第三百二話 まずはお迎え
目立たない場所イコール森の中という取り決めでもあるのだろうか、と背の高い木々を見上げつつ鈴音は首を傾げる。
日本は夕飯時だったがこちらは日が高い。宴だというから夜かと思っていたが、ひょっとしたら午餐会なのかもしれない。
そう思いつつ鈴音は振り向いた。
「どんな世界かはさっぱり分からへんけど、取り敢えず場所は覚えた?」
問われた茨木童子は周囲を見回し頷く。
「うっす。ここに呼びましょか犬神様の神使達」
「ん?いや、あー、それもアリかな?ここに呼んで合流して、巫女さんと約束してる場所にシオン様の御力で転移さして貰うとか」
元々は約束の場所に神界から鈴音達が行き、その場で魔界への通路を開いて茨木童子に陽彦達を連れて来て貰う予定だったのだが。
纏めて転移の方が簡単なのではと考えた鈴音は、開いたままの通路から神界へ戻りシオンに伝える。
「転移で?」
他の創造神が出した空飛ぶ魚型の玩具を追って走り回る白猫に声援を送っていたシオンは、鈴音の提案を聞いてうーんと唸った。
「俺としてはね、こう、神殿の祈りの間に神界からの通路がドーンと開いて、圧倒的な力で居並ぶ神官達の度肝を抜くっていうかね?」
「ド派手な演出がしたいと」
「そう。……なんだけれど、確かに、祭壇の前に出た後で別の通路から2人と1体が出てくるっていうのもパッとしないかな……?」
腕組みをしたシオンと共にその光景を想像して、中途半端な間が空きそうだと鈴音は頷く。
「纏めてバーンと現れた方が衝撃的ではありますよね。神力で圧倒したいなら通路に拘らんと、虹男に出して貰たらええ思いますけど」
「いや、虹男に『皆を驚かす神力を』なんて頼んだら、神殿ごと吹っ飛ばしそうだからやめておくよ。それなら鈴音達神使が出してくれればいい」
「虎ちゃん、骸骨さん、黒花さん、ハル、ツキ、私、の全部で6名居てますけど大丈夫ですか?」
指折り数えた鈴音を見やり、少しだけ考えたシオンはニッコリと笑った。
「やめておこうか」
「ですよね」
営業用スマイルで応えた鈴音は、賢明な判断だと讃える。
「神殿を守る為にも皆をビックリさせるのは諦めて、鈴音の提案通り纏めて転移させる事にするよ。準備が出来たら声を掛けておくれ」
「はい。ほな行くよ虹男、虎ちゃん来てー」
鈴音が呼び掛けると、お魚玩具を目で追っていた虎吉が軽やかに走って来て胸に飛び込んだ。
虹男もサファイアに手を振って悠然と歩いて来る。
「今回は鈴音と一緒かー。でも僕、かなり元に戻ってきてるからね。強いから。ふふん」
何故か神使と張り合う創造神を虎吉と共にスナギツネ顔で眺め、溜息を吐いた鈴音は親指で通路を示す。
「かなり強いなら力加減間違えんといてな?シオン様の世界にも、神様と渡り合えるような存在は居らへんから」
「そうなんだ?じゃあ僕の欠片も直ぐに見つかるかなあ?どこに隠したんだろうねー」
虹男がチラリと視線を向けるも、シオンは意味ありげに微笑むばかりだ。
そりゃあ教えてはくれないよなと鈴音は笑う。
「ま、慌てんと行こ。まずは神託の巫女が歓迎会してくれるらしいし。いうても向こうは、例の異世界人誘拐事件で関わった犬神様の神使に会うんが目的やけど」
「ん、分かった。美味しい食べ物と僕でも酔えるようなお酒があったらいいなあ」
「人が作ったお酒やろうから、酔うんは無理ちゃう?」
そんな会話をしつつ、シオンに会釈して通路を潜る。白猫は遊びに夢中なので、心の中で挨拶しておいた。
