第三百十五話 買い出しへ行こう
探索者組合の支部長から教わった通りの道を行き、鈴音達は道具屋にすんなり到着。
「絡んで来ぇへんかったね」
「人通りあったからか?」
猫の耳専用会話で語られるのは、一行を尾行している何者かについてだ。
「んー、仕掛けてきたら実力行使、でええかな」
「せやな」
道具屋前の階段を上りつつ頷き合い、木製の扉を押し開けて中へ入った。
店内のイメージとして一番近いのは、コンビニエンスストアだろうか。
石の床に木製の棚なので雰囲気はお洒落なアンティークショップだが、奥にあるカウンターから全ての棚を見渡す事が出来る配置は、コンビニにとてもよく似ている。
「好きに見て回ってええけど、なんや細かいモン色々売ってるっぽいから、ポケットやらリュックやらに手ぇ入れるような怪しい動きはせんように」
振り返った鈴音が注意を促すと、全員が大きく頷いてから店内へ散って行った。
骸骨に虹男を任せた鈴音はまずカウンターへ向かう。
「こんにちは、ちょっとお伺いしたいんですが」
声を掛けられた50代くらいに見える店主の男性は、『なんだい?』と首を傾げた。
「このあとイスカンダル……ちゃうわ何でしたっけ、地下迷宮に行くんです」
「イスカルトゥだね」
「あ、それです。マントなんかはあるんで問題無いんですけど、細々したモンは持ってへんのですよ。組合の支部長が、傷薬やら毒消しやら買うといた方がええ、て教えてくれはったんですけど、どれがええんか今ひとつ分からへんので教えて貰えませんか?」
鈴音の頼みに店主は目をぱちくりとさせる。
「もしかして初心者かい?イスカルトゥは1階層目から割と強い魔物が出るから、初心者向けではないよ?」
「あ、その辺は大丈夫です。危ない思たらすぐ逃げますから。逃げ足だけなら上級者なんです私ら」
キリッと凛々しく言い切る鈴音を見て笑った店主が、カウンターから出て近くの棚へ歩を進め手招きをした。
「傷薬と毒消し薬ならこの辺がオススメだ。価格の割によく効くんだよ」
棚を覗き込んだ鈴音の目に映るのは、それぞれ高さ5cm程の細口の円柱型小瓶に入った、水色の液体と紫色の液体。隣の列にはお得用サイズらしき大きめの瓶も並んでいる。
飲むのか傷口に掛けるのかも謎だし鈴音達には不要な物だが、持っていないと何かあった時に怪しまれるかもしれないので、取り敢えず小瓶を人数分とお得用サイズを1つずつ買う事にした。
店主が差し出してくれた籠を、虎吉の座り心地が悪くならないよう気をつけながら左手に引っ掛け、小瓶10本大瓶2本を入れ次の棚へ移動。
「ここが光の聖石の棚だね。お仲間が持っているみたいだけど、どこか暗い所を通って来たのかい?」
そう言う店主の目は陽彦へ向いている。
陽彦の光は聖石とやらの効果だと思われていたのか、と納得しつつ鈴音は営業用スマイルを浮かべた。
「あー、そうなんですよ、暗い森で討伐依頼こなしてきたんで」
「ほうほう、迷宮は初心者でも討伐依頼をこなせる戦闘力はあるんだね、安心したよ。イスカルトゥは階層ひとつひとつが広いから、光の聖石は多目に持っていた方が安心だよ」
「分かりました。因みに普通はどのぐらい持って行きます?」
女性の手に収まる小さい石炭、といった感じの石を持って尋ねる。
「うーん、1階層につき5個ぐらいかな?それでも足りなかったなんて話も偶に聞くけどね」
「あらま、どないしよ。迷た時の事も考えて、一応10個ぐらいは用意しときましょか」
深く潜るつもりは無いよアピールをしながら籠に石を入れる鈴音へ、店主は笑顔で『それがいい』と頷く。
「よし、初心者としてはこんなトコですかね?」
「そうだね、後は水と食料をしっかりね。特に、初めての時は緊張して水を多く飲みがちだから」
「あー、節約せな思えば思う程、喉渇くんですね」
カウンターへ戻りながらのアドバイスに幾度も頷きつつ、鈴音はふと店主しか触れない奥の棚にある小瓶が気になった。
「あのー、そっちにある、いかにも大事そうな瓶も売り物ですか?」
