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第三百五十二話 魔剣復活……?

 翌朝。

 スープが美味しい朝食で満腹になった鈴音達は、宝石研磨職人の所へ向かっている。

 開店準備や通勤で忙しく動く人々を眺めながら、のんびりと職人の工房が集まる区画へ。

 職人達の朝は早いらしく、もうあちこちの煙突から煙が上がり、様々な音が響き渡っている。


「えーと木工家具職人さんトコの隣の青い屋根……、あったあった」

 相変わらず完璧な鈴音のナビに導かれ、一行は目的の工房へ到着した。

「おはようございまーす」

 扉を開けて中へ入ると独特なカウンターが出迎える。

 扱っている物が物だけに、カウンターから天井までを頑丈な鉄格子が貫き、客と作業場を完全に隔てているのだ。

 その鉄格子に高さ20cm幅30cm程の隙間が作ってあり、そこから石のやり取りをするのである。

 神術を撃たれたら終わりなのでは、という鈴音の心配には、この鉄格子とカウンターや裏の扉を吹っ飛ばす程の神術を使うと、石も全て駄目になるので誰もやらないという答えを貰っていた。

(あね)さんこれ意味あるんすか?魔法で吹っ飛ばしたら仕舞いちゃうんすか」

「ふふふ、考える事は一緒やな」

 茨木童子に温かい目を向けた鈴音が答えを教えていると、カウンターの向こうに職人がやってくる。


「いらっしゃい……って、おお!サフィルスの!」

 そんな中堅職人の声を聞きつけ、奥からわらわらとベテラン職人達も出て来た。

「おはよう!凄い事になったぞ!」

「磨き人生で初めてだあんなのは!」

「人を惑わせ狂わせる石だな!」

「傾国の美女の名を付けるといい!」

 何だか後半不吉な事を言われた気もするが、身に着けるのは女神なので問題なかろう。

「お前ら邪魔だ、仕事に戻れ」

 わあわあと騒ぐ職人達を掻き分けて、布が掛けられたトレイを両手に厳つい顔の親方が姿を見せた。

 蜘蛛の子を散らすように奥へ消える職人達へ溜息を吐き、親方が鈴音達へ向き直る。

「おはよう、すまんな。あまりに見事な石だったもんで興奮してるんだ、俺も含めて」

「おはようございます。そんな綺麗(きれ)なったんですか」

「おう。まずは若旦那の石だ」

 目をぱちくりとさせる鈴音にニヤリと笑った親方は、トレイをカウンターに置いて布を取った。


 現れたのは、ペアシェイプカットが施された深い青。透き通ってキラキラと輝くそれは、縦に7〜8cm横に4〜5cmはあるだろうド迫力。

「凄い……海の涙みたい」

 感動した月子がポロリと零した声に、親方はカッと目を見開いた。

「それだ!このサフィルスは海の涙と呼ぼう」

「お、おぉー」

 幾度か頷いて感心しつつ、鈴音は虹男の反応を見る。

「綺麗だねー、妻も喜ぶよきっと」

 残念ながら名前にはあまり興味がないようだ。

「実は荒く磨いた段階で加工職人に見て貰っててな、この石はデカいまんま首飾りにすんのがいいって判断だったんだ。ゴテゴテさせずに素材の良さを活かすらしい」

 親方の説明を聞いた鈴音は、人が着けたらどんなデザインにしても石が主役になってしまうが、女神サファイアなら問題なくこの石を脇役にするだろうと頷く。

「で、もう一方の石なんだが……」

 親方は“海の涙”が載ったトレイを下げ、もう片方のトレイを前へ出し布を取った。


 今度は、凡そ白銀比に仕上げられたオーバルカットの青い石が4つ現れる。

 縦3cmが1つ、4cmが2つ、5cmが1つ。

「あー、これ、指と耳と首と纏めて飾れるんや」

 石を数えた鈴音の反応に、親方はその通りだと頷いた。

「流石にあのデカさをそのままってのは無理があってな。この形に落ち着いた。小粒のも幾つか出来たから、それも使って仕上げて貰うといい」

「ありがとうございます。それにしても耳飾りは重たなりそうですねー」

