第三百三十二話 戦利品報告会
その石はまだ人の心を惹きつける輝きを得ていないにも拘らず、周囲の空気を一変させる。
地下迷宮に溜まりやすい、穢れと呼ばれる人の負の感情の集合体が、桁違いに大きな宝石の匂いを嗅ぎ付けざわついているようだ。
「見て見て、いい感じのが取れたよ」
虹男は広い空間に蠢く欲望に気付いておらず、大きな石が取れた事で機嫌を良くしている。
「ごっつい音したから何事か思たわ。凄いやん」
「俺のオモチャにするにはちょっと大きいな」
一方の鈴音と虎吉は不穏な空気に気付いてはいるものの静観の構えだ。
これ幸いと穢れは石に絡み付こうとするが、虹男に近寄るだけで浄化され結局どうする事も出来ない。
異世界の創造神に近付いては消える欲望の醜さを眺め、鈴音も虎吉もやれやれと半笑いだ。
「で、これを磨くと綺麗になるの?」
愚かな穢れなど眼中に無い天然空気清浄機状態の虹男が首を傾げ、鈴音は顎へ手をやり悩む。
「多分そうやと思うねんけど、んーーー……素人にはちょっと難しいんちゃうかなぁ」
研磨には専用の道具が必要だし、宝石として輝かせる為には高度な職人技が必要だ。もし硬度が低い石だった場合、素人が下手に弄って傷でも付けてしまったら取り返しがつかない。
そう思いながら手に持ったままだった瓦礫を見つめ、青い部分と茶色い部分が分離するイメージを思い描いてみた。
「お、上手い事いった……けどツヤツヤにすんのはやっぱり無理やわ」
狙い通り手の中には小振りの青い石だけが残ったものの、虹男の物と同様にくすんでいる。
それを見た虹男は残念そうに口を尖らせた。
「磨いてくれる人を探さなきゃなのかー」
「うん。ヴィンテルは明後日には離れるし、南の大陸に渡ってから探す?探索者組合で聞いたら教えてくれそうやし」
「ん、そうする」
「了解。ほんなら折角やしこの原石もうちょっとゲットしてから帰ろ」
「じゃあもっと大きいのないか探そーっと」
今持っている石をフッとどこかへ消して張り切る虹男に、鈴音が目を丸くして慌てる。
「待って待って、あんまり大き過ぎてもあれやん、サファイア様が身に着けられへんやん」
「え?」
「磨いて貰たら小さなるとはいえ、今さっきのやつでも相当大きいで?首飾りならあれでギリギリちゃうかなぁ。あれより大きいともう王冠とか王笏とかに嵌めるしか使い道なさそう」
鈴音が胸元に拳を当てて石の大きさのイメージを伝えると、虹男も漸く理解したらしい。
「ホントだ。じゃあ同じぐらいかもう少し小さいのを探す事にするー」
納得して幾度か頷くと、また壁を掘り始めた。
「程々になー」
虹男へひと声掛けておき、鈴音はその辺に落ちている瓦礫の色を見ながら良さげな物を拾う。
何という名前の宝石なんだろうなと思いつつ母岩から原石だけを取り出して回収し、暫くしてからまた虹男に10階層まで穴を空けて貰い上へ戻った。
「いつまで拗ねてんねんな」
庶民向けレストランのテラス席でランチセットを待ちながら、むすーっとしている虹男へ鈴音は呆れ顔を向ける。
偉大なる創造神様が拗ねておられる理由は簡単、壁を掘って採掘作業をしていた自分ではなく、瓦礫拾いをしていた鈴音の方が本日最大の原石を発見したから、だ。
「僕が一番大きいの見つけたかったのにさー」
「気持ちは分かるけど、あんな大きいのやとそのまま装飾品には出来ひんから、切らなあかんで?切ったら耳飾りも首飾りも指輪も揃いで作れるやろけど、石自体は小さなるで?それやったら丸々ひとつドーンと首飾りの真ん中に使える石の方が、サファイア様は喜びはる思うけどなぁ」
ジュエリーのセットなぞ女神なら既にお気に入りを幾つも持っているだろう。
何せ虹男の妻サファイアもまた創造神だ。宝石くらい好きに作れるに違いない。だから今更それなりの大きさの石を使った物を貰っても、真新しい喜びは覚えないと思われる。
だったらもう可愛い夫がせっせと壁を掘って見つけてきた大きな石で、インパクト特大な首飾りを作った方がウケると鈴音は思うのだ。
「それにそのぐらいやないと、サファイア様の超絶美女オーラに負けて誰の目にも留まらへんよね多分」
鈴音の指摘に虹男がハッとする。
「夫がくれたのよとかサファイア様が自慢しようにも、『えっ?あーそうですかー綺麗デスネー』みたいな反応になりかねへんで、ちょっと大きい程度の石やったら」
「ダメ。えっ、すごーい!って言われなきゃダメ」
ブンブンと首を振る虹男に鈴音は頷いた。
「そうなると、虹男が見つけた石が最適な大きさやん?せやから悔しがる必要なんかないねん」
