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第三百三十話 契約者とは

 いくつか酒を選んだマスターは、骸骨の水筒に何種類かを入れてカクテルにしている。味わいのある強い酒というリクエストに応える為だろう。

 対して鈴音用の木製コップには1種類が注がれた。


「どうぞ」

 そっとコースターの上に置かれたコップと水筒を手に取り、鈴音と骸骨は乾杯する。

 マスターにも軽く掲げ、『いただきます』と告げてから口に運んだ。

 鈴音に出されたのは、リクエスト通り甘味と酸味のある日本酒に似た酒だった。

「くぁー……美味しー」

 当然アルコールは感じないが、酒の持つ旨味で充分に美味しい。

 幸せな笑みを浮かべた鈴音が隣を見ると、骸骨が水筒を絞って勢いよく酒を喉へ飛ばしていた。

 マスターが、そのまま骨の間から流れ出てこないのを不思議そうに見ている。

 鈴音は酒の感想が聞きたくて見つめている。

 注目を浴びる骸骨は、たっぷり喉に注ぐと一旦水筒を戻してピタリと固まった。

 その後カタカタと震えてから再び喉へ酒を注ぎ、空になった水筒をマスターへ突き出す。

 驚いたマスターが、通訳してくれとばかり鈴音へ視線をやった。


「おかわり!言うてます。物凄く美味しかったみたいですよ」

 楽しげな鈴音の声に思い切り頷く骸骨を見て、目をぱちくりとさせたマスターは小さく笑う。

「ふふ、それはよかった。直ぐに作ろう」

 水筒を受け取り同じカクテルを作るマスターと、それをワクワクした様子で見守る骸骨。

 良い店に入ったなあと自画自賛し、鈴音もコップを傾けた。

「それにしても、変わった“契約者”だな」

 水筒をコースターへ置きながら言うマスターに、鈴音は首を傾げる。

「変わってますか?」

 何しろ本物の契約者とやらを見た事がないので、違いが分からない。

 ウキウキと水筒を手にした骸骨も、何がどう違うのだろうと興味津々の様子だ。

 ふたりの反応にマスターは小さく幾度か頷く。


「俺の店には結界が張ってあってね。邪なモノには見えないようになっている。だから本来、契約者は入れない筈なんだが……」

 普通に入ってきたよなあという顔で骸骨を見るマスター。

「あはは、骸骨さんは邪悪とかとは正反対な位置に居てますからねぇ」

 笑顔で言いつつ『結界、壊してへんよね?』と心の中で冷や汗を掻く鈴音。骸骨はひとつ頷いてから機嫌良く酒を飲む。

「ふぅむ。まあ百歩譲って、何らかの手違いでその姿になっただけだとすれば、契約者に対して結界が効果を発揮しないのは分かる」

「はい」

「ただ、お嬢さんに対して効果が無かったのは何故なのか、そこが分からない」

 マスターの主張に鈴音はキョトンとした。

「私そないに内面の黒さが滲み出て貰てます?」

「いや、見た目は至って普通のお嬢さんだが、不死者と契約を結ぶという事はつまり、命を捨ててでも成し遂げたい復讐なりがあるという事だろう?」

 そう聞いて鈴音が成る程と納得し、骸骨も幾度か頷く。

 契約者連れの事情は何となく察していたが、やはり第一候補に復讐があがるような深刻さだったか、と。


「えーと、私に殺したいほど憎い相手は居らへんし、骸骨さんも私の命に興味は無いですね。お互いが美味しい思たもんを教え合う、いう約束ならしてますけど」

 鈴音が自宅で酒や肴やおやつを出せば、骸骨は定期報告で自世界へ戻った際に色々とお土産を買ってくる。お互い珍しくて美味しいものが食べられて幸せ、という実に平和な約束だ。

「そんな契約は聞いた事もない」

 唖然とするマスターへ鈴音は尋ねる。

「他の契約者はあれですか、望みが叶った後に命を貰う、とか言うんですか?」

「ああ。契約した相手の魂を食えば更に強くなるらしい。そういう訳だから、不死者が居れば戦いが楽になるとは分かっていても、余程の事がない限り誰も契約なんかしない……と思っていたんだがなぁ」

 首を傾げたマスターは、他の客のおかわりを作ってからまた戻ってくる。


「例えば、私が寿命を迎えるまで一緒に(たたこ)うてくれ、とかいう願いで契約は出来ひんのですかね?」

 コップを傾けながら鈴音が疑問をぶつけると、マスターは首を振った。

「期限を切られると聞いた。契約期間は長くて数年。その間に復讐相手が見つからなかったり、望みが叶えられなかったりしても、期限が来たら強制的に魂を食われるそうだ」

「うーん、そんな甘ないんかぁ。伊達にいっぺん死んでませんね」

 同じ酒をおかわりし、骸骨と顔を見合わせる。

「しかも強い不死者ほど契約期間が短いらしい」

 マスターがさらりと続けた内容に鈴音は軽く驚き、顎へ手をやった。

「そらまた強気な。ああでも、目標が手の届く範囲にある人なら、長い期間は必要ないんか。もし、どっかの貴族やら王族を(ねろ)てたとしたら、欲しいのは時間より圧倒的な攻撃力ですもんね。城ごと吹っ飛ばせるような。それなら契約期間の長さより、短くても強い方を選ぶか」

