第三百二十五話 組合職員達の受難
「未鑑定の角はそっち!こっちは鑑定済みだから混ぜないで!」
「尖り耳は全部で50体?え、まだあんの!?」
「突撃氷柱多過ぎ問題」
「何この白い箱に脚がワーッと生えてるヤツ。まさか新種!?新種きちゃった!?」
「こっちも何か見た事ないのいるー!」
別室から移動した先の倉庫で、鈴音が出した魔物の山に組合職員が大人数で挑んでいる。
「うわー、どないしよ。これでまだ半分やねんけど、言える雰囲気ちゃうよね。巨大蛇も残ってるし」
「せやな」
バタバタと走り回る職員達を眺めて呟く鈴音に、虎吉以下全員が真顔で頷いた。
そもそもこの時間帯は、地下迷宮イスカルトゥから戻ってくる探索者達も多く、普段でも買い取り依頼の対応に追われているらしい。
それでも、最も先を行くパーティ以外は見た事のある魔物しか持ち込まないので、殆ど流れ作業のようにこなせるから問題は無いそうな。
問題になるのは、今回のように見た事も無い魔物を持ち込まれた場合だ。
この地域で初めましてなだけか、全くの新種か。
どちらにしろ、他の支部と連絡を取り合って調べなければならない事が多く、その場で買取価格は決められない。
依って職員が初めて見る魔物は、最初の1体のみ一律金貨30枚。調査した結果それを下回る価値しかなくとも返金の必要は無し。上回っていた場合は差額を支払う、という事になっている。
何体か持ち込んでいた場合は、最初の1体以外調査結果が出た後に適正価格で一括払いだ。
とにかく『見た事が無い』と判断した時点で金貨30枚の支払いが確定するので、職員の責任は重大である。
「あれ?これ1本金貨何枚だっけ」
「赤が5で青が10で灰が15」
「違うのよコレ黄色なのよ」
「え、黄の大鬼とかイスカルトゥに出んの!?」
「珍しいから15か20だよねぇ」
「新種どーすんだろー、いっぱいあるけどー」
「量が多いと値打ちも下がるよね。金貨2枚とかになんのかなぁ?」
「いやー、他の探索者が簡単に倒せるとは限らなくない?これ持ってきたの神託の巫女の友人だよ?」
「支部長に勝ったし契約者連れてるしね」
信じ難い強さと、日帰りで入口から100階層まで往復してしまうスピード。
そんな常識外れな集団を基準にすると、他の探索者が途轍もない迷惑を被るのではないか。
ここの判断にもまた重大な責任が発生する。
「んー、もし、神術士込みの精鋭でやっとこ倒した魔物持ち帰ってよ?あーこれねー沢山あるから金貨2枚ねー、とか言われたらどうよ?」
「暴れるかも」
「探索者やめるかも」
「殺意が湧くかも」
「何か怖い子いるよ!」
「でも気持ちは分かるよねー」
「あー、ダメだ埒が明かない、支部長呼んでくる」
右へ左へ大忙しな職員達を目だけで追いつつ、鈴音達は何だか居た堪れない気持ちになってきた。
「取り敢えずある程度の金額だけ貰えたら、後はゆっくりやって貰てええんやけどなー」
「そうだよね、別に急ぐ旅でもないし。ね、神様」
鈴音と月子の視線を受け、虹男は柔らかく微笑む。
「うん。1個は取り戻したし、急がないよー」
神らしいおおらかさに皆が感心した所で、職員に呼ばれた支部長が疲れた表情でやってきた。
「あー、お待たせして申し訳ありません。他支部への照会が必要なもの等が多く、手間取っておりまして。今日の所は、鑑定が済んでいる大鬼の角の代金だけでご容赦願えませんか」
本当に申し訳無さそうな支部長へ鈴音は慌てて手を振る。
「それで充分です!宿代と食事代が欲しかっただけなんで」
「おお、ありがたい、助かります」
「えーと、それで、あのー、大変申し上げ難いんですけども」
ホッと胸を撫で下ろした支部長だったが、何やらモジモジしだした鈴音と、素早く目を逸らす一行の様子を見て、物凄く嫌な予感がした。
「何故でしょう、私の生存本能が『今すぐ耳を塞げ』と全力で警告してくるんですが」
「あはははは、素晴らしい本能をお持ちで。いやー、そのー、まだ半分なんですよね、これね」
「え」
「丸々あと半分残ってるのと、巨大蛇いう超大物が控えてるんですよ」
てへ、と小首を傾げてかわい子ぶる鈴音の声に、支部長は勿論、近くで聞き耳を立てていた職員も固まる。
「どないしたらええですかね?」