森の中で骸骨と茨木童子と合流し、シオンに転移で運んで貰う事を告げる。
「そういう訳やからー……、て、その前に紹介するわ。こないだ教えた虹男いう創造神がこの御方。彼の身体の一部が2つこの世界のどこかにあるから、それを探し出すんが今回の目的」
紹介を受けて虹男にお辞儀する茨木童子。
「うっす、自分は悪鬼で姐さんの助手やらして貰てます茨木童子っす。以後お見知り置きを」
挨拶された虹男は『アッキって何だろう』と思いながらも笑顔で頷いた。
「よっしゃ、ほんなら魔界に繋いでくれる?大上きょうだいと黒花さんを迎えに行こ」
「うっす」
すぐさま茨木童子が手を翳して魔界への通路を開き、鈴音を見やる。
「ありがとう。ほなちょっと行ってくるから、虹男は待っといてな。どうせ一瞬で戻ってくるし」
「うん」
虹男は素直に頷いたが、例え数秒でも単独で残すのは不安に思ったのか、骸骨も残ると石板で伝えてくれた。
「あ、ホンマ?ごめんなありがとう。大急ぎで戻るわ」
右手で骸骨を拝んだ鈴音は、茨木童子に頷き魔界へ向かう。
大きな背中に続いて潜った通路の先に広がるのは、切り立った岩山に囲まれた渓谷だった。
谷の真ん中を流れる川の勢いは激しく、人が落ちたらひとたまりもないと思われる。
空には厚く雲が垂れ込めており、今にも雨が降り出しそうだ。
「何やろ、自然の厳しさしか見えへん場所やね」
「上から岩でも落とされそうやな」
鈴音と虎吉の感想に茨木童子が笑う。
「悪鬼以外の奴への威嚇っすかね?まあ俺らは奥に用事ないんで、サクッと奉行所に繋げ……」
「オイ!誰だお前ら!」
茨木童子が人界への通路を開こうとした時、岩山の上から野太い声が降ってきた。
声がした場所には額から角を1本生やした鬼が立っており、険しい顔で見下ろしている。
鞍馬天狗の所で最初に会う烏天狗のようなものだろうか、と首を傾げる鈴音に目を留めた鬼は、後から来た鬼と顔を見合わせヒソヒソとやり始めた。
「ほっといて繋げましょか」
「うん」
「せやな」
面倒臭そうな茨木童子の意見に鈴音と虎吉が賛成すると、無視された鬼達が怒りを露にする。
「動くな!!人の分際で俺らを蔑ろにするとはいい度胸だな。男は殺す、女は村へ連れて行く、猫は食う!俺らを甘く見るとどうなるか、教……」
鬼は脅し文句を最後まで言えなかった。
魂の光全開で鈴音が神力を解放したからだ。
咄嗟に角と妖力を出した茨木童子は踏みとどまれたものの、門番役らしい鬼達は岩山から転げ落ち、地面に強か体を打ち付けた。
「ぐぅッ!!な、何だ!?」
「うがッ!!化け物!?」
流石というべきか、高所から落ちた程度では殆ど傷を負っていない。
打ち付けた部分を擦りながら立ち上がり、強烈な光を放つ鈴音に驚いている。
一方の鈴音は、眉間に深い皺を刻んだ凶悪な顔で鬼達を睨み付けていた。
「聞き捨てならん言葉があったわー。そこの悪鬼さんよ。アンタ今なんて言うた?」
鈴音が一言喋る度、その周囲が凍って行く。
「え?え?俺?俺か?」
何やら物凄い迫力の鈴音に気圧され、つい自身を指した鬼が仲間を振り向き、仲間の鬼は思い切り頷いてジリジリと後退し始めた。
「アンタ以外誰が居んねんな。なあ、何て言うたんよ。もっぺん言うてみ?」
低い声が響くと、川の水が長い長い竜の姿になって鎌首をもたげる。
「ひぃ。え……と、男は殺す?」
「そこやないわ」
「女は村へ連れて行く?」
「それもどうでもええわ」
ゴクリと喉を鳴らした鬼は、鈴音とその腕に抱かれている虎吉へ視線を往復させ、恐る恐る続けた。
