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第二百九十五話 騒動の代償

 サタンが居なくなり雷も鳴らなくなったのを確認し、運命の神がそろりと立ち上がる。

 そのタイミングで鈴音のそばに神界への通路が開いた。

「え!?ちょっと待って」

「待ちません」

 目を見張り手を伸ばす運命の神に満面の笑みを向け、鈴音は運命の書を通路へ突っ込む。

「あー!!何て事をッ!!その書はあの子も使えるのよ、絶対に書き換えるじゃない!!」

 キーッと苛立ちを露にしながら、運命の神は自身で通路を開き神界へ消えた。

「よし、私らも行こか。……て思たけど、悪鬼いう種族は神界行って大丈夫なん?」

 万能薬を回収し自身も通路を潜ろうとして、はたと気付いた鈴音が振り向く。

 問われた茨木童子は首を傾げ唸っていた。


「うーん、どうなんすかねぇ?行った事ないから何とも……。取り敢えず腕だけ入れてみてもええっすか?」

 もし失くしても死なないのは知っている、と経験済みの悪鬼は笑う。

「それやったら、腕ごと行かんと指の先だけにしとき?」

 茨木童子の魂に人界と神界を隔てる壁を越えられる力が無ければ、肉体は木っ端微塵になる可能性が高い。お試しで突っ込むのに腕は危険過ぎる、と鈴音は首を振った。

「ほなそないします」

 頷いた茨木童子は言うが早いか、右手人差し指を通路に突き入れる。

 躊躇いの無さに唖然としている鈴音の前で、何度か瞬きをしてから引っこ抜いた。


「お、くっついとる。大丈夫みたいっす(あね)さん」

 無事だった指を見せながら屈託なく笑う茨木童子。

 指が失くなる恐怖なぞ微塵も感じていない様子に、『踏んできた修羅場の数が違う』と言われているようで、やはり伝説の鬼なんだなあと鈴音は改めて感心する。

「よっしゃ、問題無さそうやし行こか。言うまでもないけど、向こうに居てはるんは全員神様やから、失礼のないようにね」

「うっす」

 しっかりと頷いた茨木童子を伴い、ざわめいている兵士や腕自慢達を放置したまま、鈴音は通路を潜った。



 出た先は、異世界の城で見たような立派な広間。

 しかし何故か天井から上が無く、美しい青空が顔を覗かせている。

「え?何この変わった造……ぐほッ!!」

 何があったのかと考えるより前に、腹筋に強烈な衝撃を食らい尻餅をついた。

 鈴音にそんな事が出来るのは勿論。

「猫神さブぁ」

 愛の頭突きから顔への全力スリスリ、という強力コンボをかましている白猫だけだ。

「ぶふふふ、あり、ありがとうござ、ぐふふふふ」

 虎に頭を擦り付けられているようなものなので、唇は捲れ上がるわ豚鼻になるわ、リアル福笑いのような顔面状況だが、鈴音なので当然気にせずデレデレするばかり。

 そんな変態という生き物を初めて見た創造の神と運命の神が、『何で笑ってるの……!?』とドン引きしている。

「ふひ、こしょばい(擽ったい)、可愛い、ふひひ」

 スリスリが止むと今度は、フンフンと鼻を鳴らしながらの匂いチェックが始まった。

 鼻息が掛かり冷たい鼻そのものも時折当たって、ひたすら擽ったい取り調べだ。

 代わって欲しそうな創造神軍団と、いつ終わるのかなあと大人しく待っている茨木童子に見守られつつ、鈴音は白猫の気が済むまでフンフンされた。


「お、納得して頂けたんかな?」

 顔を上げた白猫が鼻から強めに息を吐く。

 もう良さそうだと立ち上がった鈴音の胸に、素早く何かが飛び込んで来た。

「うわっとと!ビックリしたぁ、虎ちゃんやーん可愛いなぁもぅー探してくれてありがとうー」

 反射的に受け止め目尻を下げた鈴音の頬へ、虎吉が頭を擦り付ける。

