第三百四話 庶民は放っとかれたい
苦手な注目を浴びながらも、営業用スマイルを絶やす事無く挨拶から仲間の紹介までをこなす鈴音。
しかし心の中では、祈りの間とやらの荘厳さと思いの外多かった人の数を見て『えらいトコに来てしもた』と冷や汗を掻いている。
神の友人だと言われたが、ここに居る100名程の男女は自分達が異世界人だと知っているのだろうか。
だとすれば、骸骨と黒花も神の使いで、虎吉は異世界の神の分身、虹男は異世界の神だ、と教えた方が良いのか。
そんな事を考えながら、取り敢えず皆の名前だけを神託の巫女タハティに告げていった。
最後のひとり茨木童子を紹介し終えた所で、タハティはまた丁寧な礼をする。
「ありがとうございます。皆様にお会い出来て光栄です」
「いえ、こちらこそ」
鈴音達日本在住組がお辞儀を返し、骸骨はゆらりと上下に揺れ、虹男はただ微笑んだ。
嬉しそうに笑ったタハティは、右手で優雅に部屋の出入口を示す。
「せっかく神のご友人が来て下さるのだからと、島の新鮮な魚介や野菜は勿論、世界中から美味しい食材を集めました。職人達が腕によりをかけて作った自慢のお料理が沢山ございます。どうぞお召し上がりになって下さい」
「それは素晴らしい。お心遣い感謝します。ありがたく頂戴しますね」
鈴音が営業用スマイル全開で応えると、神官達が道を開け、侍女達が戦闘態勢いや接客モードに入り、侍女長が皆を案内すべく待ち構えた。
「ひぃぃ、怖い。なにこの王様みたいな待遇」
「そら神の友人やねんから特別扱いやろ」
「無理」
笑顔のまま虎吉と猫の耳専用会話を交わした鈴音は、庶民な自分ではなくこの手の扱いに慣れていそうな誰かを前に出せばいいのでは、と思い付き素早く考える。
虹男は神なので人にかしずかれるのは慣れっこだろうが、不思議な言動で周囲を混乱させる恐れあり。
骸骨は鈴音と大差無い庶民感覚の持ち主だから、多分同じようにビビる。
大上きょうだいは所謂“ええとこの子”なので至れり尽くせりの接客に抵抗はなさそうだが、まだ高校生。
茨木童子も大昔は上げ膳据え膳で暮らしていたと思われるが、残念ながらそこに上品さがあったとは考え難い。
「あれおかしいな。誰も前に押し出されへん」
「うはは、鈴音が王様に決定やな?」
「いやいやいや本来はハルの役目やし。んー、思てたんとちょっとちゃうけど、いつものNo.2ポジションで我慢するか」
こっそりと小さな溜息を吐いてから笑顔に戻った鈴音は、侍女長に続くタハティとシンハの後をついて行った。
一行が案内されたのは、緑豊かな中庭に面した開放的な大広間だ。
天井も高く圧迫感が全く無いので、ガーデンパーティーのような雰囲気になっている。
実際そのような使い方をするつもりなのか、庭の方にも椅子やテーブルが置かれていた。
ビュッフェスタイルらしく、オードブルのようなものからメインの料理、酒類に至るまで、壁際のテーブルにずらりと並んでいる。
塊肉を切り分ける為に料理人が待機している所など、まるで食べ放題のホテルビュッフェだ。
「わあすごい!バイキングみたい」
月子の感想に鈴音と陽彦が頷く。
言葉の意味は分からなかったが、客人達が喜んでいるのは理解出来たので、タハティは笑顔で料理の取り方を説明した。
「皆様には侍女が付きますので、食べたい料理を選んでお申し付け下さい。順番にお皿に盛ってテーブルまでお持ちします」
「へぇー、好きなのを言えばいいんだね」
話を聞いた虹男や大上きょうだい、茨木童子は軽く頷いている。
だが鈴音は愕然としていた。
「侍女さんに頼まなアカンのですか」
確かに鈴音の片手は虎吉で塞がっているものの、骸骨に料理を取って貰えばいいので何の問題もない。
