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第三話 そら喋るやろ猫やねんから

 会話がどんどんと脱線していく傾向にある雉虎猫と鈴音は、仲良く首を捻って記憶を辿る。

「帰る方法はあるんか、いう話してなかったか?」

「猫神様の謎の“にゃんこの目マッサージ”の事も聞きたかったような」

 どうにか元の話題を思い出したところで、眠っていた子猫が『ウーン』と伸びをし、ぽやぽやと寝ぼけまなこで立ち上がった。

 このままでは鈴音がデレデレと溶けてまた脱線する、とでも思ったのか、白猫が素早く尻尾で己の腹へ誘導し、隠すように寝かし付ける。


「まあ、あれや、帰るのは簡単やねん。俺がこっちと向こうを通路で繋いだらええだけやし」

「……え、それ簡単な事なん?」

 虎サイズの猫と小さな子猫が寄り添う様子に、目尻が下がり続ける鈴音だったが、雉虎猫のあっさりとした声で我に返った。

「おう。けど、向こうに帰してもうたら、普通はもうこっちに呼ぶんは無理やねん。そういう決まりや」

「一方通行か。そらそうやんね、人がそんなホイホイ行き来出来たらおかしいもん。寂しいけどしゃあないよね」

「こら、猫の話は最後まで聞け。普通は無理や、いうだけや。猫神さんはお前さんをえらい(随分と)気に入ったからな、さっきしたやろ、普通やのうなる(ではなくなる)事を」

 愛猫達の待つ家には帰りたいが、この喋る雉虎猫や大きくて優しい白猫と別れるのは悲しいな、としんみりしていた鈴音は、ハッとして顔を上げた。

「にゃんこの目?」

「正解。あれは猫神さんの力を与える“まじない”でな。あれに応えた時点でお前さんは猫神さんの眷属になってん」

「おおー!!ケンゾク!!…………ってなぁにー?」

 頭を掻きつつのとぼけた問いに、世にも珍しい、ズッコケる猫が出現。気を取り直す為にザリザリと毛繕いをしてから、雉虎先生は説明してあげた。

「わかり易ぅ言うたら、猫神家の一族?まあ、俺みたいなもんや」

「え?だって雉虎兄さん、神様の分身でしょ?同じて、え?一族?ええ!?」

「うんうん、驚け驚け。今日からお前さんは、“猫神の眷属”で“猫神の神使”や。これで行ったり来たりし放題やな!」

「えーーーー!?」


 ただの昔遊びをしたつもりが、なんと神の一族で使いになってしまったらしい。

 顎が外れんばかりに驚いた鈴音だが、よくよく考えてみれば神使が実際何をするのかは知らなかった。

「……センセー、神使って何するんですか」

「んー?まあ、お告げ伝えたり、神器授けたり、神さんの代わりに人前に出る仕事する存在かな大体は」

「めっちゃ偉いやんほぼ神様やん無理」

「鹿とか蛇とかに出来んねんから、大丈夫やて」

「無理無理無理無理」

 恐れ多いにも程がある、と首を振り続ける鈴音が憐れになったのか、子猫と共に横になっている白猫が小さく鼻を鳴らした。

 正しい情報を伝えろ、と促したようだ。

「はいはい。あー、今言うたんは他の神さんトコの使いの話な。猫神さんの使いは、猫神さんがして欲しい事をするだけ」

「え?して欲しい事て、お告げ伝えるとかではなく?」

 雉虎猫の言葉で、首振り人形鈴音の動きが漸く止まった。

「お告げ、なんてそもそも猫神さんした事ないしなぁ。するにしたって俺がおったら事足りるし。猫神さんがお前さんに望むんは、呼んだ時にここへ来て、マッサージする事。今んとこそんだけやな」

