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第三百二十七話 厄日かも?

 安宿街には飲食店も多く建ち並び、地下迷宮帰りの探索者で混雑している。

 光の聖石の効果が続き割と豪快に光っている人も見かける為、陽彦が目立つ事もない。

 一行はなるべく清潔そうな宿を探して暫く歩き、路地を入った先にある建物に目を付けた。


「建物自体は古そうやけど、窓も綺麗やし入口前のスペースも掃除してあるこの感じ、当たりや思うねんけどどうよ」

「あ、酒類の提供は出来ませんって書いてあるよ、いいね。さりげなく花が飾ってあるのもいい」

 月子の同意を得た鈴音が振り返ると、皆は黙って頷く。

「ほな後は部屋の空き具合やね」

「ゴメン、やっぱ先に予約取っとけば良かった」

 自分の意見で宿の確保が後回しになった事を謝る陽彦に、鈴音や骸骨が首を振った。

「人助けしてて遅なった訳やし、魔物の買い取りに時間掛かるとも思わんかったし、しゃあないよ。このメンバーなら野宿でも問題無いしね」

 笑う鈴音と頷く骸骨。

 かなり気にしていたらしい陽彦は、ほんのりと笑って頭を下げた。


「ぃよし、そしたら8人……ちゃうわ5人と3体泊まれますかー、て聞きに入ろ」

「おー!」

 元気な月子に微笑んで、魔獣お断りでない事を祈りながら皆で宿へ入ると、いきなり受付横の食堂から野太い怒鳴り声が聞こえてくる。

「だから酒だ酒、酒持って来いっつってんだよ!」

「俺らは客だぞ?客の言う事が聞けねぇのか?お?」

「いえ、ですからウチではお酒はお出ししてないんですよぅ。外の飲み屋に行って下さいぃ」

 たちの悪い酔っ払いと、何とかお断りしようとしている気の弱そうな男性の声。

「テンプレ過ぎて仕込みを疑うレベル」

 そう陽彦が言えば、鈴音もうんざりした顔で頷く。

「新喜劇ちゃうねんからさぁ」

「何なら一発ゴンとやるっすけど」

 拳を握る茨木童子を鈴音は止めた。

「ちょっとだけ待ってな。……すみませーん」

 受付カウンターにあったベルを持って軽く鳴らし、従業員を呼ぶ。


「は、はいただいまー!」

「待てコラ酒だ!オイ!」

 予想通り、食堂の気弱な声の主が受付も担当しているらしい。地獄に仏とばかりすっ飛んで来た。

 しかし残念な事に酔漢もしっかり後を追って来る。

「ひゃー!」

 物凄く驚いてオロオロしている従業員へ営業用スマイルを向け、鈴音は受付業務をするよう促した。

「こんな時間にすんません、まだ空き部屋はありますか?ご覧の通り魔獣連れなんですが」

「えっ、えっ、はい、空いていますぅ」

「オイコラ邪魔だテメェら。空いてますーじゃねんだよ酒出せや」

「俺らを誰だと思ってんだ?あん?」

 従業員は怯えているが、鈴音達は『昔のコントか!!』と笑いを堪えるのに必死だ。

 唯一通常運転の虹男が不思議そうに首を傾げる。

「誰?僕は知らないなー」

 このひと言で陽彦が撃沈。誰かが笑い出すともう堪えるのは無理である。

「私も知らん!あっははははははは!!」

 腹を抱えて笑う一行を見て、酒で赤い酔漢達の顔が更に赤くなった。


「何笑ってやがる!!死にてぇのかテメェら!!」

「35階層まで到達してる俺らをナメるとはな」

 何だ探索者かとどうにか笑いを収めた鈴音が従業員を見やる。

「お客さんなんですか?お代は頂いてます?」

「いえ、まだですぅ。ご宿泊の前にお食事だと仰って、でもご注文を伺っても酒だの一点張りでぇ」

「なんや、お金払てへんのやったら客ちゃうやん。茨木、叩き出してええで」

「うっす!」

 爽やかな笑顔で頷いた茨木童子が前に立ち塞がると、酔漢達は舌打ちをして2人同時に動いた。

 片方が羽交い締めにして片方が殴ろうという魂胆らしい。


 彼らも、コンビで初心者向けではない地下迷宮の35階層まで行けるのだから、それなりの力はあるのだろう。

 ただ、酔っていては実力を発揮出来ないし、相手も悪過ぎる。

 黙って背後へ移動した茨木童子を見失い怪訝な顔をしていると、急に視界がぐるりと回って地面に叩き付けられた。

 揃って外へ投げ飛ばされたと気付くのに数秒。


「て、テメェらこんな真似してただで済むと……」

「そっちこそ探索者は廃業やなぁ。探索者による探索者殺しは重罪やで。未遂でもアカンやろ」

 骸骨を伴って外へ出た鈴音が冷たく見下ろしながら言うと、漸く契約者連れだと分かったか顔を引き攣らせた。

「探索者殺しなんてしてねぇだろ!」

「え?死にてぇのか言いながら襲ってきたやん」

「わ、私聞いてましたぁー!証言しますぅー!」

 従業員が目をギュッとつむって挙手しながら叫んでいる。探索者も相手にする宿に勤めているだけあって、ただの気弱な男性ではないようだ。

「ふふ、頼もしい味方も出来たわ。ほな組合行こか。あぁその前に」

 邪悪な微笑みを浮かべた鈴音は、目の前に魔力で作った黒い玉を浮かべ酔漢達に近付く。


「これは呪いや。アンタらがこの宿へおかしな事しようとしたり、誰かを傷つけようとした時に発動する呪い」

 低く冷たく酔漢達だけに聞こえるような声音で告げ、彼らの心臓辺りへ黒い玉をスッと入れた。

「な、なん、な」

「待て、そんっ……な」

「この呪い解ける人は神託の巫女ぐらいやから、そこらの神殿では何も出来ひんで。せやから、アンタらの心臓には常にこうして手が掛かってると思とき?妙な真似したら直ぐ、クシャッといくで」

