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第三百十八話 救援要請……?

 地下迷宮イスカルトゥに階段は無い。

 長めの下り坂の後に広い空間へ出る事で、階層を移動したのだろうなと自分達で判断するしかないのだ。

 ガランとした広場を見回し鈴音は首を傾げる。


「多分、今で地下10階あたりやんね?」

「うん、その筈」

 鈴音に作って貰った剣帯で元魔剣を腰に下げ、ご機嫌な陽彦が頷いた。

「ほなこの辺から大鬼が出るんや。組合の職員さんが言うてたもんね、10階層らへんから大鬼が出て、別荘に出た“灰の大鬼”は20階層からやて」

 探索者組合で大鬼の角を出した時の事を思い出した鈴音に、茨木童子がニンマリと口角を上げ笑う。

「角だけ残しといたらシバき放題っすよね?早よ出て来ぇへんっすかねー」

「あはは、ここまででも結構シバいてったのに、まだまだやる気なん?バトル好きやねぇ」

 茨木童子のバトルジャンキーっぷりにはウチの喧嘩番長も霞むなあ、と虎吉の可愛い頭を撫でた鈴音は、広場の真ん中で虹男を振り向いた。

「どっち?」

「今度は右だよー、右の下の方」

 虹男が指す方を見てから、虎吉と黒花が顔を見合わせる。


「右か。けど下に続いとるんは左の道なんや」

「そうですね。右や他の道は行き止まりです」

「え、そうなんや。ほな遠回りして下りて行くパターンかな?ま、“迷宮”なんやしそんな意地の悪さもあるよね」

 鈴音が笑うと皆も頷き、月子は拳を突き出した。

「面倒臭くなったら壁殴っちゃえばいいじゃん」

「あー、強行突破かぁ。どうしても無理なら最悪それもしゃあないけど、シオン様は苦笑いやろなぁ」

「神様苦笑するだけ?怒んねーかな?」

 心配する陽彦に鈴音は笑ったまま首を振る。

「怒るぐらいやったら壁や床の強度上げてはるから。私らが殴って壊れるいう事は、別に虹色玉まで一直線にブチ抜いてもかまへんいう事やねん。ただ、『キミ達には難し過ぎたかな、悪い事をしてしまったねえ』とか言われるやろけど」