「おう、俺やで。心配したがな、鈴音がサタンと一緒に世界滅ぼしとるんちゃうかいうて。連れが悪鬼やし」

「あっはっはっは!取り敢えずは大人しぃしといた。でもウチの子らの餌の時間に帰られへんようやったら大暴れしたろ思てた。その方が見つけて貰えるかなー、て」

「うはは!異世界から魔王ばっかり召喚したみたいになっとるやないか。さっさと見つけて貰て、良かったなあ?」

 虎吉が瞳孔を開いて長い金髪の創造の神を見やると、青褪めた顔で幾度も頷いていた。


「あ、録画映像の神様……は後でええわ。シオン様、皆様、助けて頂いてありがとうございます。お手数をお掛けして申し訳ございません」

 実物の創造の神はちらりと見るだけにして、鈴音はシオン達に深々と頭を下げる。茨木童子もそれに倣った。

「いやいや構わないさ。猫ちゃんの役に立てて嬉しいし、鈴音は何も悪くないからね。さあ頭を上げて」

 笑顔のシオンに言われるまま鈴音が頭を上げると、他の創造神達も優しく笑って頷く。

「本当にありがとうございます。皆様のお力添えがなかったらと思うとゾッとします」

 虎吉を撫でながら困り顔を見せる鈴音にシオンが笑った。

「そりゃあ魔王と一緒じゃあ気も休まらないだろう」

「そうなんですよねぇ。話が通じるように見えてやっぱりどっかズレてますし。こっちの茨木童子は改心してますんで、問題無いんですけども」

 そう言って鈴音が促すと、『茨木童子っす。悪鬼っす』と彼なりの敬語で神々に自己紹介しお辞儀する。

 神々は先程の活躍を見ているので、温かい笑みを向けてくれた。


「ふむ、その悪鬼君が取り返してくれたこの書だけれども、どちらの神に渡すのがいいと思う?鈴音」

 運命の書をポンと叩いてシオンが尋ねれば、ご指名を受けた鈴音は唸りながら悩む。

「どっち……うーーーん」

「何で悩むのよ!運命の神は私なんだから私に返すのが正解でしょ!」

「あなたが持つと碌な事に使わないじゃない!もう全部私が受け持つわ!」

 創造神軍団の迫力と鈴音の変顔に引いて大人しかった2柱の女神達が、ここで黙っていては不味いと思ったのか揃って騒ぎ出した。

 それを見た鈴音からは溜息しか出てこない。

「自分が好きな人と結婚する為に人に化けて魔王利用する女神と、誰の都合も考えんと異世界人召喚やらかして世界滅ぼしかけた女神と、どっちがマシなんやろ。めっちゃ悩むわー」

 わざと大きな声で悩む理由を口にすると、流石の女神達も黙った。


「鈴音の好きにしたらええんやで。コイツらへの報復は鈴音がどうしたいかで決める、て猫神さんも言うてはったし」

「因みにこの世界の権限は俺に移譲されているから、どうとでも出来る。やりたい事を言って構わないよ」

 虎吉とシオンが笑顔で語る内容に、運命の神が愕然としている。

「権限移譲って……アナタ何やってんの!?」

「アナタが私を閉め出したからでしょう!?あの神に逆らえると思うならやってみなさいよ!」

 創造の神に吠えられてシオンを見た運命の神は、天と地程も開いていそうな実力差を感じ取り慌てて目を逸らした。

「今はシオン様がこの世界の創造神様なんですね?ほな、このまま管理を継続して頂く事は可能ですか?」

 顎に右手をやった鈴音が問い掛けると、女神達はギョッとし、シオンは少し驚いてから頷く。


「それやったら、シオン様が主神になって、こちらの2柱は眷属神にしたらどないでしょう?」

「ちょ……」

「何を……」

「仕事は今まで通りの事を今まで通りにやって貰う。但し、今回のようにやったらアカン事をやらかした場合は、シオン様からキツーいお仕置きがある。これなら、その本が悪用される心配もないですよね?」

