第三百十九話 原因はやっぱり
魂が抜けたような顔をしている5人組パーティに、鈴音が『おーい』と手を振る。
ハッと我に返ったリーダーが、慌てて胸に手を当て軽く頭を下げた。
「た、助かった。ありがとう」
「どういたしまして。この後はどないするんですか?」
微笑んだ鈴音の問い掛けに、リーダーはパーティメンバーを見回す。
「外へ出て組合に伝えるよ。20階層の魔物が10階層に出た事と、入口近くに岩みたいな魔物が出るって事を。地下迷宮の床を砕いて体にするなんて無茶苦茶にも程がある。少なくとも入口で出ていい強さの魔物ではないなアレは」
「あー……」
苦々しい表情のリーダーから出た“岩みたいな魔物”という言葉に、鈴音はそばへ寄って来ていた陽彦へチラリと視線をやり、犬の耳なら聞こえるだろう小声を出した。
「入口に出たらアカン魔物やったらしいであの岩」
「マジかー。今の大鬼も階層違いだし、このダンジョン何かヤバい?」
「階層違いいうたらさぁ、そもそも魔物が階層ごとに別れてんのなんで?そういう風にプログラムされてるゲームちゃうねんし、フツーに坂道上ってったらええんちゃうの?」
「俺に聞かれても。けど多分、入口に張られてるっていう結界と同じなんじゃねーかな?魔物がデカい集団になったら困るから、階層ごとに結界で区切ってんじゃない?」
「お、それっぽい。頭ええなぁ」
陽彦の説に幾度か頷いた鈴音は、他のパーティもこのパーティと同じ行動を取るのかが気になりリーダーを見やる。
「他の階層に居る人らも同じようにしますかね?」
「どうだろう。どこもある程度は魔物を狩って帰らないと赤字だろうから、粘れる所はもう少し粘るんじゃないか?時間的に。11階層以降に潜れる奴らなら、灰の大鬼相手でもどうにかやり過ごすだろうし」
入口に異様な魔物が居ても引き返さなかったのは、地下迷宮探索用に準備した傷薬や食料等の代金を取り戻す為だったのかと鈴音は眉を下げて笑った。
「気持ちは分かりますけど、命あってこそですからねぇ。まあ、下の階層で誰かに会う事があったら、注意だけはしときますわ」
「え、まだ潜るのか!?……いや、そうだよな、俺達とは実力が違うんだから問題は無いのか」
驚いたリーダーだったが、鈴音の後ろに並ぶ面々を眺めた後、虹男の姿を認めて納得したように頷く。
どこぞの貴族もしくは大金持ちが、大鬼すら単独で倒せる実力者ばかりを集めたんだな、と。
「……じゃあ俺達は行くよ。助けてくれてありがとう、くれぐれも気を付けてな」
リーダーの挨拶に合わせ、メンバーも胸に手を当て軽く頭を下げる。
「はーい、そちらもお気を付けてー」
ひらひらと手を振る鈴音に背を向けて、危機一髪だったパーティは去って行った。
小声で『物凄い美男美女でビビる』『しかも強いとかズルい』等と会話しながら。
それを笑顔で見送った鈴音は、彼らの姿が見えなくなってから溜息を吐いた。
「出るはずの無いトコに強い魔物が出るとか、やっぱり虹色玉の影響やろなぁ」
その声を聞いた虹男は『マズい』という顔をしたが、直ぐに思い直して胸を張る。
「それならアイツのせいだよね。僕がここに置いた訳じゃないし」
どや、と勝ち誇る虹男へ鈴音は再度溜息を吐いた。
「まあそうやねんけど、そもそも虹色玉が飛び散ってなかったら起きてへん問題やねんなー」
「ぅぐ。ごめんね?」
「ん、しゃあないしゃあない。出来るだけ早よ回収して元に戻そ」
「うん、頑張るよ」
鈴音と虹男の会話を聞いていた大上きょうだいは、『この神様かなり扱い易い……?』と顔を見合わせている。