 右手で何かを握り潰す仕草をした鈴音を見て、酔漢達は震え上がる。

 勿論今の所鈴音にそんな能力は無いので、ただの脅しだ。

「さ、組合行って悪事を洗いざらい白状しよか。どうせ他にも何ぞやらかしとるやろ?」

 言うが早いか魔力で作った縄を巻き付け、2人纏めて縛り上げた。


「私ちょっとこの小悪党ら運んでくるから、ツキとハルで宿泊の手続きしといてくれる?」

「分かった、任せて!」

「ん、了解」

 引き受けてくれたきょうだいに敬礼してから、お金を渡していないと気付く。

「骸骨さんこれお願い」

 言いながら無限袋を探り金貨10枚を出して骸骨へ渡した。

 恐る恐る受け取った骸骨は素早くローブの中へ仕舞い、キョロキョロと辺りを見回す。骸骨もまた庶民感覚の持ち主なので、大量の金貨は怖いのだ。

「ふふふ、気持ちは分かる。でも無限袋以外やと骸骨さんのローブが一番安全やし」

 そう笑って右手一本で酔漢達を持ち上げる鈴音に、分かっていると言うように骸骨が親指を立てる。

「ありがとう。ほな行ってきますー」

 両手が塞がっているので手を振る代わりに会釈して、騒ぐ酔漢達を連れ地面を蹴った。




 屋根の上を走って跳んだ鈴音は、探索者組合の手前の建物に辿り着く。

 酔漢達は訳の分からない猛スピードに恐怖し、もはや喚く気力も体力もないようだ。吐かなかっただけマシかもしれない。

 彼らの事など気にも留めず下を窺った鈴音は、表通りだけでなく路地にも人が行き交う様子に少しばかり悩む。

 しかし直ぐに、男2人を片手に持って歩けばどのみち目立つか、と開き直り屋根から飛び降りた。

 当然誰も居ないスペースを狙って降りたので、意外と注目されずに済む。

 但しそれも最初だけで、縛り上げた男2人を荷物のように片手で運ぶ女はやはり、人々の視線を集めた。

「まあね、そうなるよね。逆の立場やったら私も見るもん」

 小さく笑いながら素早く組合の入口を潜り、まだ何人か並んでいる買取り窓口ではなく、空いている探索者登録窓口の方へ向かう。


「すみません、『死にてぇのか』言うて襲てった探索者を捕まえたんですが、どこに突き出したらええですか?」

「しょ、少々お待ち下さい!」

 鈴音が声を掛けた職員は、昼間のやり取りや100階層制覇を知っている人物だった為、血相を変えて支部長を呼びに行った。


 直ぐに倉庫から走ってきた支部長が、今度は何だと言いたげな顔で酔漢達と鈴音を見比べる。

 そこで鈴音はここまでの経緯を掻い摘んで話した。


「……とまあ、典型的な小悪党なんですけど、笑えるんは私らが強いからで。一般の方があんな風に凄まれたり脅されたりしたら、タダで食事ぐらい提供してまうかもしれませんよね?」

