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第三十五話 魔剣

 神殿が否定した事を覆せるのもまた神殿ではないのか、そう考えた鈴音は二人をじっと見る。

 虹男に対する反応が実に純粋な彼らは、心の底から神を信じ伝説を信じ、神官という自らの役目を真摯に務めて来たのだろう。

 身内に裏切り者がいるかもしれない、等と何の証拠も無く告げたところで、全力で否定して来るのは目に見えている。

 きっと神官全員が、自分達と同じく真面目だと信じて疑っていない。

「うん、今やないな」

 その呟きが聞こえたのは虎吉だけだった。

 不思議そうな虎吉へ微笑んでから、鈴音は話を変える。


「まあ、噂の出所はともかく、そこそこの人が信じてもうてる状態やいう事ですよね。この国の鎧着た人が虹男を襲ったんも、そのせいでしょうかね?」

「魔獣討伐部隊ですな……。あれもおかしいのです。10年も前から噂話はあったというのに、その間一度も神の山へ派兵する等という話は無かった。それがここへ来ていきなりです。一体何が起きたのか」

「国王の命で魔獣討伐部隊が神の山へ向かったて、さっき仰ってましたよね?国王様が国民に宣言しはったんですか?魔の山の魔人と魔獣を討伐するのだ!とか」

 神官長へ確認する鈴音に、首を振ったのは神官だ。

「いえ、それは違うのです。出発の前に、神殿へお祈りにいらした方が、自分は魔の山での魔獣討伐という極秘任務に選ばれた。国王陛下の御命令であるから断れない。事を成し遂げるまで家族にも任務について話してはいけないが、誰かに聞いて貰わねば恐ろしくて眠る事も出来ない。自分は生きて戻れるのだろうか。と、嘆いておられまして。我々神官は、他者の秘密を耳にしても、聞かなかった事にするのが習わしなのですが、内容が内容でしたので神官長様にご報告を」

「あー、なるほど。それを聞いて神官長様は?国王様なにしてくれとんねん、て抗議に行かはりました?」

「その兵士ひとりの話では流石に動けませんが、二人目三人目四人目五人目と次々“神の山を魔の山と呼び、そこへ国王の命で魔獣討伐へ向かうという兵士”の報告が上がりましてな。これはいかんと城へ乗り込みました」

 そこで軽く手を挙げた鈴音が話を止める。


「ちょっと失礼。なあ虹男、虹男を殺した奴ら、何人で来た?」

「えーと、十人ぐらいいたかな?さっさと殺されるつもりだったから、ハッキリとは覚えてないなあ。もうちょい少なかったかも。魔剣は一本だけだったよ」

「五人以上、十人以下て、魔人と魔獣がる場所行くには少なない?そんなに魔剣が強い思てたんやろか。虹男が魔剣使われるんは、この鎧の人が初めて?」

「んーん。前にも何回かあったよ。ウザいからみんな消したけど」

 虹男の言葉に、神官長と神官の二人は驚いた。

「全員消されたから、魔剣なんか効かんていう情報が伝わってないんかな?いやでも魔剣てそんなホイホイ手に入るもん?入るなら皆持ってそうやけど。レアやとしたら、あの魔剣持ちが山で消えた、とか噂にならんのやろか」

 驚いたままの神官が、おずおずと手を挙げる。

「はい、神官さんどうぞ」

「はい。魔剣は、大変多くの人の命を奪った剣が、殺された人々の恨みや恐怖を吸収して出来る物と聞きました。実際に過去の戦争で、何本か出来てしまったのだとか。けれどそれも、神の御力のお陰で、すぐに恐ろしい力は消し去れたと。ですので、現在魔剣は存在せず、どうすれば剣が魔剣になるのか知っているのは、神官のみなのです。なので、御使い様を襲った者が何故魔剣を持っていたのかが不思議で……」