 おかわりを受け取り、淡々と恐ろしい事を言う鈴音と、当たり前のように頷きながら、石板に幾つかの城や軍隊を吹き飛ばす絵を描く骸骨。

 やはり只のほのぼのコンビではないようだ、とマスターは小さく苦笑いする。


「それにしてもお詳しいですね、契約者について」

 誰ぞ身近な人物が不死者と契約していたのだろうな、と思いつつ微笑む鈴音へ、マスターは苦笑いのまま頷いた。

「昔、探索者だった頃にね。とある国まで同行させてくれと俺達の一行に途中で加わったのが、契約者連れの男で。彼から色々と教えて貰ったよ」

「その方の望みは叶いましたか」

 鈴音は失礼を承知で聞いてみる。

 するとマスターは曖昧な笑みを浮かべた。

「分からない。契約の解除は出来ないのかと尋ねたが、出来ないしするつもりもない、と言われて目的の国で別れた。その後どうなったのかは知らない。もう30年も前の話だ」

「そうですか……すみません」

「いや、気にしていないから大丈夫だ」

 マスターはそう言って小さく笑うが、嘘吐きだなあと鈴音は眉を下げる。


 気にしていないなら、契約者連れが入れないような結界など張らないだろうに。

 きっと、重い事情を抱えたその契約者連れが、とても良い人だったのだ。殺したいほど誰かを憎んでいるなんて感じさせない、優しい男だったに違い無い。だから契約の解除は出来ないのかと聞いたのだ。

