表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/629

第二百九十三話 平常運転

 今更どうした、という顔で取り敢えず拳を収め魂の光を消した鈴音を見て、運命の神は安堵し大きく息を吐く。

「アナタね、大事な情報は先に出しなさいよ。異世界の神の使いなんかと喧嘩したら、後々大問題になるじゃない。彼との結婚生活に支障が出るのは嫌なの私」

「えー……?異世界から来た神の使いですー、本下さい。言うたらくれました?」

「渡す訳ないでしょ!?それとこれとは話が別よ!」

 運命の書を抱えてクワッと目を剥く運命の神に、鈴音はうんざりした顔だ。

「ほな言う意味無いですやん。どっちみち奪い取るしかあらへんのやから。よし、やるか」

「落ち着きなさいよ何なのよ戦わないと死ぬの!?」

 再び身構えた鈴音と、呼応するように魔王を放り出し臨戦態勢に入った茨木童子とを見比べ、運命の神は声を張り上げる。

「望みは!!望みは何!?運命の書と引き換えにどんな望みを叶えて貰う約束なの!?私だって神よ、言ってごらんなさい!!」

 苦し紛れの台詞だったが、驚くほどに効果があった。


「……ホンマや。あっちは録画映像、こっちは会話出来る神様やん」

「確かに、この本持ってこいとは言われたっすけど、その後どうなるとは聞いてへんっすもんね」

 顔を見合わせ頷く鈴音と茨木童子の会話に、運命の神は首を傾げる。

「ろく……?創造の神と会話が出来ないの?……あ、そうか。何かを創造する時以外、こっちに干渉出来ないようにしたんだった」

「え?あの金髪の方、創造神様なんですか?」

 驚く鈴音達を見て運命の神が驚いた。

「は?名乗ってないの?嘘でしょ?勝手に呼び付けて魔王の城に居る神から本奪ってこい、って言っただけなの?」

 その通り、と頷く鈴音達を見て運命の神は頭を抱える。

「何考えてんの!?自分の立場も明かさずに他所の神の使いに勝手な指示出したなんてバレたら、間違い無く主が激怒するじゃない!!」

「んー、私は巻き込まれただけなんで、神使やとは思わんかった、て言い訳は一応通用するんちゃいますかね。まあ、私の主もその分身も喧嘩番長なんで、何らかの被害は出る思いますけど」

 結果的に被害は出るのか、と遠くを見つめる運命の神は、重要な事を思い出し我に返った。


「そうよ、魔王よ!魔王の転移に巻き込まれたって言ったわね?」

「はい。急に光の円が現れたんですけど、その中心に()ったんが魔王やったんで」

「なんて事……、創造の神はこの世界を滅ぼす気なのかしら……。ねえ、アナタの世界の魔王は強いの?」

 運命の神に問われた鈴音はどう答えたものかと悩む。

「物理的な強さの方は、神様が本気出せば抑え込める思います。問題は、物理攻撃より精神攻撃の方や思いますよ、人に対する」

「え、人族なんて皆殺しだー!みたいな感じじゃないって事?」

 怪訝な顔をする運命の神に鈴音は大きく頷いた。

「皆殺しにしたらオモチャが無くなるから、やりませんね。せやから自分の手で殺戮するんやなしに、人同士が争うように仕向けて、それを眺めて楽しむんです。火種を蒔いて燃え上がるんをワクワクしながら待つ感じかな?」