「……猫は食う?」
「それじゃーーー!!」
鈴音が叫ぶと同時に、空を稲妻が埋め尽くし凄まじい雷鳴が轟く。
「ギャーッ!!」
「ヒィィィ!!」
悲鳴を上げた鬼達は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「食う?猫を?あはははは、何かの間違いやんな?」
右手を腰に当て笑う鈴音を見やり、鬼達は必死に頷く。
「飼う!飼うの間違いです!」
「ちゃうわボケーーー!!」
またしても雷。鬼達はもう涙目だ。
「猫は、崇める、や」
カッ、と目を見開いた鈴音から迸る神力と、すっかり凍り付いた周囲と見下ろしてくる水の竜の威圧感に為す術もなく、鬼達は何度も何度も頷いた。
「うん、分かったんやったらええねん」
表情を緩めた鈴音から光と神力が消えるのに合わせ、氷と水の竜も消える。雷ももう鳴らない。
どうにか生き延びたらしい、と安堵の息を吐いた鬼達は、そこで初めて鈴音の隣に居るのが茨木童子だと気付く。
「あっ、テメェ!人の腹から産まれた分際で……」
そこまで言ってから鬼は急ブレーキを踏んで考えた。物凄く考えた。
「よくも我々の土地を踏む事が出来ましたね!」
「いや言葉丁寧にしたらええっちゅうもんちゃうからね!?」
ずっこけた鈴音がツッコみ、茨木童子は腹を抱えて笑う。
「ハッハッハッハ!!べ、別にこっちに住もうと思てる訳やないし、入口にちょっと足踏み入れるぐらいええやろが、ぷくく」
「ぐぬぬ人界で産まれたものが偉そうに」
どう見ても茨木童子の方が強いのになあ、と呆れた鈴音が口を挟んだ。
「どこで生まれようと悪鬼は悪鬼やろ?ごちゃごちゃ言うんやったら村とやらに乗り込むで?」
「あ、いや、その、それはちょっと」
「ほなこの場所使うん認めてんか」
悪びれる事なく脅す鈴音に怯え、顔を見合わせた鬼達は頷く。
「よし。大丈夫大丈夫、心配せんでも移動の中継地点として使うだけやから」
「はあ……そうですか」
「それにしても、割と派手に雷ビカビカさしたのに増援無しやねんなぁ。私が侵略目的やったらヤバない?」
指摘を受けて鬼達は溜息を吐いた。
「あんなとんでもない力使う相手に勝ち目なんか無いと踏んで、村の守りを固めたか逃げ出したかのどっちかだと思いますよ」
それを聞いた鈴音は、初めて会った時の茨木童子も勝ち目無しと判断するや一目散に逃げたなと思い出す。
「割と冷静いうか、無理はせぇへん種族なんやね」
「魔界には強い種族が多いんで、そうでなければ直ぐ滅びます」
「あー、言われてみたら魔王も分が悪い思たら直ぐ逃げるわアレ。そういう事かぁ」
鈴音の独り言で、魔王とも面識があるのかよ、と鬼達が泣きそうな顔で震えている。
「ま、ええわ。私らはこの一角だけ使わして貰えたらそれでええから、村に誰か残っとったらそない言うといて。あと、茨木童子バカにしたらシバき回す、とも言うといて」
逆らうと危険な命令だが、鬼達は複雑な表情だ。茨木童子のくだりが気に入らないのだろう。
それを感じ取った鈴音が不敵に笑った。
「因みに私、猫神様の眷属で神使。こっちは猫神様の分身。喧嘩売りたいならどうぞ、いつでも受けて立つで」
「にゃー。かかって来んかい」
「神の眷属と分身!?」
何でそんな存在が魔界に、という疑問と、神の眷属が何故に悪鬼である茨木童子を庇うのか、という疑問で鬼達は大混乱だ。