「そうでしたか、それは宿の方に申し訳無い事をした。こんな輩をのさばらせていた我々の失態です」

 厳つい支部長の、『このクソ忙しい時に』という八つ当たりも込めた怒りの視線を突き刺され、酔漢達は縮こまって声もない。

「余罪もありそうですから、じっくりと追及する事にします。お手数をおかけしました」

「いえとんでもない。後はお願いします」

 彼らの身柄を支部長へ渡し、さて宿へ戻るかと踵を返した所で、入口から神官らしき男性が駆け込んできた。


「す、すみません、どなたかお手すきの方はいらっしゃいませんか!探索者らしき方々が揉めておられて……!」

 今日はそういう日なのかな、と諦めモードな支部長の顔を見て、彼や職員達を疲れさせた殆どの原因が自分達にあると理解している鈴音は、努めて明るく手を挙げる。

「はい!ちょうど手が空きました。喧嘩を止めに行ったらええですか?」

「え、はい、そうなのですが、争っているのは屈強な男性達なので、あなただけでは……」

 戸惑う神官へ、鈴音の後ろから支部長が声を掛けた。

「大丈夫、単独でも俺より強い上に魔獣連れです。恐らく一瞬で片が付く。助けて頂くといいでしょう」

「ええ!?わ、分かりました、ではこちらへお願いします!」

「はい」

 振り向いて支部長に会釈した鈴音は、駆け出した神官を追う。


 夜目にも鮮やかな白いローブの神官は、息を弾ませ西へ西へ。

 やはりどこの世界でも神に仕える者が走るというのは珍しいようで、表通りを行く間は先程の比ではない注目を浴びた。



 さて辿り着いたのは、立派な神殿が目と鼻の先にある大きな広場。

 野次馬が囲む中、男達が殴り合いの喧嘩をしている。

「あれですね」

「は、はい、神殿へ、向かう途中、に、遭遇、しまして、っ」

 両膝に手をついて荒い呼吸の合間に説明してくれる神官へ、無限袋から出した木製コップに水を注ぎ渡した。

「ほな止めるついでに事情も聞いてみますね。暴れるようなら少ーーーしだけ荒っぽい事になりますけど、お互い頑丈な探索者なんでお気になさらず」

 鈴音は笑顔なのだが、神官に薄っすら残る野生の勘が『もしかしたら頼む相手を間違えたかもしれない』と囁くような迫力があった。


「ちょーっとごめんなさいよー」

 野次馬の間を通って輪の最前列に出た鈴音は、殴り合う男と男、それぞれの後ろにいるパーティメンバー、と順に視線をやり、片方にだけ女性が居ると気付く。

 そしてその女性は、何ともバツが悪そうな顔をしていた。

「あー、たぶん女性絡みやんねコレ」

「せやろな。雄が雌の取り合いで喧嘩なるんはようあるこっちゃで」

 虎吉が言っているのは、動物の雄達による自身の子孫を残せるか否かの大勝負の事だが、鈴音が見る限りこの男達の場合は違う。

「取り合いいうか、『なに俺の女見とんねん』『あ?色目使たんはそっちの女やんけ』みたいな、しょーーーもない流れちゃうかなー」

「そら確かにしょうもないな」