「性悪ね、最低じゃない!?」

「まあ、魔王ですしねぇ。放っといたらきっと大きい戦争が起きますよ。小さい村や街にイザコザ起こす程度で満足する奴なら、魔王なんて呼ばれてへんやろし」

 性悪どころの騒ぎではなかった、と青褪めた運命の神は運命の書を抱え直す。


「魔王を探しに行かなきゃダメね、でも彼が来ちゃったら困るし……。あ、そうだ結局アナタ達の願いは何なの?」

 忙しくあれこれ考えてから顔を上げた運命の神が尋ねると、鈴音は決まっているだろうと言いたげな顔で答えた。

「元の世界、地球に帰る事ですよ。魔王と(ちご)て忙しいんです私ら。夕方までに帰られへんかったら暴れますよ?」

「……神の使いのくせに言ってる事がほぼ魔王」

「え?」

「何でもないわ。元の世界に帰すぐらい私にだって出来るから安心して。それより魔王よ魔王。戦争なんて冗談じゃないわ。彼の身に何かあったらどうするのよ」

 落ち着き無く動き回りつつ呟く運命の神を眺め、鈴音は首を傾げる。

「因みに彼氏さんは、どっから魔王の城を目指してるんですか?今日中に来そうなんですか?」

「麓の村の青年なのよ。だからあの村から討伐部隊が出発する時に一緒に出る筈」

「……麓の村」

 目をぱちくりとさせた鈴音と茨木童子は視線を交わし、それぞれ上を向いたり下を向いたりし始めた。


「麓の村てあれですか、山の向こっかわにある石垣に囲まれたそれなりに大きい村ですか」

「ええそうよ。あそこが魔王城前の最後の村ね」

「あー……、そうなんですねー……」

 額に顎に手をやり、床に伸びているこの世界の魔王を見て、小さな溜息を吐いた鈴音は残念そうに口を開く。

「その村で遊んでますね、アレ」

「え?」

「魔王の餌食になってます、その村。ヤバいかも」

「んな、なんですってぇ!?」

 分厚い運命の書を片手で掴み目を見開いた運命の神は、叫ぶや否や物凄い勢いで駆け出し直ぐさま大広間から姿を消した。

「速ッ。ドレスの裾踏まんとヒールで全力ダッシュとか、お姫様のフリしてただけあるなぁ」

「あの勢いでサタンとやり合う気ぃっすかね?」

「どうやろ。神様が全力出したら世界に悪い影響出るやん?でも人に化けたまま勝てる相手ちゃうし。『そいつが魔王よ!』とか人々をけしかけても、この世界の魔王の強さからして人の強さもそれなりやろから、アレに敵うわけあらへんし」

「確かに……。もしかして何も考えんと飛び出して、向こうで慌てるパターンすか」

 気付いてしまった茨木童子に、鈴音は生ぬるい笑みで頷く。


「神様って、自分が負けるとか考えへん思うねん。特にこの世界の神様、神界でも付き合い少ない方やろから、格上の神様に会うた事もないかも。そうなると余計に井の中の蛙感満載いうか」

