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第三百二十一話 氷の世界

 それから小1時間程が経過。

 ビーズクッションで熟睡していた元重傷者のヘストゥが目を覚まし、ぼんやりとした顔で瞬きをしている。

 次第に意識がはっきりしてきたのだろう、分かり易く慌てた表情になっていった。

 そう、地下迷宮で死にかけた所を救ってくれた初対面のパーティに、無理を言ってこの場に留まって貰っている事を思い出したのだ。

「しまった、頭が回る状態じゃなかったとは言え、謝礼に関して何も申し出てないぞ」

 失った血液も上級傷薬の力で回復したらしく、すっかり顔色が戻ったヘストゥは勢いよく起き上がる。

 まずは礼を、と鈴音達の方へ顔を向けたものの、何やらおかしな光景が見えたので一旦視線を外し目頭を揉んだ。

 よし、と再び顔を向けたヘストゥは、そこに変わらぬ景色を見てしまい綺麗に固まる。


「鈴音、もうちょい強してくれ風。冷めへんのや」

「恐縮ですが私の方もお願い致します」

「神様あきませんよ手酌は!注ぐっす注ぐっす」

「ありがとー」

「ねーさんこれもう焼けてるよね?」

「あ、魔物だ。ククク、暗黒蛇血剣の前に虚しく散るがいい」

 キャンプ場の家族連れよろしくワイワイと賑やかにやっているのは、敷き布を消しビーズクッションを切り株風の椅子に変え、スペースの真ん中に置いたバーベキューコンロを囲んでいる鈴音達だ。

