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第三百四十八話 アレのこと忘れてへん?

 ちょっと刺激が強過ぎただろうか、と鈴音が心配になる程エザルタートの顔色は悪い。

 北の大陸で出会った男性は、漆黒の手を見て鈴音をカーモスの使者だと思い込み喜んだものだが、エザルタートは違うようだ。

 もしかすると魔剣に使者などいない事を知っていて、人の身でこれ程の闇を操るこの女は何者だと驚いているのか。

 その辺を突付かれた時は、『神を憎む日々を送っていたら魔剣から御告げがあって力に目覚めた。私こそが魔剣自らが選んだ正当な使い手だ』とか何とか言って力技で押し切ろうと決めた。


 鈴音が厨二病設定を作り上げている事なぞ露知らず、どうにか震えが治まったエザルタートはヨロヨロと立ち上がる。

「自分から吹っ掛けた癖に見苦しくて悪いね」

 苦笑いしながらの謝罪。先程までとは声音も口調も少し変わったようだ。

 そんなエザルタートを見ながら漆黒の手を消し、鈴音は首を傾げる。

「それがホンマのあんた?」

「……ああ。ただ、自分自身でいるより他人になりきってる時間の方が長いから、あまりハッキリとこれが僕だとは言い切れないというか……。まあ色々混ざっているけど僕である事は確かだよ」

「ふーん。まあ話が通じるんやったらええわ。何にせよ、今ので私が魔剣の相方やて分かったやろ?いつ会わしてくれるん?あんたの仲間が揃うのは何日後?」

 待ち切れないという風に笑う鈴音へ、エザルタートは分かっているとばかり頷いてみせた。


「転移が使える者に迎えに行って貰っているから、そうそう日数は掛からないと思う。5日もあれば皆の前でお披露目出来る筈だ」

 転移の神術は特別な神術士しか使えないと聖騎士シンハから聞いていたので、鈴音も一行も魔剣信者の層の厚さに驚く。

「凄いな、転移の神術使えるんや。それでも5日掛かるんかぁ」

「流石に転移が使える神術士は1人しかいないからね。この大陸に居る人達には、なるべく自力で来て貰う事になってる」

「ふーん。ほな私らもそのぐらいに拠点に行ったらええの?」

「そうしようか。この後案内するよ。5日より早く準備が整った時は呼びに行くから、そっちの居場所も教えておいてくれるかい」

 横たわるペドラを揺り起こしつつのエザルタートに、鈴音は幾度か頷いた。

「ん、なるべく拠点に近い宿に泊まるわ」

「助かるよ。……おーい、起きないと置いてくよ?」

 ゆさゆさと揺すぶられ、漸くペドラの意識が戻る。

 状況が分からず怪訝な顔でキョロキョロと目を動かしてから、鈴音を見るや飛び起きて固まった。

「あはは、そない警戒せんでも。無事に魔剣の相方て認められたからもう何もしませんよー」

 視線で確かめるペドラにエザルタートが情けない笑みと共に頷いて、来た道を指す。

「この人達に拠点の場所を教えるから。さ、行こう」

 そう言ってエザルタートが背中を向け歩きだしたので、成る程攻撃される恐れはないのかと安心してペドラが続き、鈴音達もその後を追った。




 街に戻るやまたしても骸骨と茨木童子がエザルタートとペドラの足となり、屋根を走って一気に中心部まで移動する。

 指示された場所で路地へ降り、少し歩いた先に現れたのはまさかの施設だった。

「……うそーん。神殿やーん」

 街の真ん中に鎮座する由緒正しそうな建造物を見て鈴音はドン引きし、虹男は目をぱちくりとさせている。神界ではサファイアが苦笑いし、シオンはショックのあまり引っ繰り返った。

