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第三百十四話 活動資金ゲットだぜ

 街へ戻った鈴音がまず向かったのは、依頼者リーキの屋敷だ。

 約束していた訳ではないので、また門前でごめんくださいと声を掛ける。

 すると先程とは違い、直ぐに執事が出てきてくれた。

 中へ案内しようとするのを断り、リーキに渡してくれとメモ書きを託す。

「なるべく早よ見したげて下さいね。ほな!」

 それだけ言い残し、用事は済んだとばかり去って行った。

 鈴音一行を見送った執事は、言われた通り主の部屋へ直行する。


「え?あの探索者の方々が?なんだろう」

 書類から顔を上げたリーキにメモを渡しつつ、執事は困った顔をした。

「リーキ様、お休みの日にまでお仕事をなさるのは、いかがなものかと」

「ははは、もう終わるから大丈夫だよ」

 苦笑いしながらメモを受け取ったリーキは、3枚重ね2つ折りのそれを開いて目を走らせる。

「これは……」

 驚いたリーキが読み終えた1枚を執事に渡すと、彼もまた目を丸くした。

「なんと、銀星茶の入れ方でございますか。水で出してから温めるとは……普通の茶葉とは違うので2時間もあれば抽出出来る……成る程、直ぐに厨房へ伝えてまいります」

「よろしく」

 頷いたリーキは出て行く執事を眺めながら、鈴音との会話を思い出す。


「店で飲む銀星茶には渋味があるのに、母が入れてくれたものにはそれが無かった、なんて話は……していないな」

 それはつまり。

「母さん……」

 小さく笑みを浮かべ呟いたリーキだったが、2枚目のメモを読んで目を潤ませ、3枚目のメモを見て涙を零した。

 2枚目には母ブロムトゥが息子リーキへ宛てた、あなたは何も悪くないというメッセージ。

 そして3枚目には、精密な絵。

 キラキラと目を輝かせた女性が、ドレスのスカートを摘み階段を駆け上がっている姿が描かれていた。

「あぁ……行けたんだね……父さんの所へ」

 泣き笑いのリーキの耳に、初恋なのよ、という母の声が蘇る。


 まだ15歳の乙女が、パーティーで出会った35歳の男に恋をした。

 しかし当然の事ながら男には妻がいる。

 だが少女は夫婦の間に吹く冷えた風に気付き、もしかしたらと己を磨き始めた。

 一流の貿易商である男の隣に立つ為に、語学を政治を経済を学び主要各国のマナーも身につけて。

 両親が持って来る縁談を全て断り、5年の後に男との再会を果たす。

 行き遅れたのはあなたのせいだと悪戯な笑みで迫る若き才媛に、独り身となっていた四十男が勝てる筈もない。

 前妻のような浪費癖も無く完璧に女主人の役割をこなす妻へ、太陽より眩しく花よりも美しいと夫は心からの愛を捧げる。

 息子は勿論他の誰が見ても、本当にお似合いの夫婦だった。


「良かった……本当に良かった……ありがとう皆さん……、感謝します……感謝します神よ」

 メモを胸に抱いて床へ跪いたリーキは、涙を流して神に頭を垂れる。

 この後、母が残したレシピ通りに入れられたお茶を飲んで、息子が再び涙したのは言うまでもない。




 さて、屋敷を離れた鈴音達はといえば、依頼達成の報告をしに治安維持隊の詰所に来ている。

 依頼料を満額貰った鈴音は金貨20枚纏めて骸骨へ渡し、皆で確認するよう告げた。

 そうして無限袋から大鬼の角を出し、カウンターへ載せる。

「ついでにこれ、昼間っからやたらと大百足が出てた理由が現れたんで、仲間が退治しといてくれたんですけど」

「え!?」

 大きな角を目にして職員の顔色が変わった。

「これがあの山に出たんですか!?」

「はい。なんでしたっけ、灰の大鬼でしたっけ?角があって目ぇが3つで灰色のデッカい魔物です」

「その特徴は間違い無く灰の大鬼ですね。なんて事だ……少々お待ち下さい」

 席を立った職員は奥へ向かい、支部長を呼んでくる。


「失礼します。……確かに大鬼の角ですね」