「うん?ああ、これは上級の傷薬と毒消し薬でね。とても高い分、瀕死の重傷も治すし、死毒蛇の毒さえ消すっていう代物だよ」
どちらも鈴音が持つ籠にある瓶の液体より色が濃く、お得用サイズは見当たらない。
「参考までに、1つおいくらするんですか」
「金貨1枚だね」
「こっちのお値打ち品は?」
「小瓶が銅貨5枚、大瓶が銅貨50枚だよ」
この会話のお陰でガンメル王国には金銀銅貨があると分かったが、それぞれ日本円にして幾ら位なのか鈴音にはまだよく分からなかった。
先に日本の物と比較しやすい食料を買いに行くべきだったかと反省しつつ、現在45枚と金貨に余裕があるので、上級の薬も買っておく事にする。
「んー、ウチの場合ほら、御覧の通りなお方がいらっしゃるので、念の為にそのええお薬1つずつ頂けます?」
鈴音の申し出に驚いた店主だが、虹男の姿を見て納得したようで、棚から金貨1枚相当の小瓶を取ってくれた。
心の中で探索者組合の支部長に『ちゃんと儲けて貰いましたよ』と報告しつつ、籠をカウンターへ置く。
「あ、ちょっと待って下さいね。おーい、何か欲しい物あった?」
振り向いて一応確認する鈴音に、皆は首を振った。使い道の分からない物ばかりなので当然だろう。
「お待たせしました、お会計お願いします」
「はい、上級の傷薬と毒消し薬が1つずつで金貨2枚、下級の傷薬と毒消し薬の大瓶が1つずつで銀貨1枚、小瓶が5つずつで銅貨50枚、光の聖石が10個で銅貨50枚。合わせて金貨2枚と銀貨2枚だよ」
銅貨100枚が銀貨1枚か、と頷き、鈴音は無限袋から金貨3枚を出して手渡した。
受け取った店主はカウンターの下をゴソゴソやり、お釣りをトレイに並べる。
「お釣りの銀貨8枚、確かめておくれ」
「はい確かに。ほな品物は頂きますねー」
銀貨10枚で金貨1枚、と脳内メモに書き込みつつ、ポケットから無限袋を出してカウンターの下に構えた。
すると、虎吉が左前足でチョイチョイと触って瓶や石を滑らせ、袋の口へ落としてゆく。
「ええ!?」
金貨と同じ価値の薬が、と慌てて身を乗り出した店主だったが、無限袋へ音も無く吸い込まれる様子を見て脱力し、笑いながら小さく拍手した。
「ドゥッフ……っほん、げほ。うふふー、可愛いでしょウチの魔獣。ところで、この近所に食料買うのにオススメの店ありませんか?」
虎吉の愛くるしい仕草で顔面が危険な事になりかけるもどうにか立て直し、鈴音は爽やかな笑みで店主に尋ねる。
「ああそれなら、ウチを出て左に4軒隣が食料品店だよ。夕食の材料から保存食まで大体何でも揃う評判の店だから、探索者も多く利用しているね。ウチのカミさんも常連さ」
「奥さんが常連!そら間違い無い店ですね。ありがとうございます、行ってみます」
「こちらこそありがとう、探索はくれぐれも気を付けて、無理は禁物だよ」
「はーい」
先に出て行く皆に続き、店主に手を振って鈴音も道具屋を後にした。
教わった通り4軒隣へ向かうと、通りの角に面した大きな店が一行を出迎える。
「うわー、見たことない野菜ばっかり!野菜?果物かな?分かんないけど美味しそう」
月子の言う通り、扉を取り払った広い入口には木箱が並び、色とりどりの野菜や果物がどっさりと積まれていた。
店内へ入ると、野菜類の他にも肉や魚のコーナーも見える。
「あれや、デパ地下的な。肉屋さんや魚屋さんがテナントで入ってるみたいな」
「あー、それっぽいそれっぽい。頼んだ分だけ切り分けてくれる感じだよね」
「あっちに保存食みたいのもある。俺ら的にはあっちじゃねーかな?」
キャッキャと盛り上がる鈴音と月子を置いて陽彦が進もうとすると、黒花がロングパーカーの裾を咥えて引っ張った。
「うわ、何だよ黒花」
「先程の店はともかく、ここは食料品店だろう、私が入ってもいいのか?」
「あ、そっか。ペット入店お断り?」
その黒花と陽彦の会話で、鈴音も虎吉と顔を見合わせる。
