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第三百八話 ガンメル王国首都ヴィンテル

 皆で纏まって高速移動し、3階建て家屋程の高さがある城壁が見えた辺りでスピードを落とす。

 空から見たので円形になっていると知っているが、地上で見ると真っ直ぐ続く頑丈な壁でしかない。

「右にも左にも延っ々続いてるやん。万里の長城を下から見たらこんなん?」

「あー、そんなイメージかも」

 足を止め城壁を見上げた鈴音に月子が同意し、茨木童子は壁と周囲を見比べ首を傾げた。


「こんだけの壁が要るいう事は、街に入れたらアカン厄介なモンが()るいう事っすよね?」

 だが、着陸地点からここまでの数kmでは、野獣にも野盗にも魔物にも遭遇していない。

「んー、見た感じ平和だよね。夜になると変わるとか?それか戦争に備えてる?」

「うーん、そういう事なんやろか」

 鈴音が月子と茨木童子と顔を見合わせ唸っていると、骸骨が石板にサラサラと絵を描いた。

「ん?ドラゴン、パルナや。パルナが空から降りてくる、下から見てた人とか獣がワーッと逃げる。……あ!成る程ね、パルナにビビって、この辺の生き物はみんな隠れたんちゃうかいう事か」

 その通り、と頷く骸骨の説に皆が納得する。

「そっか、あんな大きくて強そうなのが来たら慌てて逃げるよね」

「骸骨さんナイスや」

 月子と鈴音に笑顔を向けられ、骸骨は親指を立てて応えた。


「よし、謎が解けた所で入口探さなアカンねんけど、上から見た時どっかに行列あったっけ?」

 左右へ視線をやり空からの眺めを思い出す鈴音と、上を向いたり目を閉じたりそれぞれのやり方で記憶を探る面々。

「デカい街だなって見てただけだから、人の動きは覚えてない」

 やがてそう言ったのは陽彦で、皆も同様に行列があったかは分からないと頷いている。

「ほな取り敢えず壁沿いにのんびり走ろか。こんな大きい街に入口1ついう事もないやろし」

 自身の記憶にも欲しい情報がなかった為、行ってみるしかないかと鈴音は右手で壁沿いを指した。

 皆に異論は無く、すぐに鈴音言う所の“のんびり”な時速100km程度で走り出す。

 一応は人や動物の飛び出しに注意しつつ、どこまでも続いていそうな壁に沿ってひたすら進んだ。



 3分ばかり走ると、馬車や人の姿が見えてきた。

 このまま突っ込んで驚かせてはいけないので、人の歩行速度に落としてから近付く。

 どうやらこの先にあるのは街道で、街の入口とも繋がっているようだ。

「壁の上に見張り台みたいなんがある」

 櫓のようになっている部分を鈴音が指すと、見上げた虎吉が頷く。

「おう、ホンマや。この世界は空からの敵にも備えなアカンから気ぃ抜かれへんな」

「そうか、飛龍が()るもんね。空から魔法で攻撃したりするんかなぁ」

 そんな会話をしている内に街道へ差し掛かり、木陰で馬を休ませている隊商がいくつか視界に入る。

 街へ入らないのだろうかと不思議に思いつつ先へ進めば、壁に空いたアーチ状の大きな入口には別の隊商が居て、木陰の彼らは順番待ちかと納得した。

 よく見れば荷馬車が列をなす隣にも別の列があり、そちらに並んでいるのはマントにリュックの旅装束だったり、軽装の団体だったりと見た目は色々だが、何せ徒歩で移動している人々のようだ。

「成る程、私らが並ぶんはこっちかな?」

 振り向いた鈴音は人々の列を手で示し、頷いた皆と共に最後尾に並ぶ。


 街の規模の割に行列が短いなと思っていたら、並んだ人々は検査官に金属のカードを渡し、検査官はそれを机の上にある長方形の石のような物に当て、青い光が出るとカードを持ち主に返し通行を許可するという、一手間挟んだ改札のようなシステムのお陰だと分かった。

