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第三百二十四話 街へ戻ろう

 巨大蛇が放った怪光線により鈴音が10階層へ飛ばされた直後。


 鈴音に放り投げられ宙を舞っていた虎吉は、骸骨の腕へ綺麗に収まる。

「何事や?」

 キョトンとしてから巨大蛇の方へ顔を向け、見える景色に違和感を覚えた。

「おい、鈴音は?」

 怪光線を警戒し蛇から距離を取る茨木童子に陽彦、虎吉の威嚇で混乱している魔物達。

 そこに鈴音の姿が無いと気付いて、虎吉の瞳孔が全開になる。

「鈴音どこや!!」

 空間を震わせる程の強烈な威圧感に震え上がりながら、茨木童子が答えた。

(あね)さんは蛇が出した変な光に当たって、パッと消えてしもたっす!」

 その報告を聞いた途端、虎吉は骸骨の腕から飛び降りる。


 巨大蛇へ向かって歩き出した虎吉を見やり、どうすればいいのかと困惑する茨木童子と陽彦へ、慌て気味の骸骨が『こちら側へ下がれ』と手振りで伝えた。

 素直に従いながらも、茨木童子も陽彦も心配そうに虎吉へ視線をやる。

「大丈夫っすかね?あの変な光に当たらへんか心配なんすけど」

「強いのは知ってるけど、見た目が猫だから不安になる」

 口々に言うふたりを自身の後方へ押しやり、月子や黒花にも前へ出るなと念を押した。

「ねーねー骸骨、僕は?」

 心配して欲しそうな虹男を、骸骨は只々じっと、じぃっと見つめる。

「うぅ、何でだよう。そんなに呆れなくてもいいのに」

 通じて良かった、と小さく頷いた骸骨は、大鎌を構えてこれから訪れる衝撃に備えた。


「おい蛇。ワレ何さらしてくれとんねん」

 先程と全く同じ位置に立ち、虎吉は巨大蛇の深海魚顔を睨む。

 睨まれた蛇は鎌首をもたげたまま、死んだようにピクリとも動かない。

 だが先程と違い冷静に観察していた虎吉は、蛇の目が怪しく光った瞬間を見逃さなかった。

 光線が放たれる直前、神力を一気に解放する。


 小さな獣から出た出鱈目な力は、この空間どころか地下迷宮全体を揺らし、多数の魔物を消し飛ばし残る魔物を死滅させ、巨大蛇を後方へ吹っ飛ばした。

 怪光線はあらぬ方向へ飛んで行き、効力を失う。


 骸骨が大鎌を構えガードしてくれたお陰で陽彦達は無事だが、虹男以外の表情は言わずもがな。

 ただ神力を出しただけなのに、神の分身だとここまで凄まじい事になるのか、と目をまん丸にし口はポカンと開いている。


「その光で鈴音をどっかやったんか。ウチの神使に手ぇ出すとはええ度胸しとるな。それがどういう意味を持つんか、よう教えといたるわ」

 低く唸った虎吉は、後足に力を溜め重力を感じさせないジャンプを見せる。

「覚悟せぇ!!」

 伸ばした左前足から出た鋭い爪。

 怒りに任せ巨大蛇の深海魚顔をぶん殴る寸前、『お金が無い』という鈴音の声が脳裏をよぎり、『あ、素材』と冷静になって爪を引っ込めた。

 ただ、接触寸前だったため力を抜くには遅く、かなり豪快にぶん殴ってしまう。

 結果、巨大蛇の頭は勢い良くおかしな方向へ回転し、胴体と共に床へ叩き付けられた。


「……ふん、弱いやっちゃ。やっぱり羽の女神さんトコの蛇が一番強いな」

 因みに虎吉の言う蛇は、女神アーラの世界に居る“地の精霊王”である。

 神様と比べるのは可哀相だ、とツッコめる鈴音が不在の為、虎吉に100階層のボス蛇は弱いと記憶されてしまった。

「いやそんなんどうでもええねん!」

 自身の言葉に自身でツッコみ、虎吉は急いで骸骨のそばへ戻る。