「確かにな。でも耐えるんだろ?」

 じっと見られた鈴音は慌てて手を振る。

「いやいや、私は着けませんよ?どないかして買い手を探します」

 1200万円相当のネックレスもまだ手元にあるので、出来れば纏めて売り捌きたい所だ。

 そんな鈴音の返事に親方は大層驚いた。


「自分用じゃなかったのか。女ってのはみんな宝石に目が無ぇと思ってたんだが」

「そら好きですよ?綺麗し。けど、分相応いう言葉があるでしょ?私みたいな探索者やったら小ぃぃぃさい石でええんです。そもそもこんな素人が見ても高いて分かる宝石、貴族でもなかったら着けて行く場所あらしませんやん」

 見よこの庶民的でアクティブな格好を、とばかり胸を張る。

「あー、まあ、この大きさになるとそうだな、城で開かれる舞踏会なんかでないとー……浮きまくるか」

 確かに分不相応だなとも言えず、必死に言葉を選びまくる親方を見て鈴音も皆も愉快そうに笑った。

「宝石も、ちゃんと似合う大事に使(つこ)てくれる人んとこ行った方が幸せやろし」

「ははは、それもそうか。んじゃ後は加工職人と話し合って決めてくれ」

「はい、ほな工房の場所教えて貰えますか」

 宝石を受け取って無限袋に仕舞い、工房への道を教わって一行は親方と別れた。



 ほんの3分程で着いた工房には、装飾品意匠考案・加工と書かれている。

 中へ入るとここも鉄格子スタイルだった。

 まあ貴族や王族の場合はデザイナーを呼びつけるだろうから、探索者や庶民相手にはこれでいいのだろう。

「ごめんくださーい」

 鉄格子の向こうへ声を掛けると、衝立ての陰からスラリとしたイケメンが現れる。

「いらっしゃい。どんな御用?」

「この……、サフィルスなんですけども」

 そう言いながら鈴音が青い宝石を出すと、イケメンはカッと目を見開いた。

「あらやだそのコ、あなた達のなの?そうなのー。話は聞いてるわよ。旦那さんは貴族っぽい彼でしょ多分。で、誰が奥さんなの?」

 虹男へと炸裂するイケメンのウインク。

 どうやら親方が研磨の途中で相談した加工職人は彼のようだ、と納得している鈴音の背後へ、微妙な表情になった虹男がスススと隠れる。


「あれ?虹男ー?すんませんね、人見知りで。奥様はお国に()られるんですよ。絶世の美女いう言葉が泣いて逃げ出すぐらいの別嬪さんです」

「へぇー!そんな人ならこの大きなコでも負けないかしら」

「寧ろ石の方が霞む恐れが」

「ええ!?どんだけ!?」

 愕然とするイケメンへ骸骨が石板に似顔絵を描いて見せた。

「んなッ、こ、こんな人ホントに居るの!?」

「いえ、その似顔絵でも本物の神々しさには遠く及ばへんのですよ」

 大きく頷く骸骨。

「ウソでしょ!?」

 唖然としたイケメンは口元を覆い、眉間に皺を刻んで考え込んでしまう。

「……駄目だわ、こんな感じにしようかしらって考えてたのが吹っ飛んじゃった。彼女に似合う形が思い浮かばない」

「げ。そのパターンがあったかー」

 完全無欠の存在を前にすると、人の想像力は仕事をしなくなるらしい。


「え、首飾りに出来ないの?」

 背後で身を屈めている虹男がコソコソと問い掛け、鈴音は小さく頷く。

「サファイア様がお美し過ぎて、何も思い付かへんねんて」

「そっかぁー、仕方ないねー。うふふふふ」

「どうする?もう石だけ持って帰って、後はサファイア様にお任せする?お友達に芸術関係に強い女神様が居てはるかもしらんし」

「あっ、そうだね。その方が妻の好きな形に出来そう」

 鈴音の提案に虹男は目を輝かせた。

 よし決定、と頷いた鈴音はイケメンに向き直る。

「あの、すんません。この大きいのはこのまま持って帰って奥様と相談します。こっちの石で耳飾りと首飾りと指輪をお願い出来ますか。売るつもりなんで、貴族が喜びそうなカンジにして欲しいんですけど」

