第三百三十三話 シオン様に質問しよう
大人組でしっかり夜遊びをした翌朝、この日も自由行動なので鈴音は宿屋の従業員に教わった魚屋へ。
虎吉がいたくお気に召した鮭のような川魚を購入し、虹男に付き合って貰って街の外に出る。
街道から離れた草原まで移動し、魔力で作ったバーベキューコンロの上へ風の魔法で切った肉と魚を載せ、シンプルに塩で味付けし焼いた。
「よし、冷めた。猫神様に届けに行こ」
「じゃあ僕は妻に会いに行くよ」
途中で神界へ戻るのはルール違反ではないので、虹男も一緒に白猫の縄張りへ行くらしい。
虎吉が通路を開き、仲良く潜った。
戻るなり女神サファイアのもとへすっ飛んで行った虹男は放置し、鈴音は神々へ会釈しながら白猫のそばへ向かう。
「猫神様、お肉とお魚お持ちしましたー」
無限袋から出した大皿を2つ、既にテーブルでスタンバイ済みの白猫の前に置いた。
「ゥるニャー」
とても嬉しそうに可愛く鳴いてくれたので、鈴音は笑顔のまま旅立つ。
「なんでやねん」
スパン、と虎吉のツッコみが頬へ決まり我に返った。
「ぶはッ!あぶ、危な!召された、ほぼ召された」
「毎度毎度毎度毎度世話の焼ける。まあ、神さんらもああなんやから、しゃあないっちゃしゃあないねんけども」
言われた鈴音が振り向けば、もこもこ雲の上は死屍累々。正確には瀕死なだけで生きてはいるのだが、見た目はサスペンス劇場のテーマ曲が流れそうな有様だ。
「イチャイチャしてる虹男とサファイア様以外全滅やな。流石は猫神様」
その流石な白猫は周りの様子なぞ気にも留めず、すっかり肉に夢中である。
「あ、そうや、シオン様に色々と聞きたい事が……て、この中から探すん大変やな!?」
うつ伏せの神も多い状況に愕然とする鈴音へ、虎吉が冷静に解決策を示す。
「冒険観とる間の猫神さんはあの辺に居る筈やから、その近くに倒れてへんか?」
虎吉の視線を辿った鈴音は成る程と頷いた。
「大型モニターが一番良う見える場所ね、ありがとう虎ちゃん」
笑顔で虎吉へ頬擦りしてから、神々を踏まないよう気を付けてシオンが居そうな辺りへ歩を進める。
「短めの金髪短めの金髪……」
カラフルな神々の頭から金髪を探し出し、長髪を省くと直ぐに見つかった。
「シオン様、シオン様ー?」
膝をついた鈴音が声を掛けるも、もこもこ雲に顔を埋める金髪の神は全く動く気配がない。
鈴音は許可もなく神に触れるような無礼者でも勇者でもないので、ここは虎吉に頼もうかと考えてはたと気付いた。
「それが目的か……!」
猫の耳専用の声量で呟いた鈴音を虎吉が怪訝な顔で見やる。
そこで自身の予想を鈴音が伝えると、呆れた虎吉は半眼になった。
「しょーもな」
「ホンマに気絶してたら申し訳ないから、ちょっと試してみよか」
「おう、何ぞええ作戦があるんか」
キラリと目を光らせた虎吉へ、鈴音は作戦と言う程のものでもない簡単なやり取りを伝える。
「分かった」
「ほないくよ」
そうして鈴音と虎吉は演技モードに突入。
「あれ?おかしいなお返事してくれはらへん。シオン様ちゃうんやろか」
「鈴音、こっちにも金髪の神さん倒れとるで」
「そうなん?あ、ホンマや。ほなそちらがシオン様かな?」
シオンよりは少し長い髪をした男神へ近付く鈴音。
「大丈夫ですかー?」
「アカンか?」
「うん。私が触ったら失礼やから、虎ちゃんちょっと耳の辺りツンツンしてみてくれる?」
「おう、かまへんで」
虎吉がそう答えた瞬間、背後で誰かが叫ぶ。
「何でそうなる!!やるならコッチだろう!!」
鈴音と虎吉が振り返れば、上体を起こし自身の顔を指しているシオンが見えた。
「あらシオン様、お目覚めですか」
「おう、神さんおはよう。声デカいで」
半笑いのふたりを見て、シオンは顔を指したまま固まり、一拍置いて再び倒れる。
「いやいやいや遅い遅いもう遅い」
「猫神さんに言いつけるで」
ふたりの呆れた声で渋々起き上がったシオンの顔には、『何故バレたんだ』と書いてあるようだった。