 肩をすくめ小馬鹿にした笑みを浮かべシオンの口真似をする鈴音を見て、大上きょうだいと虹男の負けず嫌い魂に火がついた。


「絶っっっ対フツーの道で虹色玉まで行くから」

「何なら最速記録出しますけど?ボスなんかワンパンですけど?」

「僕、アイツには負けないからね。みんな行くよ」

「はいはい、行くんはええけどそっちやないで。左の道な左の道。あと、ボスが()るかは分からへんからね」

 真っ直ぐ進もうとする虹男の向きを修正し、走り出した大上きょうだいの後を皆で追う。

 走りながら猫の耳を澄ますと、あちこちから人の声や戦闘中と思しき音が聞こえてきた。

 先程までは数える程だったので、やはり大鬼が出るこの階層辺りからが稼ぐのに向いているのだろうな、と鈴音は納得する。

「黒花、次どっち!?」

「右が下へ通じている。神よ、虹色玉から遠ざかってはおりませんか?」

「大丈夫だよー」

 別れ道の手前で陽彦が黒花に確認し、黒花は虹男に確認し、一行は止まる事無くどんどんと進んで行った。



 魔物に遭遇せぬまま突き進む事暫し。

 そろそろ次の階層へ続く坂道があるのではと期待していると、前方から怒鳴り声や岩を打つ鈍い音、悲鳴にも似た声等が皆の耳に届く。

「どっかのパーティが交戦中っぽい。邪魔になったらヤバいから、この通路の出口んトコで待機ね」

 振り向いた陽彦の指示にそれぞれ頷くも、退屈していた茨木童子は不満そうな声を上げた。

「待っとかなアカンのっすか」

「え、そりゃそうでしょ。横から勝手に自分の獲物殴られたらどんな気分になるか、考えてみなよ」

 呆れた様子の陽彦に言われ、ちょっと考えてみた茨木童子の顔が険しくなる。

「殺意しか湧かへんな……」

「ほらね。だから先に戦ってる人達の邪魔になんないように見とくのが正解なんだって」

 常識だと言わんばかりの陽彦を見やり、茨木童子のみならず鈴音も皆も感心するように頷いた。


 そうして道の出口で立ち止まり、そっと様子を窺う。

 前方に見える空間はサッカーの国際試合ができそうな広さがあり、天井は何mなのか見当がつかない程に高い。

 下の階層へ続く坂道は70m程先の斜め左にあるようだ。

「うーん、デカい鬼が邪魔で次の道が見えへんねんけど。ワザと邪魔してるんかなぁ」

「せやろな。ちゃんとあれの後ろにあるで」

 コソコソと会話する鈴音と虎吉の視界に映るのは、三つ目で薄っすら緑がかった灰色の肌をした大鬼だ。体長5m程と別荘で遭遇した個体より大きい。

 それと相対するのは5人組の男女混合パーティ。


「あー、ええなあ!あれ頑丈やから俺がシバきたかったっすわ!」

 悔しがる茨木童子の横で骸骨がじっとパーティを見つめ、首を傾げている。

 余程気になったのか、ローブから出した石板にサラサラと絵を描いて鈴音に見せた。

「ん?一斉攻撃、大鬼はへっちゃら。それをずっと続ける……。あ、苦戦してるって事か」

 読み解いた鈴音に幾度か頷いた骸骨は、このままだと危ないのではと心配そうだ。

 実際彼らは1名だけ居る神術士の攻撃でしかダメージを与えられておらず、そのダメージも微々たるもの。大鬼の口元には余裕の笑みらしきものが浮かんでいた。

「ありゃー、神術士さん実力がイマイチなんやろか」

 鈴音が眉を下げて呟き、確かにこれは危なそうだなあと皆も困り顔になる。

「けど、手ぇ出したらアカンねんな?」

「助けてって言われるまではね」

 陽彦の回答に鈴音も骸骨も茨木童子も一歩だけ前へ出た。少しでも向こうのパーティの目に留まり易いように。



 一方、戦闘中のパーティは混乱していた。

 ここは10階層、灰の大鬼が出るのは20階層以降。

 目の前の魔物は、本来ここで遭遇する筈の無い相手なのだ。何が起きているのかと慌てるのも当然である。

「クソっ、やっぱり俺の剣じゃ歯が立たない!」

「どーなってんだ!?入口に出た訳分かんねぇ魔物といい、今日は何かおかしいぞ!?」

 小型の円盾と剣を装備したリーダーらしき男性と、四角い大盾を構えた男性が焦りを隠し切れない声で叫び、その間に神術士が出した火の玉が大鬼に飛んで行く。

「何でもいいからとにかく撤退!俺らじゃ勝てる訳無いよ!」

 槍で大鬼を牽制している男性が幾らか冷静に声を上げ、神術士の女性と恐らく傷薬等を使う回復役と思われる大荷物の男性がジリジリと後退していた。