 角を手に取った支部長が渋い顔で頷き、鈴音に返す。

「1体だけでしたか」

「はい。これに追われて大百足が逃げて来たんやんな?」

 鈴音に問われ、金貨をしげしげと見ていた茨木童子が頷いた。

「最初は廃墟乗っ取る気ぃで攻めて来たんか思たけど、ムカデは夜行性や言うてたし。おかしいな思てたらコイツが出てったんすよ」

 角を指差した茨木童子へ成る程と頷いて、支部長は唸る。

「大鬼に群れる習性は無いので大丈夫だとは思いますが……うーん、そもそもはもっとずっと北に居る魔物なんですよ。何故こちらまで来たのかが分からなくて落ち着きませんね」

「ほな、この大鬼も大百足みたいに何かから逃げてったとか?」

「無いとは言えませんが、そうなると1体だけというのがどうにも。他の場所でも見かけただとか、交戦しただとかの報告があれば分かるんですが……」

「今の所そんな情報は無いと」

 頷く支部長から視線を外して角を仕舞い、鈴音は顎に手をやった。


「このヴィンテルの街の近くに地下迷宮ありますやん?そっからフラッと出てったいう事はないんですか?」

 地下迷宮は魔物が多く生息する場所らしいので、迷い出るモノもいるのではという鈴音の意見に、支部長は緩く首を振る。

「絶対に無いとは言いませんが、迷宮の出入口には強力な結界が張られているので、まず無理だと思います。結界を張ったのは神託の巫女に次ぐ神力を持つ神術士なので、魔物にその力を上回る魔力がない限り出られません」

「へぇー、神術士さんて凄いんや。因みに大鬼は見るからに魔力より筋力な感じやったけど、どない?」

 話を振られ、陽彦は大きく頷いた。

「魔力は弱かったし物理耐性持ちだったから、神術士とは相性最悪の筈。だから結界なんか越えられないと思う。そもそも、ダン……地下迷宮から魔物が出てきたりしたら、現地で大騒動になってる気がするけど」

 陽彦の指摘に支部長がその通りだと頷く。


「地下迷宮イスカルトゥには多くの探索者が入っているし、出入口付近には組合員もいるので、誰にも気付かれずに魔物が外へ出るのは不可能です」

「ふーん?ほな穴掘ったらどないや?迷宮の床でも壁でも掘り倒して、別の出入口(こさ)えたら出られへんか?」

 口を挟んだ虎吉を見やり『めちゃくちゃ流暢に喋るなこの魔獣』と驚きつつ、支部長はまた唸った。

「いやー……、硬いからなぁ迷宮の壁と床。飛竜の息吹を食らっても無傷なんだから、その辺の魔物の力でどうこう出来る代物じゃないと思うぞ」

「そうなんか、ほなアカンな」

 納得したらしい虎吉を撫で、鈴音はひとつ息を吐く。

「素人の私らが考えても分からへんやろから、後は治安維持隊にお任せします」

「そうですね、確かにこれは我々の仕事です。きちんと調査する事をお約束しますよ。ご報告ありがとうございました」

「いえいえ、お願いしますね。ほな私らはこれで」

 会釈する鈴音に支部長も胸に手を当て軽く頭を下げ、詰所を出ていく一行を見送った。


 詰所を出る前に金貨20枚を骸骨から受け取った鈴音は、無限袋に仕舞いつつふと思い出す。

「そういや探索者組合で、獲物や戦利品の買い取りしてるいうてたよね。大鬼の角とかさっき仕留めた魔物とか売れへんやろか」

「聞いてみる価値はあるんじゃない?お金はあって困るものじゃないし」

 月子が言い皆も頷くので、まずは組合へ向かう事にした。

「買い物もせなアカンし、宿も押さえなアカンし、やる事いろいろあるなぁ」

 忙しい、と笑う鈴音に、陽彦が提案する。

「正直、宿はいらないかもよ?ダンジョンに寝泊まりした方が効率的だし、俺らなら1日で最深部まで往復出来るかもだし」

「そうなん?けど検査所の人は、ダンジョン探索するなら宿に泊まる筈や言うてなかった?」

「俺らを初心者だと思ったからかも。浅い階層で魔物倒しながらレベルアップ目指すか、ひやかす程度で直ぐに戻って来るかって思ったんじゃねーかなー?神託の巫女の友人とか浮世離れ感ハンパない上に、なんせ貴族っぽいでしょ、神様が」