答えとしては、寝た振りして猫に構って貰おう作戦なぞ猫飼いなら誰でも大体一度はやっているから、なのだが、何でも出来る創造神が悩むのも偶にはいいだろうと鈴音は黙っておく。
「シオン様、お伺いしたい事があるんですが」
「虎吉がツンツンしてくれたら答えよう」
「あははー。よし、虹男に大陸吹っ飛ばしたら虹色玉だけ残るんちゃう?て言お。魔剣も消えて一石二鳥や」
「魔剣と一緒にあらゆるものが消えるじゃあないか!怖い事言わないでおくれ!?」
悪い顔の鈴音にシオンが両頬を押さえて怯えた。
「ほなふざけんと答えて下さい」
「割と本気だったんだけれど」
「あんなあ虹男ー?」
「あー!俺が悪かったよこの際何でも答えてあげよう!何が聞きたいんだい!?」
両手を広げて視界を遮りシオンが降参。
鈴音はほくそ笑み、よくやったとばかり虎吉がニヤリと口角を上げる。
「ありがとうございます。まずはダンジョンに居った巨大蛇なんですけど。あれが魔物や人を転移させる技持ってたんは、虹色玉を食べてたからで正解ですか?」
向かい合って座った鈴音の質問に、シオンはバツが悪そうな表情で頷いた。
「その通りだよ。キミ達がサフィルスの原石を見つけた部屋で瓦礫に紛れ込ませておいたんだけれど、まさか食べるとは」
青い宝石はサフィルスといういうのか、と脳内メモに記しつつ鈴音はダンジョンでの出来事を思い返す。
「階層違いの魔物に探索者が殺されるんは忍びないから、高い方の傷薬バンバン出して助けてくれはったんですね?」
「そうだね。己の力を過信して実力に見合わない場所へ行ったのならともかく、アレは完全に俺の失敗だからね。鈴音達が間に合ってよかったよ。そうでないと謎の奇跡を起こす羽目になる所だった」
「お役に立ててよかったです。ほな次に、ダンジョンに出た人殺しについてなんですけど」
鈴音が言うとシオンは渋い顔になった。
「手間を掛けたね」
「いえ、それはええんです悪党虐めるん好きなんで」
「冗談に聞こえないから恐ろしい」
震える真似をするシオンに鈴音は笑う。
「ここで『割と本気だったんですけど』て言うんが正解なんですかね?ふふ。で、あいつらかなりの探索者を犠牲にしてたにも拘らず、フツーにダンジョン入れてましたよね?」
「そうだね」
「あれやと、入口で身分証確認する意味無い思うんですよ」
確かになとシオンは頷く。
「監獄入ったら殺人犯の身分証は赤く光るやつに変わるそうですけど、そうなる前はやりたい放題ですよね?せっかく魔力があって魔法がある世界なんやから、物盗んだり人殺した時点で身分証に魔力が流れて対応した光が出るようになるとか、何せ即座に反映させる造りに出来ませんか?」
「ふむ」
「そしたらダンジョン出る時にも調べて、中で犯罪に手ぇ染めてへんか確認できますし。街で起きた犯罪も、現行犯以外を捕まえるんが楽になるかもしれませんね」
腕組みをしたシオンは幾度か頷きながら、深く考え込んでいる様子だ。
「まあ、世界の有り様が変わるから、そんな直ぐにホイッとやれるもんちゃうよね」
「せやな。自分の横に居るコイツは犯罪者ちゃうやろな?て心配なったり、俺は潔白やて証明したかったりで、検査所にアホみたいな行列が出来るわな」
鈴音と虎吉がコソコソ会話していると、おもむろにシオンが顔を上げる。
「良い考えだから直ぐに神託を降ろしてなるべく早く実行に移すよ」
「ええ!?」
「問題は、既に罰を受けた者とそうでない者に、どうやって差を付けるかだね」
それは確かにそうだがと慌てる鈴音には気付かず、目を伏せて唸るシオン。
「急に全く別の色にしてしまっては混乱が起きるだろうし、困ったな」
「ほな光の中に何かの印が出るようにしたらどないですか?赤く光るだけなら殺人犯、赤く光るけどその中に丸印が出たら元受刑者、みたいな」
「よしそれで行こう。そういった細工が出来るような道具を作るか、神官にその能力を授けるかは巫女達と相談するか」
「決断早ッ!」