「驚いた?」

 楽しげに笑うエザルタートと心配そうなペドラへ、鈴音は乾いた笑いを返す。

「あはははは、そら驚くでしょ。敵の出城みたいなもんなんやし」

 皆が唖然とする中、茨木童子だけは納得の様子だ。

「無人の山寺なんかは野盗の住処になっとったし、そこまで不思議でもないっすよね」

「でもここフツーに稼働中の神殿みたいよ?」

「ほな和尚……神官もグルやいう事っすね」

「そういう事になるよねぇ」

 渋い顔をしながらエザルタートを見ると、悪い笑顔が返ってきた。


「この神殿は昼間しか開いてないから、神官は1人なんだ。そのたった1人が僕達と同類なんだよね」

「えぇー……。神官いう事は神に仕えてたんやろ?」

 鈴音の問い掛けにエザルタートは頷く。

「ちゃんと修行もして、大神殿に認められた本物の神官だよ?でも実際に神官として神殿で人々と触れ合うようになると、自分の無力さと神の無能さばかりが目につくようになったんだってさ」

「無能……?無慈悲はまだ分かるけど、無能?」

 これ程の世界を創り上げ、自然災害に関する御告げまでくれる神の一体どこが無能なのか、鈴音には全く理解出来ない。

 そんな鈴音の反応が意外だと言いたげな表情をしつつ、エザルタートは答える。

「ほら、病気治して下さいみたいな願いはさ、届かないでしょ。そういう人ほど熱心に祈るのに」

「ああ、はいはい。そないいうたら、ガンメル王国の首都で()うたグラーいうオッチャンも似たような感じやったわ。娘は病を押してまで毎日毎日祈っとったのに、あんな苦痛を与えて死なすとは何事や!滅べ!みたいな」

「神官もまさにそんな感じ。ふふ、グラーさんか、元気そうでよかった。まあ直ぐに会えるんだけど。彼の話を聞いて僕に会いに来たの?」

 一行を見やるエザルタートに鈴音が頷く。


「魔剣探し出すのに私らやと人数足らんからね。復活を目論んでる人らとなら協力出来るやろ思て」

「成る程。あんな凄い力持っててもどこにあるかは分からないんだね」

「弱過ぎなんよ、剣とか宝石形態ん時の魔力が。私がちょびっと力出すだけで掻き消えてまうから、どないも出来ひんねん」

 そう言いながら鈴音は微量の魔力を解放しようかと思ったが、通行人の数が増えてきたのでやめておいた。全員に腰を抜かされると厄介だ。

「強過ぎるのもそれはそれで問題なのか。あ、もしかして神やそれに連なる奴らがモタつくのもそういう事?」

 腕組みしたエザルタートの独り言じみた疑問に鈴音が笑った。

「多分そうや思うよ?魔剣がもうちょい強い力出しとったら、神や神託の巫女が先に見つけてたかもしらんね」

「危ない危ない。微弱な魔力を感知出来る神術士と探索者が仲間でよかったよ」

 微笑んだエザルタートが歩きだし、神殿の正門ではなく裏門へ回る。


「夜になって表が閉門したら、僕らはこっちから入って裏口の扉を叩く。この神殿には魔物の襲撃に備えた広い地下施設があるから、そこに集まる事にしたんだ」

 どうやら避難用の地下シェルターが魔剣信者達の集会所に使われているらしい。

「もう来てる人もおるんかな?」

「どうだろ、昨日の今日だしなぁ。居るかもしれないけど、増えるのは今夜以降じゃない?ま、宿に泊まる組も多いだろうし、そこまで大人数にはならないかな」

「そっか。あ、宿いうたら、この辺に私らみたいな大所帯が泊まれるトコある?」

 神殿を見ていた鈴音がはたと思い出して虎吉を撫でながら尋ねると、エザルタートはうーんと唸った。

「魔獣が泊まれて女性も安心な宿ってなるとー……、憩いの泉亭かな?あっちの通りの向こうにあるんだ。女将さん1人で切り盛りしてる小さい宿だけど、評判はいいよ。ただ、心から神を敬愛してるから、下手に貶すと叩き出されるみたい」