 女神達に口を挟ませず、営業用スマイルを浮かべ提案した鈴音に、運命の書片手のシオンもまた完璧な作り笑顔で応えた。

「いいね!どうだろう猫ちゃん、鈴音はこう言っているんだけれど」

 鈴音の右側にピタリと張り付いている白猫は、目を細めてニャーと鳴く。

「それでかまへん、言うてはるで」

「そうかいそうかいー?じゃあそうするよぅーふふふふ」

 可愛い鳴き声にデレデレするシオンだったが、女神達に向き直るとその表情は冷ややかなものに変わっていた。


「さて、聞いていた通りだ。このままこの世界は俺の支配下に入る。管理するのはキミ達で、仕事も今までと同じ。運命の書に記された不適切な内容は削除。今後もし同じ事をしでかした場合は……」

 そこで一旦区切り、ほんの僅か神力を解放して不敵に笑う。

「……魂ごと消えて貰おうか。別にキミ達が居なくても俺1人でも回せるからね、心配はいらないよ」

 シオンの圧倒的な力を前に女神達は恐怖の余り逆らう気力を失い、初めて最高位の神の神力を浴びた茨木童子は腰を抜かしていた。

「何やあれ。(あね)さんよう立ってられるっすね」

「この位ならまだ大丈夫。あの方がキレたらもっとえげつないから。猫ちゃんに嫌われた恨み、とか言い出したら本気でヤバい」

「何言うてるかちょっと分からへんっすけど、ヤバいのだけは分かったっす」

 ゆっくりと立ち上がった茨木童子の視界では、シオンから運命の書を差し出された運命の神が、顔を引き攣らせながら受け取っている。


「よし、これで問題は片付いたかい?」

 振り向いたシオンに虎吉が頷いた。

「鈴音が無事戻って、アホンダラ共は眷属神に降格いう罰を受けたわけやし、もうここに()る理由はあらへんな」

「ニャ」

「ひいぃぃ可愛いぃぃぃ。ほな帰りましょか猫神様。皆様も」

「そうだね、帰ろう」

 シオンと創造神達が頷き、女神達の存在なぞ忘れた様子で宮殿から出て行く。

 虎吉を抱いた鈴音は白猫と茨木童子と共に彼らの後を追ったが、ふと立ち止まって女神達を見た。

 2柱共、一気に老け込んだような疲れた顔で、力無く肩を落としている。

 この後どっちが悪いかで喧嘩になるのだろうなと想像しつつ、心の中で『どっちもどっちですよ』とツッコんでおいた。

「ニャォゥー?」

「うひゃひゃ、直ぐ、直ぐ行きます」

 振り返った白猫に呼ばれ、目尻を下げ口角を上げて鈴音は走る。

 白猫に纏わり付かれながら広い庭の先にある通路へ向かい、壊れた宮殿を後にした。



 縄張りに戻ってからの鈴音は、白猫をマッサージし虎吉と遊び、お茶会を始めた神々の目を楽しませている。

 茨木童子は、もこもこ雲の感触に驚いたり、キャットタワーの大きさに唖然としたり、倉庫にある神剣と魔剣の山を見て再び腰を抜かしたりと、初めての神界を満喫しているようだ。