「へぇ、魔剣は本来存在せぇへんのですか。作り方知っとるんは神官だけ?ふんふん……。虹男は何回か襲われたけど、使い手ごと物理的に消し去った。つまり、襲ってった回数と同じだけの数、魔剣があった。誰が何回挑んでも、勝てるどころか帰っても来ぇへんのに、その情報が伝わってない。伝わってないから、また魔剣持って挑む阿呆が出る」

 鈴音の大きめの独り言に、神官長が漸く何かに気付いたのか眉根を寄せて考え込む。

 神官はふんふんと頷いているが、この事実が何を意味するのかは解っていないようだ。


「あ、それで神官長様。お話止めてしもてすみません。お城へ乗り込まれて、どうなりましたか。国王様はなんて言うてはりました?」

 鈴音に声を掛けられて、神官長は我に返ったように顔を上げた。

「ええ、えー、国王ですな、はいはい。私が、神の山へ兵を向かわせるとは何事ですか、と抗議致しましたら、国王は知らぬ存ぜぬととぼけるばかり。こちらも動かぬ証拠があるわけではないので」

「証拠の兵士は、動いて山へ行ってもうてますもんね」

「そうなのです。致し方なく引き上げた次第で。その暫く後ですな、街から家畜が姿を消し、神殿から神の御力が失われたのは」

 神官長の話を聞いた鈴音は首を傾げる。

「んー、なんやおかしいですよね?国として魔の山をなんとかしようと思たなら、送り込んだ人数が少な過ぎるし、本来存在せぇへん筈の魔剣、なんて怪しげな物持った兵士が居るのも変や。そもそも極秘にする必要ないでしょ。結構な人々が神の山を魔の山と信じとるなら、国内外に『ウチがやりまーす』言うた方が喜ばれるし。私が国王で、噂をホンマの話やて信じ込んどったら、絶対そうするけどなぁ。なんで極秘にして、すっとぼけなアカンかったんやろ?」

「やってもた後に、こないして世界が壊れて、その原因お前らやないか!て指差されるんが怖かったんちゃうか?」

 伸びと欠伸を同時にしながら虎吉が指摘するが、鈴音は首を振る。

「魔の山やて本気で信じてたんなら、その理屈はおかしいんよ。神の使いを殺しに行くわけちゃうねんから、神罰が下るなんて思う筈がないもん」

「ほな、なんでや?」

「わからん。何か見落としてんねやろか」


 しかめっ面で唸る鈴音を、何か言いたそうな虹男が見ている。

「ん?どないしたん?」

「会って聞けばいいのになーって」

 あっけらかんと言う虹男に鈴音は首を傾げた。

「国王様に?東の島国から来た旅人きょうだいが?」

「うん」

 虹男があまりにも当たり前のように頷くので、何だかそれが正しいような気がしてきた鈴音は、神官長へ向き直る。

「私らでも会えます?国王様に」

「勿論ですとも」

 鈴音の無茶な問い掛けに、神官長はまさかの即答だった。

「え、大丈夫ですか?」

「動かぬ証拠を連れて来た、と言います。襲われた御使い様その方を前に、言い逃れは出来ますまい」

「私と彼は?」

 自身と虎吉を示す鈴音へ、問題無いと神官長は頷く。

「お付の者と神の庭の珍しい動物でいけるでしょう」

「わぁ完璧。んー、きょうだい設定いらんかったな」

 半笑いの鈴音とキョトンとしている虹男を前に、神官長は神官を促し立ち上がる。

「正装に着替えて参りますので、暫しお待ちを」

 片手を胸に当てる挨拶をしてから、二人は退室した。


「ほんで?ホンマに悪い奴はあれか?神殿に関わっとる者か?」

 聞きながら大欠伸する虎吉の顎を擦り、鈴音は大きく頷く。

「国王が何考えてんのかはまだ謎やけど、魔剣に関してはもう、神官しか作り方知らんいうねんから、どっかの神殿がやってもうてるでしょ。サファイア様が神力引き上げてまう前なら聖剣も作れた筈やのに、わざわざ魔剣作っとるあたりが、嫌ぁな感じやんね」