「お、ええ情報ありがとう。普段は神を敬うフツーの人のフリして生きてるから、叩き出される心配はないわ」

「ふふ、擬態は上手いみたいだね」

 一見爽やかな笑みを浮かべるエザルタートへ、鈴音も完璧な営業用スマイルで応える。

「お互いにね。ほなもしその宿が空いてなかって別んトコ泊まった場合、誰に言うといたらええ?」

「夜に裏口叩いて神官に伝言しといてくれればいいよ」

「分かった。そしたら一応5日後にまた、いう事で」

「うん。楽しみにしてる」

 にこやかに約束して会釈を交わし、エザルタートとペドラとはここで別れた。




 まずは寝床の確保だ、と通行人にも尋ねつつ探し訪れた宿は、聞いていた通り小ぢんまりとしている。

 入口が路地裏に面している為、紹介なしでここへ来る客は殆どいないだろう。

「こんな分かり難いトコにあってよう潰れへんよね」

「ホントに。でも見た目は綺麗だし問題はなさそう」

 月子のお許しも出たので、鈴音を先頭にゾロゾロと中へ入った。

「おはようございまーす」

 小さな受付で声を掛けると、いい匂いのする食堂からスラリとした中年女性が顔を見せる。女将らしい。

「はーい。ゴメンね、ちょっと待っててくれる?」

 片付けの最中だったらしく、両手の食器を見せて笑ってから厨房へ消えていった。

 そして直ぐに早足で戻ってくる。


「はい、おはようございます。お客さん?」

「そうなんです。今夜から5日の予定で泊めて欲しいんですけど」

「5日間ね、えーと、はいはい空いてるわ。1人部屋5つでいいかな?」

 予約表を確認した女将に鈴音は笑顔で頷いた。

「それでお願いします」

「食事はどうする?朝晩付けられるけど」

「んー、流石に5日となると外食も面倒臭いやんね?」

 振り向いた鈴音に皆が同意する。

「ほな食事付きでお願いします。因みにウチは契約者もごはん食べます」

「そうなの!?変わってるねー。まあいいや、そうなると全員で金貨1枚と銀貨3枚と銅貨50枚だね」

 無限袋から言われた通りの金額を出して支払い、それぞれに鍵を貰った。

「一応門限は11時だけど、狩った魔物が高く売れて飲み明かすから夜中2時3時になるかも、とかだったら先に言っといて?起きて開けたげるから」

 女将の気遣いに全員がキョトンとする。


「私ら探索者やて言いましたっけ」

 身分証の確認はされていないぞ、と首を傾げる鈴音を見て女将もキョトンとした。

「ウチの宿は探索者仲間しか知らないかと思って。違うの?」

「いえ、探索者ですけど」

「だよねー、ビックリした。まあ契約者連れってのが引っ掛かるっちゃ引っ掛かるけど、事を成すにもお金が要るし、特別おかしくはないよね」

 からからと笑う女将。

 もしやと思って鈴音は尋ねてみる。

「もしかして女将さんも探索者ですか」

「ああ、元、だけどね」

「やっぱり。せやから探索者がお客さんとして来るんですね」

「そーいう事。横の繋がり大事だよー?」

「よう覚えときます」

 笑いながら、元探索者なら招かれざる客が来ても楽に対応出来るわな、と女性ひとりでやっていける理由に納得した。


「ところで女将さん、この辺りいうかアズル全体でもええんですけど、甘い物食べられる店知りません?」

 鈴音の質問で月子が目を輝かせる。

「甘い物?んー、神殿の南側の通りに、貴族の使用人も買いに来るお菓子の店があるって聞いた事あるよ。ゴメンね詳しくなくて、私コッチなもんだから」

 酒をグイとやる仕草で申し訳無さそうに笑う女将に、鈴音はいやいやと手を振った。