「……なーんや、ビックリしたぁ。それやったら喜んでなんぼでもやるよー。むしろこっちからお願いしたい話やでホンマにー」

 肺の空気を全部出す勢いの溜め息を吐き、全身の力を抜いて安堵する。そんな鈴音の様子に、雉虎猫と白猫は顔を見合わせて、よかったよかったと幸せそうに目を細めた。


「そしたら、お前さんの名前教えてんか。覚えとかな不便やから」

 雉虎猫の問いに、急いで正座した鈴音は元気に答える。

「夏梅鈴音と申します。ファッションと牛肉でお馴染みの港町在住です」

「お、あれか、夏梅いうたらマタタビか。猫に寄って来られそうな一族やな」

 穏やかな顔で頷くも、港町と聞いて『そこはまだ行ってへんかったかな』などと雉虎猫は記憶を辿っているようだ。

「ふふ。名字のせいかは知らんけど、実際ずっと猫と暮らしてるし。ま、あの子らの餌代の為にも早よ、次の仕事見つけなアカンねんけど」

「ん?なんや、仕事クビなったんか?猫見る度にヤバい発作出るせいで?」

 鈴音に視線を戻した雉虎猫が、キョトンとした可愛らしい顔で鋭い一撃を見舞った。

「ぅぐ。いやいやいや、クビ(ちご)て倒産やし。ヤバい発作てなに」

 己のデレデレ振りは猫から見ても危ないのか、と両頬を押さえて反省する鈴音だが、“猫を見たらデレる”という本能に抗う術が、何処を探しても見当たらない。

 こうなったら特訓だ、とばかり愛猫達の顔を思い出してみる。

「あぁ、倒産か。世知辛いなあ。ん、ほんでな、俺も覚えて貰わな都合悪いねんけど、名前あらへんから付けてんか」

 雉虎猫の声に鈴音はうっかり、目尻が下がり切って口元が緩み切った顔を向けた。

 本能に勝とうと試みた脳内演習で、愛猫達から“こちらを見上げながら可愛い声でニャーと鳴く”という一撃必殺の凶悪な攻撃を貰い、ものの見事に負けていたからである。

「うわ、今度は何キッカケの発作や大丈夫か」

「ごめんごめん、ちょっと思い出しにゃんこ(記憶の中の猫)強すぎた(可愛い)だけ。大丈夫大丈夫。で、兄さん名前なかったん?どんなんでもええの?」

 咳払いしながら顔をどうにか元に戻し、改めて雉虎猫を眺め名前を考え始めた。

 そんな鈴音の様子に、雉虎猫はキッチリ座って胸を張る。

「俺が気に入る名前やったら何でもええで」

「了解。んー、でっかい目、尻尾長い、シマシマ、声からして割とおっちゃん。んんー、よし。虎に大吉中吉の吉で『虎吉(とらきち)』、どやっ」

 胸を張り返す鈴音に、幾度か瞬きをして雉虎猫は頷いた。

「フツーやな」

「えぇアカン!?」

「変なキラキラか、ややこしい漢字の名前付けられるか思たけど」

「何でやねん。私のどっからその要素を見出だしてん」

「うははは。うん、気に入った。今から俺は虎吉や」

 ツッコミを無視して、雉虎猫改め虎吉は嬉しそうに笑う。

「んー、まあ気に入ってくれたんやったらええか。よろしく、虎吉」

 さっそく己の付けた名前で呼んではみたものの、いつまで続くかな、と鈴音は遠くを見る。

 犬や猫に付けた名前を、そのまま呼び続けている家庭が果たしてどれだけあるだろうか。気付けば可愛さのあまり愛称になっており、原型が見当たらない事もしばしばではなかろうか。

 かなり早い段階で、虎吉から虎ちゃんへ移行するだろうな、と悟り切った顔で頷いた。


「よし、名前もお互い把握したし、これでいつでも連絡取り合えるからな。俺からは猫神さんが呼んどるー、て言うぐらいやと思うけど」

「え、私から声掛けても、こっちに聞こえるって事?」

「そうやで。その為の名前や。特に用は無い思うけど、何かあった時は呼んだらええ。時と場所考えんかったら、独り言が豪快なヤバい奴や思われるやろけど」

「……身に覚えがありすぎる。出来る限り電話かける振りするわ」

 そないしぃ(そうしなさい)、と笑いながら移動し鈴音と距離を取った虎吉が、左前足でヒョイと空を掻いた。

 すると、もこもこ地面の少し上の空間に直径1メートル程の穴が開く。

 その穴にまるで嵌め込まれた絵のように、子猫と出会った公園の木が見えた。

「おー、スゴい!これが、あっちとこっちを繋いだって事?」

「そういう事や。猫か神使がおる場所か、猫神さんや神使に関わりのある場所ならどこでも開けられるで。まあ、鈴音をこっちに呼ぶ時は、家と繋ぐ事になるやろな」

「そっか、そやね。あ、でも私実家暮らしやから、お母ちゃんとか偶に帰って来る弟とか、他に人おらんの確認してからにして欲しい。そういうの出来る?」

「おう、ちっちゃーい穴開けて、一人でおるか見てから声掛けるわ」

「ありがとう、助かるー」

 虎吉の気遣いに笑顔で感謝した鈴音は、白猫の元へと近付く。

「猫神様、今日はお世話になりました。そろそろお暇させて頂きますね。ほら、おチビー帰るよー」

 目を細めて頷く白猫の、そのもっふもふな腹毛に顔を突っ込んで寝ている子猫を、そっと両手で包み込んで抱き上げた。

「ンー?ゴハンー?」

 寝ぼける子猫の愛らしい様子に、虎吉と白猫は『まずい、発作が』とばかり身構えたが、正拳突きでも食らったかのような顔芸だけで鈴音はなんとか堪える。身構えていた猫達はホッと息を吐いた。