 その様子を見て笑っている風の大鬼が、リーダー目掛けて大上段から拳を振り下ろす。

 予備動作が大きいので飛び退いて避けられたが、当たれば即死だとリーダー及びメンバーの顔は真っ青になった。

「逃げろ……、とにかく逃げろ!!」

 リーダーの掛け声と同時に全員が大鬼へ背を向けて走り出す。

 全身の筋力を強化する神術が掛かっているから、走る事だけに集中すれば逃げ切れるかもしれない。

 そんな淡い期待は、一瞬の後に打ち砕かれる。

 大鬼が軽くジャンプして彼らの前へ降り立ったからだ。

「う、嘘だろ!?じゃ、じゃあ後ろだ!取り敢えず下の階層へ!」

 リーダーの声に従ったパーティは再度回れ右をして走り出す。

 だが勿論、大鬼がまた回り込んで立ち塞がった。

「クソクソクソっ!!うわあぁぁぁあああ!!」

 逃げられないと悟ったリーダーが、大声を出しながら斬りかかる。

 槍使いと大盾使いも突っ込んで行き、神術士は後方から大鬼の頭を狙って火の神術を撃ち続けた。

 鈴音達が見始めたのはこの辺りからだ。


 鬱陶しそうに火の神術を手で防ぎながら、大鬼は男性陣の攻撃を受け続けている。

 かすり傷ひとつ負わせる事も出来ず疲労ばかりが溜まる中、振り返ったリーダーが神術士の女性へ叫んだ。

「お前だけでも逃げろ!逃げて入口の組合員に伝えてくれ!地下迷宮の魔物がおかしいって!」

「そんな……っ」

 彼女は軍人ではないので、場合によっては仲間を見捨ててでも逃げる、という行動を瞬時に取れるような訓練は受けていない。

 だから当然迷って判断が遅れる。

 判断が遅れると、魔物側が人側の意図に気付く。

 リーダーが何をしたいか理解した大鬼が、彼らの前で地面を蹴り、神術士の背後へ降り立った。

 別荘で月子を狙ったように、大鬼は柔らかい肉を持つ女性を好む。

 ニタァ、とおぞましい笑みを浮かべ、大鬼が神術士へ手を伸ばした。


「させるかぁーーー!!」

 そこへ猛然と突っ込んで来たリーダーが神術士を突き飛ばし、代わりに大鬼の手に捕まる。

 女性を掴んだつもりの大鬼はゴツゴツとした手触りに首を傾げ、それがリーダーだと分かった途端口角を下げて、お前に用は無いとばかり勢い良く後ろへ放り投げた。


 約5mの高さから岩盤へ叩きつけられたリーダーは、頭から落ちなかった為幸いにも一命を取り留めている。

 しかし背中を激しく打ち付けたせいで息が出来ず、いくら身体を強化する神術が掛かっているとはいえ背骨が無事かも分からない。

 痛みと苦しみの中どうにか顔を上げたリーダーは、そこで漸く鈴音達の存在に気が付く。

 契約者に魔獣まで連れている強者、と反射的に助けを求めようとしたが、ふと、装備の貧弱さに目が向いてしまった。

 剣を装備した男が1人居るが何故か後方に下がっているし、他は皆丸腰。

 まさか全員が神術士という訳でもないだろうから、ここまでの戦いで武器も盾も失ってしまったのかもしれない。

 そんな気の毒な連中に助けなぞ求められる筈もなかった。


「逃……げろ……はや……くっ」

 ゲホゴホと咳込みながら撤退を促すリーダー。

「あ?何か言うてるっすよ!助けろ言うてんちゃうっすか!?」

 カッ、と目を見開いた茨木童子がリーダーから鈴音へ視線を移し、答えを聞く前に再度リーダーを見た。

「助けてくれ言うたな!?」

 大声で確認する茨木童子。


 ギョッとしたリーダーは、慌てて声を絞り出す。

「逃げろ……!」

「ああ!?助けろ、やな!?頷かんかいゴルァ!!」

 最早殺気としか呼べないものをぶつけられ、リーダーは本能が訴える恐怖に従い頷いた。

 しかし一瞬で我に返り、否定しようと口を開く。

 その開いた口から声が出るより早く、ガラの悪い男から凄まじい力が迸り、広い空間全てを震わせた。

 何事かとまた呼吸が止まったリーダーは、黒い角を生やした男が恐ろしく好戦的な笑みを浮かべ、大鬼を睨み付けている様子に愕然とする。

 まさか魔物だったのか、と驚き声もないリーダーの視界から、男が消えた。

 直後、仲間達が居る方向から鈍く大きな音が響いてくる。

「な、何が……」

 呟き、痛みに顔を顰めながら上体を起こした彼が見たものは、地面に倒れている大鬼の姿だった。



 神術士が大鬼に捕まったのを見た瞬間、茨木童子は跳んだ。

 そのまま、無防備な大鬼の後頭部を思い切り蹴り飛ばす。

「キャー!」

