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第三百四十話 どっちのコウシャク?

 馬車へ近付いた鈴音は中を覗く。

 開けられた扉の向こうに見えたのは、猿轡をされた女性とその侍女らしき人物。

 外へ出ようと暴れる猿轡の女性を侍女が押しとどめている格好だ。

 そこへ詰め襟の神術士が割って入り、眠りの神術を使う。直ぐに女性は静かになった。


「どう見てもええトコの子なお嬢さんに猿轡してんで」

「唸っとったんはそのせいやってんな」

 特に声を潜めるでもなく鈴音と虎吉が言う。

 ギョッとして振り向く侍女を気にせず黒花が続けた。

「襲撃者共が彼女を同胞と呼んでいましたね」

「ねー。アイツらはあの女性を助けに来たいう事ですかね。仲間なんや、カーモス教団の関係者と」

 頷いた骸骨と共に鈴音が詰め襟のリーダー格を見やると、バツが悪そうに目を逸らされる。

 対して侍女は怒りに燃える目で鈴音を睨み付け、次いで詰め襟を睨んだ。

「何をしておいでですかコラジョーゾ様!お嬢様に不名誉な噂が立ってしまいます!」

 具体的な単語は使っていないがこれは、口を封じろ、殺せ、と言っているのだなと鈴音は遠い目になる。


「過激やなぁ、お貴族様のお付きは。けど状況よう見て喋らなアカンわ。勝てるならとうにやってるでしょ、この人らもプロ……専門家やねんから」

 呆れ気味な鈴音の声に、侍女は妙な土の山と項垂れる詰め襟達を見やり悔しげな顔をした。

「では、お金を払えば黙っていて頂けるのかしら」

「お金ねぇ……」

 契約者と魔獣を連れた得体の知れない女と会話出来る胆力は大したものだが、侮蔑の眼差しと皮肉めいた笑みは余計だなあと鈴音は溜息を吐く。

「取り敢えずお金には困ってへんから要らんわ。欲しいのはカーモス教団に関する情報。お貴族様やらこっちの、多分どっかの騎士団か何かに所属してた輩が、どないして信者と接触したんか気になるし」

「な……」

「コイツらとは多分会話にならへんから、聞くならそちらさんになるよね?」

 土で作ったドームを指す鈴音へ侍女は首を振った。

「お話する事など何もこざいません」

 その取り付く島もない態度に再度溜息を吐く鈴音。


「ほなしゃあないな。見たまんま、感じたまんまを報告するわ、神託の巫女に」

 そう言いながら身分証を出し、まさしくどこかのご隠居の印籠の如く神紋が見えるよう突き出す。

 馬車の中に居る侍女からは見難く『神託の巫女!?』と驚いているだけだが、世界でただ一人だけが使える紋をハッキリと目にした詰め襟達の動揺は、鈴音の想像を大幅に上回った。