「すっっっかり忘れとった。ごめんやけど茨木、店員さんに魔獣は入れますかて聞いてきてくれる?」
「うっす!」
頼まれた茨木童子が店員のもとへ小走りで近付き、鈴音達は入口まで後退して待った。
すぐに戻ってきた茨木童子は笑顔で親指を立てる。
「問題無いって言ってたっすよ!客に探索者が多いから、他の客も分かってるらしいっす」
魔獣の出入りが気になる人は、他所の店で買い物をするようだ。
「ありがとう。ほな安心して入らして貰お。黒花さん、思い出さしてくれてありがとうございます」
「勿体なきお言葉、痛み入ります」
キリッとした黒花の堅苦しい言葉と、物凄い勢いで振られている尻尾のギャップに、一同は揃って目尻を下げた。
「ねー、見て見て?クッキーかな?籠に並んでて可愛いね。妻が作ったクッキーの方が可愛いし絶対美味しいけど」
「うん、そらそうやろ。女神様お手製のんと比べられたら気の毒過ぎるて」
今回は別行動で好きな物を買う事にして各々へ銀貨を渡し、鈴音は虹男とお菓子コーナーを物色中だ。
すると、通路の向こうから肩を落とした骸骨がフヨフヨと力無く飛んで来る。
「ははーん、さてはお酒が無かったな?」
鈴音の予想は的中し、骸骨が見せた石板には酒瓶にバツ印がしてあった。
「ほな次は酒屋さんに行って、その後でご飯にしよか」
その提案に小さく口を開けた骸骨が拍手で応える。
たぶん満面の笑みを浮かべているのだろうな、と笑った鈴音は、得意げな表情を作り胸を張っておいた。
一方、陽彦と月子は保存食コーナーに居る。
「硬いパンと干し肉は定番だよな後は煮たらスープになる何かがあれば完璧なんだけど」
ぶら下がっている干し肉を眺め早口でブツブツ言っている兄のすぐ近くで、月子はドライフルーツを見ていた。
「レーズン?いやちょっと違うかな?でも甘い物も欲しいよね……何か広くて深い場所みたいだから1回くらいは休憩する筈だし。あ、お茶とか無いのかな」
無表情で干し肉を見つめる超絶美少年と、ああでもないこうでもないとウロウロする超絶美少女は、店員達の目の保養になっている。
肉コーナーに居るのは茨木童子と黒花だ。
「やっぱり肉いうたら赤身っすよね」
「そうだな。噛みごたえがあれば尚良い」
「姐さんも食うかな、取り敢えず銀貨1枚分買うといたらええか。おうオッサン、この赤身んとこ銀貨1枚分くれ」
茨木童子が吊るしてある肉を指して注文すると、店員は目を丸くして驚いた。
「銀貨1枚分!?治安維持隊が宴会でも開くのか!?」
「いや?主に俺とこっちの姉さんが食う予定や」
手で示された黒花を見て、成る程魔獣が食べるのかと納得し、店員は肉を切り分け始める。
手際良く作業し、蝋でコーティングされた紙の上にドンと置いた塊肉はおよそ20kg。
「ふーん、そんなもんか。まあええわ、ほなコレお代、銀貨な」
薄い反応をみせる茨木童子に唖然としつつ代金を受け取った店員が、肉を紙で包み麻紐のような物で縛った。
「重いから気をつけろよ?」
「おう、担いでいくから大丈夫や。ほな」
勿論片手で持てるが、紙や紐が破れたり切れたりしそうなので、茨木童子は大人しく肩に担ぐ。
そのまま、嬉しそうな黒花と一緒に鈴音のもとへ向かった。
「お、来た来た。肉?」
匂いで茨木童子が担いでいる物を当てた鈴音のそばには、既に骸骨と大上きょうだいが居る。
「うっす。お待たせしたっす」
「遅くなりました」
軽く頭を下げる茨木童子と黒花に鈴音は手を振って笑った。
「ハルとツキも今来たトコやから気にせんでええよ。肉はこっちで預かろか」
無限袋に肉の塊を仕舞い、鈴音が骸骨を見てニヤリと口角を上げる。
「ほな、次は酒屋いう事で」
万歳してくるくる回る骸骨に負けず劣らず、茨木童子も目を輝かせた。
「マジすか。酒飲めるんすか。うわー楽しみや!」
「僕も楽しみだよ。酔えないけど美味しいのは美味しいし」
虹男も含め喜ぶ大人達を尻目に、未成年きょうだいは微妙な反応だ。
「お酒臭いのはちょっとヤダ」
「俺はまあ、騒いだり暴れたりしなければ別に」
