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第三百六話 タハティの勘違い

 宴は本当に夜まで続いた。

 鈴音達は神託の巫女タハティだけでなく、創造神シオンの話が聞きたいという神官達とも交流している。

 会場に居る神官の数が随分多いが業務は大丈夫なのかと思ったら、神の友人で聖騎士の恩人を迎えるという事で、大神殿は今日1日立ち入り禁止になっているそうな。

 それでは遠方から訪れる人々に迷惑が掛かるのでは、と心配した鈴音に、嵐にでも遭えば船の到着日が大幅にずれ込んだりもするので、たった1日の休みでゴチャゴチャ言われたりはしないと神官達は笑った。

 船旅をした事がない鈴音としては、そういうものなのかと頷くしかない。


 それでも何だか申し訳無さそうな鈴音を安心させるため、ほろ酔い神官が笑顔で必殺技を繰り出す。

「神が良いと仰るのだから、良いのです」

 天の神様の言う通り。

「あー……、確かにそうですね」

 もてなしの宴を開きたい、というタハティの願いを聞き入れたのはシオンだ。

 もし、『休むとは何だ!』等と神官に詰め寄ったら、それは創造神へ文句を言ったのと同じ事になる。

「シオン様がええ言うたら、そらしゃあない(仕方がない)ですね」

 笑いながら納得し、鈴音は皆とグラスを合わせた。



 そんな、食べて飲んで喋って大いに楽しんだ宴も、時を知らせる鐘が9回鳴った頃、漸くお開きに。

 鈴音達は侍女の案内で、それぞれに用意された部屋へ入った。

 皆一人部屋だが、陽彦は黒花と、鈴音は虎吉と骸骨が同部屋である。

 鐘が7回の朝7時に、皆で朝食を取る為迎えに来ると告げて侍女は下がって行った。

「いやー、食べた食べた!」

 ふかふかのベッドへ幸せそうな顔で仰向けに倒れ込む鈴音と、その腹の上に座る虎吉を見ながら、1人掛けソファへ落ち着いた骸骨が肩を揺らす。

 様々な酒を堪能出来た骸骨もまたご機嫌さんだ。

「ふー。いよいよ明日から猫神様のお肉買う為のお金稼ぎと、虹色玉探しやね」

「おう。今日食うた肉も美味かったし、この先も楽しみや」

「強いお酒もあるとええね」

 鈴音がソファへ顔を向けると、骸骨が思い切り頷いている。

 その時、室内へコンコンとノックの音が響いた。


「はーい?」

 虎吉をベッドに残し起き上がった鈴音がドアを開けに行くと、そこに居たのは月子とタハティだった。

「どないしました?」

 キョトンとする鈴音に、タハティと顔を見合わせてから月子が口を開く。

「そこで会ったから一緒に来たんだけど、私は何かちょっと興奮してるみたいで眠れそうにないから、ねーさんと喋れたらいいなと思って」

「私はその、鈴音様にお詫びしなければならない事があるので……」

 続いて口を開いたタハティは何だか申し訳無さそうな顔だ。

 よく分からないが取り敢えず2人を招き入れた鈴音は、ソファを勧めながら自分はベッドに腰を下ろす。


「それでタハティ様、お詫びいうんはどういう……?」

 2人掛けソファに月子と共に座ったタハティへ尋ねると、頬を染めて困り顔になられた。

 それを見た鈴音は、『うわ恋バナ系か』と面倒臭さを隠すのに必死である。

 そうとは知らずタハティは俯き加減で話し始めた。

「その……、異世界から戻ったシンハが、とても嬉しそうに鈴音様の事を話していたのです。あんなに目を輝かせているシンハは珍しくて、きっとその方に恋をしたのだと思いました」

 やっぱり、という顔の鈴音と、目を丸くして興味津々な月子。

「シンハを助けて頂いたお礼をしたいのは本当ですが、彼が恋したのはどんな方なのかという邪な興味もありました」

 鈴音からすればヨコシマという程ではなかろうと思うが、タハティは巫女なので基準が違うのかもしれないと黙っておく。


「そうして、祈りの間に皆様が現れた時は大変驚きました。まるで英雄譚を描いた絵画のように美しくて」

 シオンが拘った配置は、タハティ達こちら側の人々の心を掴んだらしい。流石は創造神である。

「鈴音様の特徴はシンハから聞いていたので、中央に立たれる凛々しい御方がそうだと直ぐに分かりました。彼が心奪われるのも分かるお美しさで……」

 恋は目を曇らせる上に視野も狭くなるのだな、と菩薩顔になる鈴音。

 隣に誰もが振り返る超絶美少女が居たのに、それを差し置いて美しい等と褒められても『近眼かな?』と思うだけだ。

「実際にお会いしてみて、シンハが惹かれるのも当然だと思い知りました。だから一度は彼を応援しようと思ったんです、でも……鈴音様には既に決まった方がおられる。心が醜い私は、これにホッとしてしまったのも事実で……」