「扇風機の強のイメージでええかな、あ、その辺の肉は大体焼けてるで。ハル、剣振るんはええけど散らかさんように仕留めてよ?骸骨さんサイコロステーキ焼けたで」

 虎吉と黒花の皿へ風を送り、焼き網に生肉を追加し、シラフなのに訳の分からない事を言う陽彦へ注文をつけ、骸骨の皿へ四角くカットした肉を置き、と忙しく動く鈴音。

 ふと視線に気付いたのかヘストゥを見やり、トング片手に笑顔で近付いて行く。


「具合どないですー?」

「……へっ?あー、ああ、殆ど回復したよお陰様で」

「そら良かった。肉食べますか?」

「はっ?いや、その、何で肉?酒も飲んでいるようだし」

 地下迷宮内とは思えぬ光景と鈴音を見比べ、ヘストゥは引き攣り気味の笑みを浮かべた。

「んー、さっきまではお茶してたんですよ?お茶うけのクッキーも素朴な味で美味しかったし。けど、肉食獣はお茶とクッキーやと納得せぇへんのですよ」

 言いながら鈴音はうんうんと頷いているが、ヘストゥには何が何やらだ。

「肉食獣が納得しないと、肉と酒が出てきてああなるのか」

「肉焼いてしもたらお酒も飲みたなりますしねぇ。さっきお昼食べたばっかりやいうてツキなんかは不満そうやったけど、焼いてしもたらこっちのもんです」

「地下迷宮でこんな匂いをさせたら魔物が寄ってくる。そんな時に酔っていたのでは命がいくつあっても……」

 常識を語り出すヘストゥの視界を陽彦が横切り、仕留めた魔物を『ヘイ、パース』と鈴音へ投げた。

 手を伸ばし『はいよー』と受け取った鈴音は無限袋へそれを仕舞い、申し訳なさそうにヘストゥを見やる。

「すんません、お話の途中で」

 喉元を一突きにされていた魔物が、自分達ならパーティ全員で協力して立ち向かう相手だと視認したヘストゥは、遠い目で微笑み緩く首を振った。


「ははは、気にしないでくれ、強いお宅らには不要な情報だった」

「そうなんですか?あ、情報といえば、この地下迷宮は何階まであるんですかね?」

 トングをカチャカチャと開閉させ、鈴音が首を傾げる。

 ヘストゥは『今の話をもう一度』などと言われなくてよかったと胸を撫で下ろしつつ、うーんと唸った。

「最も深く潜っている奴らで72階層だったかな?まだ先があると言っていたらしい」

「へぇー、ありがとうございます。70超えて先があるいう事は、ひょっとしたら100階まであるかもしれませんねぇ」

「俺もそう思う。ところで、今回ここに留まって貰った礼はどのくらい払えばいい?」

 地下迷宮の最下層について考えていた鈴音は、急な話題転換にきょとんとする。


「別に要りませんよ?ご覧の通り休憩時間にあててますから」

「いやそういう訳には」

「そうですか?んー、ほな今の情報がお礼いう事で。まだまだ先があるて分かったんは大きいですしね」

 拍手するようにトングを鳴らす鈴音を見やり、ヘストゥは困り顔で手を振った。

「こんなのは情報の内に入らんぞ?ここへ潜る奴らなら誰でも知ってる事だ」

「でも私らは知らんかったし、この後に別の人らと会える保証も無い訳やから、かなり有益な情報ですって」

「そうかもしれんが、こっちの気が済ま……」

「ねーさーん!生肉用のトング貸してー!」

 会話に月子の声が割り込み、意識をそちらへやった鈴音が微笑む。

「はーい、今そっち戻るわー!……いう事なんで、肉食べたなったら来て下さいね?お茶もありますよ?ほな」

 笑顔で手を振り仲間のもとへ戻る鈴音を見送り、ガリガリと頭を掻いて溜息を吐いたヘストゥ。

「あの程度の話で肉まで食わして貰う訳にいかんだろうよ」


 こう呟いた数分後、目を覚ましたメンバー達と共にヘストゥもバーベキューに加わり、もりもりと肉を食べていた。格好をつけてはみたものの、結局美味しい匂いには勝てなかったようだ。