淡々と言うスナギツネきょうだいを見やった大人達は、『気を付けます』と約束する。
「酒臭さはどうか分からんけど、暴れる事は無いから安心して?何せ酔われへんのと酒豪しか居らへんから」
そう笑った鈴音は食料品店を出て、店員に聞いておいた酒屋を目指した。
その道すがら何者かの尾行は続いていたが、やはり絡んではこない。
只々ついてきているだけの者を脅す訳にもいかないので、仕方なく放っておいて酒屋へ入る。
今回は忘れる事なく魔獣も入店して良いかと確認済みだ。
ずらりと棚に並ぶ酒瓶を目にするや、骸骨と茨木童子が競うようにしてすっ飛んで行く。
虹男はのんびりと店主に近寄りオススメを尋ねていた。
上客と見た店主がお貴族様向けの上品な酒を虹男に薦めている間に、骸骨はまたしても不穏なラベルが貼られた酒を発見し万歳している。
骸骨が喜々として持ってきた瓶には、沈没する船と絞首台へ向かう荒くれ者の絵が描かれていた。
「うわあ。何やろ、海賊やろか?店主さん、この絵は何が言いたいんですかね?」
ちょうど虹男への説明を終えた店主は、鈴音が見せたラベルに目をやり笑う。
「ああこれは、治安維持隊すら翻弄する頭と腕を持つ海賊も、この酒を飲んだが最後、すっかり酔ってご陽気に騒いでいる所を、手下諸共あっさり捕まってしまいましたとさ、という意味だ。実際に200年前に海を荒らした海賊が、前後不覚になるまでこの酒を飲んで捕まってな。悪党も酔わせる美味さを売りにしているんだ。ついでに、飲み過ぎは身を滅ぼすって意味も込められてる」
「へぇー」
感心する鈴音達とは違い、気になる酒を手に戻ってきていた茨木童子は面白くなさそうな顔だ。
「チッ。ま、あれや、毒が仕込まれとる訳でもない酒に呑まれたんやったらソイツが情けないだけやな。兄貴とはちゃう、兄貴とはちゃう、よし」
小さな独り言がしっかり聞こえた鈴音は勿論聞こえていないフリをして、茨木童子の持つ酒瓶へ視線を固定する。
「あんたはどんなん見つけたん?」
「うっす、コレっす」
差し出された瓶のラベルには、仰向けに引っ繰り返って眠る飛竜のコミカルな絵。
「あはは、可愛い。けど、飛竜がヘソ天で寝るぐらい強力なお酒いう事なんかな?」
「その通り。味も悪くないからこれまた困った酒でな。相手を酔い潰して身ぐるみ剥ぐのに使う、なんて悪党も出てくる始末だ」
「昏睡強盗や、タチ悪いなー。そんなんに使われる為に作られたんちゃうのにねぇ。よし、私らが美味しく飲んだろ」
このひと言で購入が確定し、茨木童子はガッツポーズだ。
「虹男はそのオススメのお酒でええんかな?」
「うん。美味しいんだって、楽しみだねー」
笑顔の虹男に微笑み、鈴音は店主へ3本纏めて購入する旨を告げる。
「おお、豪快だな。海賊と飛竜がそれぞれ銅貨30枚で合わせて銅貨60枚、甘辛が銀貨3枚だけどいいか」
「問題無いですよ、はい、金貨1枚でお願いします」
代金を受け取った店主はお釣りを返し、酒瓶を包むかどうか問い掛けた。
初の銅貨40枚を皆で確認していた鈴音は、大丈夫だと笑って骸骨に手伝って貰い、瓶3本纏めて無限袋へ仕舞う。
「ほぉー、嬢ちゃんあんた神術士か。そんな小さい“大食らいの鞄”は初めて見たぞ。いやそれだと“大食らいの小袋”だな」
興味深そうな店主に無限袋を振って見せてから、この世界では大食らいの鞄と呼ぶのか、としっかり記憶し鈴音は微笑んだ。
「人と同じ物持っててもなぁ思て、小さいのんをね。無駄に目立たんように気ぃつけます」
鈴音が言うと店主も『そうしろ』と笑い、和やかな空気で別れて一行は店の外へ出る。
「うーん、まだ居てるやん」
「居るなあ」
鈴音と虎吉が小さく溜息を吐くと、当然ながら尾行に気付いている茨木童子が『シメましょか』と目で確認してきた。
月子も親指で首を切る仕草なぞしてきて怖い。
「まだ様子見で」
尾行者にバレたら不味いからとふたりを宥めつつ、昼食を取る為に食料品店店員オススメの食堂へ向かった。