 結局、復讐をやめさせる事も手伝う事も出来ず、只々死への一本道を行く彼を見送ったマスターは悲しくて虚しくて、もう二度とこんな思いはしたくないと思った。

 だから、彼のような人物と出会う事の無いよう結界を張ったのだろう。


「……行く方も残された方もどっちも辛いな」

 ポツリと呟いた鈴音に骸骨は大きく頷き、マスターは不思議そうに首を傾げた。


 その後、骸骨が満足するまで色々な酒を楽しみ、日付が変わる手前で店を出る。

「稼がせて貰った、ありがとう」

 見送るマスターへ鈴音は会釈した。

「こちらこそ、美味しいお酒が飲めて大満足です」

 思い切り頷く骸骨。

「ほな、おやすみなさい」

「ああおやすみ、気をつけて」

 軽く手を挙げたマスターへ手を振り、未だ賑わう街を少し歩いてから地面を蹴った。


「あのマスター、相当強い探索者やったよね」

 屋根を走る鈴音の声に骸骨も同意する。

 邪な心を持つモノの目を惑わせる結界なんて、かなり高度な術だと思うと石板に描いた。

「その高度な術に引っ掛からんかったから、私は清らかな心の持ち主いう事や」

 ふふん、と笑う鈴音を骸骨がじっと見る。じーっとじーっと見る。

「うぅ、分かってるよ、私らに結界なんか意味無いよね。無意識に壊さんかっただけ褒めて欲しいわ」

 遠い目をする結界クラッシャーに骸骨は肩を揺らした。


 やがて宿の隣へ到着すると、骸骨が飛んで行って指で窓を突付き、虎吉に中から押し開けて貰う。

「ただいまー」

「おう、おかえり。何もなかったで」

 窓を閉めながら小声でやり取りし、お留守番してくれた虎吉を撫でた。

 ツインルームなので骸骨もベッドへ転がったが、しっくりこないのか横になってみたり座ってみたりと落ち着かない。

 それを眺めて笑いつつ、鈴音はバーでの事を虎吉に話して聞かせた。

「契約者について結構詳しぃに教えて貰てな……」

 穏やかな鈴音の声を子守唄代わりに眠ろうと思った骸骨だが、やはりベッドでは体勢が決まらないらしい。

 最終的にひとり用ソファへ移動し、スッポリ収まって満足していた。




 翌朝。

 食堂でベーコンエッグにパンとスープの朝食を取ってから、昨日話し合った通り自由行動に入る。

「お金は骸骨さんにたっぷり渡してあるけど、買う物はよう考えてよ?日本の法律に違反する物は持って帰られへんからね?」

 鈴音の注意を聞いた陽彦がハッと目を見開いた。

「あぶねー、銃刀法違反になるトコだった。防具とか小物で良さげなもの探そ」

 どうやら剣を買うつもりだったらしい。

「アクセサリーとかも、あんまり大きい石が付いてたりすると出どころの説明に困るから気ぃつけて」

「うん、ガラスだって言える範囲にしとく」

 月子が素直に頷いて、鈴音はよしよしと微笑んだ。


「ほな骸骨さん、茨木も、ハルとツキと黒花さんをお願いね」

「うっす。変なんが絡んできたらフルボッコで」

 いやいやいや、と骸骨が両手を振り、茨木童子はきょとんとしている。

「あー、ごめん骸骨さん、まだその辺の教育は行き届いてへんねん」

 申し訳無さそうな鈴音に骸骨は胸を叩き、大きく頷いてみせた。

「ホンマすんません、全員をお願いしますー」

 何も起きませんようにと祈りながら骸骨に頭を下げて皆を見送り、鈴音は虹男を振り返る。

「ほな私らも行こか」

「うん。まずはどこ?」

「お肉屋さん。猫神様のお土産買うねん。その後はそっちに付き合うよ」

「やったー。僕も妻にお土産買いたいんだー」

「お、ええやんええやん。でも宝石とかは金額によるから要相談で」

 お金があれば物が買えると理解している虹男も、金額の大きさまでは今ひとつだと思われる。

 何を買うつもりだろうなと楽しみ半分不安半分で、虎吉を抱き直した鈴音は虹男と共に街へ向かった。




「宿の人に聞いた感じだと、この辺だと思うんだけど」

 店が開く前に着いてしまっては意味が無いからと人の歩行速度で道を行き、辺りを見回しているのは骸骨一行の月子だ。

 まずは彼女のリクエストである雑貨屋を目指しているのだが、ざっくりとした場所しか聞いていないので中々見つけられずにいる。

「うーん、鈴ねーさんみたいに行かないなぁ」

「あの人なんであんな簡単に異世界の道覚えられんだろ。パッと見殆ど変わんねーじゃん、景色とか」

 目印は時計塔くらいのもので、派手な看板等も無い石造りの街は確かに迷い易い。

「ホントに頭の中にナビ入ってそうだもんね」

 月子も陽彦に同意するが、黒花は首を傾げる。

「場所によって匂いも音も違う。鈴音様も目からの情報だけに頼ってはいないのだろう」

「え、そうなの?でもそれ凄い難しいよ?」

「異世界上級者スゲーな」

 そんな風に会話している内に、偶然雑貨屋の前に出た。

「月子、ここではないのか?」

「ホントだ!やったぁ、お邪魔しまーす」

 喜々として店内へ入る月子に続き、男達と骸骨がゾロゾロと入る。

 許可を取っていないので、黒花は入口で待つ事にした。


「ふむ、骸骨殿の姿が見えぬのだろうか。それとも勝てると思っているのか。不届きな輩というのは己の実力も分からぬ阿呆なのだな」

 ちょこんとお座りした黒花のつぶらな目が、道を挟んだ向こうの通りをうろつく怪しい男達を捉えている。

「さてどうしてくれよう。鈴音様は後をついてくるだけでは罪に問えぬと仰っていたが……もう暫く泳がせた方がいいのだろうか」

 男の数は3名。こちらを見ながら顔を寄せ、何やらヒソヒソとやっていた。

「うん?契約者が誰のものか分からない、あれが女から離れなければ無理、怪我をさせたら価値が下がる、……成る程狙いは月子か」

 店内から聞こえる『これ可愛い!』等という無邪気な声に、黒花は目を細める。

「ふふ、楽しそうだ」

 犬神の神使として真面目に取り組む月子を、黒花はとても好ましく思っていた。

 幼い頃から見守っているので、整い過ぎた容姿からくる苦労も知っている。

「異世界に居る間くらい、気楽に過ごして貰いたいものだ。よし、やはり蹴散らしておく事としよう」

 すっくと立ち上がった黒花は、真っ直ぐ男達を見据えて歩きだした。


「神は虎吉様を見ておいでだろうか。どうか、あなたがお創りになられたものへ牙を剥く罪をお赦し下さい」

 聞こえてはいないかもしれないと思いつつ祈った黒花の視界で、男達の周りに人には見えない靄のようなものが掛かる。

「おお!ありがたき幸せ!」

 それは男達を周囲の目から隠し、判断を狂わせる神の罠。

 ニィと牙を見せた黒花が、迷う事なく走り出す。


「お、おい!あれ!女が連れてる魔獣だ!」

「こっちに気付いたのか!?」

「チッ!逃げるぞ!」

 言葉通り逃げ出した男達は、見えない靄に沿って路地へ入った。

 この辺りは彼らにとっては庭とも呼べる慣れた場所。

 直ぐに逃げ切れる筈が、何故か間違った道、間違った道と選び続け、どんどんと追い詰められて行く。

「は!?」

「行き止まり!?」

「嘘だろ!?」

 愕然とした3人が泡を食って振り向けば、既に黒い獣が仁王立ちで道を塞いでいた。

「クソッ!やるしかねえ!」

「魔獣つっても小せぇ、勝てる!」

「よっしゃ行くぞコラ!」

 腰に差していた短剣を抜き、殺気を漲らせる男達。

「やれやれ、やはり阿呆だな」

 溜息を吐いた黒花は、その場を動く事もなく、ただ一声吠えた。

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