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第三百二十六話 魔剣カーモスの信者

 角を曲がった鈴音は、最初に検査所を通った時に見せて貰った地図を脳内で開き、安宿街への近道になっている路地を目指す。

 すると、曲がり角にいた追跡者も後を追ってきた。


「あれ、こっち?ハルとツキ狙いちゃういう事?」

「ホンマっすね。ほな金持ちに見える創造神様狙いっすか」

「あ、成る程そっちね」

 前を向いたまま小声で茨木童子と会話し、貴人誘拐でも企む組織が偵察しているのかもしれない、と頷き合う。

「ほなあっこ(あそこ)の路地に他の人が()らんかったら、何の御用?て聞いてみよか」

「そっすね」

「僕は?何かする?」

 自身を指差す虹男に鈴音は首を振った。

「貴族っぽく思わした方がええから、お供に見える私らに任して知らん顔しといてくれる?」

「ん、分かった」

 頷いた虹男に微笑んで、鈴音は細い路地へ入る。


 幸いにも店舗の裏側にあたるこの路地に人影はなく、追跡者を問い詰めるにはお誂え向きだ。

 だが他に人がいないという事は付き纏いが発覚し易い状況である為、追跡者は中々入ってこない。

 鈴音達が路地の中程を過ぎてから漸く追ってきた。

「茨木、路地抜ける直前でアイツの後ろに回って貰える?」

「うっす」

 ニヤリと笑った茨木童子は、指示された通り大き目の道へ出る手前で地面を蹴る。


 路地の真ん中を歩く追跡者は、目でしっかり捉えていた一行から突如1人減った事に驚き、思わず立ち止まった。

 すると後方から何かが落ちたような音が聞こえ、反射的に振り返ればそこに視界から消えた人物が立っている。

 慌てて視線を戻すと、残る2人もこちらを向いていた。

 逃げ場を失い焦る追跡者へ、前後から得体の知れない恐怖が迫る。


「こんばんはー?昼間もずっとついて来てはったけど、何の御用?」

 恐怖その1である鈴音が、虹男を後ろに庇いながら声を掛けた。

 恐怖その2である茨木童子は、逃げ道を塞ぐ役割をこなしつつ黙っている。

 身構えながら両者へ素早く視線を往復させた追跡者は、しらばっくれても無駄だと悟ったのか、苦々しげな顔で口を開いた。

「転移の神術を使うのは契約者ではなくお前の方だったのか」

 地下迷宮へ向かう際に一瞬で撒いた事や、今しがた茨木童子が後ろに現れた事を言っているらしい。

「さてどうでしょう。そんな事より目的は?場合によっては治安維持隊に突き出さなアカンし、早よ喋ってんか」

 見下したような表情の鈴音を睨み、追跡者は口を歪める。

「言うと思うか?」

「いやまあ別に言いたないんやったらええけど」

 呆れ顔の鈴音が溜息を吐くと同時に、追跡者の足が凍り始めた。


「ヒッ!?こ、氷の神術まで使うのか!こここ殺す気なのか!?」

「この状況であんな言い方したらどないなるかぐらい、小学生……子供でも想像つくよねぇ」

「ままま待て、言うから。お前の持っている大食らいの鞄……いや小袋か?あれを貰い受けるつもりだったのだ」

 膝上まで凍った追跡者が白状した目的に、鈴音も茨木童子も虹男までもが目を点にしている。虎吉だけは退屈そうな表情で大あくびだ。