「……えっ?ああすみません今ちょっと意識が」
軽く頭を振って瞬きをする支部長。
「あー、半分。半分でしたかー、そうかー」
光の消えた目を細めながら、支部長は職員達を振り向く。
揃って『無理無理無理無理』と首を振る職員達へニッコリ笑い、告げた。
「全部置いていって貰おう。後からまた新種が出たらややこしいし。な?」
声にならない悲鳴を上げる職員達を無視して鈴音へ向き直り、倉庫の空きスペースを手で示す。
「あちらへ全部出しておいて下さい。3日もあれば全種類の適正価格が出せると思います」
そんな説明をする支部長へ、職員達は恨みの視線を突き刺した。
『7日って言えよバカー!』
『アホーアホー』
『また腕相撲で負けないかな』
『娘ちゃんに嫌われろ』
『目の前で日替わり定食が売り切れたらいい』
『外に出た瞬間雨が降り出して、家に着いた瞬間やむ呪いにかかれ』
刺されている支部長は気にしていないが、鈴音達は気にして困惑してしまう。
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ありません」
「そうですか……ほな骸骨さん、虎ちゃんお願い。よいしょ、いきますよー?」
また虎吉を骸骨に預け、無限袋に手を突っ込んだ。
職員達の『ヤダ』という顔にゴメンナサイと心の中で謝りつつ、無限袋の口を下へ向け残りの魔物を掻き出して行く。
どっさりたっぷり、山と積んだ最後に、巨大蛇を引っ張り出した。
ズルズルと出てくる30メートル級の白蛇を見て、職員達も支部長も呆気にとられている。
尻尾から順にトグロを巻かせ、てっぺんに頭を置いた。
「はい、これで全部です」
巨大蛇から飛び降りた鈴音の宣言で、職員達と支部長が我に返る。
「死毒蛇?」
「あの顔はそうだよね」
深海魚顔を見た職員達が眉間に皺を寄せ、支部長も頷いていた。
「顔は完全に死毒蛇だが、大きさと色がおかしい。変異種の報告が上がっていないか問い合わせだな」
どこかで聞いた名前だなあと呑気に構え、骸骨から虎吉を受け取る鈴音へ、深刻な表情の支部長が尋ねる。
「あれが、100階層に?」
「はい、一番奥に……て、そういやコレが居てた部屋、調べてへんよね」
鈴音に言われて初めて皆も思い出した。
「ホントだ。壁の穴から出てきたのに、そこ見るの忘れてた。お宝があったかもよ」
ゲーマーとしてあるまじきミス、と悔しそうな陽彦を黒花が宥める。
「目的は蛇だったのだから仕方がないだろう。後に訪れる者達へ残してやったのだと思えば良いではないか」
「んー、残すのはいいんだけど、何があるのか知りたかったな」
口を尖らせる陽彦と呆れ気味の黒花の会話を聞き、支部長は首を傾げた。
「あなた方の目的は最初からこの蛇だったと?」
「え?あー、ちょっと語弊がありますねそれやと。実は10階層に灰の大鬼が出るいう異常事態の後に、妙な魔力を感じたんですよ」
「10階層の異常は既に報告がきています」
「良かった、ほな話が早い。その後46階層でも遥か下で出る魔物に遭遇した一行を助けまして。やっぱり妙な魔力を感じて。こら何かあるなーいう事で、原因を探ろうと」
そうして100階層まで行ったら巨大蛇が居て、その目から出る怪光線が魔物や人を別の階層へ飛ばすと知り、倒してみたら妙な魔力の反応も消えた、と虹色玉の事は伏せて軽い嘘を吐く鈴音。
「怪光線に妙な魔力ですか、何だったんでしょうね。魔物にはまだまだ謎が多いので、その現象がこの個体のみのものなのか、他にも起こりうるのか判断が付きません」
真剣に悩む支部長へ『もうここでは起こらない』と言ってやりたいが言えない鈴音は、只々曖昧に微笑むしかなかった。
「100階層の魔物は5日もすればまた湧くでしょうから、その時にまた異常が起きないかどうか、人をやって調べようと思います」
「そうですね、お願いします」
頷いた鈴音へ、この話は終了とばかり支部長は打って変わって明るい顔を向ける。
「因みに死毒蛇の毒は薬の材料として常に求められていますし、牙は武器、皮は防具の素材として重宝されています。肉も珍味として人気で、無駄が出ない魔物として有名なんですよ」
「へぇー」
「本来はこの10分の1程の大きさですが、それでも金貨10枚の値が付きます。なのでこの大きさにこの色となると……いやー想像も付きませんね」