「付き合い少ないて何で分かるんすか?」

「異世界人召喚なんかしたから。実はついこの前、どえらい騒ぎになったんよ」

 きょとんとしている茨木童子に、神々を激怒させた異世界人誘拐事件について話して聞かせた。

「うえぇー……、マジっすか。もうちょっとで星ごと全滅やったやないすか怖ッ。原始時代に戻るぐらいで済んで良かったっすね」

「な?あの騒動を知っとったら、許可も取らんと召喚なんか絶対にせぇへんやん。それをしとるいう事は、噂レベルの情報すら入ってきてへんいう事やん」

「なんやろ、離れ小島みたいなグループなんすかね?ここの神が所属してるとこ」

「そうなんかもねぇ。せやからあの神様、アレと戦う事になったら困る思うわ」

 ゲームに出てくるような、遭遇するや即座に戦闘に突入、という相手ではない。

 だからといって弱いわけでもない。

 神力を思い切り出さねば勝てないが、それをすると世界が壊れてしまう。それはそれは厄介な相手だ。

「取り敢えず、様子だけ見に行こか。あの神様でも地球には戻せるみたいやし」

「そっすね。神がサタンにやられて帰られへん、とか嫌っすもんね」

 頷き合った鈴音と茨木童子は大広間を出ると、先程は入らなかった麓の村を目指し走り出した。



 空を飛んで急行した運命の神が到着した村では、各地から集まった腕自慢の男達と王国軍兵士達が、何故か路上で罵り合っている。

「どういう事?どっちも魔王討伐の為に集まった者達でしょ?何で揉めてるのよ」

 屋根にふわりと降り立った運命の神は直ぐに思い人の姿を探すが、怒鳴り合う集団の中には見当たらなかった。

 もう一度空へ戻り高い位置から眺めると、村の外れにある背の高い木の下に人影がある。それも2つ。

「ちょっ、なっ、はぁあ!?」

 ドスのきいた声が出た運命の神が見たものは、思い人が真剣な顔で若い女性の手を取り、何やら告げている場面。

 女性は頬を染めて幸せそうな笑みを見せ、こくりと頷いた。

 誰がどう見ても、男性から女性への愛の告白である。しかも成功だ。

「書いてない書いてない書いてないからそんなの!!どうなってるの!?」

 大混乱に陥った運命の神は運命の書を開いて確認する。

 当然ながら男性の名前の後には、魔王城を訪れ魔王を倒し攫われた姫を助け出し、と運命の神が考えたシナリオが書かれていた。

 一文字たりとも村娘と結ばれる等とは書かれていない。


「何がどうなって……」

 ゆるゆると高度を下げ、右手でピンク髪をくしゃりと握った運命の神は、ふと、自分と同じ目の高さ、向かいの屋根に誰か居ると気付いた。

 不揃いな長さの黒髪に血の気の無い白い肌、眠そうな半開きの瞼から覗く灰色の瞳。全身黒ずくめの服装をした若い男。

 腰に剣を下げ長い長い上着を風に靡かせているその男からは、特に変わった気配は感じなかった。

 だがそれこそがおかしい、と運命の神は険しい顔をする。

 剣士が屋根の上に何の用があるというのか。

 そもそも梯子も無いのにどうやって上ったのだ。

「……あれが異世界の魔王?」

 運命の神が呟くと、まるでそれが聞こえたかのように下を見ていた男が顔を上げる。

「あ?……何か弱ぇ神力だと思ったら、暴走したとかいう神か。どうした、俺を消しに来たのか?」

 口元を歪めて邪悪な笑みを浮かべる男へ、運命の神は厳しい声音で問うた。


「ちょっとアナタ、何かしたの?人々の行動がおかしいんだけど。彼らがあんな風に敵対する筈がないわ」

 聞かれた男は運命の神と揉める男達を見比べ、ヘラヘラと笑う。

「べぇぇぇつにぃぃぃ?誰にでも分かるような、簡んんん単な事を教えてやっただけだぞ?」

「簡単な事……?」

 不穏な空気の中、運命の神が怪訝な顔をした所で、背後から緊張感の欠片も無い声が聞こえてきた。


「いやー、他人様の告白シーンなんか滅多に拝まれへんけど、ええもんやねぇ。うっかり拍手してしもたわ。生まれた時からお隣さんとか漫画かっちゅうねん」

「幼馴染と結婚とか昔は普通やったっすけど、最近の日本ではあんま無いんすかね?」

「減ったんちゃう?転勤があったり学校行くのに都会に出たりで、地元に留まらへん人も多いやろし。知らんけど」

「知らんのかーい!」

「あはは、ナイスや。それにしてもあの彼氏、『賞金に目が眩んで魔王を倒しに行こうとしてた自分が信じられない』とか言うてたけど、何があったんやろなぁ」

「急に目が醒めたんすかね?まあ彼女は喜んでたっすけど」


 呑気に会話しながら屋根の上を歩いて来た鈴音と茨木童子は、運命の神が鬼婆のような形相で自分達を見ている事に気付き立ち止まる。

「何か睨まれてんで」

「怒らすような事した記憶ないっすよ?」

 揃って首を傾げるふたりに運命の神は吠えた。