「し、神紋……!!」

 コラジョーゾと呼ばれたリーダー格の悲鳴にも似た声が響くや、叫んだ本人を含む詰め襟全員が真っ青になり一斉に跪く。

「そ……そんな……」

 皆の様子から本物だと悟った侍女は、馬車の中でへたり込んだ。


「ひー、まだ何も言うてへんのに勝手に頭が高い控えおろう状態やん!」

「そら魔剣信者を(かぼ)とんねんから、巫女の関係者に会うんは怖いやろ」

「そっか、そら腰も抜かすか」

 猫の耳専用会話で納得した鈴音は、身分証を仕舞ってからコラジョーゾと侍女を見やる。


「こほん。あー、そのー、何?ちゃんと話してくれたら悪いようにはせぇへんから。あれやんね、そのお嬢様を療養先かどっかへ連れてく予定やったんよね?」

 うっかり『控えおろう!』させてしまった手前、私は只の平民でとも言えず、何でもない風を装って聞いた。

「は……、はい!」

 答えたのはこの中でお嬢様に次いで位が高いらしい侍女で、どうにかこうにか馬車を降り跪いて口を開く。

「仰る通り、侯爵家が所有する別邸へお連れする予定にこざいます。その……、お心を乱しておいでですので、暫しの休息をと」

 侍女から出た単語に鈴音の目が点になった。

「コウシャク家の馬車やったんかぁ……」

 日本語に翻訳されるとどっちのコウシャクなのか聞いただけでは分からないが、どちらにしろ偉いのだから問題はないなと半笑いになり頷く。

「ほな私らもその療養先へ一緒に行くから、そこで話聞かして貰える?実は私ら、例の教団潰す為に情報集めてんねん」

 鈴音が打ち明けると、侍女とコラジョーゾがハッと目を見開いて顔を見合わせ、深く頭を垂れた。

「お話し致します、どのような事でも!ですからどうか、どうかお嬢様だけは……!」

 魔剣信者も一緒くたに裁くと思ったようで、侍女も詰め襟達も地面に頭を擦りつけそうな勢いだ。


 そこへ、獲物を引き摺りながら茨木童子がご機嫌で帰ってくる。

(あね)さーん、やっぱり人ぐらいの大きさやったっすよー!」

 そう言って右手で首を掴み掲げて見せたのは、迷彩柄のような色をした人型の魔物。

「うわ、色は変だしデカいけどゴブリンっぽい!」

 こちらを見ないよう下がらせている筈の陽彦の声が聞こえ、鈴音はスナギツネ顔だ。

 まあ死体は隠したのだから問題無いかと判断した鈴音が口を開くより先に、詰め襟達から驚愕の声が上がる。

「し、“忍び寄る者”を単独で……!?」

「無傷……だと」

「剣を砕いていたのは見間違いではなかったか……」

 ご機嫌な茨木童子の声に反応して顔を上げた詰め襟達の様子から、あれは中々に強い魔物なのだなと鈴音一行は理解した。人型の魔物に対する忌避感は特にない。


 可哀相なのは侍女だ。

 魔物の死体は怖いし、その首を鷲掴みしている茨木童子も怖い。もしお嬢様まであんな目に遭わされたらどうしようと思うと恐ろし過ぎて声も出ない。

「あ、ごめん。大丈夫やから深呼吸しよか深呼吸。はい、鼻から大きく息吸うてー、口からゆっくり吐いてー」

 顔色を失って震えている侍女に気付いた鈴音が寄り添い、背中を擦ってやる。

 素直に従い深呼吸する侍女を見て、『やってもうた(あね)さんにシバかれる』という顔で固まる茨木童子。