「おおー」
支部長の説明を聞いて期待に胸膨らませる鈴音達とは裏腹に、職員達は『あんたが想像付かなかったらダメじゃん!』とまた鋭い視線を広い背中へ突き刺した。
当然支部長は気付いていない。
「では後の事は任せて頂いて、角の代金をお支払いしますのでこちらへどうぞ」
言われるがままついて行きながら職員達に会釈した鈴音は、3日後には何か差し入れを持ってこようと決めた。
支部長に促され、一行は先程の別室へと入る。
「他の探索者が居る場でお渡しするには、額が大き過ぎまして」
席へ着くなりそう言った支部長のもとへ、革袋が届けられた。
ガチャ、と重そうな音を立ててテーブルに載せられた革袋を見やり、陽彦の目がキラッキラしている。
月子が咄嗟に肘打ちしたお陰で何も言い出さなかったが、恐らく漫画やアニメにこんなシーンがあったのだろう。
そんなきょうだいのやり取りをチラリと見た支部長だったが、特に気にする事無く明細書へ視線を落とした。
「えー、赤の大鬼の角が19本で金貨95枚、青の大鬼の角が11本で金貨110枚、灰の大鬼の角が7本で金貨105枚、黄の大鬼の角が2本で金貨40枚」
淡々と読み上げられる数字に、鈴音の目が遠くなる。
「締めて金貨350枚を大鬼の角の買取代金としてお支払いします。どうぞご確認下さい」
ずい、と革袋を押しやる支部長。
「ほな失礼して」
弱々しく微笑んだ鈴音は革袋を開け、10枚ずつの山を作っては並べた。
「はい確かに。350枚ちょうど頂きました」
そう言いながら革袋へ金貨を入れ直す鈴音の様子を、大上きょうだいと茨木童子が不思議そうに見ている。
「ねーさん急に元気無くなったけど何でかな」
「思ったより少なくてガッカリとか?」
「まだ魔物の買い取りもあるしそれは無いっすよ」
コソコソとした会話が聞こえた鈴音は、犬の耳になら聞こえる声量で呟いた。
「金貨1枚で10万円ぐらいの価値あるんよねー」
「じゅ!?」
驚いた月子が思わず声を上げ、慌てて自らの手で口を塞ぐ。流石の陽彦もポカーンだ。
キョトンとしている茨木童子に月子が耳打ちすると、『さんぜんごひゃくまん?』と声を出さずに口を動かし目をまん丸にした。
伝わって何より、と密かに笑い、鈴音は革袋を無限袋へ仕舞い込む。
相変わらず大金は怖いが、無限袋のお陰で幾らかマシだった。
「えーと、そしたら次は3日後に来たらええですか」
鈴音の問い掛けに支部長は笑顔で頷く。
「はい。きちんと終わらせておきます」
「お願いします。ほな、今日の所はこの辺で失礼しますね」
「ええ、100階層攻略お疲れ様でした」
先に席を立った支部長が扉を開け、鈴音達は会釈しながら部屋を出た。
別室から姿を見せた一行へカウンターに並ぶ探索者達は好奇の目を向けるが、支部長のひと睨みで慌てて視線を逸らす。
神託の巫女の友人一行イスカルトゥ攻略、等と後で騒がれるのだろうか、と思いつつ支部長に礼をして、鈴音達は探索者組合を後にした。
「ねーさん、やっぱりシメない?」
建物を出て数メートル、月子が渋い顔になる。
原因は、地下迷宮へ行く前に撒いた男による再びの付き纏いだ。
「うーん、組合近辺を張られたかー。何が目的なんやろなぁ」
安宿がある区域へ向かいながら唸る鈴音に、月子は苛立ちを隠せない表情で迫る。
「目的なんか捕まえてから吐かせればいいよ」
「やだツキちゃん怖い。て、冗談言うてる場合ちゃうか。確かに宿に乗り込まれたら他の人の迷惑になるもんねぇ」
「そうだよ、やろうよ」
過激な月子を陽彦も止めようとはしない。同じ考えだという事だろう。
「んー、ほなまずは二手に別れよか。骸骨さん、ハル、ツキ、黒花さん組。私、虎ちゃん、虹男、茨木組で。どっちについて来るかで目的も絞れてくるやろし」
これにより、美少年と美少女を狙う犯罪者なのかの判別が出来る。
そうだった場合は遠慮なくぶっ飛ばせば良い。
「次の角で私らは左行くから、骸骨さんらは真っ直ぐ行ってくれる?」
「分かった!」
頷く骸骨とやる気満々の月子。陽彦も静かに燃えている。黒花は通常運転のようだ。
「ほなまた後でなー」
ヒラヒラと手を振った鈴音に骸骨一行も手を振り返し、一時的な別行動が始まった。