「そっかー、なぁんだ良かった。妻が喜んでくれればいいんだから、僕の勝ちだね」
「うんうん、虹男の勝ちやで。あ、ごはん来たわ。はい、お肉やで虎ちゃん」
「おう、美味そうやけどそろそろ魚も食いたなってったな」
テーブルの下で魔獣用の皿に盛られた肉を見ながら言う虎吉に、ご機嫌な虹男が笑う。
「次は港町なんでしょ?そこで食べればいいよ」
「せやな。新鮮な海の魚を楽しみにしよか」
「熊みたいな漁師さんとか居らへんかな」
楽しげに会話しながら肉とポテトとパンのセットを味わい、この後は探索者組合へ行って原石を宝石に変えてくれる職人について尋ねる事にした。
予定通り組合へ行った後ブラブラと街歩きをした鈴音達は、陽が傾き時計塔の鐘が5回鳴った所で宿へと戻ってきている。
夕食は6時からだが従業員の許可を得て食堂で寛いでいると、表から賑やかな声が聞こえてきた。
「もうちょっと買っとけばよかったかなあ」
「いや皿とか売るぐらいあるじゃんウチに」
「割れるかもしんないし」
「母さんそんなガンガン皿割るドジっ子キャラじゃねーし大丈夫だって」
大上きょうだいの会話からして、月子が食器類を購入したのだなと微笑みながら、鈴音は入口に姿を見せた彼らへ手を振る。
「あ、鈴ねーさん早かったね」
「まあね」
パッと顔を輝かせて食堂へやってくる月子も、後に続く陽彦も茨木童子も手ぶらだ。
恐らく最後尾からフヨフヨと飛んでくる骸骨が全て、ローブのポケットに仕舞っているのだろう。
「骸骨さん、茨木、ありがとうね。ほんで?狙てたもんは買えた?」
大人組に礼を告げてから、月子と陽彦を見やって尋ねる。
聞かれた月子は椅子に腰を下ろしながら目を輝かせた。
「買えた!すっごい可愛いバレッタとか、お皿とか。お皿はお母さんにお土産なんだけど」
月子の話に合わせて、骸骨がアクセサリーや皿をテーブルの上に出してくれる。
アクセサリーは小鳥や花がデザインされた木彫りの髪留めや、小花が連なる銀色のネックレスなど、しっかり者の月子らしく女子高生が身に着けていてもおかしくはない物ばかりだ。
皿も日本では見かけない花模様や幾何学模様が描かれた平皿で、母親の暁子が『異世界っぽい!』と喜びそうな品である。
「流石やん、ええセンスしてるわ」
「ふふふー、ありがとー」
鈴音と月子のやり取りにうんうんと頷きつつアクセサリーと皿を片付けた骸骨は、その流れでスルリと何かを出した。
「ん?これは何やろか」
テーブル上にある、指輪と腕輪が鎖で繋がったフィンガーブレスレットのような物を眺め、鈴音が首を傾げる。
くすんだ真鍮のような色合いの金属に細かな透かし彫りがされており、何というか、中二病患者の心が擽られそうな一品だ。
「アクセサリー」
キリッと超絶美形顔で言い切ったのは陽彦。
「何らかの魔法……えーと、神術?がかかってるとかはない?」
「ない。アクセサリーだし」
本当だろうかと鈴音が骸骨を見やれば、ちょっと待ってと手で合図してから石板にせっせと絵を描いていた。
「あっ、骸骨さんの裏切り者」
慌てる陽彦を尻目に、骸骨は鈴音へ石板を見せる。
「えーと?オーラ?バリア?飛んできた物を跳ね返すような……、ああ成る程、防御力アップの効果があるんかな?」
「うぐ」
手に取って確認する鈴音を、陽彦は渋い顔で眺める事しか出来ない。
「ふんふん、ええんちゃう?地球に戻っても効果が続くか分からへんし、もし続いとっても防御力アップなら問題無い思う」
「え、マジで?」
没収かと思っていた陽彦は目を丸くした。
「まあアカンかったら大嶽課長が何か言うてくるんちゃう?」
「そっか。じゃ持って帰るのは取り敢えずオッケーって事で?」
「うん、ええよ。攻撃力アップやったら止めたけど」
「それは流石に俺もやめとく」
鈴音や骸骨には及ばなくとも、陽彦も月子も人界に敵無しの強さを誇る。攻撃力アップの道具なぞ不要なのだ。
他に陽彦が買った“アクセサリー”は、魔除け効果やら運が良くなる効果やらが付与された物らしい。
教えてくれた骸骨に鈴音が礼を言っていると、何かを思い出したらしい陽彦がテーブルに立て掛けていた剣を突付く。
「そういえば!武器屋でこの剣の事すげー聞かれたんだけど」
「へぇ、そうなん?」
「見た事ない素材だとか切れ味がエグいとか言って、誰の作だか教えてくれとか言われた」
「知らん」
今度は鈴音がキリッと美女顔で言い切った。
「知らんのかい!……で合ってるよなツッコみ方」
「大丈夫だと思う」
