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第三百四十三話 お嬢様から情報を得よう

 セゴーニャが落ち着くのを待ち、化粧直しと着替えをしておいで、とローサ共々送り出して待つ事暫し。

 シンプルなドレスに着替えて戻ってきたローサは、きちんとした“お嬢様”になっていた。後から入ってきたセゴーニャと、着替えを担当したらしい侍女の顔がとても誇らしげだ。


「大変お待たせ致しました。フロレスタ侯爵エスターミ・ハイースが長女、ローサにございます」

 両手を胸に当て深く膝を折り頭を垂れたローサとセゴーニャへ、微笑んで立ち上がった鈴音はソファを勧める。

「はい、ご丁寧にありがとうございます。神託の巫女の友人の鈴音です。さ、座って座って」

「恐れ入ります」

 今一度軽く膝を折り、ローサは鈴音の向かいに腰を下ろした。侍女の如く横に立とうとするセゴーニャもローサと鈴音が声を掛け座らせる。


 同世代女子の優雅な所作を見て唸る月子。

「んー、洗練されてる」

「そらコウシャク家のお嬢様と子爵家のお嬢様やし。……あ、因みにここの家は上から数えた方が早い偉さやんね?」

 今更だがセゴーニャに尋ねると、胸を張って頷かれた。

「五大侯爵家筆頭。二大公爵家に次ぐお家柄です」

 この説明で漸くコウシャクが侯爵だと判明する。

「あははー……、雲の上の更に上やったね」

「ホントだね。まあ子爵令嬢とだって普通は喋れないけど」

 遠い目になる鈴音と月子に、ローサもセゴーニャも驚いて否定した。

「何を仰るのです」

「神託の巫女のご友人ともあろうご立派な方々が」

「ふふふー、そうですよねーありがたい事ですねー」

 ここで『凄いのは肩書きだけで中身は大した事ないんですよ』等と否定すれば、神託の巫女には人を見る目が無いと言ったも同然になるので、内心冷や汗を掻きつつ曖昧な笑みで誤魔化しておく。

 そんな鈴音を見ながらローサは居住まいを正した。


「先程はお見苦しい姿をご覧に入れました事、誠に申し訳ございません。セゴーニャから皆様の目指す所について伺いました。宝石商への紹介状は(わたくし)が書かせて頂きます。他に、(わたくし)でお役に立てる事はございますか?」

 凛々しい表情のローサに、『歳下や思われへん』と鈴音は舌を巻く。

「えーと、ほんなら情報の確認をさして下さい。ローサさんに魔剣の事を教えたんは誰ですか」

 心の傷を抉りたくはないが、大切な事なので敢えてはっきりと尋ねた。

「ネヴォア辺境伯令嬢キエット様にございます」

 既に思考を整理し腹を括っていたらしいローサは淀みなく答える。

 セゴーニャから聞いていた通りだなと鈴音が頷く中、ローサは続けた。

「殿下との婚約が破談となった(わたくし)を憐れんで当家へお運び下さった、という事になっておりますが、流石は辺境伯御令嬢。(わたくし)が絶望しているまことの理由にお気付きでした」

 こんな身分の高いお嬢様でもそんな目に遭うのか、と考えてから鈴音は眉根を寄せて瞬きをする。

「殿下?」

「はい。我らがフェリース王国第一王子エスフォルソ殿下にございます」

 第一王子、とオウム返しした鈴音へローサはあっさりと頷いた。


「二大公爵家には御令息しかおられませんので、(わたくし)が選ばれました。帝国を打倒し王国の誇りを取り戻す為には最良の選択でしたのに。それに気付いたのでしょう、帝国が第八皇女をエスフォルソ殿下へ嫁がせると言い出したのです」

 何やらサラッと爆弾発言があった気がするものの、確かめるのは怖いので鈴音は黙っておく。

「皇女など娶っては密かに共闘を誓った周辺諸国へ誤解を与えます。ですから我が父を含む家臣達は今こそ立ち上がる時、と陛下へ申し上げたそうなのですが……」

「王様は帝国のお姫様を貰う事にした?」

「はい。それならば人質にすればよいと思われるかもしれませんが、皇帝は以前その作戦を実行した国を滅ぼしています。人質となった第三皇女諸共に」

 つまり『人質ゲットする為だから』という言い訳は通用せず、水面下で同盟を結んだ国々に裏切り者認定されてしまうらしい。

「王様には何かお考えが?」

「無いでしょう。温厚で争いを好まない、といえば聞こえはよろしいですが、臆病者という言葉の方が似合う御方です。余の代で国を終わらせるわけにはいかない、が口癖でいらっしゃるそうですよ。あの帝国がいつまでも自治など認める筈もございませんのに、愚かな事です」

 魔剣信者について聞こうと思ったら次々と予想外の爆弾が飛んできて、鈴音も一行も微妙な表情だ。


「あー……、それで、辺境伯令嬢は何て……?」

 鈴音の控えめな問い掛けにローサはハッと口元を押さえた。

「申し訳ございません。今申し上げました通り、このままでは王国が滅び民も虐げられてしまうと絶望しておりました所、キエット様が魔剣カーモスの力を使えばよいと教えて下さったのです」