「おかしいよな?魔人倒して来い、魔剣やるから、言われたら、いやいや聖剣くれや!てなるやろフツー」

「うん。せやから、魔剣を聖剣やて嘘ついてんちゃうかな?」

「そんなん無理やろー。見たらすぐ判るや……ああ!そうか、神に仕える者しか見えへん言うてたな!」

 黒目勝ちになった虎吉を可愛い可愛いと撫で回し、鈴音は幾度も頷く。

「何が目的かは置いといて。偽の聖剣を誰かに渡すやろ、けど、聖剣手に入れた、とか言いふらされたら困るから、口止めと、真面目な神官の前に持って行かんようにさせる理由が要るやん」

「そらそうやな、あの二人みたいなんに見つかったら、問答無用で浄化やな」

 神官長達が消えた扉を見ながら虎吉は笑う。

「でしょ?取り敢えず、どんな理由かは城に居る筈の魔剣使い本人に聞いてみよ」

 それがいい、と頷き合ったところで、二人が戻って来た。


「お待たせいたしました」

「それでは参りましょうか」

 青いマントを身に着けて来た神官長は、まるで近所へ散歩に行くような口調だ。

 当然鈴音は慌てる。

「あの、私らこんな格好やけどええんですか?あと、王様てそんな、今行って直ぐ会えるもんでしたっけ?」

 この世界ではそうなのだろうか、と困惑する鈴音に神官が微笑んだ。

「国王様と神官長様の地位はそれ程違わないので、大丈夫なんです。お二方の服装も問題ありません」

「そんな偉い人やったんや神官長様……」

 遠い目をする鈴音だが、神殿でしか怪我や病気が治せないのなら、確かに王様でも神官達には逆らえないな、と納得する。

「よし、ほな行きましょか。虹男、もっかい黒髪黒目になって?」

 鈴音の要請に応え、最初より随分短い時間で虹男は化けた。

 皆から拍手されご満悦の虹男と共に、虎吉を抱いた鈴音は神官長達の後に続く。


 城への近道なのか、来た時とは違う道を通っていると、神殿の裏にある畑とその一角にある井戸が目に入った。

 若い神官達が代わる代わる水を汲み上げ、大人しく順番を待つ人々の桶や瓶に注いでやっている。

「お水、無料配布ですか?」

 ふと尋ねた鈴音に、勿論だと神官は頷く。

「お祈りさして下さい言うた時も、お金取りませんでしたね?」

「それは当然、お祈りは皆さんと神の対話ですし……治療もそうですよ?神の御力のお陰なので、我々は何も。そりゃあ、寄付はありがたく頂戴しますが、我々にはあの畑がありますので。神殿は自給自足が基本です」

 どこか誇らしげな神官に、自然と笑みが零れる。

「まさに神官の鑑ですね」

 鈴音の言葉に照れたのか、顔を赤くした神官は、『いえいえ私など』と慌てて謙遜していた。



 神殿を出て、埃っぽい石造りの街を歩く事暫く。

 遠くに見えていた城が目の前に近付き、その大きさに鈴音はただ驚いた。

「ここ、入れるんですか?他所もんが?別の場所で、戦争するみたいに行進してる軍隊見ましたけど、それでも大丈夫ですか?」

「戦争だったら、もっとバタバタすると思いますので、恐らく大丈夫です」

 神官の言葉に頷いた神官長が続ける。

「もしも難癖つけられたら、御使い様に元のお姿に戻って頂いて強行突破しましょう」

 優しそうな顔をして意外と強引だな、そして気が合う、と鈴音が感心している内に、巨大な門の前までやって来た。

 神官が進み出て、声を張る。

「神官長様が国王様との面会を希望しておられます。お取り次ぎを!」

 その声を聞いてキビキビと動く門番達に、疲労の色は無い。

「街の入口の門番達とえらい違いやなぁ」

 呟きが聞こえた虎吉が頷く中、巨大な門が音を立てて開き、神官と神官長の間に挟まれるようにして、鈴音達は城の敷地内へ入った。

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