「鈴音や鈴音、あいつドコ行った?無事なんは間違いないけど、けったいなトコに飛ばされてへんか心配や」

 長い尻尾を不機嫌そうに振る虎吉へ、大鎌を仕舞った骸骨が石板を取り出し絵を描いて見せた。

「おー?鈴音から何か出とる。ああ、神力か。鈴音の神力感じ取ったら、居場所分かるんちゃうかて言いたいんやな?」

 小首を傾げる虎吉へ骸骨は頷く。

「そら確かにそうなんやけど、鈴音は普段あんまり神力出さへんからなあ」

 骸骨も滅多に神力を出さないので、言われてみればその通り、と納得した。

「うーん、そうなると鼻に頼るしか……」

 その時、唸りながら悩む虎吉の髭が、微かな魔力反応を捉える。


「魔力や!!鈴音や!この辺やこの辺!」

 尻尾をピンと立てて大急ぎで100階層の壁寄りへ走る虎吉を、再び大鎌を装備した骸骨が追った。

 何をする気だろう、と漸く衝撃から立ち直った陽彦達が見つめる中、虎吉が一点を見上げ骸骨に何やら指示を出している。

 幾度か頷いた骸骨はフヨフヨと天井へ向け飛んで行き、そこで大鎌を構えた。

 但し天井へ向けているのは鎌の尻の方だ。

「頼むでー!」

 虎吉の声にコクリと頷いた骸骨が、両手を青白く光らせる。

 するとその光は柄を伝わり、大鎌全体を輝かせた。


「え、何あれヤバくない?」

 顔を引き攣らせる月子に対し、陽彦は目をキラキラさせている。

「必殺技?必殺技出る?」

「そら魔物に向けたら必殺やろけど、天井向いてるっすよ?」

「天井を破壊するつもりなのではないか?」

 茨木童子と黒花の冷静な声に、虹男が首を傾げた。

「えー?そんなの僕に言えばいいのにー」

 ただこの意見に対しては皆が『いや、何となくやめといた方がいい気がする』と微妙な顔で満場一致。

 大人しく骸骨と虎吉の動向を見守った。


 青白い輝きがより一層増し直視するのが厳しくなった辺りで、骸骨が大きく鎌を引く。

 力を溜めるように一旦静止してから、歯を食いしばり思い切り振り抜いた。

 ゴッ、と鈍い音がして天井と大鎌の尻が激突する。

 次の瞬間、岩盤を粉砕する力が真っ直ぐ上へ走って行き、床を天井を次々に破壊して、あっという間に100階層と10階層を繋げた。

 貫通した大穴を見た虎吉は骸骨へ『ありがとうな!』と礼を告げてから、全力のジャンプで10階層を目指す。

 流石にひと息で上がるのは無理だったので、途中から大穴の壁を蹴って軽やかに跳んで行った。

 そうして出た先で鈴音を発見し、『心配させよってからにー!!』と頭突きをかましたのだ。



 茨木童子が語った虎吉の様子に、鈴音はまたもデレッデレである。

「尻尾ピーンでタカタカ走るとことか、めっちゃ可愛いなぁもぅ」

 見た訳ではなく想像だけでえげつない顔になる鈴音を、茨木童子は何とも言えない表情で見てからそっと目を逸らした。

「にしても、(あね)さんはビックリせぇへんっすね?虎吉様のどえらい神力の事聞いても」

 そしてサラッと話題を変える。大人の対応だ。

 お陰でデレデレ顔からキョトン顔に移行した鈴音は、愉快そうに笑いながら頷いた。

「虎ちゃんの本気見た事あるからね。うっかり世界壊しかけとったし」

 例の、地の精霊王な大蛇と喧嘩した時の話である。

 世界を壊しかけたのは相手も同等の神力を出していたからだし、出来立ての世界でまだ色々と脆かったからなのだが、その辺の説明をすっ飛ばしたせいで茨木童子には『猫神=分身でも世界を壊せる破壊神』と認識された。