実行されれば特に地下迷宮内での犯罪を減らすには効果抜群だと思われるが、虎吉の言う通り社会は暫く大混乱だなと鈴音は遠い目をする。
「まさか即断即決されるとは」
「まあ巫女さんらが急激な変化は止めよるやろ」
「そっか、まずはダンジョンだけにして様子見よとか言うてくれはるかな」
「おう、神さんよりは世の中が見えとる筈や」
「そうやんね」
神官も大勢居たしきっと大丈夫だと信じて、鈴音は次の質問へ移る事にした。
「治安が良うなりそうな所で、もうひとつ伺いたい事があるんですシオン様」
「うん、何だい?」
「カーモス教団の事です」
鈴音の口からその名が出た途端、シオンは無表情になる。
「怖い怖い怖い怖い」
虎吉の頭に鼻を埋め鈴音が震え上がると、瞬きしたシオンが苦笑いを浮かべた。
「ごめんよ、鈴音に怒っているわけじゃあないんだ」
「分かってますけど怖いです。怖いけど伺いますよ?あの集団の存在はご存知やったんですか」
返ってくるのは大きな溜息。
「何か文句を言っている者がいる事は知っていたけれど、教団なんて名乗れる程に増えているとは知らなかったね」
ここ数年で勢力を拡大したとヴィンテル西神殿の神官が言っていたので、シオンは気付かなかったようだ。神託の巫女タハティも、まだそれ程の脅威でもないと考え自分の所で報告を止めていたのかもしれない。
「シオン様に見つからんよう、コソコソ活動してるみたいですもんね。みんな気の毒な理由を抱えてんのは分かりますけど、あんな性格の魔剣が神と崇められてるんはイラッとするんで、纏めてぶっ潰してええですか」
人の世の為ではなく『イラッとする』から潰すと言う鈴音に、シオンはキョトンとしてから大笑いだ。
「ハハハハハ!いいとも、魔剣も教団も潰しておくれ。ああ愉快だ」
「ありがとうございます。そこで是非とも魔剣が南の大陸のどこにあるか知りたいんですが」
すると、笑顔のまま固まったシオンがサッと目を逸らす。
「鈴音の言う通り、砂漠に落とした針のようなものでね」
「やっぱりそうやったんですか」
「一応、マール帝国領内だという事くらいは分かるんだけれども」
「帝国、て名乗るぐらいやから広いですよね?」
「そうだね。キミ達が今居るガンメル王国の国土の倍以上を誇るね」
観念して目を合わせたシオンへ頷き、鈴音は顎に手をやった。
ガンメル王国の大きさは覚えていないが、シオンの言い方からして帝国の支配地域は相当な広さだと思われる。その全域が捜索範囲らしい。
「たとえ日本みたいに小さい島国でも、剣一本探すとなったら途方も無い広さな訳やん」
「せやな。強い魔力出しとったら簡単やけども、人を乗っ取るまではそうでもないとなると、探し出すんはまず無理やな」
鈴音の独り言じみた呟きに虎吉が応える。
「ほなもしアメリカみたいな広さやったらもう不可能言うてええよね?」
「おう」
「となると捜索は今やってる人らに任して、私らは魔剣が人を乗っ取った時に備えるんが正解かな。まずは信者の前でアレの本性暴かな何も始まらへんし」
そう頷いてから鈴音はシオンを見た。
「すみませんシオン様。剣だか宝石だかの状態でアレを探し出すんは現実的やないんで、私らはその後の事を考えます。魔剣に乗っ取られる人には申し訳無いですけど」
「うん、それは仕方がないさ。それに、俺の世界の人々は虹男の世界の神官と違って、乗っ取られても化け物になったりはしないし心のあり方によっては元に戻れる。だから気にしなくていいよ」
「そうなんですか、ほな正気に戻す方向で考えなあきませんね。貴重な情報ありがとうございます」
笑顔で礼を言う鈴音にシオンは首を振る。
「ありがとうと言わなければならないのは俺だ。鈴音も虹男も魔剣とは何の関係も無いのに」
「いえいえそんな……」
「だから先に礼を渡しておこう。無くて不便そうだった念動力でどうかな?」
「へ?」
何の話だと目を見張る鈴音にシオンはハッとした。
「すまないね、足りなかったか。念動力と……飛行能力はどうだい?」