 ローサによれば、国を守れず憔悴している辺境伯の姿に心を痛めていたキエットが、出入りの宝石商からカーモス教団への勧誘を受けたのだそうな。

 神への不満云々に興味は無かったが、神を倒せる程の力には興味を持った。それがあれば帝国に勝てる。

 だから魔剣を手に入れる為に信者となったふりをして、宝石商より情報を得ていたらしい。

「そんな折、殿下が(わたくし)ではなく皇女を娶る事になったとお聞きになり、もしかしたらと当家へお越しになって下さったのです」

 話を聞いたローサはキエットと意気投合。

 お互い彼女らが神力と呼ぶ力は豊富にあるし、身分も高いので教団としても利用価値がある。

 魔剣の依り代として選ばれる可能性は大いにあるだろうという事で、教団側に怪しまれぬよう狂信的な態度を装うと決めた。


「ただ、少々力が入り過ぎてしまったようで、(わたくし)もキエット様も療養させられる事となってしまいました。これでは魔剣が手に入らないと焦り、宝石商に移動中の馬車から(わたくし)を攫って欲しいと頼んだのです。了承した宝石商はエザルタートのもとで匿うと申しておりましたが、残念ながら居場所までは聞き及んでおりません」

「教団側も強力な神力の持ち主は手元に置いときたいから、言われた通り襲撃したと。そのまま代表者んトコ連れてく筈やったけど、私らが邪魔したいう事かぁ」

 頷く鈴音へローサが恥ずかしそうな、困ったような顔を向ける。

「何としても魔剣の力を手に入れて帝国を打倒したかったのです。まさか、魔剣が使用者を完全に乗っ取るとは思っても見ませんでした」

「皇帝よりよっぽど危ない存在になるトコでしたね。止めてくれたお友達に感謝や」

「はい。セゴーニャはずっと、神がお認めにならない力がまともなものである筈がない、と教えてくれていたのに……ごめんなさいね、心配を掛けました。見捨てずにいてくれてありがとう」

 微笑みながら礼を言うローサへセゴーニャは何度も首を振る。

「とんでもない事でございます。嫁ぎ先も無い貧乏貴族と馬鹿にされ独りで居る(わたくし)へ、温かな手を差し伸べて下さったのはお嬢様だけ。お嬢様こそが(わたくし)を見捨てずにいて下さったのです。あの日から、何が何でもおそばに侍ろうと学業に励みました。(わたくし)の全てはお嬢様の為にございます」

「まあ……、何てこと。そんなあなたに(わたくし)は、名前を利用しているなどと……」

「あれは(わたくし)を遠ざける為の方便だと理解しております。お気になさらないで下さい」

 何と眩しい主従関係、と目を瞬かせながら鈴音は割り込んだ。


「それでその宝石商いうんはどんな奴なんですかね?」

 我に返ったローサが口元に手をやり、少し難しい顔をする。

「魔剣カーモスを崇めているというより、神を憎んでいるという風なのです。こんな世界を許容するなど許し難い、と顔を歪めておりました」

 さっきローサがシオンを貶した言葉は宝石商の受け売りだったか、と小さく笑いつつ鈴音は顎に手をやった。

「宝石商いうたら平民の中では裕福で、あんまり世の中に不満は抱かへん人種や思うねんけどなぁ」

「あのオジサンみたいに、家族や恋人に何かあったのかな」

 月子が首を傾げ、鈴音は頷く。

「あるとしたらそっちっぽい。因みに、宝石商は若いですか中年ですかもっと上ですか」

「30代に差し掛かった頃かと」

「どのパターンも当て嵌まるお年頃。まあ()うてみたら分かるか」

 鈴音がそう言うと、大人しく座っていた虹男から不満の声が上がった。


「会うって誰にー?情報収集だけだし直ぐ終わるって言ったよね?早くナントカって街に行こうよ」

「げ。そうやった」

 自身の一部である虹色玉より妻への贈り物で頭がいっぱいな虹男だ、これ以上待たせれば勝手に動き回るかもしれない。

「ほんならまずはアズルに行って、それから帝都にある宝石商の店に行く事にしよか」

 その提案で虹男の機嫌は良くなったが、令嬢2人は微妙な顔をしている。

「こちらからですと、アズルへ向かう途中で帝都を通りますが……」

 セゴーニャがおずおずと教えてくれた。

「え、そうなん?」

 驚く鈴音の為にローサの指示で地図が用意され、現在地を見れば確かにアズルへの進路上に帝都がある。

 だったらそのまま帝都に寄りたい所だが、そんな事をしたら虹男がヘソを曲げて大騒ぎするだろう。

 鈴音と虎吉だけ別行動するのはどうかと考えるも、治安の良し悪しも分からない街に虹男達だけで行かせるのは非常に不安だ。ならず者がうろつくような街だった場合、骸骨への負担が大き過ぎて申し訳無い。