 陽彦に釣られるように虹男を見て、皆が『確かに』と納得した。

 白と青を基調にした三つ揃えを着こなす虹男は、圧倒的王子様感で溢れ返っている。


「そうか、探索者登録しに来た言うたもんね私。ダンジョンの中で寝泊まり出来る程の実力は無いか、お貴族様を野宿さしたりせぇへんやろ思たか、何せそういう気遣いさしてしもたんかぁ」

「たぶん。まあこのあと潜って直ぐ攻略しちゃって、地上に戻ってみたら夜だった、とかなら宿も要るかもしんねーけど」

 鈴音と陽彦の会話を聞きながら、虹男は黒花に話し掛けた。

「あの子くわしいんだねー?よく異世界で迷宮に行ってるの?」

「いえ。自室にて地下迷宮を探索するゲーム等で遊んでいるだけです」

「ゲーム?」

「何と申しましょうか……動く絵による疑似体験とでも言えばいいのか……」

「絵が動くの?黒花の住んでる世界には変わった物があるんだねー。教えてくれてありがとう」

「恐れ入ります」

 黒花が尻尾を振り虹男が目尻を下げた頃には鈴音と陽彦の会話も終わり、今後の方針が決まったようだ。


「ほな今んトコ宿は無しで、組合の後は道具屋ね。お昼食べてからダンジョンへ向かういう事で」

 鈴音が見回すと、皆それぞれ頷いた。

「よし、そしたら入ろか」

 そう言われて初めて、一行は探索者組合の前まで来ていた事に気付く。

「ねーさんて頭の中にナビ入ってるの?」

「ふふふん。最新版ダウンロード済みやから100mも手前でナビ終了したり、道や言うて海の上案内する心配は無いで」

 得意げに笑う鈴音に頼もしいと拍手しつつ、『ねーさんが子供の頃はそんなナビがあったのかな』と月子は心の中で首を傾げた。


 組合の中は相変わらず静かで、直ぐに職員が鈴音達に気付く。

「お、お帰りなさいませ!」

 直立不動になる女性職員を見るや、一行は揃って背後が無人である事を確認し、どうやら自分達への声掛けだぞと顔を見合わせた。

「ただいま戻りました。あの、楽にして下さいね?はい、座って座って」

 カウンター前へ立った鈴音が笑うと、職員はコクコク小さく頷いて恐る恐る椅子へ腰を下ろす。

 流石に“神託の巫女の友人で支部長より強い集団”は刺激が強過ぎたかと職員を心配しつつ、大鬼の角をカウンターへ出してみた。

「コレ、買い取って貰えたりします?」

 緊張で固まっていた職員は、言われて漸く角へ視線を落とす。

 すると、幾度か瞬きを繰り返してから、カッと目を見開いた。


「こ、これは大鬼の角ですね!?勿論買い取りさせて頂きますがこの短時間でどうやってこんな魔物と出会ったんですか!?大鬼はヴィンテルより遥か北にしか出ませんし地下迷宮イスカルトゥでも10階層以下にしか出没しませんが!?」