「ふー。虎ちゃんどない?満足して貰えた?」

 魔力で作り出した紙飛行機を旋回させつつ問うた鈴音に、白猫の近くで腰を下ろした虎吉は、鼻から大きく息を吐いて目を細めた。

「おもろかったわ、大満足や」

「良かった。ほな仕事の途中やったし戻るね」

「おう、綱木によろしゅうな。滅茶苦茶心配しとったで」

 左前足で通路を開けてくれた虎吉に言われ、そりゃそうだよなと鈴音は慌てる。

「茨木、帰るで!綱木さんに早よ顔見せて無事や言わんと!」

 いつの間にやら女性創造神からお茶を貰っていた茨木童子は、急いで飲み干し『御馳走様でした』と直角のお辞儀をしてから鈴音のもとへ駆けてきた。

 笑顔で手を振る女神にお辞儀した鈴音は、呆れ顔で茨木童子を見る。

「イケメンパワー半端ないな。種族関係無しやん」

「へ?」

「モテるなぁ言うてん。ほれ、帰るから人に化けて」

「うっす」

 角と爪を引っ込め、出勤時と同じテーラードジャケット姿に戻った茨木童子に頷き、鈴音は改めて神々に頭を下げた。

「ありがとうございました、仕事に戻ります。皆様はどうぞごゆっくり」

 いってらっしゃいと温かい笑みで見送られ、鈴音達は通路を潜る。



 通路の先は骨董屋近くの人目につき難い路地だ。

 太陽はまだ高い位置にあり、比較的早く帰れたと教えてくれる。

 何よりまずは、目と鼻の先にある店へ早足で向かった。

「ただいま戻りましたー!」

 扉を開けながらそう声を掛けると、奥に居たらしい綱木がすっ飛んで来る。

「おかえり!!無事か!?無事やね!?どっこも何ともないね!?……はぁぁぁ良かったぁぁぁ」

 上下左右裏表を忙しく確認し、茨木童子の方も見て、口から魂が抜けそうな勢いで息を吐いた綱木がしゃがみ込んだ。

「あー……、その、御心配をお掛けしました」

 神界に入ってから時間は経過していないものの、白猫や虎吉と戯れていたのが申し訳なくなり、鈴音はこちらでも深々と頭を下げる。

「いやいや、鈴音さんのせいちゃうやろ?ふたりとも無事やったらええねん。訳分からん現象やったからビックリしただけや」

 照れたような笑みを浮かべて立ち上がった綱木を、鈴音も茨木童子も『仏なのでは?』と眩しそうに見ていた。


「ほな何があったか聞かしてくれるかな?」

 店先では何だからと事務スペースへ移動し、椅子へ腰掛けた綱木へ鈴音は事情を説明する。

「実は異世界の神が暴走してまして」

「へぇ……?」

 鈴音の口から語られる内容を聞くにつれ、異世界という単語には随分慣れた筈の綱木がどんどん遠い目になってゆく。

「えーと、向こうの神が暴走した相方を止める為に強い異世界人を召喚したら、偶々条件ピッタリやったらしいサタンが呼ばれて、鈴音さんらはそれに巻き込まれてしもたと」

「そんな感じです」

「うっす」

「なんんんやそれ、迷惑過ぎるやろ」

 大きな溜息と共に吐き出した綱木に、鈴音も茨木童子も全面的に同意する。


「でもやらかした迷惑行為に相応しい罰が与えられたんで、私としてはスッキリですね」

「俺もっす」

 揃って悪い笑みを浮かべる鈴音達を見て、ついつい綱木は聞いてしまった。

「因みにどんな罰?」

「眷属神への降格です」

 サラッと言う鈴音に綱木の目は点だ。

「神の格てそんな簡単に変わるもんやっけ?ちゃうやんね。え……、それが出来る神が居てるいう事?」

「はい。とてもお強い創造神様がこっちの味方です。ただあの方、猫神様が絡むと一気にダメダメになるんですよねー。そこがまたオモロイんですけど」

「普通にしとったら男前やのに、ちょいちょい顔デロンデロンになっとったっすね」

「でろんでろん」

 楽しげな鈴音と茨木童子を交互に見やり、何だかよく分からないが強い神が味方なら問題ないか、と常識人の綱木は無理矢理自分を納得させた。

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