「ゴハンまだやねん。取り敢えずおうち帰ろなー」

 子猫に優しく語りかけ、しっかり胸元に抱き直して、虎吉と白猫へ向けて深々とお辞儀をする。

「ほな、失礼します。また今度、猫神様のご都合のええ時に」

「おう。鈴音の手ぇエライ気に入ってはるから、割と頻繁に呼ばれる思うで」

「わかった。次は色々準備してから来るわ」

 ほなね、と笑って身を屈め、虎吉が開けてくれた穴を潜った。



 穴を潜り抜けて振り向くと、そこにはもう何も無い。

 見回した公園には春の陽が降り注いでおり、全くと言っていい程、時間は経過していないようだ。

 当然ながら、木の根元には鈴音の荷物類がそのまま置かれている。

「うーん、夢やったと考えるのがフツーな状況」

 けれど木を自力で降りた記憶は無いし、落ちたダメージも身体には無い。

「いや何かもう、人に話しても信じて貰われへんよな。自分がされる側やったら相手の頭心配してまうもんな」

 話す気も無いけど、と木の根元へ向かい、左腕でしっかり子猫を抱えてから、バッグに入っている鏡を取り出して額を確認する。

「なんもなってない。あの玉、結構痛かったのに。にゃんこの目、の時に猫神様がおデコひっつけてくれたから、それで治ったんかな?」

 確認を終えバッグに鏡を仕舞ったところで、子猫がモゾモゾと動いた。

「あー、ごめんごめん、起こしたなー。おうちまで、もうちょいかかるねん」

「オウチ、ゴハン?」

「そやねー、おうち着いたらゴハンやねー。あと、おチビを探しとる人がおらんか、確認もせなアカンなー」


 にこやかに答えてから、笑顔のまま固まる事、数秒。


 流れる様な動作でバッグからスマートフォンを取り出し耳に押し付けた。

「業務連絡、業務連絡。虎吉さん虎吉さん、至急応答願います」

「呼び出すん早ッ」

「って、どっから出て来てんねん!うわ可愛(かわい)ッ!」

 声に応えた虎吉が現れたのは、ボタンが二つ開いたままだった鈴音のシャツの胸元。

 にょっきりと頭だけ出して鈴音に向き直る。

「異界に登場する時、猫はこっから生えるとウケる。チビから学んだで」

「うん、思い切り間違うとるけども可愛いから良し。で、どないなってんのコレ、私の身体貫通してんの?いや違うわ、シャツとタンクトップの間に通路開けてんのか」

 器用やなあ、と感心しながら、当たり前のように虎吉の頭を撫でまくる。

「うはは、こそばい(くすぐったい)やないか」

「この位置にこんな可愛い顔あったら触るでしょ。いきなり鼻チューせんかっただけ褒めて欲しいくらいやで?」

「よっしゃエライエライ。ほんで何の用やねん」

 撫でくり回してボサボサにした虎吉の毛並みを整えつつ、鈴音は子猫へと視線をやる。

「喋るねん、おチビが」


「そら喋るやろ猫やねんから」

「あーそっ……いやいやいやおかしいおかしいおかしい。おチビは普通の猫やから、こっちでは喋らんでしょ?あっちは猫神様の縄張りん中やったから喋れたんちゃうの?」

 そういう解釈やってんけど、と困惑している鈴音を、不思議そうな顔で見つめる虎吉。

「あれ?俺言うてなかったか?猫神さんに力を(もう)て、眷属なったんやて」

「ん、聞いた聞いた。聞いたけど、それが……?」

「せやから、猫神さんの耳やったら、猫の言葉わかって当たり前やんか。犬が喋った、言い出したら何があってん、てビックリするけども」

「へ……?猫神様の耳?」

 幾度か瞬きをし、虎吉から視線を外して小首を傾げ、全力で脳に仕事をさせる。

「ゴハン、マダ?」

「おーぅ、もうちょっと待ってー。……つまり猫神様の耳と同じ機能が私の耳にも備わった?えーと、もしかして、猫神様にお力を頂いたって事は、猫神様と同じ事が出来るようになってるって事?」

「そらそうや。ま、流石に全部では無いし、パワーも劣るけどな。通路繋いだりも鈴音には出来へんし」

 あっけらかんと頷く虎吉に、魂が抜けそうな顔をする鈴音。

「いやこれ絶対しっかり確認しとかな、後々(あとあと)どえらい事なるヤツ。……虎ちゃん、夜にでもまた呼ぶわ。猫神様のお力について、くわしーく教えて」

「おお、わかった。…………ん?“虎ちゃん”?虎ちゃんて、うーん?」

 不思議そうにしながらも承諾した虎吉を一旦帰し、バッグとジャケットを回収しパンプスを履き直す。

「待たしてゴメンな、おうち帰るで」

「ワーイ、ゴハンー」

 はしゃぐ子猫を抱えながら、公園を出て自宅へと続く坂道を上って行った。

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