 さてどうしようかと唸っていると、茨木童子が手を挙げた。


「俺が宝石商に話聞いとくっす」

「え」

「神が嫌いで魔剣に暴れて欲しい思てるて信じさして、代表者がどこに居てるんか聞き出したらええんすよね?」

 近所のスーパーで牛乳買って来たらいいんでしょ、位のノリで言う茨木童子に鈴音は目をぱちくりとさせる。

「全く以てその通りやけど、出来る?」

「ははは!(あね)さん程やないけど演技は得意やし、実際昔は神も仏もない思てたし、俺が適任や思うっすよ?」

 悪ガキのような笑みを見せる茨木童子に、鈴音はポンと膝を叩いた。

 言われてみればオバチャンになり切る演技力の持ち主で、酒呑童子を失った怒りと悲しみは本物。

 これ以上ない適任である。

「ほな茨木に頼むわ。細かい打ち合わせは移動しながらしよか」

「うっす」

 胸を張って頷く茨木童子からローサへ視線を移し、鈴音は軽く頭を下げた。

「そういう訳なんで、紹介状には茨木童子の名前を書いて貰えますか」

「畏まりました。直ぐにご用意致します」

 ローサが隅に控えていた侍女に指示し紙とペンを用意させる。

 紙には、貿易商として東の島国からやってきた茨木童子というこの男は、信じた人物の裏切り行為により大切な兄を失い神と世界を恨んでいる、と記された。


「これだけでは信頼を得るのに時を要するかもしれませんので、こちらを一緒にお持ち下さい」

 そう言ってローサが紹介状に添えたのは、親指の爪程の青い宝石が嵌った指輪だ。

「あの宝石商から購入したものです。サフィルスはこの辺りでは取れませんから、とても貴重な宝石なのです。それを預けたとなりますと、(わたくし)が彼を深く信用したと思うでしょう」

「貴重……なんですかー……」

 自分達の持つ巨大原石の価値を想像して意識を飛ばしかけた鈴音だが、一瞬で我に返る。

「あ、絶対なくしたらアカンで?首から下げる袋でも拵えたろ」

「いいえ、それは宝石商に返しておいて下さい。そして伝言をお願い致します。『今回は失敗しましたが必ず抜け出してみせます。またお手伝いして頂かなければならないでしょうから、その資金として先にお支払いしておきます』と。これで更に信用を得られるのではないでしょうか」

 微笑むローサと指輪を見比べてから、茨木童子が鈴音へ視線をやった。

「持ってってええんすか」

「うん。魔剣の怖さを知ったお嬢様の覚悟や。絶対にいかがわしい教団を潰して欲しいて言うてはんねん。ちゃんと届けて伝言もしてよ?」

「うっす」

 大きく頷いた茨木童子は紹介状と指輪を懐に仕舞う。


「宝石商の名はペドラ。店の名もそのまま、ペドラ宝石店です。帝都の目抜き通りにありますので、迷う事はないかと」

「分かりました、ありがとうございます」

 ローサへ会釈して鈴音が立ち上がると、皆もそれに倣った。

「もし辺境伯のお嬢様から連絡があったら、魔剣は人の手に余るて教えたげて下さい」

「はい、必ずや」

 頷き合ってから鈴音が扉の方を見ると、侍女が音もなく開けてくれる。

 やっと職人の所へ行けるとウキウキの虹男を先頭に部屋を出て、侍女の案内で玄関へ向かった。

 外まで見送りに出てくれた2人を振り返ると、何やら見覚えのある目で鈴音を見ている。

 そして案の定。

「神よ、御慈悲に感謝致します」

 しっかりと鈴音を見つめてそう言った。


「いやいや。いやいやいやいや神違うよー?どないしましたか急にー?」

 顔を引き攣らせる鈴音へローサもセゴーニャも首を振る。

「光り輝く御姿に神力の溢れ出る剣。どれほど隠そうとなさっても、神の御力は隠し切れぬものなのですね」

「まさか女性に御姿を変えて降臨なさるなんて」

「ちーがーうーよー!?畏れ多い畏れ多い!光る男前ならあっちにおるよ、彼の方がそれっぽいでしょ!?」

 巻き込むな、という表情の陽彦を見た2人は、顔を見合わせて微笑んだ。

「目眩ましですね」

「彼に目が向くようにしているのですよね」

 ホッとした様子の陽彦と遠い目になる鈴音。


「神がお認めになっておられないのですから、誰にも申しません」

「神の御許へお呼び頂けるその日まで、この胸に秘める事を誓います」

 両手を胸に当て深く膝を折る2人を眺め、思い込みの激しい子達だなあと鈴音は半笑いだ。

 骸骨など声が出ないのをいい事に、思い切り肩を揺らして大笑いである。

「どうか、これ以上愚かなる考えが広がりませんよう、教団と魔剣を浄化して下さいませ」

 真剣なローサの目を見た鈴音は笑いを引っ込め、トホホ等と言い出しそうな困り顔で頷いた。

「頑張るわ」



 そうしてお嬢様2人に別れを告げ、酒場でお祭り騒ぎ中の村を駆け抜ける。

 途中の森で少し遅い昼食の肉野菜炒めを食べつつ茨木童子と打ち合わせをし、まずは帝都へと急いだ。

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