「うぅ、何から何まで本当に世話になった」

 食後のお茶までご馳走になったパーティは、ヘストゥを筆頭に恐縮しきりである。

「いえいえ、大勢で食べた方が美味しいですから」

 笑う鈴音に、神術士のニーが図嚢のような鞄から出した小瓶を渡そうとした。

「これ、使って頂いた分には遠く及びませんが」

 上級傷薬だと分かった鈴音は微笑んで首を振る。

「私らは困ってないんで、そちらで持っといて下さい。帰りは道に迷わへん分ラクや言うても、また変な魔物が出るかもしれへんし」

 鈴音が言うと陽彦も大きく頷いた。

「せっかく助けたのに、帰りで死なれたら辛い。俺らの強さは知ってるでしょ?」

 ここまで言われてはニーも引き下がるしかなく、渋々といった表情で小瓶を仕舞う。

 金銭も現物も断られ悩んだヘストゥは、これで手を打つしかないかという顔で口を開いた。


「あー、だったら街でメシでも奢らせてくれ。それくらいはいいだろ?」

「そうですね、上手いこと時間が合えば是非」

「やんわり断られた!?」

 愕然とするヘストゥに鈴音は笑いながら手を振る。

「いやいやいや、私らは今から更に潜るんで、いつ戻りますとも言えませんいう意味で」

「そ、そうか。俺が言うのも何だが気を付けろよ?遥か下の階層の魔物が出るなんて初めての事だしな。組合には報告しとくけども」

「ありがとうございます。充分気ぃ付けますね。ほなそろそろ行きましょか」

「ああ、今回は本当に助かった、ありがとう。またな!」

 そうして上へ続く坂道と下へ向かう正解の道との分岐点でヘストゥ達と別れ、頷き合った鈴音達は一気に加速した。




「うーん、酒で身体が温なっとるからあれっすけど、結構寒いっすよね?」

「美味しかったよね、甘いのにスッキリしてる葡萄酒みたいなのも、透明なのも茶色いのも」

「美味かったっすねー」

「何かこのふたりズレてるんだけど!すっごい寒いってば!だって凍ってるもん全部!」

 まだ平気そうな茨木童子と、神なので体温なぞどうにでもなる虹男のボケた会話に、自らを抱き締めた月子が吠える。

 彼女の言う通り、60階層は氷の世界だった。

 岩で出来た壁も床も白い氷に覆われている。

 防寒着を作ってやらねば、とダウンジャケットの構造を思い浮かべる鈴音の視界で、フワリと動いた骸骨が月子と陽彦の背中に触れた。

「わ。寒くなくなったー!すごーい!ありがとう骸骨さん!」

「ありがとう。魔法?」

 大喜びされ嬉しそうな空気を醸し出しつつ、骸骨は陽彦に頷いている。


「そうか思い出した。虹男の世界で骸骨神様が怒りの冷気放出しはった時に、真面目な神官さん達を同じようにして守ってあげてたわ」

「あー、そうやったかいな。まあ何にせよ、寒ないんはええこっちゃ」

 鈴音にくっついていれば安心な虎吉が、ぬくぬくな顔で黒花へ視線をやった。

「お前さんは大丈夫なんか?足冷たないか?」

「はッ、この程度なら堪えて御覧にいれます」

「冷たいんやね。やせ我慢はアカンで黒花さん」

 日本犬は暑さ寒さに強いとはいえ、限度があるだろう。

 眉を下げて笑う鈴音と、慌てて黒花にも触れる骸骨。

「も、申し訳ございません。ありがとう骸骨殿」

 尻尾を振り振り礼を言われ、骸骨はとても幸せそうだ。


「よし、これで寒さ対策はバッチリやね。サクッと最下層まで行って、さっきのパーティ追い越して帰ろ」

 拳を握る鈴音を見て茨木童子は首を傾げる。

「あいつらええ奴や思うんすけど、(あね)さんは関わりたないんすか」

「私とは全く目ぇ合わせてくれなかったけど、下ネタとかも言わないしいい人達だったよね?」

 月子も不思議そうに言いながら兄を見上げ、陽彦は苦笑いしつつ頷いた。

「ツキと目ぇ合わさなかったのは見惚れたらマズいと思ったからじゃねーかな?男の俺見て固まってたぐらいだからさ」

「あ、そういう事か。益々いい人達じゃん」

 なのに何で、とばかりジッと見つめてくる月子に鈴音は微笑む。

「そ、ええ人らやから関わりたないねん。私ら、変な男につけ回されとったやろ?街へ戻ったらまた寄ってくるかもしらんやん?そん時にあの人らと一緒やったら、巻き込んでまうやろ?」

「あ……、そうだストーカーがいたんだ」

「そっか、組織的な何かだったら街で網張ってるかもしんねーのか」

 月子と陽彦が顔を見合わせ、茨木童子は成る程と頷いている。


「ま、あっちは今日中に地上へ戻ったりは出来ひんやろけど、急ぐに越した事はないよね。そういう訳やから、今回も最短ルートよろしく」

「ん。真っ直ぐだよー」

「道としてはまず右やな」

「はい。この階層に人の気配はありません」

「ぃよし!行くで!」

 虹男、虎吉、黒花のナビに頷いて、気合十分で一歩踏み出す鈴音。

 しかしそのままトップスピードに乗るかと思われた足は、何故かピタリと止まった。

「アカン、滑る」

 真顔での呟き。

 先程までの階層とは違い、床は完全に凍っているのだから当然である。

 しかもスケートリンクのように平らな氷ではなく、凸凹のアイスバーン状態だ。

 鈴音のスニーカーの靴底に、そんな強敵を制する程の滑り止め効果は無い。

「うわぁホントだツルッツル」

 月子も足先に力を入れて確認し、嫌そうに顔を顰めている。


「うーん、スパイク作るかぁー?けど今度はスパイクが引っ掛かって転けるとかありそうやしなー」

 顎に手をやり暫し考えた鈴音は、小さく息を吐いて顔を上げた。

「よし、氷消そ」

「え?火の魔法で溶かしたら洪水みたいになりそうだけど?それか超高温サウナ?」

 驚く陽彦に鈴音は首を振る。

「溶かさへん。消すねん」

 そう言って氷を見つめるが、これといった変化はない。

「やっぱり自分が出した氷ちゃうから難しいな」

 呟きつつ神力を少しずつ解放し、様子を見る。

「光全開で殴った方が早いかなぁ。けど巻き込まれて岩盤まで消えそうで怖いねんなー」

 そんな恐ろしい呟きを零した所で、ついに手応えがあった。

「お、何となく分かった。これでどやっ!」

 悪ガキのような笑みを浮かべた鈴音が一声叫ぶと、目の前に広がっていた白い氷の全てが唐突に消える。

 上層と同じ茶色い岩が剥き出しになった道を見て、鈴音と虎吉以外はポカンと口を開けた。


「うはは、やるやないか」

「ふふふん、猫神様の神使たるものこのくらいはね、出来なアカンよね」

 偉い偉い、と目を細めた虎吉が鈴音の顎に頭を擦り付ける。当然、鈴音の顔はデレッデレに溶けた。

「ねーさんてさぁ、もう神様でいいんじゃない?」

「俺もそう思う。人に出来るレベルじゃねーし」

「骸骨の神が見たらビックリしそうだねー」

 頭骨を飛ばす勢いで頷く骸骨。

「流石は(あね)さんや」

「猫神様の眷属であらせられるからな、当然だ」

 皆の口から出る驚きの声は右から左へ受け流し、黙って岩盤を見ていた鈴音はやっぱりかと頷く。

「氷が再生しようとしてるわ。時間経ったら元通りになってまうんやと思う」

 壁や床に現れた氷の結晶が花を咲かせるように広がる様子を眺め、もう一度消しておいた。

「まあお前さんらが本気で走ったら、再生する前に抜けられるやろ」

「そう思う。っちゅうワケで、壁にぶつからへん程度に急ぐで!」

 鈴音が足を踏み出しつつ声を掛けると、皆も『おー!』と元気に返して走り出す。


 階層が変わる毎に鈴音が氷を消すという作業が入るので流れるようにとは行かないが、それでもほんの数分で70階層を超え80階層に至った。

「ホンマは保護色なんやろなー、ゴメンやでー」

 と言いながら、茶色い壁や床から浮きまくりの白い魔物を片っ端から狩りつつ。

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