 そんなタイミングで山から下りてきた陽彦が、『本物だスゲー』とゴブリン風の魔物を興味深げに見やり、退屈していたらしい虹男は黒花を撫でに行く。

「ねーさん代わるよ」

 迷わずやってきた月子が鈴音に声を掛け交代すると、そのあまりの美少女っぷりに侍女がまた呼吸を忘れ。


「うーん、混沌としてまいりました」

「ホンマやな。何にせよ早よ移動した方がええな」

 虎吉の言う通りだと頷いた鈴音は、茨木童子が仕留めてきた魔物に近付く。

「なんちゅうマダラ模様してんねん。森ん中やと見難いから“忍び寄る者”なんかな」

「そっすね。魔力もあんま無かったんで、見つけんのは苦労する思うっす」

 叱られずに済んだとホッとした茨木童子が答え、頷いた鈴音はコラジョーゾを見た。

「これ、治安維持隊か探索者組合に持ってったらお金になる?」

「はッ!治安維持隊から討伐協力費が支払われます!」

 主君に報告するかのようなコラジョーゾの態度を見て、茨木童子は自分が居ない間に何があったのかをおおよそ察する。

「よし、ほんなら一応持っていこかな」

 言うが早いか魔物を無限袋に収納する鈴音を見ていた詰め襟達は、『え、大食らいの……小袋?』とその小ささに驚いた。


「あ、忘れるとこやった。療養先に地下牢みたいな設備ってある?」

 無限袋をポケットへ仕舞いつつの質問に、コラジョーゾは真意を図りかね困惑するも頷く。

「ございます」

「コイツら全員入るかな?」

 鈴音が指差すと土のドームが割れて地面へ戻り、若干酸欠状態のベージュローブこと魔剣信者達が現れた。

「えーと、いちにぃさんしぃ……7人」

「問題ございません」

「治安維持隊に引き渡して、そこでコウシャク家の同胞を云々とか騒がれたら厄介やからね。暫く牢屋に()って貰お」

「おお……」

 侯爵家への配慮に感動したらしく、詰め襟達はまた頭を垂れ、復活した侍女は月子の横で涙目だ。


「おの、おのれ、我らを……」

「はいウルサイお黙り」

 いくらか酸欠から立ち直った魔剣信者が声を上げると、鈴音は面倒臭そうに魔力で作った猿轡をかませる。

「死体はどないする?3体あるけど、置いていくんはアカンよね色んな意味で」

「はい。もう暫く行きますと草原に出ますので、そこで埋めようかと存じます」

「了解。ほんなら運び易いように布で巻いて、荷車にでも載せよか」

「え……」

 どこにそんな物がと言おうとしたコラジョーゾ及び詰め襟達と侍女は、鈴音が何もない所から荷車を出し茨木童子が布に包んだ死体を積む様を見て、やはり骸骨へ『契約者すごい』という顔を向けていた。

「よっしゃ、完了。後はコイツらも別の荷車に乗して連れてこ。また空気足りんようになったらゴメンやで」

 ニタリと笑う鈴音に魔剣信者達は顔を引き攣らせたが、碌な抵抗も出来ぬまま大きな木箱に収容される。

 今度は小さな通気孔を幾つか開けてあるものの、そうと分かれば騒ぐのは必至なので黙っておいた。


「ほな荷車と死体の埋葬は私らが担当するから、そっちは先に行って?お屋敷にはこっそりサッと入れるようにしといてな」

 笑う鈴音に、そんな事はさせられないだの自分達の責任がどうだの言う詰め襟達を、『コウシャク家とカーモス教団に繋がりがある思われてもええんか』と脅して黙らせ先行させる。