「怖ッ」

 縄張りで失礼な事をしなかっただろうか、と自身の行いを振り返る茨木童子に首を傾げ、鈴音は魔物を無限袋へ放り込む。

「怒らせへん限り怖ないで?ほれ、続き続き。まだ魔物残ってんで」

「う、うっす!」

 ペコリとお辞儀して駆けて行く茨木童子を笑って見送り、鈴音もペースを上げて魔物を回収した。



 床に転がるのが大鬼の死骸だけになった所で、鈴音は無限袋をポケットに仕舞う。

「はい、みんなありがとうお疲れ様ー。ところで、この大鬼は放っといても大丈夫やろか?他の魔物が食べる思う?」

「食うんちゃうか?食わんにしても、ここまで直ぐに来る探索者もおらんやろ。来る頃には骨になっとるわ」

 虎吉の意見に皆も同意したので、このまま放置する事になった。


「よっしゃ、そしたらあの穴使(つこ)て上まで行こか。実は犯罪者取っ捕まえて組合員さんに預けてあるから、早よ戻らなアカンねん」

 あっけらかんととんでもない事を言う鈴音に、陽彦も月子も目が点だ。

「あの短い時間で何やってんの」

「現行犯逮捕?ねーさん光る石持ってなかったし、不意打ち出来たとか?」

「うーん、不意打ちされたんはこっちいうか、そうかー……、光の聖石持ってへんからパーティからはぐれた人や思たんかなぁ?」

 無意識に虎吉を撫でながら唸る鈴音の様子で、皆は何があったか大体察した。

(あね)さん(ねろ)たアホがおったんすね」

「愚かだな」

「怖いもの知らずだねー」

 茨木童子と黒花が半眼になり、虹男は楽しげに笑う。

「ま、とにかく行こ。組合支部から応援も来るらしいねん」

 大穴を指して走る鈴音に頷いた皆も続き、一行はあっという間に100階層から姿を消した。




 10階層へ出た所で、虹男に頼んで穴を塞いで貰う。

「近道として使われたりしたらえらい(大変な)事やし」

 鈴音の声にうんうんと頷く面々は気付いていない。

 いくら身体強化の神術があれど、10階層から100階層に落ちて生きていられる人類なぞ存在しない事に。

 近道云々ではなく、人が落ちたら死ぬので塞いでおく、が正解である。

 結局それに気付く事無く、穴を塞いでくれた虹男に礼を言って上を目指した。



 100階層で魔物は大量ゲットしているので、雑魚が寄って来ないよう微弱な神力を漂わせながら走る事数分。

 緩い上り坂を進んだ先に出口が見えた。

「はい、とーちゃく!っと」

 鈴音が元気良く外へ出ると、そこに居た大勢の注目を集める。

 その中には探索者組合の支部長の目もあった。

「ありゃ、もう応援部隊が来てはるわ」

「早いな」

 首を傾げる鈴音と虎吉。

 それもその筈、鈴音が組合員に悪党達を預けてから30分も経っていない。

 なので素直に疑問をぶつけてみた。


「お疲れ様です。早いですね?」

 鈴音に声を掛けられた支部長は、ああそれは、と笑って頷く。

「ウチの神術士は優秀ですから。強化神術を掛けて貰うとここまで20分弱で走れるんですよ」

 一般的な強化神術だと30分はかかります、と聞いて鈴音は感心した。

「ホンマに優秀な方なんですねぇ」

「ええ。今回のような急ぎの仕事の時は本当に助かるんです」

 そう言って支部長は、縛られたままへたり込んでいる悪党達を冷たく見やる。

「神託の巫女のご友人を襲うとは、馬鹿な奴らだ」

「まあパッと見わかりませんしね。コイツらの悪運も尽きたいう事ちゃいますか。ところでこの後はどういう流れになるんですか?」

 日本なら取り調べや裁判で刑が確定するまで時間を要するが、このガンメルという国ではどうなのだろうと興味が湧いた。


 鈴音の質問に、立たされる悪党達を眺めながら支部長が答える。

「まずは組合で取り調べます。地下迷宮内の事ですから。その後は地下迷宮以外で犯罪行為を働いていないか調べる為、治安維持隊へ引き渡します。その後、裁判所で申し開きの機会を与え、内容を精査してから刑が確定します」

「時間掛かるんですか?」

「取り調べも含め、早ければ10日前後、遅くとも20日以内には決着がつきますね」

「ほぇー、早いなぁ。ほんで、有罪が確定したら監獄に行くんですか」

「はい。ガンメル王国の場合は、一年中雪が積もる鉱山にある洞窟が監獄です。刑罰はそこでの強制労働ですね」

 寒そう、という顔をした鈴音に支部長は笑う。


「洞窟の中は寒いですが、耐えられない程ではありません。雪が実力を発揮するのは、受刑者が脱走を試みた時ですね。一面真っ白なので目立ちますし、足場が悪くて走れません。おまけに氷の神術が使える術士も勤務しているので、驚くほど簡単に捕まるそうですよ」

「うわー、逃げた奴アホやなー。けどコイツらもアホやから、やらかしそうな気がします」

 半笑いで悪党達を見やる鈴音と、そこまでアホな奴らなのかとうんざりした様子の支部長。

「あ、そや。私の証言とか必要ですか?どっちみち今から組合行って、魔物の買い取りについて相談しよとは思てたんですけど」

「それは良かった。買い取りのついでに軽く証言して頂けると助かります」

「分かりました、ほな街へ戻りましょか」

「ええ」

 頷いた支部長が職員達に指示し、悪党達を引っ立てる。

 強化神術が掛かっていない悪党達は足手まといなので、荷車に乗せて運ぶようだ。

 鈴音は骸骨達に目配せしてから、支部長達のスピードに合わせてのんびりとついて行った。




 さて、大変だったのはこの後だ。

 別室へ一行を案内し事情聴取が始まったのだが。

 まず、鈴音が10階層に1人で居た理由で職員が混乱し支部長を呼ぶ。

 呼ばれた支部長は、悪党達の要領を得ない供述の上を行く訳の分からなさ『100階層で巨大蛇に睨まれたら10階層に飛ばされていた』に頭を抱えた。

「皆さんで100階層まで到達なさった、と?」

「はい」

「この短時間でですか?」

「短時間言うても5時間ぐらいは経ってません?もう夕方いうか夜みたいなもんですし」

 職員全員が思う。

 いくら契約者連れとはいえ、5時間で入口から100階層まで行けてたまるか、と。

 だが相手は神託の巫女の友人である。迂闊な事は言えない。


「ではそのー、証しのようなものは……?」

 支部長頑張れ、と職員達は心の中で応援する。

「はい、ありますよ。その巨大蛇と、100階層におった魔物の殆どを回収してきました」

「……えっ?」

 殆どってどういう事、と固まる支部長や職員をよそに、立ち上がった鈴音が骸骨へ虎吉を預け、無限袋をポケットから出した。

「ここで出してええんですかね?流石に巨大蛇は巨大過ぎて無理ですけども」

 無邪気な笑みが支部長へと向けられる。


 上を下への大騒ぎ、開幕。

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