侍女などというはじめましてな人に頼むとなると遠慮して、『肉は山盛りで!』なんて言えなくなってしまう。
骸骨もまた、お酒をあれもこれも沢山飲みたいのに、何度も頼むのは気が引ける、と密かに困っていた。
まさか1人1人に侍女が付くとは思いもよらず、途方に暮れる庶民なふたり。
黙り込んだ鈴音が何を考えているのか分からず、タハティも侍女長も困惑する。
そこへ助け舟を出したのは黒花だ。
「恐らく鈴音様は、ご自身の手で取った物を虎吉様に召し上がって頂きたいのでは?虎吉様は猫神様の分身体であらせられるのだから」
それを聞いたタハティが、何か思い出したらしくハッと目を見開いた。
「そうでした、シンハから聞いていました!命の恩人鈴音様が抱いておられる可愛らしい生き物は、我が神が愛してやまない異世界の神の分身だ、と」
「あ、そういえばシンハさんには虎ちゃんの正体教えましたね、あの異世界でね」
タハティの大きめの声に頷く鈴音と、その腕にいる虎吉を見やり、侍女達と後から入ってきた神官達は目を丸くしている。
最も丁重に扱わねばならないのは、鈴音ではなく虎吉なのかと。
だが、ポカンとしている神官達を横目に、プロである侍女達は直ぐに切り替えた。
No.1の虎吉とNo.2の鈴音がセットになっているのは好都合だと目配せし合い、侍女2人体制で臨もうと動き出す。
料理の取り分けはさせて貰えなくとも、補助と説明くらいはしなければと意気込んだ。
そんな侍女達のプロ根性なぞ知る由もなく、鈴音はタハティに黒花の言う通りなのだと微笑んでいた。
「自分らが食べる分は自分らで取りますんで、どうぞお気になさらず」
「畏まりました。取り分けはご自身でなさるそうなので、手を出してはいけませんよ?神に対して失礼にあたります」
タハティが命じ、侍女達が手を胸に当て軽く頭を下げた所で、いよいよ食事会がスタート。
「それでは皆さん、美味しいお料理を一緒に食べて、親睦を深めましょう」
大広間にタハティの声が響くと、皆それぞれ目を付けていた料理のある場所へ散っていった。
「まずは肉、その次も肉やな」
「はいはい」
山と積まれている皿から大きなものを選んで鈴音が持ち、虎吉が気になった肉料理を骸骨がよそっていく分業スタイル。
侍女2人はいつ何を聞かれても良いように静かについて来ているが、どうやら虎吉の視界には入っていないようだ。
「これは角煮系、こっちは肉団子。次はローストチキンかな?鶏かは謎やけど」
「おう。その後はあれや、デカい塊切り分けとるやつ」
「了解」
虎吉の指示に従って、鈴音と骸骨が肉料理から肉料理へと移動。
よく会うのは茨木童子で、あっちの皿もほぼ肉だった。
「よし、これで一旦食べる?」
「せやな」
肉山盛りの大皿を手に大広間を見回した鈴音は、中庭にある四人がけ丸テーブルの下に目を付ける。
「あの下やったら、虎ちゃんが蹴っ飛ばされる心配は無さそう」
「おう、ホンマやな」
そんな会話をして中庭へ向かう鈴音達に、2人の侍女はギョッとして顔を見合わせた。
神の分身に地べたで食事させるなど、と慌てかけた途端、どこからともなくテーブルの下にラグが現れ、その上に小さなテーブルも現れる。
鈴音が魔力で作り出したお膳セットだが、侍女達に分かろう筈もない。
「……えっ?」
思わず声が出た侍女達の視界では、鈴音の腕から降りた虎吉がラグの上で小さなテーブルを前にお座りし、肉山盛りの大皿を置いて貰って舌舐めずりしていた。
「ほな虎ちゃん、私ら自分のん取ってくるから先に食べとってー」
「おう、お先に」
ひとり肉祭りな虎吉を残し、鈴音と骸骨が大広間へ戻って行く。
侍女達は自然と二手に別れ、1人は虎吉を遠くから見守り、もう1人が鈴音について行った。
「いやー、凄いね目移りするね、でも全部食べるから関係ないねんけどね」