「貰い受けるて、私が譲り渡さな成立せぇへんわけやけども。有り得へんやん絶対。そもそもこれ、私から離れたら後追い掛けて来るし」

 落としたら大変だからと、無限袋を作った長い黒髪の男神ウァンナーンが気遣いで付けてくれた機能である。

 勿論、“猫ちゃんへのお土産が入っているのに”落としたら大変、という意味だ。


 鈴音が自分専用の袋だと教えてやったにも拘らず、追跡者は何故か首を振る。

「どうにかして譲り渡すに決まっている。カーモス様のお役に立てるのだから」

「ちょっと何言うてるか分からへん。カーモス?」

 カーモスって誰だっけ、と脳内メモを捲り倒し、漸く思い出した。

「あ、魔剣か。様とか付けるから人や思て悩んだやんか紛らわしい」

「あー、はいはい。聖騎士が言うてたっすね」

 頷き合う鈴音と茨木童子を追跡者が睨み付ける。

「お前達、聖騎士と繋がりがあるのか。まさか創造神の手先じゃないだろうな」

「創造神様、な。口には気ぃつけな危ないで」

 話を聞き出す前にシオンに消されてはたまらない、と鈴音が注意するも、逆効果になったようだ。追跡者の顔に侮蔑の色が浮かんでいる。


「考える事を放棄した愚か者め。創造神の邪悪さにも気付かんとは」

「ちょ、アカンて、まだアンタには聞きたい事があんのに、何でそない死に急ぐんよ」

「聞きたい事があるならまだ殺さんのだろうに、死に急ぐとはどういう事だ」

 鈴音の矛盾した発言に怪訝な顔をした追跡者は、もしや後ろの男が創造神の狂信者かと視線をやった。

 しかし後ろの男こと茨木童子は憐れむような目をするばかりで、怒っている様子はない。

 おかしいなと首を傾げたその時、追跡者のすぐ横へ前触れもなく雷が落ちる。

「ヒィッ!?」

 足が凍っているせいで動けない追跡者は、頭を庇いながら暗くなった空を見上げた。


「ほーらぁー!怒ってはるやんかー!」

「何……ま、まさか……創造神が見ているのか?」

 顔を顰めて頭を掻く鈴音の態度で、追跡者にも伝わったらしい。恐怖に目を見開いている。

「今までこのような事は無かったのに、一体なぜ」

 そこまで呟いてから鈴音を見た。

「お前か、やはりお前は創造神の手先……」

「ああもう何でもええわ場所移すで、今の雷で人が来るかもしらん。取り敢えず屋根の上!」

「うっす!」

「はーい」

 返事をした茨木童子と虹男が屋根へ移り、鈴音は闇の手を出し追跡者を掴んでから氷を消して地面を蹴る。


 予想通り様子を見に来る人がパラパラと現れた路地を見下ろし、ホッと息を吐いた鈴音が視線をやると、小さな闇の手に口を塞がれている追跡者の表情が何やらおかしかった。

「うわあ何?あれって尊敬の眼差しちゃう?」

 言われて皆が確認すると、追跡者は憧れのスターにでも出会ったかのような目を鈴音に向けている。

「俺が兄貴見る時はこんな感じなんかなー、いう顔してるっすね」

「僕を見る神官達がこんな表情だよ」

 茨木童子と虹男の感想に鈴音は頭を抱えた。

「ほんの一瞬で何がどないしてこないなった」

 その答えを出してくれたのは虎吉だ。