 軽く手を振り鈴音が声を掛けると、敗北感に打ちひしがれていたイケメンは我に返った。


「あ、ああごめんなさいね。悔しいけれど、その大きなコを私に任せてとは言えないわ。その代わりこっちのコ達は責任持って仕上げてみせる。貴族どころか皇女が欲しがるくらいにしてあげるわ」

 キリッと顔を作ってやる気を漲らせるイケメンに一行は思わず拍手する。

「おおー。因みにこういう、大金持ちしか手が出されへん宝飾品を売れるツテとかありませんか?実はこんなんも持ってて」

 例の1200万円相当のネックレスを出して見せると、イケメンは手に取って確認し頷いた。

「これは良い品ね。金貨200枚は下らないわ」

 大陸が変わっただけで800万円も上昇している、と価格を知る皆は驚く。

「この首飾りもこれから化けるそのコ達も、そこいらの宝石商じゃ捌けないでしょうね。競売にかけたらどう?貧乏貴族や没落貴族が泣く泣く手放す宝飾品は殆どが大した事ないから、最新の意匠を施した新品が出て来たりしたら参加者の目の色が変わるわよ」

「それも地下迷宮最下層で手に入れたとか言うたら、縁起物みたいになりますかね?」

「そりゃあもう!勝負に強いとか負け知らずとか、勝手に謂れが作られるわよ」

 鈴音とイケメンは悪い笑みを浮かべて頷き合った。


「手数料さえ払ってくれれば私が出品しておくわよ?」

「ほなお願いします。結果はいつ頃聞きに来たらええですかね?」

「そうねぇ、このコ達を仕上げるのに早くてひと月は掛かるから、来月の終わりくらいかしら」

「分かりました。その頃にまた伺います」

「それじゃ契約書作るわねー」

 2人の間でサクサクと進む話に、皆は只々感心している。

「こっちはヴィンテルの店で……こっちははイスカルトゥの100階層で……」

「あらこれも新品なのね……イスカルトゥの最下層って到達した人居たの……」

 会話を弾ませながら契約書にサインも終え、ホクホク顔で鈴音はイケメンにお辞儀した。

「何から何までありがとうございますー」

「いいえぇこちらこそ。手数料でガッポリ儲けさせて貰うわ」

 ウフフフフ、と笑い合い手を振る。

「ほなまた来月」

「ええ、待ってるわね」

 皆もそれぞれ会釈して、工房を後にした。



「虹男、いつまで隠れてんの?」

「あ、ホントだ」

 鈴音から離れ大きく伸びをする虹男を見て、虎吉がふと気付く。

「そないいうたら、虹男はもうこの世界に()る必要無いんやな」

「ホンマやね、お土産の宝石もゲットしたし」

「そっか、言われてみたらそうだねー」

 確かに、と納得しながらも帰ると言い出す気配はない。

「神様、残るの?」

 月子が思い切って尋ねてみると、虹男はあっけらかんと頷いた。

「うん。やりたい事があるんだー」

「へ?虹男の興味引くような動物おったっけ?」

 驚く鈴音に虹男は笑う。

「教えなーい」

「なんでやねん」

 ベタにツッコんでから、特に問題も起こしていないし好きにさせてもいいかと思い鈴音は空を見た。

 駄目なら駄目でシオンからサインが出るだろうと待ってみたが、何も起きないのでOKだと判断し虹男を見やる。

「やりたい事はええけど、今までと同じで勝手に動き回らんようにな?それだけは約束して?」

「うん、鈴音達と一緒に居るよ」

 普段通りの無邪気な笑顔。

 それならいいやと頷いて、皆でこの後なにをしようかと話しながら職人の街から移動した。




 その頃、アズルの街に近い地下迷宮フォルミーガでは。


「クソッ!強い!」

「何だコイツらは!」

 20階層にて魔剣カーモスを守る6人の信者達が、別の探索者パーティに襲われ苦戦していた。