皿を手に目を輝かせる鈴音を見て骸骨が肩を揺らし、酒を取ってくるから自分にも食べられそうな物があればよろしく、と石板で伝える。
「了解、いってらっしゃい」
手を振り合って別れると、骸骨は酒瓶がずらり並ぶコーナーへ滑るように移動し、鈴音は酒の肴になり骸骨が口に放り込めそうな料理を探した。
「お、このコロコロしたポテトっぽい何かなら骸骨さんもイケるな。あとこっちの地鶏の炭火焼きみたいなんもイケる」
2種類を皿に盛り付けた所で、侍女が横からサッと新しい皿を差し出す。
「わっ」
「お預かり致します」
料理が載った皿と新しい皿を交換してくれるらしいのだが、やはり鈴音はこういうやり取りに慣れない。
「あー、はい、ありがとうございます」
愛想笑いに会釈のオマケ付きで皿を換えて貰い、赤の他人にいつまでも自分達の皿を持たせておくのはどうかと考え、次の皿は適当に選んだ料理を載せさっさと席に戻った。
「あれ?早いやないか」
既に半分程が無くなった大皿から顔を上げた虎吉に、眉を下げて笑う鈴音。
その後ろからついて来て、テーブルに皿を置いて下がる侍女を見た虎吉は、何となく事情を察した。
「ヘタレやなー。あっちは仕事やねんから気にせんでもええのに」
「そうは言うても、初対面の人に物持たしてついて来させるてどないなん。お金払てるワケでも無いのに」
猫の耳専用会話を交わしていると、両手にグラスを持った骸骨が戻ってくる。
少し離れた場所で控える侍女達に、こちらも何だか申し訳無さそうな空気を出しつつ骸骨は席に着いた。
「おかえりー。はいこれ、骸骨さんが食べられそうなやつ」
ポテトと鶏の炭火焼が載った皿を渡すと、万歳して頭骨をくるりと回転させ喜ばれる。
お返しとばかりグラスを2つ渡され、中々にアルコール度数の高そうな香りに笑った鈴音は、小さく拍手しありがたく受け取った。
そこへ、鈴音を探していたらしい茨木童子が合流する。
「良かった、姐さん居った。うっかり料理に釣られて別行動してもたけど、人の宴のルールが分からへんから、どないしよか思とったんすよ」
そう言う茨木童子は侍女にしっかりと皿を持たせており、自分の手にも皿とグラスがあった。
「流石は酒呑童子の右腕。人を使う事に躊躇いがないな」
「ん?何かあったっすか?」
空いている席を勧めながら笑う鈴音に、茨木童子は首を傾げる。
「うん、まずは乾杯しよか、みんなを招いてくれたシオン様に乾杯!」
「うっす、乾杯!」
骸骨も自分専用のボトルを取り出して掲げ、皆で喉を潤した。
その後、サービス料を払った訳でもない相手に何かして貰うのは気が引けるのだ、と鈴音は庶民の心情を語って聞かせる。
すると茨木童子が、控えている侍女達へ顔を向けた。
「あんたら下がって貰てええか。この後の姐さんのお供は俺がするから」
「畏まりました」
茨木童子の指示を『2人になりたいから邪魔するな』と受け取った侍女達は、恭しく礼をして下がって行く。
そんな事とは露知らず、一連の流れに鈴音も骸骨も感心しきりだ。
「おお、凄いやん。フツーに断ったら放っといてくれたんかなもしかして」
「そらそうっすよ」
「そっかー。下手に断ったらプライド傷付けたりするんかなぁ思てよう言わんかってん。ありがとう」
「ははは!気ぃ使い過ぎっす」
侍女の目が無くなった事でホッとした鈴音は茨木童子に感謝しつつ、テーブルの下を覗いて虎吉の皿を確認する。
「虎ちゃんおかわり要る?あと、猫神様のお土産にするならどれがええ?」
「塊の肉切り分けとったやつが特に美味い。おかわり。猫神さんにもこれがええ思うで」
「わかった、取ってくるわ。ついでに自分のんも追加や。さっきビビり過ぎて全然取られへんかったし」
「うっす、お供するっす」