きょうだいの表情を見た骸骨は肩を揺らしているが、鈴音も虹男も気付いていない。
「ほな、ちょっとスピード上げて行こか」
そう言いながら下へ続く坂道を指した鈴音へ、皆は大きく頷いた。
人の気配が無い事を確認し、目にも留まらぬ速さで進む鈴音達。
進路上の魔物は全て殴り飛ばしては無限袋に収納している。
鈴音達にとっては何の問題も無いが、先程リーダーが11階層以降に潜れる者達なら大鬼も捌けると言っていた通り、10階層までとは明らかに魔物の種類も強さも違っていて、おまけに気温まで下がっていた。
「虫系が居らんようになって、魔物っぽい魔物しか出て来ぇへんようになったね」
「創造神様は入口から11階へ直通の魔法陣とか作るべきだと思う。絶対喜ばれるって」
鈴音の声に陽彦が拳を握って熱く応える。
「まあその辺はこの世界の人々と話し合うて貰うとして。灰の大鬼は越境しとったのに、ここの階層の魔物が上に行かへんのは何でなんやろなぁ」
首を傾げる鈴音へ虎吉があくび混じりに口を開いた。
「だぁぁぁーーーれかが、カフッムニャ、遊んどるんちゃうか?そこ真っ直ぐな」
「ふひひひひ可愛いぃ」
言われた通り真っ直ぐ進んだ鈴音は、虎吉がくれたヒントから答えを探す。
「誰かが遊んどる……やっぱりボス的な魔物がおって、虹色玉取り込んで変な力身に付けてしもたんやろか」
「ボス戦あり!?ボス部屋何階にあんだろ」
「あれかな?ウネウネしてた奴とか、デッカい魚みたいになっちゃったのかな」
目を輝かせる陽彦と、困り顔の虹男。
因みに虹男の言うウネウネはスーパーコンピュータのテオス、デッカい魚は白髭の神の世界にいる金魚だ。
「あ、ホンマや最下層は何階ですかて、さっきの人らに聞いといたらよかった。まあシオン様が置いてんから、ボスが虹色玉取り込んでても余興の範囲内やとは思うけど……」
それにしてはこの世界の住人が命を危うくしていたな、と若干の疑問は残しつつも、鈴音は虹色玉を取り込んだボスが居る方向で考える事にした。
天井から降ってきたヒトデの裏側のような魔物を凍らせて無限袋に仕舞い、虎吉のナビ通り走りながら皆へ注意を促す。
「ボスの強さ自体は大した事あらへん筈やけど、魔物を違う階層に送れる変な能力が気になるわ」
鈴音達が苦戦するとなると、神やサタン級の強さが必要なのでそれは無い。
ただ、特殊な魔法や能力を使われると、虹男と虎吉以外は影響を受ける恐れがあった。
「あれ?創造神様が守って下さるんじゃないの?変な能力あっても大丈夫じゃない?」
きょとんとした月子の疑問を受け、鈴音は困ったように笑う。
「即死攻撃とか呪いとか毒とかからは守ってくれはるやろけど、どっかに飛ばされるとかやったら面白がって見てそう」
「面白がっちゃうの!?」
「うん。神様方がお茶会しながら眺めてはるから、多少の波乱はあった方が盛り上がるやろし」
「え、神様ってライブ配信感覚で人界みてるんだ」
神々に対する尊敬が微妙に揺らいだ様子の月子に笑いながら、次の階層へと駆け下りる。
「慣れたら気にならへんで?ま、本気で危ない思たら絶対助けてくれはるから心配せんでもええねんけど、一応警戒はしといた方がええよね」
「ん、分かった」
「今度は右から気配がするよー」
「道も右でええで」
「他は行き止まりです」
「はい了解。近くに人は居らへんから、走るでー」
号令と共に走り出し、下りた先の階層も一気に突破した鈴音達は、勢いに乗って深く深く潜って行った。
45階層へ到達した所で、気温は初冬の頃を思わせるまでに下がっている。