「魔剣に様つけるようなヤツやねんから、闇の手なんか見たらお仲間や思うんちゃうか?」

「そういう事かー!面倒臭いなぁ。まあ何にせよ話は聞かなアカンし、骸骨さんらと合流してから街の外にでも出よか。はぁ」

 疲れた顔の鈴音は茨木童子に骸骨達を呼びに行って貰い、全員集合してから城壁を飛び越えて森へ入った。



 真っ暗な森の中、追跡者を皆で取り囲むように立ち、口を塞いでいた闇の手を消す。逃げられないよう身体を掴む大きな手はそのままだ。

「はい、ここなら叫んでも人は来ぇへんから、逃げようとか思わずにホンマの事を……」

「カーモス様の使者だったのか!だから創造神にも目を付けられて……!」

「うへぇ」

 狂信的な目を向けられ、鈴音は渋い顔をする。

「聖騎士に近付いて奴らの動向を探り、創造神の悪行から我らを守る為にあのような態度を取っていたのだな!気が回らず申し訳無い!」

 ツッコみどころ満載だが、勘違いさせておく方が都合が良さそうなので沈黙を守った。

「それにしてもカーモス様もお人が悪い。このような使者が居るなら教えて下さればいいものを」

 人じゃなくて魔剣でしょ、と心の中ではツッコんでおく。


「それで、私に何を聞きたいと?」

 叫ぶだけ叫んで少し落ち着いた追跡者が、相変わらず熱の篭った目で見つめながら鈴音に問う。

「どこに行ったらアンタらの代表に会える?」

 アンタらは何者だ、等と聞いたら魔剣の使者だと思って貰えなくなるので、鈴音は言葉を選んだ。

 どうにか怪しまれずに済んだようで、成る程成る程と頷く追跡者。

「つい最近ダールの拠点は引き払ってしまったものな。今はエテラ大陸へ渡りカーモス様に接触すべく動いている。新たな拠点はマール帝国のシューヴァ市にあるアズルという街に出来た」

「えーと?マールでシューバで?」

「マール帝国のシューヴァ市のアズルだ。地図を渡しておこう」

 皆が囲んでいるし大丈夫だろうと鈴音は闇の手を消し、追跡者の拘束を解く。

 自由になった追跡者は、サコッシュのような小型の鞄から紙切れを取り出した。


「私はこちらで活動を続けるから、今の所は必要ない。これを頼りに街へ赴き、是非ともエザルタートに会ってやって欲しい。彼も喜ぶだろう」

「エザ……、その人の名前も書き込んどいて」

 鈴音が無限袋から万年筆風のペンを取り出して渡すと、素直に地図へ代表者の名を書き込んでから『インクが勝手に!』と驚いている。

 ペンと地図を受け取った鈴音はふと、この男は何故シオンではなく魔剣を信じるのかと疑問を持った。

「なあ、アンタがカーモスに入れ込む理由は何?」

 鈴音の問い掛けで追跡者の目に暗い色が滲む。

「娘を亡くした。重い病だった。真面目なあの子は毎日のように神殿に通っていたのに。苦しくとも身体が動く内はと祈りを捧げる程、創造神を信じていたのに。最期は見ていられないくらい苦しんで、苦しんで苦しんで死んでいった」

「あー……、辛い事思い出さしてゴメン」

「構わない。この思いを忘れた日などないからな。娘にあんな苦痛を与えた神なぞ神ではない。滅ぶべきだ。カーモス様こそ偽りの神を滅ぼす為に生まれた剣。皆の希望があの御方を作り出したのだ」