「何を拍手なんかしてるのよ!!その彼が私の思い人よ!!急に目が醒めたってどういう事!?」

「えー」

「マジか」

「どれだ、どこに居た?」

 ポカンとしている鈴音と茨木童子とは違い、意地の悪い笑みを浮かべたサタンは喜々としてふたりがやって来た方向へすっ飛んで行く。

「お、あれか!フハハハハ、あの顔には見覚えあるぞ。魔王に攫われたキズモノを貰ってやんのかっつー問いに、全力で首振ってた男だ」

「な……、キズモノですって……!?」

 愕然とした運命の神がワナワナと震えている間に、既にそちらへの興味を失ったサタンは茨木童子に目を留め声を掛けていた。


「悪鬼お前、さっきまでと服が違うじゃねぇか。何だそれ、いいな」

 世界に名を轟かせる魔王に褒められ、茨木童子も悪い気はしないらしくちょっとだけ得意げだ。

「日本人が大昔に着とった服や。魔王の城に行く途中で服装の話になって、(あね)さんが平安時代てどんな服やったっけ?て聞くから着替えた」

 頷く鈴音を見てからサタンは首を傾げる。

「着替えなんか持ってたか?」

「持ってへんけど?服なんか妖力で拵えるし」

「馬っ鹿お前それ、ダメージ受けて力出せなくなったらマッパだぞ!?」

 有り得ない、という表情で首を振るサタンに茨木童子は勿論、鈴音も不思議そうな顔をした。

「なった事ある(もん)の言い方やな?」

 鈴音の容赦無いツッコミにサタンは遠くを見る。

「昔なー、ミカエルに剣で刺されてなー、流石にヤバかったから魔力全部防御と逃げ足に回したらよー、すっぽーんとマッパになっちまってなー……。はぁ。あーれはみっともなかったマジで」

「へぇー。ま、俺は脱いでも凄いから大丈夫や」

「ぃよッ、アスリート体型!」

 茨木童子に笑顔で拍手した鈴音は、サタンに目をやりサッと逸らした。


「誰がモヤシだゴルァ!!筋肉あるわウルァ!!」

「はぁー?何も言うてませんけどぉー?」

 視線の意図を理解しギャンギャン吠えるサタンと、わざとらしく冷笑する鈴音のやり取りに茨木童子が笑っていると、不意に地の底から響いてくるような声が皆の耳に届く。

「異世界の魔王ぅぅぅー……、あんた何余計な事言ってくれてんのよぉぉぉー……」

 驚いて皆が振り向くと、ピンク髪を掻き乱し鬼婆の形相で神力を立ちのぼらせている運命の神が居た。

「怖ッ!ホラーや」

「うわー、キレた女は面倒臭いんすよねー」

「なーんで俺が恨まれなきゃなんねぇんだ?あ?」

 鈴音と茨木童子は嫌そうな顔で距離を取り、サタンはその場で偉そうにふんぞり返る。

 そのサタンを睨みながら運命の神は運命の書を開いた。


「私の計画が全部パーじゃない!!誰がキズモノよ誰が。攫われたお姫様は只々幽閉されてるだけに決まってるでしょ!!」

 運命の神の叫びに合わせて運命の書が光り、道端の小石が浮かび上がって一斉にサタンを狙う。

 勿論サタンは魔力で壁を作り無傷だが、見ていた鈴音は怪訝な顔で首を傾げた。

「魔王も私らと一緒であの本の影響受けへん筈やのに、何であんな攻撃が出来るんやろ」

 その呟きと同時に今度は下で争っていた男達の武器が宙を舞い、サタンに襲い掛かる。

 魔力の壁を突破出来ず落ちた武器は、地面で派手な音を立てた。

 自分の武器が勝手に空へ飛んで行ったかと思えば直ぐに落ちてくる、という謎の現象に驚いた男達が、屋根を見上げ指を差して騒ぎ出す。

「あ、そういう事か。サタンの運命を弄ってるんやなしに、他の人の運命を弄ったんや。“石が宙を舞い異世界の魔王を襲う様を目撃する”とか何とか。“石”いう記述を“武器”に変えたら今みたいになるし」

 ポンと手を打った鈴音の推測に、茨木童子も頷いた。


「運命弄らな攻撃出来へんのやったら、それしか無いっすね。けどまあサタンは放っといても大丈夫っすけど、俺らどないしましょ?あの神か録画映像かに頼まな帰られへんっすよね?」

 御尤もな指摘に幾度か頷いた鈴音は、茨木童子を見やって悪い笑みを浮かべる。

「取り敢えずあの本さえ私らが手に入れてしもたら、どっちの神様もお願い聞いてくれる思わへん?本が欲しい神様と、本が無かったらアカン神様やし」

「うわホンマや。(あね)さん中々の悪党っすね?」

「ふふん、ウチの子らに餌やる為には手段なんか選ばへんで」

 茨木童子の拍手に軽く手を挙げて応えながら、屋根瓦の集中砲火を浴びているサタンと、鬼婆状態で本を光らせている運命の神を見る鈴音。

「神様は油断してるから楽勝やけど、問題は魔王の方やなー。似たような事考えてそうで嫌やわー」

 溜息と共に一瞬遠い目をしてから、真顔に戻って神が手に持つ本との距離を測った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