そんな中、虹男が指示を出す前にフンフンと鼻を動かし虎吉は首を傾げた。
「鈴音、この先から血の匂いがしとるで」
「え、そうなん!?まだ何も感じひんわ」
鈴音同様驚いた陽彦は、黒花に視線を移す。
「血の匂いって、人の?」
「ああ。恐らく下の階層からだな」
「ヤバい?」
「大量に出血している事は間違い無い」
陽彦と黒花の会話に月子は不安そうな顔だ。
その様子に気付いた骸骨が、大丈夫だと言うように月子の背中をポンポンと軽く叩いた。
ありがとうと礼を言う月子を見ながら、鈴音が口を開く。
「んー、そしたら……下の階層には私と虎ちゃんと茨木で行くわ。骸骨さんはみんなを見とってくれる?」
虹男を放っておく訳にいかないので、骸骨にお守りを頼んだ。
すると、スプラッタなのに大丈夫か、と大上きょうだいには見えないように石板を出し骸骨か問う。
「大丈夫ちゃうけど子供に見せる訳にいかへんし」
鈴音もピタリと寄り添って内緒話だ。
嗅ぐか、と言うように犬神毛玉ペンダントを出す骸骨に、『こっちの方が落ち着くから』と虎吉の頭に鼻を引っ付ける鈴音。
健闘を祈る、と骸骨が親指を立て、鈴音は引き攣った笑みで大きく頷いた。
「ほんなら取り敢えず、下へ向かう坂道まで行こ」
鈴音が目の前の空間を指すと、皆が硬い表情で頷く。
虹色玉を目指す一行に引き返すという選択肢は無いので、虹男と虎吉の指示に従い先を急いだ。
下への坂道がある空間に辿り着くと、骸骨達を残し茨木童子を伴って鈴音がどんよりと足を踏み出す。
「鈴ねーさん大丈夫?」
「やっぱ俺も行こうか?」
顔色が悪い事を気遣う大上きょうだいに、鈴音は大丈夫だと手を振った。
「魔物は茨木に任して私は怪我人の回復に回るし、平気平気」
そうなのだ。今回は怪我人がいると分かっているので、いつものように虎吉に見て貰い自分は知らん顔、とはいかないのである。
恐ろしいわ責任重大だわで大変気が重い。
だがそれを口に出す訳にもいかない。
「ちゃっちゃと片付けてくるから待っといてー」
笑顔で軽く手を挙げ、鈴音は坂道を下る。
「アカンようやったら俺が魔物シバいて、茨木童子が傷薬担当でええがな」
「そうっすよ姐さん、無理せんでも」
皆の姿が見えなくなってから、虎吉と茨木童子が小声でそう提案してくれた。
「あー、ありがとう。ビビり過ぎて動けんかったらお願いするわ」
ふたりの優しさに感謝しながら、最初から頼るのではなく一応は自分がやる方向で、と鈴音は拳を握る。
「なるべく酷ない現場やとええなぁ」
むせ返るような血の匂いからして無理だと分かっているが、遠い目をしながら希望を呟いた。
坂道を下り切り、出た先は今までと同じく広い空間。
ただ今までよりも更に気温が下がったらしく、壁にも床にも霜が降りている点は違っていた。
「ええ?これ、最下層は雪と氷の世界とかちゃうやろな。ハルとツキに魔力で防寒着作ったらな。茨木は?寒ない?」
骸骨神の力により寒さは感じない鈴音が尋ねると、茨木童子はケロリとした顔で頷く。
「何ともないっすよ。こんくらいで震えとったら山に住むんは無理っす」
「あはは、ワイルドやなー。ほな滑らんように気ぃつけもって行こか」
その言葉を合図に、鈴音にくっついていれば骸骨神の力の恩恵に与れる虎吉が鼻を動かした。
「ははぁ、右の道の先に居るな。正解の道は左やから、行き止まりで魔物と出くわしたんやろ」
「道塞がれて逃げられへん状況になったんやろか。とにかく急ご」
茨木童子と頷き合い、鈴音は右の道へ駆け出す。
道中は魔物に遭遇する事も無く、あっという間に現場へ到着した。