「ここでシンハさん経由でタハティ様がくれた名刺が役に立つわけか」

 もたもたして後ろに並ぶ人々の迷惑にならぬよう、先に無限袋から銀色のカードを取り出した鈴音は、仲間だと分かるよう皆に半歩ずつ詰めるように指示して自分達の番を待つ。


「次の方どうぞ」

 検査官に呼ばれて一行はゾロゾロと進み、机の前で立ち止まった。

「この8人……ちゃうわ、5人と3体で行動してるんです」

 説明しながら鈴音がカードを差し出すと、受け取った検査官は刻まれている名前と人数を確認し、頷きながら石の上に置く。

 すると、銀色のカードは青ではなく白い光を放った。

「……は!?」

 光を見た途端、無表情だった検査官が目と口を大きく開き、慌ててカードを取って裏面を見やる。

 声を聞きつけ何事かと駆け寄って来た別の検査官もカードを覗き込み、同じような表情になった。


「こ、ここ、これ、神紋」

「せ、聖鉄じゃなくて、聖銀だぞ」

 刻まれた紋章とカードの素材に驚いているらしい2人は、いやそれよりも、とそこに添えられた文言を見て冷や汗を流す。

「我が友、って。……なあ、神紋使える御方はこの世にただ1人だよな?」

「俺の記憶ではそうだな」

「俺の記憶でもそうだ」

 顔を見合わせた検査官達は、揃って背筋を伸ばした。

 シャキーンとかいう音がしそうな動きに戸惑う鈴音へ、両手で捧げ持つようにしてカードを返す。

「失礼致しました。差支えなければ、この街にどのような御用でお越しになったのか、ご教示頂けますと幸いなのですが」

「ダン……地下迷宮に潜りたいので、探索者組合へ登録をしに来ました」

 受け取ったカードを仕舞いながら鈴音が答えると、検査官達が頷き合った。

「よし、王宮に連絡して、直ちに専任の騎士を派遣して貰おう」

「うむ、地下迷宮探索という事はこちらで宿泊なさるから、迎賓館の準備もしなければ」

 2人の口から出てくる危険な単語に、鈴音と骸骨の庶民コンビは勿論、流石の大上きょうだいも固まる。


「登録イベの前に何かとんでもないのキター!」

「え、王宮とか言ってるよ?迎賓館ってあの迎賓館?」

 揃って『ヤバくない?』という顔をした兄と妹は、鈴音が引き攣った表情から営業用スマイルへ切り替える瞬間を目撃し、どうするんだろうと興味津々になった。

「あのー、お役人さん」

 鈴音に呼び掛けられ、検査官達は慌てて向き直る。

「お気持ちは大変ありがたいんですが、我々は何と言いますか……、お忍びでして。目立ちたくないんですよ」

 後ろで順番待ちをしている人々に聞こえぬよう声を落とす様子に、遠慮や冗談ではなく本当にお忍びなのだなと理解した検査官達が幾度も頷く。

「ですので、探索者組合の場所と、信頼出来る宿の場所だけ教えてもうて、後はそっとしておいて頂けると、それはそれは助かります」

 鈴音がじっと目を見てから満面の笑みを作ると、検査官達は胸に拳を当てる敬礼をして机の下から地図を取り出し、組合の場所と貴族も泊まる宿を指し示してくれた。


「ありがとうございます。あー、でも貴族も泊まるとなると、見るからに平民な私らが()ったら揉めそうですねぇ。もっと庶民的な宿でええとこないですか?」

 首を傾げた鈴音に検査官達は目を丸くする。

「庶民的、でございますか。えぇと……」

 検査官の指が、高級宿から大きな通りを3つほど離れた区域を示した。

「この辺りの宿は旅人や探索者も利用するので、庶民的かと」

「おぉ、ありがとうございます。現在地がここで、目印の時計塔があっち、通りがこれ……よし覚えた」

 笑顔で頷いた鈴音は検査官達にお辞儀する。

「お手数お掛けしました。ほな全員通らして貰てええですか?」

「ももも勿論です、どうぞ!」

 再びの敬礼をする検査官達に会釈して鈴音が歩き出すと、一行もそれに倣って検査所を通過した。



 街に入った一行は、迷い無く進む鈴音に続いて探索者組合へ向かっている。

「うわー、ヨーロッパの街並みってカンジ」

「異国情緒で溢れ返っとるっすね」

 辺りを見回して感心する月子と茨木童子は観光客丸出し。

「石畳、石造り、マントにローブ、剣に槍に弓!武器屋、防具屋、道具屋に薬屋!くぅぅぅ異世界!」

 陽彦はオタク丸出し。

 虹男は動物の姿を探して視線を彷徨わせるも、鳥の一羽も見つけられずガッカリして、黒花を見る事で癒やされている。


 こんな風にキョロキョロする美形軍団は目立ちまくりで、不死者と魔獣を連れている事もあって注目の的だった。

「しもた……どうせ目立つんやったら、王宮の騎士を借りといた方が良かったかもしらん」