「充分です、ありがとうございます。貴族御用達ならマズい筈ないし行ってみますね」

「今日行く?すぐ行ってみる?あ、まだ開いてないか」

 月子のはしゃぎっぷりに目を細めつつ、女将が『まずは部屋の場所覚えてね』と皆を2階へ案内する。

 キャッキャと纏わり付く月子を適当にあしらいながら各々(おのおの)部屋の番号を覚え、取り敢えず外に出る事にした。

「夕食は7時から10時の間だから。要らなくなったら早目に言ってねー」

 軽く手を挙げ厨房へ向かう女将に会釈して、一行は宿を後にする。



 どこに魔剣信者の耳があるか分からない為、内緒話ならココとばかり全員で屋根の上に移動しなるべく小さな輪になった。

「さて。お菓子も大事やけど、それより更に大切な事があります。なんでしょーぅかっ?」

 鈴音が出す問題に皆が首を傾げる。

「原石は昨日の内に磨きに出したもんね」

「魔剣の調査するから、神託の巫女の友人って事はナイショで、とも言ってあるし」

 月子と陽彦の答えで、骸骨と茨木童子は昨日の鈴音達の動きを知った。

「変な魔物も売れたよー?」

 虹男が言うと鈴音がハッとして茨木童子を見る。

「そうやねん、茨木が森で仕留めた何やっけ、まだら模様のヤツ。金貨10枚に化けたで」

「おお、ホンマっすか!結構ええ値段っすね」

 いやあヨカッタヨカッタ、と和んだ所で鈴音が慌てて手を振った。

「ちゃうちゃうちゃう、もっと大事な、ほれ!」

 じっと見られた虹男は困惑している。

「あんたホンマあれやな?サファイア様へのお土産の事しか頭にないな?」

「へへー、すっごい宝石になるって言ってたねー」

 妻が喜ぶ顔が浮かんでいるらしくデレデレだ。


「デレるな!目的!この世界に来た目的忘れとるがな!」

 鈴音にくわっと睨まれて、ぱちくりな虹男は右へ左へ首を傾げる。

「魔剣退治?」

「違う!」

「あ!巫女が会いたがってたんだっけ」

「違……わへんけどそれハルと黒花さんの目的やね」

「えー……?」

「あんた……前はキャンキャンキャンキャン吠えよったのに。忘れてるー忘れてるー言うて」

 そこまで言われて漸く思い出したらしい。

「あー!僕の欠片ー!」

「ええ、ええ、その通りですよ飛び散った創造神サマ」

 疲れた様子で頷く鈴音に、皆も『そういえばそうだった』と顔を見合わせている。


「ごめんねー?最近は強くなったから忘れてたよ」

「いや早よ完全体に戻らな世界安定せぇへんで?」

「そうだよねー、うっかりうっかり」

 照れ笑いして頭を掻く虹男を眺め、自世界の創造神がこんなだったらどうしよう、と地球組も骸骨も遠くを見た。

「ほんで?虹色玉の気配はどっちからするん?」

「えーとね……、こっち!」

 問われた虹男が真っ直ぐ南を指す。

「そっちね。南かな?パッと見た感じやと高い山も無いけど……」

 顎に手をやる鈴音に骸骨が首を振った。

「……そうやんね、シオン様がそんな楽さしてくれる訳がないやんね」

 山がないなら谷があるのかもしれない。

「お菓子手に入れた後で様子見に行ってみよか」

「うん!日帰り出来そうならそのまま行くのもアリだし」

 お菓子と聞いてキラキラの月子がポンと手を叩き、皆もそれでいいと頷く。

「ほなまずは、お菓子屋さんが何時に開くんか聞きに行こ」

「おー!」

 元気に拳を突き上げ、うっかりすると鈴音を追い越しそうな勢いの月子に引っ張られつつ、一行は有名菓子店を目指し屋根の上を走り出した。

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