 馬車が見えなくなってから、鈴音は虹男を振り向いた。

「ごめん、ちょっとだけ寄り道さして?」

「しょーがないなあ」

 早く妻サファイアへのお土産を手に入れたい虹男は口を尖らせたが、ごねても無駄だと分かっているのであっさり頷く。

「早く終わらせてナントカって街に行こうね?」

「うん。情報収集するだけやから直ぐ終わるよ」

 勿論鈴音も侯爵家なぞに長居する気は無いのだ。

 そうして、死体の載った荷車は鈴音が、魔剣信者達が入った木箱を積んだ荷車は茨木童子が引き、音と匂いを頼りに馬車を追った。




 途中の草原で鈴音が土の魔法で深く掘った穴に死体を入れ、しっかりと埋め戻してから再び馬車を追う。

 のどかな村の風景が見えてきたのは、太陽が西に幾らか傾いた頃だった。



「ありゃー、こらまた牧歌的な。どないしょ、のんびり荷車引いたままでは目立たず通るんは無理やなぁ」

「ええ、よそ者は確実に記憶されますね。何者かと正体を気にして、後をつけてくる者も現れるかもしれません」

 本来は群れという村と似た環境で暮らす黒花が同意する。

「ほな駆け抜けるしかないけど、箱の中身がヤバそうな気がします」

「確かに、急加速で怪我をしそうですね」

「やっぱり。んー……、取り敢えず私らだけなら問題無いかな?討伐依頼で村へ立ち寄って領主様にご挨拶しに行っただけ、とか誤魔化せません?」

「誤魔化せると思います」

 黒花が頷いてくれたので振り返って皆にも意見を求めると、全員が問題無しと回答。

 しかし根本的な問題が片付いていない、と陽彦が木箱を指差す。

「アレどうすんの?」

「うん、浮かして空を行って貰おかなー思う」

 しれっと訳の分からない事を言われ、陽彦のみならず全員キョトン顔だ。


「空を行く?」

「うん。こんな感じ」

 鈴音が言うと、荷車に固定する為の縄が消え、ゴトリと音を立てて木箱が宙に浮いた。

「は?」

 唖然とする陽彦をよそに、木箱はスイスイと空中を移動する。

「そんな力も持ってんのかよ」

「貰たばっかりやけどね。ほんで、これを私らのずっと上に浮かす事で影を誤魔化して、注目もこっちに集めとけばどないかなるんちゃうか思うねんけど」

「すげー遠くから見られたらバレるけど、契約者と魔獣の方が目立つから大丈夫かも?」

 骸骨と黒花と虎吉に目をやり言う陽彦に月子も頷いた。

「空を変な物が飛んでたとか言う人が出ても、きっと契約者が何かしてたんでしょ、で片付けて貰えそう」

 確かに、何もない所から縄や荷車が出てきても詰め襟達は特に疑問を持たず、契約者だと思っている骸骨を恐れていただけだ。

 軍人らしき彼らでああなのだから、純朴な村人はもっとあっさり騙されてくれるだろう。


「よし、ほんならこの作戦で行こ」

 皆が頷いたのを合図に鈴音は木箱をぐんぐん上昇させる。

「あんまり高いと寒いわ酸素薄いわで危ないかな」

「うん、この辺でいいんじゃない?もうそんな目立たないし」

 月子の言う通り、木箱はかなり小さく見えるようになっていた。

(あね)さん、荷車消し忘れてるっすよ」

「うわホンマや、ごめんごめん」

 鈴音が謝ると同時にフッと荷車が消える。

「これでバッチリ?変なトコ無いね?では、コウシャク様のお屋敷へ出発!」

「おー!」

 元気に応えた月子と共に鈴音が歩きだし、皆も続いた。

「このまま真ぁーっ直ぐやな」

 前を見ながら虎吉が言い黒花が頷く。

「はい。馬車の匂いだけでなく他の人物の匂いも残っているので、やはり物珍しさで村人が沿道に集まったのだと思います」

 村人達は侯爵家が別邸へ静養に訪れる時期を知っている筈だから、予定外に1台だけやってきた馬車はさぞかし目立ち興味を引いた事だろう。

 誰かご病気なのでは、程度の噂はされていそうだ。


「噂話ぐらいしか娯楽なさそうやもんなぁ」

「だったら絶対バレちゃ駄目だね、箱の中身」

 ぐっと拳を握って気合を入れる月子は、自分にも注目を集める方向で頑張ってくれるらしい。男性陣の目は釘付け確定だ。

 ならば、と後ろを振り向いた鈴音は陽彦を見やって微笑む。

「え」

 物凄く嫌そうな顔をした陽彦だったが、妹にばかり負担を掛けるのは良くないと思ったか渋々ながら頷いた。

 これで女性陣の目が空へ向く心配も無い。

 さあかかってこい、と心の中で吠える鈴音の視界で、放牧地の柵に寄り掛かっていた男性が、飛び上がる程驚いて村の中心部へ駆けて行くのが見えた。

「第一村人発見、と同時に全力で逃走」

「今頃わーわー言ってるよね、契約者だー!とか」

 月子に言われて思い浮かんだのは、嘘をつく子供というイソップ童話だ。


「狼少年みたいになってへんやろか」

「なってるよきっと。コウシャク家の馬車の次は契約者?あるわけないじゃんそんな事、って」

「ふふ、これはあれやね『そんなん来る訳……ホンマや』の流れやね」

 ケラケラと楽しげに笑う鈴音へ、狼少年とは何ぞやと骸骨が石板を出して尋ねる。

「ああ、子供に聞かせるお話しなんやけどね?昔々ある所に羊飼いの少年がいました……」

 そうして鈴音が骸骨へ聞かせる童話の中で、少年のもとへ本物の狼が来た辺りで虎吉の耳が後ろへ反った。

「あ、視線が集まり始めたね。虎ちゃんは背中向けとき?」

「おう」

 モソモソと動いた虎吉が鈴音の脇に顔を突っ込む。


「さて村人さん達はー……て、えっらい遠巻きやな」

 沿道ではなく家々の陰から届く視線に笑っていると、鈴音は骸骨に肩をガッチリ掴まれた。

「ん?どないしたん?」

 パカっと口を開けた骸骨が『結末は!?』と石板と共に迫る。

「あ、そうか、ええとこで途切れたんや。えーと……」

 まずはどっちのバージョンを喋ろうか、と考えながら口を開く鈴音。ワクワクしながら待つ骸骨。

 そんな、どこかコミカルなやり取りをしているふたりを見て村人達は『怖くないな?』と首を傾げ、ふと視線をずらす。

 すると、とても同じ人類とは思えないほど美しい男女が視界に飛び込んできた。

「んな、なんだあの子!?」

「どっかの姫様か!?」

「王子が、王子様が!」

「皇帝陛下の隠し子じゃない!?」

 狙い通りのお祭り騒ぎ。


 時折きょうだいが視線をやってファンサービスしてくれたお陰で、上空の異物には気付かれず侯爵家の屋敷へと続く道に入れた。

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