 カーモスがあるのは行き止まりになっている小部屋のようなスペース。

 依り代が来るまで地面に突き刺さっている御神体に誰も触れる事の無いよう、探索者の信者達がパーティを組んで代わる代わる小部屋に滞在し警備していた。

 教団代表のエザルタートが言っていた通り皆それなりに腕の立つ者達なのだが、何しろパーティを組んで日が浅く咄嗟の連携は今ひとつ。

 特に神術士は味方を巻き込む恐れがある状況で術を使う事は出来ず、乱戦になるとほぼお飾りだ。

 それに対し招かれざる客は以心伝心仲良し5人パーティ。

 個々の戦闘力にそこまでの開きはなかったが、やはり阿吽で動けて神術士が活躍出来る分、襲撃者側が強かった。


「ダメだこのままじゃ……!」

 信者達は小部屋の奥へと後退させられ、どこかのパーティが通りかかっても救援要請を出す事さえ出来なくなる。

 警備の交代要員も潜ってはいるだろうが、順調に進めたとして到着は明日の朝だ。

「どうすれば……」

 皆の脳裏に全滅の恐怖がよぎる。

「カーモス様……」

 そんな時ふと零れた誰かの呟きで、信者全員が地面に刺さる魔剣を見た。


 こんな卑劣な輩に奪われるくらいなら、一旦自分達が依り代になる方が良いのではないか。

 本物が現れたらそこで交代すればいい。そうすればこの危機を乗り越えられるのでは。


 追い詰められた信者達は忘れていた。

 魔剣を動かさないのは、カーモスが誰かを乗っ取った時点で神託の巫女に居場所が特定され、即座に聖騎士が派遣されるから、という大前提を。

 

 そしてそれより問題なのが、カーモスそのものだ。この魔剣、過去の記憶を有し様々に思考する悪意の塊である。

 当然、自身が崇められている事も依り代なる魔力豊富な肉体が用意されている事も、警備にあたった信者達の話から理解している。

 つまり、今ここで一般人より多少強い程度の人物を乗っ取っても自分には何のメリットも無いどころか、聖騎士が来て即終了の悪手だと知っているのだ。

 となると、どうなるか。


「俺が!」

 パーティの中で最も強い剣士がカーモスに手を伸ばし、掴んだ。そのまま勢いに任せ引っこ抜く。

「よし、これで……?」

 魔剣を構えた剣士が怪訝な顔をし、何事かと身構えていた襲撃者達は警戒しながら目配せをした。

 気を取り直したように剣士が魔剣で斬り掛かるも、受け流そうとした相手の剣を削る硬さは見せたがそれだけだった。

「そんな……」

「警戒して損した」

 襲撃者側の神術士が呆れたように言い、火の神術を乱れ撃つ。

 回避出来るポイントには近接戦担当組が待ち構え、動揺が激しい信者達を確実に仕留めていった。


 物の数分で決着し、襲撃者達は死体を漁る。

「あんま金目のモン持ってねぇな」

「その剣貰っとけよ。結構いい斬れ味だったし」

「あー、これなー。良さげだけど鞘が無ぇのよ鞘が」

「コイツのローブでも巻いとけば」

「おう、そだな。つか鞘無くても売れんのか?」

「鞘作ってお前が使えば?」

「え、でも何かダサくね?」


『だーれーがーダセェんだ誰がぁ!!こんのクソザコ共、依り代乗っ取ったらソッコー斬る』


「は?何か言った?」

「いや?」

 首を傾げた襲撃者は死体から剥ぎ取ったローブを魔剣に巻き、荒縄で縛って背負った。

「んじゃ帝都に戻んべ」

「だな。あー、早く酒が飲みてー」

 カーモス信者達の死体を残し、襲撃者達は馬鹿話をしながら去って行く。

 この惨劇を教団側が知るのも、信者と離れ一体どうやって依り代と接触するのかとカーモスが気付くのも、まだ先の事だ。

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