 呆れる虎吉に頷きつつ、鈴音は両者の腕を肩から凍らせた。


「うおッ!?何だ!?凍った!?」

「クソッ!!動かねぇ!!」

「卑怯だぞ……」

「この卑怯モンが……」

 互いに相手側が神術を使ったと思い罵ろうとして、同じように凍っていたので目を丸くして黙る。

「はいはーい、犯人は私です」

 右手を振り振り鈴音が前へ進み出ると、男達から怒りがぶつけられた。

「何のマネだ!!関係ないだろ!!」

「女はすっこんでろ!!」

「神官さんから救援要請を受けましたので無関係ちゃいますねー。ほんで、すっこんでろ言うんやったらそれ自力で解けるんやんね?放っとくで?」

 営業用スマイルで鈴音が告げると、神官という単語に中々の威力があったらしく男達が若干怯んだ。

 おまけに氷の神術を自力で解けと言われ、彼らのパーティメンバーも慌てる。


「ちょっと、さっさと謝った方が!氷の神術なんて僕には解けませんよ!?」

「神術士としての格が違う。魔獣まで連れてるし相当ヤバいぞあの女」

 両陣営の神術士が声を掛け、腕を封じられた男達は渋々、嫌々、仕方無く鈴音に頭を下げた。

「神官様の依頼があったなんて知らなかったから、すまなかった」

「男の喧嘩に女が割り込むもんじゃねえと思ったんだよ、悪ぃな」

 潔さの欠片も無いなあと呆れつつ、鈴音は氷を消してやる。

「ほんで?何を揉めてたん?こんな神殿のそばで暴れられたら、真面目にお祈りしに来る人らが怖がって近寄られへんやん。めっちゃ迷惑やねん。因みに、理由言わんかったら縛り上げて支部長んトコ突き出すんでヨロシク」

 そう言って一度全員を縄で縛って見せてから、直ぐに消した。


 今のは何だ、何が起きた、と動揺するパーティを見やり、いつでもどうぞとばかり腰に手を当てて待つ鈴音。

 どうやらまともにやり合って勝てる相手ではない、と理解した男達は、互いをチラリと見た後、鈴音に向き直るや競うように口を開く。

「そもそもはこの男がウチの……」

「あっちの女が俺に……」

「喧しい!!」

 グイグイ迫り過ぎた結果、虎吉の一喝を受けた。

 どうやら予想通りの理由で揉めていたらしい、と尻餅をついた男達を眺め半笑いになった鈴音は、振り返って神官を呼ぶ。

「すみませーん、神官さん、罪の告白を聞いてやって貰えませんかー」

「は?罪?それはこの男が……」

「喧嘩吹っ掛けてきたのはコイツで……」

「はいすみません、ちょっとすみません、はい失礼、よいしょ。ふぅ。罪の告白ですね、どうぞ」

 野次馬の間を縫ってやって来た神官の柔らかな微笑みを見た途端、男達は黙り込んだ。

「私はどちらのお話も平等に聞きますので、安心して下さい。どうしました?何がありましたか?」

 柔らかな声音で問う、後光が射してきそうな神官を前に、男達は陥落。

 やはり女性メンバーと目が合ったの合わないので揉めたのだと、素直に告白した。

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