「いやいやいやいや念動力、念動力でええ……間違うた念動力がええです!」
慌てた鈴音が拳を握って訴えると、満面の笑みが返ってくる。
「よし、任せておくれ。……これで俺の力が猫ちゃんの力に……!」
「え?」
「ナンデモナイヨ!さあ手を繋ごう」
一気に胡散臭くなったシオンに首を傾げつつ、鈴音は差し出された手を握った。
「じゃあ受け取っておくれ」
そう言ってにっこり笑うシオンの手から、妙に張り切り気味の途轍もなく強い神力が送り込まれてくる。
今までの神々より多量の力を送っているのか、その場に縫い付けられたように動けない鈴音の周りを無数の星々や銀河が踊るように通過する、何とも奇妙で壮大な幻が見えた。
「はいおしまい。どうかな?何か動かしてごらんよ」
手を離し興味津々で言うシオンへ、全身に漲る力を感じ取りながら鈴音は恨みがましい目を向ける。
それと同時にもこもこ雲が幾つも千切れて宙に浮かび、シオンの顔目掛けて一斉に飛んで行った。
「うわ、ぷぷ。何だいどうしたんだい鈴音」
顔を覆うもこもこ雲を引っ剥がしながら問われ、鈴音は不満全開の顔で答える。
「念動力はありがとうございます。けど、えっっっらいパワーアップしてしもたんは何でですかね?」
「ナンノコトダイ?」
「手加減すんのに困るやないですか!小型犬の子犬のお手よりソッとした触り方なんか思い付かへん……!」
「うわ、ホンマか、そないにか。危ないから地獄で特訓してきたらどないや」
ドン引きの虎吉に頬擦りしてから頷き、鈴音は立ち上がろうとした。
すると何故か床が揺れ、危うく転びかける。
「うわわ、地震!?……なワケあらへんね。何事?」
首を傾げた鈴音の後ろから、苛立った声が上がった。
「ゥニャー!!」
「猫神様!?どないしはっ……」
最後まで聞かずとも理由は明白。
白猫が歩くたび、もこもこ床が揺れている。尻尾を叩き付ければ特大の揺れがきた。
鈴音は黙ってシオンを見る。
白猫も、いつの間にか復活していた神々もシオンを見る。
「おや?」
すっとぼけようとしたシオンだったが、白猫相手にそれは不可能だった。
もう殆ど瞬間移動な速さで目の前まで来られ、右前足でスパンと叩かれて姿を消す。
もこもこドームの壁に穴が空いているので、またしても縄張りの端っこまでぶっ飛ばされたようだ。いや、パワーアップしている分、ひょっとしたら犬神の縄張りまで行ったかもしれない。
「うわーそういう事かー、私に力を注いだら猫神様にも行くんや」
「知らんかったなあ」
イカ耳状態の白猫と壁の穴を見比べ唖然とする鈴音と虎吉。
「今まで力をくれはった神様方は常識の範囲内やったんやね」
「せやな。猫神さんの中で自然に馴染む程度やったんやろな。俺も気付かへんかったし」
「猫神様は地獄で特訓出来ひんの?」
「この状態で魂に触ったら消し飛ばしてまうんちゃうかー?大丈夫やて言い切られへんし、やめといた方がええ思うで」
罪人を消滅させてやる気なぞ無いので、白猫も首を振っている。
「ほなもうあれですね、責任持ってシオン様に相手して頂いて。力の抑え方が分かるまでサンドバッグになって貰いましょ。猫神様に殴られるなら本望な筈やし」
「せやな」
「ニャー」
白猫に遊びで叩かれるのは好きだが全力でぶん殴られるのは御免被りたい神々は、目を逸らしながら自業自得だと頷いた。
この後、鈴音は体感で3日ばかり地獄で特訓しどうにか力の制御に成功。
本人曰く『動画で観たハムスターのお手を思い出したお陰』だそうだ。
因みに鈴音が縄張りに戻った時点では、シオンはドームの外でまだまだ白猫にぶっ飛ばされていた。
悲鳴の語尾にハートマークが見えたので、多分大丈夫なのだろう。
白猫の機嫌も良さそうだったため危険は無いと判断し、サファイアの膝枕で寛いでいた虹男に声を掛け、虎吉が開けてくれた通路を潜る。
遠くから聞こえるやたらと嬉しそうなシオンの悲鳴に、自分もあんな感じなのだろうかと遠い目をしながら。