「まあ、虫除けにはなったやろな」

「やっぱりそうやんね?うわー、虫除け無かったらどこでどんなんに絡まれるやろ。ウザいわー」

 虎吉と猫の耳専用会話を交わした鈴音は、とにかく建物の中に入って視線を減らそうと組合へ急いだ。


 どうにか無事に辿り着いた探索者組合は、役所を思わせるシンプルな石造りの2階建てで、入口は開け放たれていた。

「人の出入りはあんまり無いんやね」

「獲物持って戻ってくるんは午後なんちゃうか?」

「あ、そうか、みんなもうダンジョン行った後か」

 虎吉の説に納得しつつ、御上りさん達がはぐれていないか確認して、鈴音は階段を上がり探索者組合の入口を潜る。


 荒くれ者の巣窟かと思われた建物内は掃除が行き届いており清潔で、カウンターの向こうにいる職員達は静かに事務作業をしていた。

「コレジャナイ」

 陽彦が何か呟いているが聞かなかった事にして、鈴音はカウンターへ近付く。

「おはようございます。探索者登録をお願いしたいんですが」

 そう声を掛けた相手は、一番近くに座っていた若い女性職員だ。

「はい、おはようございます。登録ですね、少々お待ち下さい」

 書類から顔を上げた女性職員は頷き、立ち上がって奥の棚から1枚の紙と長方形の石を持ってきた。

「身分証をお願いします。それと、こちらの紙に書かれている事をよく読んで、納得出来たら署名して下さい」

「はい」

 鈴音は例の銀色のカードを渡し、代わりに紙を受け取って内容に視線を走らせる。


「えーと、迷宮探索は自己責任で。死んでも組合は責任持たへんで。怪我した仲間や遺体の運搬を他の探索者に手伝うて貰た場合も、礼金の額なんかは当事者間で決めるように。組合に言われても知らん。但し、探索者を襲う探索者や、やたら強い魔物を見つけた場合は報告するように。責任持ってボコるから。あと、獲物や戦利品の買い取りもやってるよ、興味あったら聞いてね」

 中々な意訳に職員達は笑いを堪え、陽彦は『うん、フツー』と頷き、残る皆は特に問題無いと頷いた。

「ほなサインしとくね」

 インク壺にペン先をつけ、カリカリと音を立てて署名した紙を鈴音が渡そうとした時。

 女性職員が石の上に置いたカードが白い光を放ったかと思うと、つい先程どこかで見たのとソックリなドタバタ劇が始まった。



「やれやれ、まさか神託の巫女のご友人とは。そのようなご身分の方々が迷宮に入るのはどうかと思いますよ?」

 カウンターの向こうから出てきて不安そうな顔をしているのは、探索者組合ヴィンテル支部の支部長だ。

 30代前半、男盛りのいかにも強そうな筋骨隆々っぷりなので、茨木童子以外はヒョロリとしている一行が心配で仕方ないらしい。

「規約にも書いてある通り、探索者を襲う探索者もいます。皆殺しにされて持ち物を奪われてしまった者達もいるんですよ?」

「あー……、ご心配ありがとうございます。でもウチはみんな強いんで大丈夫です。疑うんやったら私と腕相撲でもしてみますか?」

 腕相撲とはなんぞや、と聞かれたのでやり方を説明すると、支部長は自分の腕と鈴音の腕を見比べ『何故この方法を選ぶのか理解不能』という顔をした。

「ふふ、まあやってみたら分かりますて。ほなそこの丸テーブルで勝負といきましょか」

 笑った鈴音は壁際にあるテーブルへ移動し、支部長も続く。

 向かい合った2人を見る一行は、支部長に気の毒そうな視線を送っていた。


 カウンター内の職員達が事務作業の手を止めて見守る中、虎吉を骸骨に預けてテーブルに肘をついた鈴音と、困り顔の支部長は互いの手を握り合う。

「ハル、この世界の人にも分かるように合図頂戴」

 鈴音のご指名を受けた陽彦は、少し考えてから頷いた。

「俺が“始め!”って言ったら勝負開始で」

「はいよー」

「分かった」

「じゃあいくよー、よーい、始め!」

 陽彦の掛け声と同時に支部長が軽く力を込める。

 鈴音の細い腕を折らないようにとの配慮だ。

「……?動かない?」

 そんな筈は、と瞬きを繰り返した支部長は、もう少しだけ力を込める。

 しかし鈴音の腕はビクともしない。

「そんな馬鹿な!」

 愕然とした支部長は配慮をどこかへ追いやり、全力で細い腕を倒しにかかる。

 鬼のような形相と弾けんばかりに盛り上がる筋肉が彼の本気を伝えるが、残念ながら結果には結び付かず。


 両手を使っても動かない鈴音の腕を前に、汗だくになった支部長が崩れ落ち、職員達はその光景を呆然と見ていた。

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