コソコソ頷き合うきょうだいに笑い、鈴音は剣を見る。
「猫神様ファンの神様がくれはった魔剣やから、どこの誰が作ったんかは分からへんのよね。神様に伺うたら分かるやろけど、そこまでする必要はないやろ?」
「ないね。そっか、俺から見てもこの世界の武器屋から見ても、異世界の素材で出来た剣なのか」
「ま、飽きたら代わりはナンボでもあるから」
「あー、うん、悲鳴聞きたくねーからこの剣だけでいい」
素直な意見に皆が笑った所で、骸骨が鈴音は何を買ったのかと尋ねた。
頷いた鈴音は無限袋へ手を突っ込む。
「猫神様のお土産にお肉と、木製の食器類」
肉はやめておいて、出したのは組合に寄った後に見つけた店で買った皿やコップ。
「後は、金貨120枚もしたネックレス……」
キョロキョロと辺りを見回してから、深い青色の宝石が印象的なネックレスをそろりと出した。
「へ?せんにひゃくまんえん……?」
月子がポカンとした顔で言いながらネックレスを見つめ、皆もまた似たりよったりの状態に陥っている。
誰も来ない内にと素早くテーブル上の物を無限袋へ押し込んだ鈴音は、何故こんな高い買い物をする羽目になったのかを説明した。
「つまり神様が何も買わずに出たら失礼だって言ったから、ねーさんは勢いで買っちゃったってこと?」
「その通り。今は『これどないしたらええねん』て困ってるとこ」
溜息を吐く鈴音に月子は気の毒そうな目を向ける。
「お金持ちっていうより女王陛下とかが着けそうなネックレスだもんね。私達の生活とは無関係っていうか」
「そうやんな?コスプレの趣味でもあれば使い道もあったかもしらんけど、興味ないし。ハル、使う?」
鈴音の問い掛けに陽彦はあっさり首を振った。
「コスプレしねーし、女装もしねーから女物のアクセサリーは要らない」
「そうかー、うーん、やっぱり南の大陸で売る方向で考えとくんがええかな」
明後日にはまた大金持ちになるので換金しても意味はないのだが、この世界の誰かが身に着けるならその方がいいだろうと結論付け、皆もそれがいいと同意する。
話が一段落したのを見計らって、厨房から顔を出した従業員が夕食を用意してもいいかと尋ねてくれた。
「お願いしまーす」
皆で会釈して頼んだ後、そういえばと鈴音は小振りの青い原石を取り出す。
「大きい宝石探しにダンジョンの100階層に行ってきてんけどさ」
「わあ、これって宝石の原石?」
頷いて月子に渡し、100階層の例の部屋について皆へ報告した。
「……いう訳で原石は手に入るけど、宝石にするには職人さんの手がいるんよ。で、どないしたらええかなー、もうすぐ南の大陸に渡るねんけどー、て組合に聞きに行ってん」
鈴音の顔を見るなり職員は支部長を呼びに行き、すっ飛んで来た彼にカクカクシカジカと話す。
「そしたら私らの行き先、マール帝国のシューヴァ市のアズルの街にある組合に話通しとくから、そっちで聞いてくれ、て」
「丸投げっすか」
驚いた様子の茨木童子に鈴音はいやいやと手を振った。
「こっちの職人さんを紹介した所ですぐに全部の石仕上げるとか無理やから、向こうでじっくりやって貰ってねって事やねん」
「あー、そういう事っすか。姐さん蔑ろにしたんか思て殴り込むとこやったっすわ」
「あはは、分かって貰えてよかったよかった」
顔を見合わせ笑いながら、『危なかった』と鈴音も皆も小さく息を吐く。
「えー、そういうわけで今後の予定は、まず組合でお金受け取って、港町に移動して、飛竜なり船なり乗せて貰える交通手段探して、南の大陸で虹色玉と魔剣と探しながら、原石を磨いて貰うと」
「うわー、盛り沢山だねー」
指折り数えて虹男が言い、鈴音は幾度か頷いた。
「虹色玉はともかく魔剣探しがね、どのぐらい時間掛かるんか見当もつかへん。猫神様にお土産お届けする時にシオン様に伺うてはみるけど」
「うん、大体の位置だけでも分かるといいね」
月子の声に皆も頷き、カーモス教団なるものをどうにか出し抜きたいなと考える。
そこへ、従業員がワゴンに料理を載せてやってきた。
「あっ、虎ちゃん魚やで!」
「ホンマやな!」
「素晴らしい!」
何故か黒花も食いつく。どうやら彼女も肉以外が食べたくなっていたらしい。
「川魚なんですがクセがなくて美味しいんですぅ」
ニコニコ笑顔で配膳してくれる従業員に会釈して、全員で仲良く食べ始める。
肉厚の白身魚は鮭のような味わいで、骸骨と茨木童子が『酒……!』という雰囲気を醸し出していた。
どうやら今夜は、悪鬼も仲間に入れて宿を抜け出す事となりそうである。