鈴音と茨木童子が追加で料理を取りに向かい、骸骨は虎吉とお留守番。
そこへタハティがグラス片手にやって来る。
「あら?こちらに鈴音様がいらしたと思ったのだけれど……」
小首を傾げる華奢な巫女に、骸骨は慌てて石板を取り出し茨木童子と連れ立って歩く鈴音を描いて、手で大広間を示した。
「まあ、可愛らしい絵。鈴音様はお料理を取りに行かれたのね。こちらで待たせて頂いても?」
どうぞどうぞと残る1つの席を勧めた骸骨は、また侍女に見つめられながらの食事になるのだろうかと周囲を見たが、どうやらタハティは1人のようだ。
そういう事もあるのかな、と思っていると、急いで近付いてくる気配があった。
「巫女!こんな所に!私を撒いてどうするんです!」
やって来たのは聖騎士シンハだ。
「だってシンハがお肉に夢中だったから」
「ぅぐッ、申し訳ありません」
2人のやり取りを聞きながら空気に甘さを感じた骸骨は、鈴音はまだだろうかと大広間へ視線をやる。
骸骨のSOSが届いたのか、ふたり合わせて大皿8枚を手に鈴音と茨木童子が戻って来た。
「いやー、肉は競争率が高いね!でも虎ちゃんと猫神様の分は確保出来たし、美味しそうな魚がいっぱい……あれ?」
ホクホク笑顔の鈴音は、タハティとシンハに気付いて早足になる。
「お邪魔しています鈴音様」
タハティが言いシンハが礼をした。
「すみません席を外してました」
申し訳無さそうな鈴音にタハティは首を振り、様々な種類の料理が少しずつ載った皿を見て微笑む。
「魚や野菜を収めてくれた人々も喜びます」
「よかったらタハティ様もシンハさんもどうぞ」
テーブルに皿を並べながら鈴音が言い、素早く大広間へ飛んで行った骸骨が枝が2本のフォークと小皿を2人分貰ってきてくれた。
「それじゃ、お言葉に甘えましょ?シンハ」
「はい!」
元気良く返事したシンハは、近くの席から自分用に椅子を持ってきて腰掛ける。
虎吉の皿におかわりをよそった鈴音が座り直し、皆がグラスを手にして自然な流れで乾杯となった。
フワフワな白身魚の揚げ焼きを楽しむ鈴音がふと顔を上げると、何か聞きたそうな表情のタハティと目が合う。
「どないしはったんですかタハティ様」
「あっ、ごめんなさい。その……鈴音様にお伺いしたい事があって」
「はい、どうぞ」
頷く鈴音だけでなく皆の注目を集めたタハティは、どこか恥じらうような表情で口を開いた。
「あの……、異世界でのシンハはどんな様子でしたか?」
小首を傾げての問い掛けに、鈴音と茨木童子と骸骨は目で会話する。
『これってアレ?恋する乙女的な?』
『多分そっすね』
コクリ。
『よし面倒臭い。ハルも巻き込もう』
『何や分からんけど、うっす』
コクリ。
鈴音の意見は全会一致で適当に可決。
「シンハさんの様子なら、前半一緒に行動しとったハルと黒花さんも呼んで聞く方がええと思います。恩人ですもんね?」
営業用スマイルの鈴音がシンハに話を振ると、彼は口の中の物を急いで飲み込み頷いた。
「1人で不安だった所を助けて貰いました。心から感謝しています」
その答えを受けて、骸骨がスッと大広間へ飛んで行く。
暫し後、黒花と月子を伴った陽彦が骸骨の先導でやって来た。
「呼ばれた」
「呼んだ。テーブルくっつけよ」
鈴音に言われ何だか分からないまま陽彦もテーブルと椅子を運ぶ。
「あんな、タハティ様が異世界でのシンハさんの様子を知りたいねんて」
「フーン?ああ、夏梅さんの話と合体させるって事?」
「そそそ。前半後半ね」
「オッケー」
頷く陽彦は分かっていないようだが、月子はタハティの表情を見て何となく察した模様。
ついでに兄が異世界で何をしていたのか詳しく知るいい機会だ、と言いたげな顔をしてから、皿を運んでくれた侍女に会釈していた。