「ストップストップ、いや、ちょっと待って下さい」

 流石に黙って聞いていられなくなった鈴音が割り込み、月子は『決まった相手って……?』と3人の男達を思い浮かべている。


「えーと、お詫びいうんはあれですか、ヨコシマな心を持ったまま接しててゴメンナサイいう事ですか」

 鈴音が尋ねると、タハティは申し訳無さそうにコクリと頷いた。

「あー、そうなんですね、うーん。それやと謝る相手は私やのうてシンハさんや思います」

 顎に手をやり渋い顔の鈴音に言われ、キョトンとしたタハティが首を傾げる。

「仰っている意味が……」

「あの聖騎士さん、ねーさんに恋愛感情なんか持ってないよ、って事です」

 横から月子が口を挟んで笑い、鈴音も大きく頷いた。驚いたのはタハティだ。

「え、でも……」

「目ぇキラッキラさして私を見るんは、子供が聖騎士見る時のそれとおんなじ。強いもんへの純粋な憧れです。自分の攻撃躱すような敵を私が一撃必殺するトコ見たもんやから、ギャーカッコエエ!!てなってしもたんですねー」

 腕組みし幾度も頷く鈴音と、同じくうんうんと頷いている月子を交互に見やり、手で口元を覆ったタハティの顔があっという間に赤くなる。


「巫女が泣かされた事にシオン様がお怒りやった、て言うた時のシンハさんの反応見とったら、間違いようが無い筈やねんけどなー」

「うんうん。あれどう見ても、自分を思ってくれたのかな?ってちょっとドキドキしてたよね」

 鈴音と月子の容赦ない攻撃に、タハティは茹でダコもビックリの赤面っぷり。

「それと、誰をそうや思たんか分かりませんけど、私に決まった相手は居てません」

 キッパリ言い切る鈴音を驚いて見やったタハティが、衝撃の情報をもたらしてくれる。

「でも茨木童子さんが、鈴音様とのお時間を邪魔しないよう、侍女達に申し付けたと伺いましたが……」

「えぇ!?……あー、分かった。侍女さんに下がって貰う為に、(あね)さんのお供は俺がする、て言うてくれた時のあれや」

「えー、うそ、あねさんとかお供とか言ってんのに、彼氏だと思われちゃうの?」

「上品な人らやし、何かの隠語や思たんやろか。まあ、未成年に手ぇ出してる思われんかっただけ良かったわ」

 謎は解けたと言わんばかりの2人を見て、またしても勘違いだったと知ったタハティは、両手で真っ赤な顔を覆い撃沈した。


「も、申し訳ありません、なんだか色々と、とんでもない思い違いをしていたみたいです」

 羞恥のあまりプルプル震えているタハティに、鈴音は笑いながら手を振る。

「誤解が解けて良かったです。気にしてませんよ」

 きっと神託の巫女という立場が邪魔をして、恋愛に関する相談なぞ周囲の人々には出来ないんだろうな、と考えた鈴音の脳裏に、以前出会った別の巫女の姿がよぎった。

 元貴族という肩書きのせいで友達が1人もおらず、小鳥だけが親友だったブランシュという女性。

 国を守る重要な立場なのだからと自分を殺し過ぎていた彼女は、ちゃんと笑えるようになって仲間達と打ち解けただろうか。

「タハティ様は笑うと可愛らしいので、その顔を積極的にシンハさんに見せたらええ思います」

 ブランシュと違ってタハティはお友達が欲しい訳ではないのだ、笑顔を武器にガンガン攻めて行けばいい、と微笑む鈴音に月子も力いっぱい同意。

「笑顔で好きだよーって伝えないと、聖騎士さんはタハティ様が神様の事を好きなんだって思ってるかも」

 急に神が出てきてタハティはギョッとする。


「何故そこに神が……?」

「だって鈴ねーさんが『巫女を泣かされたから神様が怒ってた』って言った時、タハティさん照れたじゃん?あれだと、大好きな神様が私の為に怒ってくれたなんて嬉しくて照れちゃう、みたいに見えるよ?」

