誰かがカーモスを持ち去ったのかい?」

「ああ。警備していた探索者達が殺されていたって。どう見ても刃物による傷だから、探索者殺しにやられたと考えて間違いないようだよ」

「そんな……」

「参ったね、こんな事になるなんて。……でも、何で聖騎士サマが現れないんだろう?カーモスに触らず持ち去る事なんて出来ないのに」

 魔剣が自らの意思で触れた者を乗っ取らずにいるなど、彼らは知る由もない。

「聖騎士が来ない理由なんて分からないけど、今の内にカーモスを探さないと。もしそんな探索者殺しなんて低俗な奴が依り代になっているのなら、何を仕出かすか分かったもんじゃない」

 ペドラの言う通りだと頷いたエザルタートが、水晶玉を使って各所に指示を出す。

 地下迷宮フォルミーガから近いのはこのアズルの街だが、人が多いのは帝都だ。帝都には皇帝も居る。戦争を起こした事もある魔剣が向かうに相応しいのは帝都ではないか。

 そう考えたエザルタートにより、アズルよりも帝都へ多くの信者が投入される事となった。




 エザルタートとペドラが血相を変えていた頃、観光地も行き尽くし甘い物も味わい尽くした鈴音達は、暇潰しがてら地下迷宮に来ていた。

 とは言っても大事件が勃発したフォルミーガではなく、トーポという別の迷宮だ。

 手掘りのトンネルのような道が入り組む様はまさに迷路で、虎吉と黒花が居なかったら1階層目を抜けるだけで何時間掛かったか。

 実際、迷っているらしいパーティと擦れ違う事も何度かあった。

「ここも100階層まであるんやろか」

「だったら制覇すんのはムズいかも。狭い道が多いから本気で走れねーし」

「やっぱりそうやんなぁ」

 鈴音と陽彦の会話に皆も頷く。

 朝から入って今は恐らく昼、それでまだ20階層なのだ。いやこれでも異様な早さなのだが、彼らからするとあくびが出るペースである。

「思たより早よみんな集まったからお披露目会やるよー、とか向こうから連絡来たらアカンし、帰ろか」

「うん。スライムみたいな魔物はもういい」

 出てくる魔物が色違いの同一種ばかりで飽きたらしい陽彦が頷き、皆も同意したので、鈴音は来た道を戻り始めた。




 帝都では、昼食を終えた凶悪パーティが飲食店のテラス席で寛いでいる。

「この後はどうする?取り敢えずこの間の分を換金しに行くか?」

「おう、一昨日のと違って結構イイもん持ってたし、期待出来るよな」

「一昨日のっつったらコレよ。どーしよこの剣。よく考えてみりゃ変だろ?地下迷宮の床に突き刺さってたんだぞ?」

 テーブルに立て掛けているカーモスへ男達は胡散臭い物を見る目を向けた。

 地下迷宮の天井や壁や床が飛竜の攻撃でも傷付かない頑丈さなのは、探索者からすれば常識である。

 その床に刺さっていた、ちょっと見た目がアレな剣。

「なーんか魔剣ぽいっつかさー、呪われてそうな見た目じゃね?」

「ま、フツーの武器職人ならこんな見た目にゃしねぇわな。ダセェし」

「ブフフ、売ってても買わねぇ」

「俺も」

「でも魔剣だったり呪いの剣だったりしたら、触ったお前が無事なのおかしいだろ」

「あー、それもそうだよなー。変な笑い方しながらダセェ剣振り回して喜んでそうだもんな、呪われたら」

 言いたい放題である。


『乗っ取るか。もう乗っ取っちまうかこのザコ。誰に向かってダセェとかほざいてやがんのか教えてやるか』

 カーモスはキレる寸前だ。

 聖騎士に勝てなくてもいいからこの無礼者達を片付けよう、という方向へ思考が傾いている。

 その時、通りすがりの男達の口から聞き覚えのある単語が発せられた。

「せっかく完璧な依り代が見つかったらしいのに、ご本体様が行方知れずになるなんて」

「嘆いていても仕方がない。別の武器屋を当たろう」

 依り代、本体、武器屋とくればこれはもう、自分を探している信者だとカーモスには分かる。

『ここだー!!気付けーーー!!』

 極微量の魔力しか出ていない状態でも気付いた信者はいたわけで、今回も見つけて貰えるのではとカーモスは思ったのだが。

 信者らしき男達の足音は無情にも遠ざかって行った。


『バカか!何で気付かねぇんだ!信者だろうが!』

 そうは言われても、魔力を持つ人だらけの街なかでは、極微量の魔力など埋もれ易い。

 人も魔物もいない小部屋の床に突き刺さっていた時とは事情が違うのだ。