 弾みで神術士が大鬼の手から零れ落ちたが、やっと見つけた大物相手に殺る気マックスの悪鬼が気付ける筈もない。

 そこへふわりとやって来て彼女を受け止めたのは、心優しい骸骨だ。

「け、契約者……っ」

 顔を上げた瞬間緊張のあまり固まった神術士をそっと地面に下ろし、手を振った骸骨は鈴音のそばへ戻る。


「おかえりー。んで、勇者さん」

 骸骨を笑顔で迎え、鈴音はリーダーの横へしゃがんで声を掛けた。

「え、俺?」

「うん。傷薬持ってます?無いなら譲りますけど」

 勇者呼ばわりの説明は特にしない鈴音へ首を傾げつつも、リーダーは腰のポーチから震える手で小瓶を出す。

「あるんや。良かった」

「ああ、いやそんな事より、あの魔物は……」

 そう言ったリーダーと共に鈴音が大鬼の方へ視線をやると、灰色の巨体が起き上がる度に蹴り飛ばしては倒れ込ませている茨木童子が見えた。

 彼の仲間達はといえば必死の形相でこちらへ向かっている所だ。

 ホッとしたリーダーは傷薬を飲み干す。

「あんな、人のような姿をした魔物が居るなんて、聞いたことも無いんだが……。しかも人の為に戦うなんて、何が何だか」

 困惑した顔を向けられた鈴音は、どう説明したものかと唸ってから口を開く。


「あー……、魔物ではないんですよねー。神力をこう、全身に巡らしまして。全ての身体能力を強化するんが彼の戦法なんですけども。その際どういう訳か角を拵えてまうという。多分、強いもんいうたら飛竜、飛竜いうたら角!みたいな連想の影響や思うんですけどもー」

「飛竜といったら羽じゃないのか……」

「強さ。強さの象徴ですからー。羽やと自由の象徴みたいなね?ええ」

 真顔で頷く鈴音と虎吉と骸骨。

「そうなのか……、ちょっと変わった神術士みたいなものなんだろうか」

「まさにそんな感じですねー」

 よし今後は“ちょっと変わった神術士”で行こう、と鈴音は心の中で親指を立てる。

 そこへ、リーダーの仲間達が息を弾ませやって来た。


「無事か!?」

「あっ、その、ありがとうございます!」

「あの魔物は何だ!?」

「傷薬補給する?」

 いっぺんに喋る仲間達へ笑った鈴音は立ち上がり、リーダーに説明を任せる。

 神術士にお礼を言われた骸骨は嬉しそうに会釈を返していた。

「さて、そろそろかな?」

 鈴音が呟いた所で、向こうから大鬼の巨体がぶっ飛ばされてくる。

「ギャー!!」

「イヤー!!」

 すぐそばに落ちた大鬼を見て悲鳴を上げ逃げ惑うパーティへ、落ち着くよう右手を上下させ宥めてから、鈴音は後を追ってきた茨木童子へ視線をやった。


「もうええの?」

「うっす!だいぶスッキリしたっす」

「そら良かった」

 とても良い笑顔の茨木童子に頷いた鈴音は、ナイフ型の神剣を出そうと無限袋に手を入れる。

 すると、先に大鎌を出した骸骨が角を指差した。

「あ、切ってくれる?ありがとう」

 にこやかなやり取りの後あっさりと大鬼の角は切り取られ、無限袋に収納される。

「ほな後はこの巨体を消すだけやね」

 とは言ったものの、ここで魂の光を全開にするとまたしても説明が面倒臭い事になるので、別の方法を取らざるを得ない。

「デッカい火ぃ使(つこ)ても大丈夫やろか。酸素無くなって死んだりせぇへんかな」

「大丈夫やろ。窓もあらへんこんな広うて深い地下やのに普通に息出来とる時点で、地球の洞窟とは訳がちゃう筈や。ま、神さんも見とるしどないなと(どうにでも)なるやろ」

「あ、そうか。アカンかったら死ぬ前に何とかしてくれはるか。ほな焼こ」

 虎吉の意見に納得した鈴音は大鬼の頭側に立つと、足の先目掛けて青白い炎を真っ直ぐ放った。


 戦闘機すら跡形も無くなる炎を浴びた大鬼は音も立てずに消える。

 ただ、大鬼を消す程度にしては火力が強過ぎたようで、勢い余った炎は迷宮の床と壁を焦がした。

 床の中途半端な位置から壁まで、黒い帯が出来ている。

「げ。変な直線作ってもうた。後から来る人が謎の暗号や思て悩まへんやろか」

「大丈夫やろ。罠か何かや思て近付かへんのちゃうか?」

「そっか、ほなええわ」

 そんな、見た事も無い色の炎らしき光で大鬼を消し去りあっけらかんと笑う鈴音を、リーダー以下パーティメンバーはポカンと口を開け呆然と眺めていた。

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