 月子の指摘に唖然とするタハティだったが、自分がやらかした勘違いからすれば充分有り得る話だと思えた。

「た、大変……!神の事は勿論敬愛していますけど、そういう意味の好きではないんです!」

 両頬を押さえて慌てふためく様子に、月子も鈴音もうんうんと頷く。

「それを、笑顔のオマケ付きでシンハさんに言うてあげたらええ思います」

「そうそう、何でそれを自分に?とか聞かれたら、何ででしょうね?って悪戯っぽく笑って逃げてね」

「何やねんなそのキャッキャウフフな感じ……!」

「少女漫画っぽいのがいいかと思って」

 愕然とする鈴音と得意げな月子を見ながら、タハティは『笑顔で悪戯っぽく』と真顔で学習していた。


「ほな勘違いやて分かった事やし、明日に備えてそろそろ休みましょか」

 そう言った鈴音の声に被さるようにして、時を知らせる鐘が10回鳴る。

「もうそんな時間!?皆様、長々とお邪魔してしまって申し訳ありません」

 立ち上がり胸に手を当て礼をするタハティに、鈴音と月子も立ってお辞儀を返した。

 ソファで気配を消していた骸骨はゆらりと上下に揺れ、ベッドで丸くなっている虎吉は尻尾をパタンと振って返事とする。


「楽しかったです。明日は少しの間シンハさんをお借りしますね」

 顔を上げ悪ガキの笑みを浮かべる鈴音を見て、タハティは頬を染め口を尖らせた。

「鈴音様は意地悪ですね」

 それに対し月子が首を振る。

「いやいや、ねーさんが本気で意地悪したら泣く子も号泣間違い無しだから、こんなの意地悪の内に入らないよ?」

「私どんなイメージ!?ツキの前でやらかした事あったっけ?」

「悪魔……堕天使?泣かしてた」

「……あー……?」

 あれは別に意地悪でも煽りでも無かったような、と首を傾げる鈴音へ、タハティの手を取り素早く扉に向かった月子が笑う。

「おやすみ鈴ねーさん、また明日ね」

「お、おやすみなさい」

「はいはい、おやすみなさい」

 呆れ笑いの鈴音が応えると、元気に手を振った月子と再びの礼をしたタハティは扉の向こうに消えた。


「帰ったか。やれやれ台風みたいやったなあ」

 ベッドの上で背を山なりにして伸びた虎吉が言えば、1人掛けソファの骸骨も頷く。

「ねー。危うく恋敵認定されるトコやったわ」

「箱入り娘には色々難しかったんやな」

「うん。恋バナ出来る友達も()らんのかもね。まあ拗れる前に分かって貰えて良かった」

 お疲れ様、と手を挙げる骸骨にありがとうと笑顔を返し、鈴音はジャケットとスニーカーを脱いでベッドへ横になる。

「でもあんだけの色男らと美少女連れとったら、この先も変な勘違いとか有りそうやて分かったから、それだけはありがたいかも」

 腹に乗ってきた虎吉を撫でつつ、ダンジョンに潜る荒くれ者に絡まれたりしそうだな、と嫌そうな顔をして目を閉じた。

「明日は取り敢えずドラゴンでハルが大はしゃぎするやろー?いやその前にドラゴンが虎ちゃんや黒花さんにビビらへんか心配やなぁ」

「神力出さんかったら大丈夫やろ」

 そんな風にボソボソと会話している内に夜も更ける。

 大陸にはどんな肉がありそうか心躍らせ、そういえば本来の目的は虹色玉探しだった、と思い出した頃には空が白み始めていた。



 朝7時、侍女の案内で食堂へ向かう。

 通されたのは、昨日の大広間程ではないがそれでも充分大きな部屋だ。

 部屋の真ん中に片側だけで10人は座れそうな長いダイニングテーブルが置かれ、タハティと男性陣が既に着席していた。黒花は陽彦の足元にお座りしている。

 おはようの挨拶を交わして虎吉を抱いた鈴音と骸骨が席に着いた辺りで、月子がやってきた。

 すると何か気になる事でもあるのか、陽彦に落ち着きが無くなる。

 だが月子はそんな兄を訝しげに見ただけで、皆へ遅れた事を詫びながら椅子に腰を下ろした。

『寝起き最悪のツキがフツーだ。って事はアイツも寝てないのかな?』

 首を傾げた陽彦をよそに、皆の前へ朝食が運ばれる。

 今日この後の予定等を話しながら、みっしり身の詰まったパンとハム、絶品スープに舌鼓を打った。



 朝食を終えて9時頃、一行はいよいよ大神殿を出発する。

 タハティや神官達が入口にずらりと並んでのお見送りに、庶民な鈴音と骸骨だけがあっちへ会釈こっちへ会釈と大忙しだった。

 出発前に思わぬ形でメンタルを削られた鈴音へ、笑みを湛えたタハティが近付く。

「鈴音様、お話し出来て嬉しかったです。お帰りの際はまた寄って頂けますか?」

「こちらこそ楽しかったです。帰りはちょっとどないなるかまだ分かりませんねぇ。場合によっては、落とし物だけ掻っ攫って逃げるかもしれませんし」

 今から向かうルオデ大陸と違い、後で向かうエテラ大陸は国同士の小競り合いが多発しているらしいので、何が起きるか分からない。

「そうですか……、では、余裕があればという事で」

「はい。何事も無ければご挨拶に伺いますね」

 鈴音が笑顔で頷いた所で、シンハが出発を促す。

「いってきまーす」

 見送りの皆に手を振った鈴音達は、シンハに続いて山を高速で下りて行った。

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