『クッソー、その依り代とやらがどこに居るか分かればな。聖騎士が来る前に乗り移れるなら、コイツを一旦乗っ取るのもアリなんだが……確証もなしに動くのは危ねぇな』

 いくらか冷静さを取り戻したカーモスは、今すぐ乗っ取るのはやめて様子を見る事に決めた。

「うーっし、んじゃ防具屋と組合行って、後は花街だ」

「おう」

「楽に稼いで遊ぶ、これに限るね」

「俺らの為に探索者の皆々様にゃ頑張って頂かねーと」

「だなー」

 ゲラゲラと下品に笑いながら、凶悪パーティはカーモスと共に店を出る。

 途中カーモス信者と擦れ違う事もあったが、誰ひとりとして魔剣の存在に気付く者はいなかった。




 午後3時頃、地下迷宮トーポからアズルの街へ戻った鈴音達は、お茶でも飲もうかとカフェへ向かっている。

 その道行きで見知らぬ青年に声を掛けられた。

「やっと見つけた……!」

 誰だ、という反応をしてから正体に気付く。

「もしかしてエザルタートさん?」

 鈴音の確認に青年は頷いた。

「そうです。実は大変な事になってしまいまして。ここでは何ですので、私の家までお越し頂けませんか」

 全くの別人にしか見えないなと感心して顔を見合わせつつ、頷いた鈴音達は青年エザルタートに続く。

 神殿に行くのかと思っていた鈴音は、本当に普通の一軒家へ連れて行かれポカンとした。

「隠れ家……?」

 その呟きに小さく笑い、エザルタートが一行を招き入れる。

 応接間ではどことなく焦りを滲ませたペドラが迎えてくれた。


「どうぞお座り下さい」

 促されるまま鈴音達がソファへ腰を下ろすと、直ぐにエザルタートが口を開く。

「カーモスが奪われました」

「……へ?」

 キョトンとする一同を見回し、エザルタートは繰り返した。

「地下迷宮から、何者かによりカーモスが持ち出されました。警備に当たっていた仲間は皆殺しにされています」

 皆殺しという物騒な言葉に月子が息を呑む。

 その背中をさすってやりながら、鈴音はエザルタートを見た。

「因みに地下迷宮ってどこの?」

「フォルミーガです」

 この答えで、一行は『あれ?どっかで聞いたな』という顔になる。

「晩飯ん時に隣の兄ちゃんらが言うとったな」

「はい。フォルミーガに暁の剣なる者達が現れたらしい、と申しておりました。人殺しの疑いがある怪しい集団だと」

 虎吉と黒花の会話で鈴音達は『あ、それだ』と納得し、エザルタートとペドラは顔を見合わせた。


「それはいつの話ですか?」

 ペドラの質問に鈴音は唸る。

「えーーーと、3日前ぐらい?」

「警備担当が殺されたのが2日前だ、そいつらの仕業と見ていいんじゃないかな?」

 厳しい表情でペドラが言うと、エザルタートは悔しさを隠そうともせず頷いた。

「間違いないだろう。クソッ、フォルミーガでの情報収集が甘かった。僕のせいだ」

「いや、まさか殺して奪おうとする輩がいるなんて思わないじゃないか。宝石のついた剣でもないんだろう?」

「ああ。独特の見た目らしいけど、わざわざ人を殺してまで奪いたくなるような物ではないと聞いた。でも探索者殺しの連中にそんな理屈は通用しないさ」

 自分を責めるエザルタートと、ひとりで背負い込むなと言いたげなペドラ。

 2人のやり取りを聞きつつ鈴音は首を傾げる。


「けど、その探索者殺しはどないして持ち去ったんやろ?魔剣に触ったら乗っ取られるやん?乗っ取られたら聖騎士来るやん?でも来てへんてコトは、乗っ取られてへんの……?」

「そこは僕らにも分からない」

 そりゃそうか、と頷いて、鈴音はカーモスとのやり取りを思い出そうと頑張った。

 自分が握った時、アレはどんな反応をしたか。

「高笑いしながら、この身体は貰たー!みたいな感じやったな。んで、そうや、意識に入り込まれへん言うて戸惑うたんや」

 それはつまり、握ったら自動的に乗っ取られるのではなく、カーモスが働き掛けて初めて精神を支配されるという事なのではないか。

 虎吉以外には聞こえない声量で呟いた鈴音は、ポンと膝を打って顔を上げる。

「乗っ取られてへんわ、殺人犯」

 やけにキッパリと言い切った鈴音を、皆が不思議そうに見つめた。

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