魔物に出遭わなかった理由は単純で、血の匂いに釣られてここに集まっていたからだ。
ウジャウジャと押し寄せる魔物で塞がった道へ、茨木童子が突っ込んで行く。
「姐さんのお通りや!どかんかいワレ!」
ゲームのように魔物を纏めて吹っ飛ばす茨木童子と、遠い目になる鈴音。
「うん、あねさんの意味違う感じになるから、もうちょっとこう、ね?」
どんどん掃除されていく道を通りながら呟くも、殺る気モードの茨木童子に届く筈もない。
今後は言葉遣いも教えていくか、と小さく息を吐いた所で、前方に炎が見えた。
「助けてくれ……っ、角!?クソっ新手か!?」
若い男の声は、茨木童子を魔物と判断したらしい。
まあそうなるわなと思いながら、鈴音も前へ出て茨木童子に並んだ。
行き止まりの空間では、男性2人が大盾を構え、その後ろに神術士の男性が立ち、炎の玉を撃って魔物を攻撃している。神術士の後方には、腹や背中を切り裂かれ血溜まりに沈む男性が3人。
そんな彼らと対峙する魔物は、地球人ならインプという悪魔の名が浮かぶ姿をしていた。
背中に生えた羽で飛び回り、火の玉を避けて『ケケケ』と笑う顔は実に醜悪だ。武器は馬鹿にしたように振っている手の、真っ黒な鉤爪だろうか。
茨木童子の半分程しかない大きさの上に素早いので、攻撃が当て難く上級者でも苦戦する相手なのかもしれない。
「倒れてる人ら、ギリギリ息してるよね」
「おう、まだ生きとるで」
「ほな助けな」
不思議と血を見ても動転しなかった鈴音は、言うが早いか走り出した。
魔物を凍らせれば一瞬で済むだとか、風で切り刻めばいいだとか、攻撃に関する事は何故か頭に浮かばず、とにかくあの人達を助けなければという思いだけが思考回路を埋め尽くす。
「ちょっ、何だアンタ!?アレの仲間か!?」
驚いた神術士が叫び、インプもどきをぶん殴っている茨木童子と、血溜まりへ跪く鈴音を見比べ混乱した。
だが鈴音は答えるより先に傷薬を取り出し、男性の掻き切られた腹へかける。
「イマイチ。高い方やったらいけるか」
普通の傷薬では傷が塞がらないので、上級の傷薬を出し何滴か垂らしてみた。
「あ、効いてる効いてる!けど、足りひんな。この1本この人で使い切るわ」
薬に触れた部分は見る見る治っていくが、明らかに量が足りない。
このままでは残る2人が死んでしまう。
こうなったら後の説明が面倒でも万能薬を出すしかないか、と思った時、跪いた鈴音の足もとがキラキラと光り、濃い水色の液体が入った小瓶がズラリと並んだ。
「うはは、神さんが『助けたってくれ』言うとるんやなこれは」
「おぉー、高い傷薬使い放題。ありがとうございます。ん?という事は、シオン様にとってもこの事態は想定外なんかな?」
「あ、せやな。また本来ここには出ぇへん強い魔物やったんちゃうか、アレ」
虎吉の言うアレは既に茨木童子が踏んづけている。
「な、なん……何が起きてる……?」
一瞬で片が付き踏まれているインプもどきと、上級傷薬を水のようにバシャバシャかけている鈴音を見ながら、神術士と大盾使い達は大混乱だ。
「他の魔物もどっか行ったぞ」
「あんなに居たのに」
魔物にも生存本能はある。茨木童子を危険と判断して近寄らないだけだ。
そんな、強大な妖力にも気付けないほど疲れ切り混乱している男達の耳に、鈴音の嬉しそうな声が届く。
「あ、最初の人が目ぇ開けましたよ!」
3人目へ傷薬をかけながら笑う鈴音の様子に目をぱちくりとさせてから、我に返った男達は死の淵から帰還した仲間のもとへ急ぎ駆け寄った。