「にゃー可愛いぃ。ゴホン。アンタらがいらん事せぇへん限り手は出さへんよ。さっきから言うてる通り移動に使うだけやから。分かったらさっさと仲間に伝えに行き?」
とっとと失せろ邪魔だ、と空耳した鬼達は震え上がり、蹴躓きながら慌てふためいて走り去って行った。
「あの、ありがとうございます姐さん」
ちょっと照れ臭そうな茨木童子に、鈴音は悪ガキの笑みを浮かべてすっとぼける。
「なにがー?別に何もしてませーん。そんな事より早よ通路繋いで迎えに行こ」
「うっす!」
嬉しそうに笑った茨木童子が手を翳し、人界への通路を繋いだ。
向こう側に見えるのは大上家の玄関で、その前に家族が勢揃いしている。
陽彦はロング丈のパーカーにTシャツにジーンズにスニーカー。
月子はショート丈のマウンテンパーカーにTシャツにジーンズにスニーカー。
きょうだい共にリュックを背負っている。
「うん、動き易そう。それにしても服装が似るとホンマそっくりやなぁ」
笑いながら鈴音は通路を潜って人界へ出た。
「お待たせ。向こうで創造神様待たしてるから早よ行くよ」
「うーす」
「はーい」
出るなり陽彦と月子を急かし、両親が長々と喋る事を阻止。
会釈した鈴音に会釈を返し、暁子と朔彦が慌てて声を掛ける。
「あっ、えぇと、生水には気を付けてね?」
「あちらの方々にご迷惑の無いように」
対する子供達は落ち着いて頷き返した。
「うん、気を付ける」
「分かってる。行ってきます」
陽彦と月子はそう言って手を振り、いそいそと通路を潜る。
遠足に浮かれる子供みたいだと微笑んでから、鈴音は両親にお辞儀した。
「お2人をお借りします。精々数秒間の不在ですし怪我なんかさせませんからご安心下さい」
「は、はい。お願いします」
「お願いします」
暁子も朔彦も心配そうな顔でお辞儀を返す。
「ほな失礼しますね」
笑みを浮かべた鈴音は踵を返し、魔界への通路に消えた。
「ここが魔界?骨とか落ちてないな」
「どんなイメージよ」
興味津々の陽彦と呆れる月子。
「はいはい、ここは飽くまでも中継地点やから。直ぐシオン様の世界に行くよ」
鈴音の声に合わせて、茨木童子が今度は異世界へと通路を繋ぐ。
急かされるままそれを通った大上きょうだいは、実にあっさりと異世界に足を踏み入れた。
「おおー、森に出るパターンか」
「うーん、普通」
それぞれ感想を口にしてから、斜め前の骸骨の隣に居る金髪男性に視線を移す。
一見ただの美形なお兄さんだが、その目が揺らめきながら色を変えている事に気付くと、正体を察した2人は揃って姿勢を正した。
「あ、そない畏まらんでええよ?この創造神が気紛れに死んだせいで色々大変やったんやし」
「うぐっ。なんだよう、せっかく神様扱いしてくれそうだったのに。そのまま畏まらせちゃいなよ、偶にはいいと思う」
「良うないわ!これから緊張する場面も多なるんやから、身内の間では変な緊張感は無し!」
「えぇー」
全く敬語を使わない鈴音とそれを受け入れつつ拗ねている虹男を交互に見やり、何となく力関係を理解した大上きょうだいは肩の力を抜く。
「あっ!緊張感無くなった!早いよ!?」
「察しのええお子さん達やねん」
両頬を押さえる虹男と半笑いで頷く鈴音。
茨木童子は笑いを噛み殺し、骸骨は盛大に肩を揺らす。
虎吉が大あくびして、きょうだいを見た。
「まあ、毎度こんな感じや。気楽にな」
顔を見合わせた2人は、どちらからともなく笑い出す。
「すげー楽しめそうです」
「うん、私も」
何が起きても大丈夫そうだ、と安心し、この先の冒険に思いを馳せた。