 物凄い早口で喋りながら角を手に取り、虫眼鏡のような道具で細部を確認している。

「あっ!しかもこれ灰の大鬼じゃないですか!20階層以下ですよ出るとしても!もうそこまで行って帰って来たという事ですか!?」

「うわー、誰かさんみたいな早口やな。はいはい、どうどう、落ち着いて下さい」

 鈴音が右手を上下に振って宥めると、我に返った職員は赤くなった後に青くなった。

「も、申し訳ございません!珍しい素材なのでつい興奮してしまって」

 項垂れる職員へ気にしていないと手を振り、入手した経緯を説明する。


「……いうわけで、山に出たんはコレ1体だけです」

「ははぁー……、珍しい事もあるんですねぇ。でも治安維持隊が動いてくれるなら安心です。ではこの角は買い取りという事で……」

「あ。もう1つ別の魔物も街の外で狩りまして。どこ取るんが正解なんかそもそも売れるんか分からへんから、丸ごと持ってったんですけど」

 角を手に席を立とうとした職員を止め、虎吉を骸骨に預けてポケットから無限袋を出した。

「ちょーっと大きいんですけど、ここで出して構いませんか?」

 左手に持った小さな巾着に右手を突っ込んだ鈴音に問われ、よく分からないまま職員は頷く。

 すると、鈴音の手に続いて黒い何かが見え、それに合わせて巾着の口が有り得ない程に伸びて開き、中から大きな魔物の死骸が出てきた。


 真っ黒なそれは、鈴音達からするとクラゲもどき、昭和世代からすると火星人だろうか。

 直径50cm程の饅頭型の頭部から細長い触手らしき物が多数伸びており、遭遇時はこれで歩行していた。因みに直立時は高さ2m前後。

 頭頂部がパカッと割れ、ノコギリのような歯がみっしり生えた口を見せて襲ってきたので、鈴音が側頭部をぶん殴って返り討ちにしたのだ。


「どうですか?買い取り対象ですかね?」

 無限袋をポケットに仕舞い虎吉を受け取りながら尋ねると、職員はポカンと開けていた口を閉じ、『支部長ぉー!!』と叫びながら奥へ消える。

 呼ばれてやってきた支部長はカウンターの向こうから出てくると、クラゲもどきを前に菩薩と化した。

「おう、何かを諦めた時の綱木みたいになっとるぞ」

「ホンマやね。顔洗いに行ったりするかな?」

 猫の耳専用会話を交わすふたりには気付かず、やっと呼吸の仕方を思い出したと言わんばかりに大きな息を吐いた支部長が、おっかなびっくり鈴音を見やる。

「これをどちらで?」

「街のだいぶ向こうですね。東の方かな?」

「でしょうね。東の国境付近に出る魔物ですから。そんな所まで行って何故この時間にここに居るのか不思議ですが、聞かないでおきます」

 やれやれと溜息を吐いた支部長は、しゃがんで魔物の状態を確認した。


「触手が完全に残っているし、神術による焦げ等も無い。一級品ですね、金貨10枚。灰の大鬼の角はこの辺りでは珍しいので、金貨15枚です」

 サラッと言う支部長を見て、鈴音も一行も唖然とする。

「あんなコンと突いただけで動かんようになる奴が、手間掛かる討伐依頼と同じ価値?」

「もっと探してシバいといたらよかったなあ」

「物理耐性持ちの鬼と変なクラゲ、金貨5枚しか違わないんだけど。変なクラゲも何かの耐性持ち?」

「ねーさんこれ、ダンジョン1回入ったら大金持ちになれるんじゃない?」

「狩りっすね、依頼より狩りで」

「知ってた?人界にある物はお金と交換なんだよ?」

「はッ、存じ上げております!」

 骸骨は石板に酒瓶の絵を描いて見せている。買ってくれアピールらしい。


「えー、あのー、もしもーし?」

 職員から渡された金貨の載ったトレイを手に、支部長が困惑している。

「あ。あはははは、すみません、あまりにも簡単に大金が手に入ったんで興奮してました」

 頭を掻いて笑う鈴音を見ながら、支部長も職員もゆるゆると首を振った。

「どっちも簡単に倒せる魔物じゃないですから。そういう訳で、合わせて金貨25枚です、ご確認を」

 言われるがまま金貨を確認し受け取った鈴音は、『これで金貨45枚になったで!』な顔で皆を見やり、皆もどこかギラついた目をしながら微笑む。

「確かに頂戴しました。ほな地下迷宮に備えて、教えて頂いた道具屋さんに行ってきますね」

「はい、儲けさせてやって下さい」

 笑う支部長に手を振り、一行はウキウキと組合の建物から出た。

 向かうは道具屋に酒屋に食堂か。

 すると角を曲がった辺りから、浮かれた一行をつけ始めた影がひとつ。

 どうやら鈴音の、大きい街に来たら絡まれるスキルが発動したようだ。

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