 拳を握り暗い怒りを燃やす追跡者を、鈴音達は勿論、虹男も悲しげに見つめていた。


「因みに娘さんの名前は?あと、(かよ)てた神殿てどこにあるん?」

「娘はリーディという。よく笑う愛らしい子だった。通っていた神殿はこの街の西にある」

「そっか。リーディさん、苦しさから解放されてまた幸せな顔で笑てるとええね。ほな私らは用事が済んだら、えー、マール帝国に向かうけど、アンタはこの後どないすんの?」

 地図を仕舞いながら尋ねる鈴音へ、追跡者は胸を張って答える。

「勿論、カーモス様の為になる物を探す。人もな」

「んー、私らみたいなんに当たると下手したら死ぬから、あんまり無茶せん方がええよ?」

「ああ、今回はカーモス様の使者だから助かったが、1人は危険だと思い知った。今後は2人以上で動こうと思う」

 違うそうじゃない、と皆が思ったが口には出さなかった。


「あ、そうや。アンタの名前は?こっちで世話になったて代表に()うたら言うとくわ」

「おお!私はグラー。エザルタートには元気でやっていると伝えてくれ」

「分かった。ほんなら街に戻ろか。また壁越えるから怖かったら目ぇつむっといて」

 そう告げられるや即座に目を閉じたグラーへ、自分が運ぶと手振りで示しながら骸骨が近付く。

 お願いします、と拝んでから、鈴音は黒花へ犬の耳用の声量で話し掛けた。

「黒花さん、彼の匂い覚えといて貰えますか。虎ちゃんでも大丈夫や思うけど念の為」

「お任せ下さい」

「ありがとうございます」

 尻尾を振って頷く黒花へ礼を言い、皆へ目配せして地面を蹴り街へ戻る。

 人気のない路地でグラーを解放し、今度こそ安宿街へ向かった。


「よかったんか?捕まえとかんでも」

 虎吉の問い掛けに鈴音は唸る。

「付き纏われただけやからねぇ。あの人らが大きい団体なんやったら治安維持隊も把握してるやろし、内偵中の可能性もあるから、いらん事せん方がええか思て。暴力に訴えるタイプなら話は別やけどさ」

「成る程、下手に刺激せん方がええんか」

「うん。実際にカーモスが現れとる今は活気づいてるやろから、一網打尽のチャンスやろしね」

 鈴音と虎吉の会話を聞いていた月子が、何とも複雑な表情をしていた。

「大きな団体って事は、それだけさっきの人みたいに辛い思いした人が居るって事だよね」

「そないなるね。けど、今擦れ(ちご)うてる人らかて、似たような体験してるかもしらんよ?」

(あね)さんかて父上亡くしてはるっすもんね」

 茨木童子が言うと月子はハッとして口を噤む。


「私の場合子供やったし、神様が実際に居てはるなんて知らんかったし、状況はちゃうけどね。まあ知ってた所で、別に神様に殺されたわけちゃうし、多少恨みはしてもああはならんかなぁ」

 月子に笑い掛ける鈴音を見て、虹男が口を尖らせた。

「ちょっとは恨むの?」

「そら、何で助けてくれへんのよー!とは思うよ。頭では分かってんねんで?そんな望み全部叶えてたら人はいつ死ぬねん。地球が人で溢れ返ってまうわ、て。でも心ではやっぱりね、自分の大事な存在だけは助かったらええのに、いつまででも生きてたらええのに、と思うよね」

「そっかー。頭と胸で違うこと考えるなんて、地球の人って変わった生き物だねー」

「いやあんたトコの人も同じやがな!」

「ええ!?妻が創った子達も同じなの!?わあどうしよう、えーとえーと、面白い生き物だねー?」

 妻サファイアの機嫌を損ねたら大変と慌てる虹男と、ケラケラ笑っている鈴音を見やり、月子もホッとしたように微笑む。


「殺人事件とか事故とかはまた違うだろうけど、さっきの人なんかは鈴ねーさんみたいに考えられるようになればいいのにね」

「んー……、神託の巫女が居て創造神様の声が人界に届いてるから、難しいのは難しいかも。でも、そんな日が来たらいいとは思う。神様に喧嘩売っても絶対勝てないし」

 月子の希望に陽彦も悩みつつ頷いた。

 そんな彼らに、不躾な視線が絡み始める。

 その手の気配に敏感なきょうだいがチラリと周囲を窺うと、飲み屋街が近い為に酔っ払いが多いようだと分かった。

「ねーさん、絡まれそう。早く宿に行こう」

「え?うわホンマやね。うっかり叩きのめして魔剣の信者増やしたらアカンし、とっとと行こか」

 悪ガキの笑みを浮かべた鈴音に月子も笑う。

「俺より強い奴を作る神なんて信じない!とか?」

「それそれ。最終的に、俺がモテへんのも神のせいや!とか言い出しかねへん。これ以上シオン様がイラッとしたら怖いからね、逃げよ逃げよ」

 容赦ない鈴音の冗談に声を立てて笑う茨木童子と、肩を揺らす骸骨。

 酔っ払いにも分かるよう骸骨がフヨフヨと位置を変え、契約者連れですよとアピールしながら、一行は探索者や旅人で賑わう安宿街へ足を踏み入れた。

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